ニッキーを想う

Mat Oxley氏のコラムをMotor Sport Magazineより。
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モーターサイクル業界は最速のそして最高にジェントルなレーサーを失ってしまった。安らかに眠れ。

ルマンという場所はいつでも陰鬱だ。たぶんモータースポーツ史上最悪の事故がこのフランスのコースで起こったせいなのだろう。1955年のルマン24時間自動車耐久レースで184人が命を落としているのだ。それとも威圧的なピット周りの建築物のせいかもしれない。コンクリート製の巨大で醜いブルータリズム建築がサーキットにあるべき建物ではなく第二次世界大戦でフランスを守るために作られたマジノ線の要塞のように見えるのである。

太陽が顔を出した日曜ですらMotoGPのレースの時間になると黒い雲に覆われ始めていた。それが肉体的なものだろうと精神的なものだろうと、レーサーたちは痛みを自分から切り離す術を知っている。これから起こることがわかっているのだ。それが起こった時には気持ちが揺れるが、しかし自分の選んだ道なのだ。彼らはそれでつぶれてしまうことはないのである。

だが先週末はそうではなかった。ニッキー・ヘイデンはイタリアの病院のベッドに横たわり、予後は極めて悲観的なものだった。誰もが煉獄につなぎ止められていた。パドックの人々もヘイデンの家族も、イタリアに来た、そして米国で待つ彼の愛する人たちも、誰もが気持ちの居場所を失っていた。そして月曜、パドックが次のレースに向かうその時、彼の死が伝えられる。

ニッキーは偉大なレーサーだった。しかしそれ以上に人間として偉大だった。トップを目指して戦う世界でそんなことは普通は起こらない。高みに上り詰めながらも人間性を失わないというだけでも、特筆すべきことなのだ。

ニッキーがMotoGPタイトルを獲ったその日は4ストロークMotoGP時代の最高の一日だった。2006年10月29日、日曜日。その1日にあらゆることが凝縮されていた。ドラマ、負け犬の復活、あらゆることが起こりえるという事実。たとえその可能性がどんなに小さく見えてもだ。

シーズン最終戦となるヴァレンシアにやってきたヘイデンは前年まで5連覇を飾っているヴァレンティーノ・ロッシに8ポイント差をつけられていた。偉大なチャンピオンを抜き去る方法など想像もつかない状況である。ポイント差だけが問題だったのではない。予選で彼は5位に沈み、ロッシは例によってポールを獲得していたのだ。

誰もが同じ結果を予想していたが、そうはならなかった。これはバイクレースにおけるモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンだったのである。

ニッキーは意志の力だけで不可能を可能にしてみせた。2列目から最高のスタートを切ると1コーナーで併走するロッシを抜き去る。このとき二人は明らかに接触していた。弱き者からの意思表示だ。

レースはまるで映画のようだった。前年のチャンピオンのロッシはもがき苦しみ、そして転倒し、再びマシンにまたがると前を追い始める。ニッキーと彼のホンダRC211Vは3番手を走っている。つまりロッシが8位に入ればチャンピオンの座を維持できるということだ。あり得ないほどの緊張感。スローダウンラップでニッキーが感情を爆発させ、泣きながら叫び続けたのも当然だ。パルク・フェルメで待っていたのは、やはり負け犬だと思われていたこのレースの勝者、トロイ・ベイリスだ。彼はキャリア唯一のMotoGP優勝をワールドスーパーバイクの合間のパート仕事で手にしたのである。そしてロッシは負けても太っ腹だった。少なくとも自分からタイトルを奪ったのがヘイデンで良かったと思っていたのだ。

私が何かを書くより偉大な先人の言葉を探すべきだろう。ラドヤード・キプリングの詩「If」の一節がふさわしい。「もしあなたが勝利と破滅という二人の詐欺師を同じように歓待できるのであれば…世界のすべてはあなたのものだ」

ニッキーはそういう人だった。素晴らしい勝利も破滅的な敗北も彼を変えることはなかった。MotoGPで13シーズン、彼はいつでも気品を保ち人の話に耳を傾けてくれた。彼はよくあるタイプの、自分は周りの死すべき定めを持つ一般人より素晴らしいと思っているライダーではなかったのだ。

中にはジャーナリストを蝿のように思っているライダーもいる。うるさいのに逃げられない。チャンスがあればぴしゃりと叩きつぶしたい相手ということだ。しかしファウスト博士であるニッキーはメフィストフェレスと結んだ契約を忘れてはいなかった。彼は世界中を飛び回り、人類史上最高のマシンにまたがってレースをすることでお金をもらい、だからこそ彼が何をしようとしているのかみんなが知りたがるのである。そして彼はジャーナリストの軍団に対しても実に紳士でありつづけたのだ。

調子が良い日には彼は情熱的に語ってくれた。しかし自分の成功を自分の手柄にすることはほとんどなかった。彼は父アールと母ローズが自分に新品タイヤを買い与えるために屋根の雨漏り修理をあきらめたことを話してくれた。走り続けるのを支援してくれた人たちがいなければ長い道のりを経てケンタッキーの我が家からMotoGPのピットレーンまでたどりつけなかっただろことを心からわかっていたのだ。

調子の悪い日のニッキーは、何が問題でなぜそうなってしまったのかを静かに私たちに語ってくれた。彼は失敗したという罪悪感でひどく落ち込んで泣きそうになっていた。目に涙をためて、下唇が震えている。そこに座っている私たちはいたたまれない気持ちでノートPCやボイスレコーダーに目を落としていたものだ。

時には誰かが彼にそんな風に負けるのはどんな気持ちかと質問して沈黙を破ることもあった。そしてニッキーの答えはいつも同じ、「それほど辛くはないですよ」。彼は自分が地球上で最も幸福な人間だとわかっていたのだ。勝敗は関係ないのである。

パドック中の誰もがニッキーのことが好きだった。おそらくレースというものが始まって以来初めてのことだろう。そして女性たちについて言えば、好きだったのではなく崇拝していたという表現が適切だ。彼はハンサムな若者だった。パドックで働く女性たちは彼が部屋に入ってくると卒倒しそうになっていたものだ。それは彼の見た目が良かったせいだけではない。包容力があり、チャーミングで、そしてレーサーにありがちな肥大した自尊心とは無縁だったからだ。

2006年にタイトルを獲得したあと、ニッキーは苦労の連続だった。990ccのRC211Vこそが彼のためのマシンだったのだ。強大なパワーと最小限の電子制御のおかげで彼は思うがままにマシンをスライドさせ振り回すことができた。その後に登場した800ccマシンは彼向きではなかった。回転依存でコーナリングスピードと電子制御で勝負する。アメリカのダートトラックで培った彼のテクニックはここでは通用しない。

そんな厳しい年月の間、自称レースファンは彼を非難することになる。結局彼は3勝しかしていないしMotoGPのタイトルも一回しか獲っていないじゃないか。しかしそれはサッカー選手に向かって、ワールドカップでたった3ゴールしか決めていないしワールドカップの優勝も一回だけじゃないかとあおるようなものである。

ニッキーはバイクレースの最高峰の頂点を征服したのだ。それより上はないのである。1回だろうが6回だろうが関係ない。

ニッキーが愛した人たちのことを想おう。偉大なライダーが愛する人たちを残して去って行ってしまった。そして私たちも残された者たちなのである。
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時間よとまれ。汝はいかにも美しい。

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さよならニッキー

5月22日、ヨーロッパ時間19:09にニッキー・ヘイデンが亡くなりました。自転車トレーニング中の事故が原因でした。

2006年、ヴァレンティーノ・ロッシとの熾烈な争いに勝利してチャンピオンを獲得。

この年の2勝というのは史上最も少ない数(この他には6レース時代の1949、50年、8レース時代の1952年のみ)でしたし、最高峰クラス通算勝利数3勝というのも歴代チャンピオンでは最少です。でも誰一人彼の偉大さを疑うものはいませんでした。
それは誰もが愛さずにはいられない笑顔だけではなく、実はものすごいファイターだったからこそでしょう。

コーリン・エドワーズの言葉がそれを象徴しています。

「またな。あっちに行っても肘をぶつけ合おうぜ」


ありがとう。そしてさようなら。

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公式リリース>フランスGP2017年

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)KTM(英語)
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勝ったライダーよりリタイヤしたアレイシ・エスパルガロとロッシの印象が強いレースでしたね。

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公式プレビュー>フランスGP2017

ヤマハホンダドゥカティ(英語)アプリリア(英語)スズキ(英語)、KTM(未)。

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MotoGP:シャイーナによるインタビュー…相手はカル・クラッチロー

彼女が初めてカルに会ったのは2012年、6歳の時。そしてその3年後の2015年には見事なインタビューをものにしています。そんな彼女ももう11歳。というわけでインドネシアのシャイーナ・サルヴィアさんによるインタビューをCRASH.netから。
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シャイーナ・サルヴィア:ホンダのMotoGPマシンは乗りにくいって以前私に教えてくれましたけど、今はなにか乗り方のこつみたいなものをつかんだようですね。速さの裏にある秘密を教えてくれませんか?マシンを乗りこなせるようになったのか、それともエンジンとかタイヤのセッティングがみつかったとか?

カル・クラッチロー:その両方ですね。僕のチームもものすごくがんばってくれてますしね。マシンは相変わらず理解するのも乗りこなすのも難しいですよ。MotoGPマシンの中ではいちばん体力的にきついんです。あらゆる面においてもっとスムーズで乗りやすいマシンにしないといけないですね。コーナー進入でもコーナリング中でもコーナー出口でもね。だからいつもそこを良くしようとしてるんです。僕も速く走れる様になったけど、それは長く乗っているせいでどうやったらうまく自分のマシンとつき合えるのかわかってきたおかげなんです。たぶん僕もマルクも、ダニもジャックもティトもみんなマシンの改善については良い仕事をしてますよ。


シャイーナ・サルヴィア:なるほど。これからますます速くなるといいですね。

カル・クラッチロー:僕もそう思います!


シャイーナ・サルヴィア:こうなるまでに何度も転倒してますけど、ついに自分を取り戻したということですね。どうやって自分を保っていられたんですか?子供たちが自分を見失ったときでも強い気持ちでいられるにはどうしたらいいのか教えてくれませんか?

クラッチロー:自分を信じ続けることでしょうね。今でも相変わらずプラクティスや予選やなんかでクラッシュしてますけど、そこからまた気持ちを高めることができるんですよ。攻め続けるために自信を持っていれば前より速くなれる。でもそういうのもレースの一部なんです。良いときもあれば悪いときもある。自分の失敗から学んでいくんです。なんで自分がそうしてしまったのか振り返って学ぶ。でも去年の序盤のクラッシュはほとんどが僕のせいじゃなくて運が悪かっただけなんです。でもそういうこともある。8月からは運がついてきましたしね。


シャイーナ・サルヴィア:つまり続けることが大事なんですね。そうすれば次は前よりうまくやれる。もし自分を信じ続けることができたらそんな風にやれるってことなんですね。

カル・クラッチロー:あと、周りが自分を信じてくれてないときは、彼らが間違ってるって証明してやるんです。


シャイーナ・サルヴィア:チーム探しに凄く苦労していて自分の分は自分で稼がなきゃならない若いライダーがたくさんいます。そういうライダーはどうすればいいんでしょう?

カル・クラッチロー:同じことですね。自分を信じるんです。バイクレースってのは楽なスポーツじゃない。僕もみんなも、ここでレースをしてる誰もがとんでもなくラッキーなんです。ここに居場所を確保して、大好きなレースという仕事で食べていける。だからあきらめないことが大事なんです。僕の人生の中でも「これが最後のシーズンかも、もうレースなんてしたくないのかも、もうやめたいのかも」って思うことが何度もありましたね。でもまだ昨日より速くなり続けているんだし、まだこの仕事を続けていきたいんです。自分と自分の能力を信じ続けていれば、前より向上できるんです。若い頃にはシートを確保してスポンサーを捕まえるのだってたいへんかもしれない。でも自分を信じ続けていい結果をだしていけばうまいこといくんですよ。


シャイーナ・サルヴィア:コースをはみ出しちゃうことに関するルールについて聞かせてください。あれっておかしいと思うんです。ライダーは戦ってるのに罰を受ける。あなたの意見をきかせていただけますか?

カル・クラッチロー:僕の意見は、みんな同じルールの中で走ってるってことですね。でも正直僕もあのルールはきらいですよ。だってちょっとミスって、それで特にアドバンテージもないのにペナルティを受けちゃうんですから。1インチはみでただけでもペナルティになることがある。だからライダーにとっても混乱のもとなんです。コースを半分過ぎてもまだペナルティを受けるかどうかわからないんですから。


シャイーナ・サルヴィア:去年のシルバーストンではマルク・マルケスとのバトルの末に前でゴールしてますね。マルケスはワークスマシンで、みんなそっちの方がいいスペックだって知ってました。どうやってあんなことができたんですか?

カル・クラッチロー:あのレースでの表彰台は本当に嬉しかったですね。なんといっても地元でのレースですから。マルクとのバトルもすごかったし、ヴァレンティーノともいいバトルができた。マーヴェリックに勝てなかったのだけはがっかりですけどね。だって勝てたらすごいことになるって思ってましたから。もう少し攻めることもできたんですけど、マーヴェリックとはちょっと差がつきすぎてたんですよね。追いつけるかもとは思ったんですけど、マルクとヴァレンティーノとのバトルが始まっちゃって、それにマーヴェリックの走りもすごかった。あの時点ではどういうことになるか見えなかったんです。でもマルクに勝つのはかなり特別な感じでしたね。だってそんなことはあんまりないですから。サテライトチームとしてすごく嬉しかったですよ。


シャイーナ・サルヴィア:ウィローちゃんが生まれてから速くなったって言われてますね。子供が生まれたことでレース生活にはどんなインパクトがあったんでしょうか?

カル・クラッチロー:レース生活がそれほど変化したとは思わないですね。人間としては前より落ち着きが出たかな。ウィローが生まれる前よりもね。でも主に変わったのは僕のうちでの生活とルーシーの生活ですね。ひとつだけ確かなのはウィローが生まれてから僕は速くなったってことですけどね。それについてはもう良いことしかないですね!これからも速くならなきゃだし、父親としてもやってかなきゃならない。でもまだ新米で勉強中だし、楽しみながらやってるんです。あんな素敵な娘はいないですよ。よく寝るし、いつもにこにこ遊んでますし。たぶんサーキットでの僕は前よりちょっと穏やかになってますけど、彼女を寝かしつけるための「お静かにモード」が続いてるのかもです。でバイクに乗れば前よりうまく走れてるんです。


シャイーナ・サルヴィア:これが最後の質問です。どきどきしちゃうような質問なんですけど、もし彼女が大きくなったらライダーにしたいですか?

カル・クラッチロー:ぜんぜん。でも、もちろん彼女がバイクに乗りたいって言うならバイクは手に入りますよ。パパはメロメロなんで彼女が欲しいって言えば手に入るんだけど、かなりまずい!だから、もし小さなバイクが欲しいって言うなら、もちろんOKです。でも僕が決めていいならレースなんか絶対してほしくない。だってすごく難しいスポーツだし何より危なすぎるし、権謀術数がうずまいてるし、それになにより彼女にはそんな目に会ってほしくないって僕が思ってるんです。僕の娘なんだからあらゆるものから彼女を守りたい。特に男の子からは守りますよ。もし彼女が男の子に混じってレースなんか始めたら、やつらは彼女にキスしようとするんだ!そんなの耐えられない。ぜったい無理ですね。まあうちの敷地内ならバイクで遊んでもいいんだけど。


シャイーナ・サルヴィア:お時間をいただいて本当にありがとうございました。

カル・クラッチロー:こちらこそどういたしまして。
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お父さんは心配性。

しかし相変わらず素晴らしいインタビュアーっぷり!

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MotoGP:ヘレスの表彰台は批判者のおかげ、とロレンソ

ええ、それが強がりでもいいですよ。でも実はけっこう冷静に現状を把握してるし、それを正直に口にできるようになってるので、気持ちにも余裕がでてきたってことだろうし、このあとも侮れませんな。SportRider.comよりManuel Pecino氏の記事です。
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素晴らしいスタート、アグレッシブなブレーキング、ゴールまでの安定性。今回のヘレスでホルヘ・ロレンソが見せてくれたものだ。しかしこれまでとは大きな違いがひとつだけある。3度のタイトルを獲得している彼が乗るのはヤマハM1ではない。ホルヘ・ロレンソはドゥカティ・デスモセディチGP17で表彰台に昇ったのだ。

「今回の3位表彰台はヤマハで言えば優勝みたいなものですよ」。見たこともないほどの喜びを見せるロレンソがレース後プレスカンファレンスでまず口にした言葉がそれだった。「ずっと結果が出せなくて苦しかったんです。すごく批判されましたしね。性急すぎる批判だと思いますけど。
 ドゥカティに乗るにはライディングがスムーズすぎるって言われてましたね。そういう意味ではこの表彰台をそう言って批判していた人たちに捧げたいですね」。ロレンソの口調はけんか腰とも言えるほど強いものだった。「MotoGPで44勝して140回も表彰台に昇ってるライダーの力を疑うなんてやっちゃだめなんですよ。ドゥカティは難しいマシンなんです。非論理的な乗り方をしなきゃならない。僕だって人間なんだし時間は必要なんです。250でホンダに乗ったときもそうでした。今やっとドゥカティで戦えるこつみたいなものをつかんだところなんです。他のサーキットならもっとうまく戦える。スタート前から5位以内には入れるとわかっていましたけど、思ったよりレースのペースが遅くておかげでうまく何台か抜けたんです。ザルコを抜くのはたいへんでしたけどね。彼を抜いた後は少し差をつけることができた。今回の結果は僕にとってもチームにとってもすごく大きな意味がありますね」

SportRider:今はもう考えないでドゥカティに乗れるようになったんですか

ロレンソ:まだですね。まだ考えながら乗ってる…、でもいずれ普通に乗れるようになるでしょうね。


SportRider:あなたはずっとヘレスを得意にしてきましたけどドゥカティにとっては苦手なコースでした。そんなわけでこれまでのヘレスのリザルトはマシンのおかげではなくあなたの力だと言うこともできそうですが?

ロレンソ:これまでヤマハで上げてきた勝利にはすべて満足していますよ。M1での初年度からタイトル争いがすぐにできるマシンに乗れたんですから。今僕はその頃よりいいライダーになっている。ライダーとして成熟したんです。ドゥカティはわかりにくいマシンですし、これまでのたくさんのライダーが苦労してきた。もちろんこの2年ほどはマシンもすごく良くなっていますけど、まだ難しいし特別なバイクですね。でも乗り方まで忘れたわけじゃないですから。


SportRider:レース後マシンにキスをしてましたね…、あれはどういう意味だったんですか?

ロレンソ:この3日間、良いパフォーマンスができて、ドゥカティのファンがソーシャルメディアで盛り上がってくれて、それで信じる気持ちを取り戻せたんです。だから僕の力を信じてくれた人たちにお返しをしなきゃって。まだマシンには改善の余地がたくさんある。本当にたくさんある。凄い強みもあるけど弱みもある。ルマンやムジェロみたいなうち向きのサーキットならもっといいリザルトが出せるかもしれません。今年中に価値を狙えるし2018年に最高の結果を出すための準備をしたいんです。


SportRider:今回ドゥカティで一番前でゴールできて、それが目標の一つでしたけど、これからの目標はなんですか?

ロレンソ:マシンの改善ですね。ドヴィツィオーゾより速く走るのは難しかったですから。彼はこのマシンに5年も乗っていて、速く走るためのあらゆる細かいことや秘密を理解している。ドゥカティでの初戦となるカタールで勝たなきゃって思ったりもしたんですけど、そんな簡単な話じゃないんです。で一歩ずつ、いままで125ccや250ccでやってたみたいに、経験を積みながら少しずつ積み重ねていかないといけないんです。


SportRider:でももしチームがマシンはすごくいいパフォーマンスを発揮してるって言ったら?

ロレンソ:ジジ・ダリーニャは何を改善しなきゃいけないのか完璧にわかってるんですよ。弱点もよくわかっている。主に曲がりはじめのブレーキをリリースするところで起こる問題ですね。あとはエンジン特性も課題ですね。パワーはもうかなりあるんで、スムーズさを手に入れたい。でもいまライダーとして言えるのは前よりドゥカティを気持ち良く乗りこなせるようになってるってことです。


SportRider:シーズン前のスケジュール感からすると今はどのあたりにいることになります?思っていたより前に進んでいますか?

ロレンソ:ヴァレンシアでテストをする前にはもっと楽だとなめてましたね。でも実際はいろいろ理解するのに時間が必要だった。いったん理解してからはかなりの早さでうまくできるようになっています。アルゼンチン以降、ここにくるまでかなりの変更を加えてるんです。でも例えばムジェロみたいなところでもすごくいい結果になるだろうと予測すること自体無意味ですね。今年のMotoGPはちょっと気狂いじみていて、いろいろ予測もしなかったことが起こってるんです。でもまあストレートは長ければ長いほどうちには有利ですね。


SportRider:昨日はブレーキングで抜けるようになったと言ってましたが、その通りになりましたね。今日はいいパッシングがなんどか見られました。

ロレンソ:良い面と悪い面はきっちりと見据えておきたいんです。でも口にしたことはきちんと実現する。本当のことを言うと、今日のレースはすごくペースが遅くて、僕のペースの落ち方が他のライダーより少なかっただけなんです。
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信じてくれたファンに恩返しですよ!うう、かっこいいぜ!!

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ペドロサ初優勝のときのリザルト

先日のヘレスでの優勝でダニ・ペドロサは16年間必ず1勝は上げるというすごい記録を成し遂げています。
それを振り返る公式映像はこちらですが、いや、もうキュートさが微塵も減じていないのに驚くばかりですよ。

ってなわけで、その初勝利、2002年のオランダGP125ccクラスのリザルトを振り返ってみましょう。

1  ダニ・ペドロサ SPA Honda
2  マニュエル・ポジャーリ RSM Gilera
3  ホアン・オリヴェ SPA Honda
4  アルヌー・ヴァンサン FRA Aprilia
5  ルーチョ・チェッキネロ ITA Aprilia
6  スティーブ・イェンクナー GER Aprilia 
7  パブロ・ニエート SPA Aprilia 
8  宇井陽一 JPN Derbi 
9  アレックス・デ・アンジェリス Aprilia
10 アンヘル・ロドリゲス SPA Aprilia 
11 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ITA Honda
12 シモーネ・サナ ITA Aprilia 
13 ジーノ・ボルソイ ITA Aprilia 
14 東雅雄 JPN Honda 
15 ガボール・タルマクシ HUN Honda 
16 ホルヘ・ロレンソ SPA Derbi 
17 ヤロスラフ・ウールズ CZE Aprilia 
18 アンドレア・バレリーニ ITA Honda
19 ミルコ・ジャンサンティ ITA Honda
20 ヘクトル・バルベラ SPA Aprilia 
21 アレックス・バルドリーニ ITA Aprilia
22 ヤコブ・シュメルツ CZE Honda
23 ファブリッツィオ・レイ ITA Honda
24 チャズ・デイヴィス GBR Aprilia
25 青山周平 JPN Honda
26 マティア・アンジェローニ ITA Gilera
27 イムレ・トス HUN Honda 
28 レオン・カミア GBR Italjet 
29 ステファノ・ビアンコ ITA Aprilia
30 アドリ・デン・ベッカー NED Honda
31 ランディ・ヘヴェルス NED Honda
32 ヘラルド・ペルドン NED Honda

Not lassified ステファノ・ペルジーニ ITA Italjet

懐かしい名前が一杯ですが、ホルヘとかもいるわけですよ。そしてこのとき250で勝っているのはマルコ・メランドリ、MotoGPはロッシです。つくづくすげえ。

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MotoGP:スペインの政党がグリッドガール禁止に向けて動く

グリッドガールネタはこれまで何度か翻訳していますが(こことかこことか)、いよいよ廃止の動きを本格化する地域もでてきたようです。MCNより。
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カタルニアの政党、「カタルニア緑の党」はグリッドガールに関する法律制定を進める二つ目の政党となった。性差別主義的であるというのがその理由だ。

この法案は来月バルセロナで開催されるカタルニアGPに間に合うように提出される予定だが、グリッドガールを全面禁止するのではなく、ドレスコードを設定するほか、また同数のグリッドボーイを導入することを義務づけることで性役割の平等性を担保しようというものだ。

地元ラジオ局、カデナ・セル・カタルニアのインタビューに対して政党の広報担当、ジョルディ・マニルスはグリッドガールという物が時代遅れなのだと語っている。

「21世紀の今、カタルニアサーキットでのグリッドガールの役割はもう時代遅れになってるんです。現代社会は平等性を重んじるものになってるんですよ。グリッドガールというのは女性をただの添え物に押し込めて、それが女の人たちのいらだちのもとになってるんです」

ヘレスの市議会がスペインGPにおけるグリッドガール廃止を訴えたものの、ドルナはこれを無視しているが、カタルニア緑の党の動きはこれを受けてのものである。

グリッドガールの役割は近年になってますます疑問視されるようになっている。女性観客を増やそうというときに、ほとんどが男性で占められているパドックで唯一働いているのがプロのモデルだという事実が批判されるようになっているのだ。

すでにグリッドガールを廃止しているチームも出始めている。例えばプル&ベア・アスパー・ドゥカティはスポンサーのイメージに合わないということで2017年からやめているのだ。
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念のため言っておきますが「緑の党(お察し)」とか思わない方がよろしいかと。あと、グリッドボーイを同数にするってのはおそらく皮肉ですよ。

ついでに言うと、私はグリッドガールなんていなくてもレースの魅力はいささかも減じることはないと思っています。だってバイクもレースもそれだけで充分セクシーじゃん。

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不思議の国のグランプリ

いやもう全世界30億人のダニファンとホルヘファンが狂喜乱舞することになった先日のスペインGPですが、いつもの年とは微妙に違って、必ずしも今年全体を占う物ではなかったというMat Oxley氏の記事です。Motor Sport Magazineより。
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2017年の4レース目、今年はかつてないほどレース結果の予想が難しくなっている。そしてその結果、MotoGP最高の頭脳を持つエンジニアたちでさえヘレスの結果に困惑している始末だ。

1991年のことだ。ウェイン・レイニーはヨーロッパラウンドの開幕を「地上戦」と呼んでいる。ヘレスでのGPが第一次湾岸戦争の直後だったからだ。

多くのライダーがヘレスこそが真のタイトル争いの開幕だと考えている。ヨーロッパ域外での開幕戦は普通のノリではないリズムを奏でることがあるからだ。ヴァレンティーノ・ロッシでさえその意見を否定できないでいる。「まあヘレスが本当のタイトル争いの始まりだとはいいたくはないですけど、でも…」。ヘレスで7回も勝っている彼は31回目のヘレス開催を前にそう言っているのだ。

レイニーがヨーロッパでの戦いを地上戦と称して他のGPとは別扱いをするのには理由がある。ヨーロッパのサーキットは他とは異なるのだ。チームが持ち込むのは空輸用ケースではなく装備満載のトラックだ。そしてライダーたちはパドックで生活することができる。

まあMotoGPライダーはそうだ。モーターホームでの豪奢な生活は目がつぶれるほどの輝きを放っている。一方Moto2やMoto3のライダーはパドック外からレンタカーで通勤している。ただし週末分として2500ユーロ(邦貨換算31万円)を払ってGP優勝経験もあり今はノリノリのDJであるフォンシ・ニエートが経営するトラックを改造したカプセルホテルに泊まることができれば話は別だ。

ヨーロッパのパドックは今でも特別な場所である。しかしそれは過去の幻影でもある。億万長者のモーターホームが貧乏ライダーの崩壊寸前のキャンピングカーと隣り合わせで駐まっているような雑多な人々の集うキャンプサイトは遠い昔の話だ。毎晩何十ものバーベキューパーティーの素敵なにおいが充満し、ライダーやその友人たちの賑やかな声がこだますることもない。勝利を祝うこともなければ悔し涙に溺れることもない。

すまない。少々懐かしさに浸りすぎてしまった。話がそれるにもほどがある。私が言いたかったのはこういうことだ。ヨーロッパ域外でのレース結果だけを観ていても間違うことがある。つまりヘレスこそが真の様相を判断するのにふさわしいレースだということだ。

しかし今年は違う。日曜のMotoGPはアリスが兎を追いかけて入り込んでしまった不思議の国さながらだったのである。論理をナンセンスが覆い隠し、そして希望が塵と消えたライダーが何人もいた。

レースというものはたいてい物理の法則に従って仕事をしている賢い人々がコントロールする論理的なものである。MotoGPのレースが終わるごとにエンジニアが短時間で教えてくれる。だからホンダは強かったとか、ここでヤマハが弱かったとか、そういった話だ。

しかし今回はそういうことにはならなかった。日曜の夕方、私は史上最も奇妙なレースとなったその理由を求めてピット裏をうろついてみた。しかし私が話をした(つまり立ち止まって私に話をしてくれた)エンジニアのだれ一人として今回の決勝を論理的に説明できなかったのである。

本当に奇妙なレースだった。去年1−2を飾ったワークスヤマハはどいこかに消えてしまった。そして去年は存在感のなかったワークスホンダが1−2を飾ったのだ。そしてドゥカティと言えば、例年ならここヘレスでひどい目に合っているのに今年は表彰台に上がっている。その立役者のロレンソの笑顔は彼のキャリアの中でも最もこぼれるような、そんな笑顔だった。ドゥカティがドライのヘレスでここまでの結果を出せたのは2009年まで遡る。ケイシー・ストーナー時代の話だ。

モンスター・テック3ヤマハのヨハン・ザルコのチーフメカ、かのギ・クーロンなら秘密を知っていると思うだろう。しかし彼ですらなぜ自分の所のライダーがワークスヤマハより速かったのかはっきりとは説明できないのだ。

「説明不能ですよ」とクーロンは肩をすくめて言った。その様子はなんだかアルベルト・アインシュタインが2+2の答えがわからないと告白しているようだった。「タイヤかもしれませんけど。ヨハンもヨナス(フォルガー)もフロントはミディアムだったんです。でも他のヤマハはハードでしたから。でもフレームの違い(テック3は2015/2016型、ワークスは2017年型)が原因だとは思いませんね。ディメンジョンはかなり似てるんであんまり違いを生み出さないと思うんですよ」

カル・クラッチローのLCRのチーフメカ、クリスチャン・ブーギニョンも頭をぐらぐらさせている。「普通ならヤマハのコースなのにホンダが牛耳った理由?ちゃんとした答えなんてないですよ。ウォームアップではマーヴェリック・ヴィニャーレスがすごく速くて、彼を負かすのはかなりきついなってみんな思ったのに、レースでは苦労していましたしね」

とは言えブーギニョンには2つほど思い当たる理由があるようだ。「ここは観客が凄く多いんでコースに塵がたくさんあるって言う人もいますけど、私はそれはないと思いますよ。私が考える理由は、距離の短いサーキットだとよくあることなんですけど、Moto2レースでもラップ数が多いんで、どのコーナーでもラバーの層ができてしまう。それでグリップが失われるんです。もう一つの理由は路面温度ですね。プラクティスや予選と比べてかなり高かったんです」

レース序盤でRC213Vに乗るダニ・ペドロサとマルク・マルケスの2人が遙か前方に消えてしまった一方でヴィニャーレスは自分のマシンのフロントグリップを全く感じられず、チームメイトのヴァレンティーノ・ロッシは左コーナーでのリアのトラクション不足に苦しんでいた。

つまりヘレスの謎は謎ではなかったということだ。MotoGPが陥ったのは兎の穴ではなくゴムの罠だったのだ。

ヘレスはいつだって普通ではないサーキットだったし、そして路面温度で全く違うコースに様変わりしていたのだ。ライダーが冬にテストで訪れるとそれまでのラップタイムをぶち破り、そして夏に戻ってきた彼らはこないだの自分のタイムに及ぶべく無駄な努力を積み重ねることになる。

MotoGPのレース中のレコードタイムはいまだに2015年にホルヘ・ロレンソがブリヂストンで記録したものだ。このときのレースタイムはこの日曜のペドロサのタイムより29秒も速く、去年のロッシより31秒も短かった。しかし2年前の路面温度は今年より11度も低かったのである。

日曜、多くのライダーがフロントにはハード、リアには左右非対称のミディアムを選択していた。ペドロサ、ロッシ、ヴィニャーレスといったライダーだ。その中で、なぜかペドロサのRCVはリアのグリップをきちんと引き出すことができ、一方のロッシは左コーナーで「転ばなかったのは運が良かったからだ」というほどのホイールスピンに悩まされている。

そしてリアタイヤの選択に関してはロッシの仲間は一人もいなかった。ハード側は硬すぎで、ミディアムのはずの左側も硬すぎだったのだ。しかしソフトはソフト過ぎだった。彼のスタッフはシャーシバランスやトラクションコントロールの組み合わせで問題を少しでも軽くしようと努力はしなた、しかし今回ばかりはさすがのロッシも手品のように帽子から兎を引っ張り出すことはできなかったのである。それがアリスの不思議の国で起こっていたことだ。ロッシは深刻な状況に置かれているということだ。

ヴィニャーレスの決勝レースはさらにわけのわからないものだった。彼はウォームアップではトップタイムを出せたのにフロントのグリップ不足のせいで蚊帳の外に追いやられてしまったのだ。

「フロントの感触が全然なかったんです」と彼は言う。「普段ならヤマハは高速コーナーで速いのに、11コーナー(高速右の最後から3つめとなるアレックス・クリヴィーレコーナー)ではクラッシュしそうになってました」

何が起こっていたのだろうか?ヘレスは路面温度で様変わりするということは既に記したが、それ以上のことが日曜に起こっていたのだ。

レースタイヤというものはサーキットによって、そして日によって発揮できるパフォーマンスが変わってしまうものだが、ミシュランはその傾向が強いどころの話ではないのだ。ロッシが日曜の夕方に話していたとおり、「違うサーキットに行けば違う展開になる状況」なのである。

エンジニアにとっては悪夢である。そしてタイヤパフォーマンスは安定していてほしいと考えるライダーにとっても悪夢である。コースが変わる度にエンジニアは新たなマシンのセッティングを創り出し、ライダーは新たなライディングテクニックを発明しなおさなければならないのだ。

「ミシュランだと毎週乗り切るのがたいへんなんですよ」とアンドレア・ドヴィツィオーゾは言っている。「毎週違うんですよ。状況が一定したことがない。だから毎回頭を使って状況をコントロールしないといけないんです。去年に比べればだいぶマシになってますけど基本的な性格ってのはそのままですからね。週末のたびにうまく合わせこんで、何が起こってるのか理解しなきゃならない。簡単じゃないですけど、みんな同じ目に合ってるわけですから」

しかしそれはどういうことなのだろうか?安定性のなさ、予想のしにくさのおかげで良いレースが実現している。もしひとつかふたつのチームだけが他のチームよりうまくタイヤに合わせることができたとしたら、去年9人もの優勝者が誕生することはなかっただろう。タイヤが替わり続け、マシンが変わり続け、ライダーも自分を変え続け、おかげで結果も変わり続ける。

今年のミシュランはマシになったが、ある程度不安定であることがレースの面白さに貢献しているのは変わりはない。ライダーもチームも素早く決断し、現下の状況に対応しなければならない。レースが素晴らしい結果に終わっても、気持ち良く荷物をまとめるというわけにはいかないのだ。次のレースになったら一からやり直しだということをよくわかっているからだ。

大事なのは皆同じタイヤを使っているという事実を忘れないことだ。セッティングをピンポイントで決めないと最高のパフォーマンスは発揮できないかもしれないが、どのチームもそのセッティングを見つけることが可能なのである。今週はあるチームがそのセッティングを見つけて、次の週は別のチームがうまくセッティングを出す。これはファンにとっては素晴らしいことだ。エンジニアとライダーは決して気を抜くことはできないし、そしてファンも結果を予想することができないのである。
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そしてエンジニアは兎のように「時間がない時間がない時間がない」ってなるんですよ。

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公式リリース>スペインGP2017年

ヤマハホンダドゥカティ(英語)アプリリア(英語)スズキKTM(英語)

おや、ここにきてヤマハもホンダも訳がこなれてきましたね。ありがたいありがたい。

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