« クラッチローはヴァレンシアGPを欠場 | トップページ

ネックブレースの有効性について

Cycle Newsに掲載されていた「モトクロスにおけるネックブレースの効果」という記事がツイッターのTLで回ってきたんですが、興味深いし重要な情報なので、とりあえずオリジナルの報告のみ翻訳。

ただし数字の解釈は報告レベルで、査読付き論文にするにはいろいろ瑕疵もある感じがします。これについては文中に差し挟んだ訳注をご参照ください。もちろん私の間違いに関するご指摘も大歓迎です。

この報告を作成したグレート・レイクス・EMS社というのはモトクロスを中心にアマチュアのレースイベントに対して緊急搬送サービスを提供している組織(おそらく民間営利企業)です。ちなみにEMSってのはEmergency Medical Serviceの略で、緊急医療サービスとか緊急搬送サービスと訳されます。要するにモトクロスに特化した民間救急車サービスと思ってもらえば当たらずとも遠からずなはず。
============
ネックブレースの効果について:グレート・レイクス・EMS(アクションスポーツEMS)による

序論/背景

アクションスポーツEMSは5つの州にわたるアマチュアモトクロス界において救急搬送サービスを提供している。2008年にノーザン・ウィスコンシンで設立されて以降、中西部における最大級のモトクロス会場でのサービスを提供するまでに成長してきた。この1年間でもロレッタリンの複数の地域予選や地区予選、フラットトラック・グランドナショナル、ISOC(訳注:スノーモービル世界選手権)、スノークロス等のイベントに対応している。この他、我々は様々なイベントにおいてAMAとの直接契約の下、緊急ケア及び搬送サービスを提供している。1回で1000人以上のライダーが参加する週末イベントも珍しくはない。

さて、様々な安全装備に関しては、その有用性が語られている一方、否定的な見解も表明されているし、そうした話は我々もここ何年にもわたって耳にしている。特に話題にされるのがネックブレースだ。その種類やメーカーに関係無く、ネックブレースは「悪い」ものだと人々は考えているのだ。こうした見解の裏には、かつての設計の問題や個人的経験やソーシャルメディアでのコメントに加えて、身体力学に関する知識の欠如があるのかもしれない。

6歳から50歳以上に至るまで、多くのライダーがネックブレースに関する間違った知識に汚染されている。こうした知識の多くはいわゆる「キャンプファイヤートーク」(訳注:井戸端会議みたいな感じでしょうか)で他のライダーから教えられるものだ。しかしそれ以上に問題視すべきは年少ライダーの指導者もライダーの親や他の若いライダーに間違った知識を伝えているということである。以下はその例である。

・ネックブレースのせいで鎖骨を骨折する。
・登り坂やジャンプで上が見えないから装着するな。
・そんなもんをつけてたらまともに戦えないし、プロだってあんまり使ってない。
・背骨を折って神経が傷ついて、へたすりゃ麻痺。
・付け心地が悪い。
・動きが制限される。
・バカみたいに見える。
・まともにフィットするのがない。

我々チームはライダーの皆さんにネックブレースのメカニズムを理解し、何ができて何ができないのか知ってほしいと考えている。さらにはネックブレースにまつわる間違った神話を一掃したいと考えている。頸椎を、場合によっては命を守るために設計されたものなのだ。これは何十年も前にシートベルトやエアバッグについて言われてきたのと同じことなのである。

我々は、実際の患者のデータを見ればネックブレースが本来の機能を発揮していることは証明できると感じている。ネックブレースのメーカーは何年も前からこの事実を知っているのだが、皆様にも広範なデータに基づく本報告を(他の同様な報告と共に)お読みいただき、今度こそ思い込みではない現実世界に目を向けていただきたい。我々は製造メーカーは正しい方向に歩んでいると感じているし、実際のデータがそれを裏付けているのだ。


収集データ

本研究のデータは2009年1月から2018年10月(ほど10年間)にわたって収集された。患者数は9430人、内8529人についてネックブレースの装着有無が判断できた。またすべての患者について頸椎損傷有無、鎖骨骨折有無、死亡有無を記録した。それ以外の901人については過去に遡って「ブレース有り」「ブレース無し」を質問し確認しているため、今回の分析からは除いた。本症例研究では前述の頸椎損傷、鎖骨骨折、死亡有無の他、入院有無、ALS搬送(高規格救急車または航空機による搬送)有無。頸椎固定、致命傷有無等についても厳密に記録した。

8529人の患者の内、4726人は事故時及び記録作成時にネックプロテクションを装着していないことを示す「NO」マークがついており、3802人は事故時及び記録作成時にネックプロテクションを装着していたことを示す「YES」マークがついていた。


統計

1.深刻な頸椎損傷はネックプロテクション無しの場合89%以上多い

訳注:やや誤解を招くタイトル。89%というのはネックブレース無し239件とネックブレース有り26件を単純に比べた数値なので、本当は「無し239/4726=5.06%」「有り26/3803=0.68%」の比から「86%多い」と言うか「7.4倍」と言うのが適切かと)

本研究期間中の10年間で、ネックブレース装着無しで239件、装着有りで26件の頸椎損傷が発生した。

11_3


2.(頸椎損傷に基づく)死亡確率*はネックブレース装着無しでは69%以上増加
訳注:ここまで死亡が少ないとχ2乗検定では有意差がでませんので、あくまで参考値で)

本研究期間中の10年間で、ネックブレース装着無しで4件、装着有りで1件の死亡が発生した。
*:ネックブレース装着ケースでの死亡例については、過去の事故で頸椎固定を施されていた患者であることに留意。またこのケースではバイクの一部が直接首の後ろに強く当たっている。本報告で設定した規定に当てはまるため本ケースについても統計上は含んでいるが、怪我の状況については留意されたい。

21


3.深刻でない頸椎損傷はネックブレース無しの場合75%以上多い

訳注:こちらも1と同様やや誤解を招くタイトル。これも「81%多い」と言うか「5.2倍」と言うのが適切かと)

本研究期間中の10年間でネックブレース装着無しで702件、装着有りで109件の深刻でない頸椎損傷が発生した。

31


4.鎖骨骨折はネックブレース無しの場合45%以上多い

訳注:同様。「18%多い」と言うか「1.2倍」と言うのが適切かと。ちなみにたかが1.2倍ですが有意差はちゃんと出ますのでむしろネックブレースに鎖骨骨折防止の効果があると言えそうです。)

本研究期間中の10年間でネックブレース装着無しで443件、装着有りで291件の頸椎損傷以外の怪我が発生した。

41

本研究期間中の10年間でネックブレース装着無しで702件、装着有りで109件の頸椎損傷以外の怪我が発生した。


5.ネックブレースなしの頸椎損傷はより深刻な結果を招き、より手厚いケアを必要とする

51

黒:深刻な頸椎損傷
黄:入院
橙:高規格救急車または航空機による搬送
赤:頸椎固定

上左図のとおり、ネックブレースのない場合、重篤な頸椎損傷ケース(黒)239件の内、100%(239件)が入院(黄)および高規格救急車または航空機による搬送(橙)を必要とした。一方、ネックブレースありの場合はそれぞれ73%、42%に留まっていた(上右図)。

またネックブレースのない重篤な頸椎損傷ケース239件の内、87%(207件)が頸椎固定(赤)を施されているが、ネックブレースありの場合は76%(22件)に留まっている。

訳注:頸椎こてに関しては、χ2乗検定では有意差が出ないどころか、ほとんど偶然とも言える程度の差と言ってもいいです。ただし頸椎固定は安全をみて実施するもので、その有無が怪我の深刻さの差を表しているわけではないことに注意してください)


6.ネックブレース無しの場合頸椎損傷の可能性は82%増加する

訳注:なぜかここだけ正しい表記になってますね…)

本研究期間中の10年間で重症度を問わない頸椎損傷はネックブレースなしで945件(4726人中20%)、一方でネックブレースありの場合は136件(3803人中3.5%)だった。

6


結論

10年間で記録された9430件の事故は現実世界におけるネックブレース関連データとして確固たるものである。さらにここまで示したとおり、ネックブレースはライダーの安全性を指数関数的に高めている。我々は今後も何年にもわたってデータを記録していく所存である。そしてみなさんがネックブレースを受け入れていけば、今回示した効果に関する数値は良くはならないとしても、少なくとも変わらないだろうという思いを強くしている。もちろんネックブレース(に限らずあらゆる装備)が事故の際になんらかの否定的な作用を及ぼす可能性を完全に否定することはできないが、それでも人類がこれまで作ってきたものが100%の効果を発揮することはないと言うことも知っておくべきである。それはネックブレースについても同じなのだ。

我々が望むのは、みなさんにこれをご覧いただき、自らネックブレースの有効性に気付いた上で、バイクに乗る際には安全に関して充分な情報に基づく意志決定をしていただくことである。数字は嘘をつかない。そして安全性を高めることができるあらゆる防護アイテムの装着についてすべての人に検討してもらいたいと我々は考えている。

我々はライダーの安全を守ることだけを願って緊急搬送サービスを提供している。ここで提示した現実世界のデータは何年にもわたって収集したものであり、ネックブレースを推奨するために有効性を強調したり、否定するために問題を強調したりといったデータの操作は当然ながら全く行っていない。みなさんの安全を守るのが我々の願いであり、モータースポーツ業界に、そしてバイクを愛する人々に貢献し続けてきた中で学んだことを共有するのが我々の義務であると考えている。あなたのバイクやヘルメットやブーツなどと同様に、あらゆる装備はメーカーが指定する方法に従って正しく装着しなければ最大の効果は発揮できないし装着性も悪くなることは忘れないでいただきたい。間違った方法で装着された装備は想定外の結果を招く可能性もあり、場合によってはあなたのライディング能力を阻害することにもなる。そして怪我や死亡につながらないとも限らない。


専門用語解説

・頸椎:1番から7番頸椎に相当する首の部分。
・入院:外科、ICUまたは一般病棟への入院
・頸椎固定:板状の担架における頸椎固定
・深刻でない:頸部の刺すような痛み、可動範囲の制限、救急車内での診察のみ

出典:グレートレイクスEMS社/アクションスポーツEMS−救急データ報告システム

患者ケア用ワークシートにおいて収集している装備関連データ対象:ヘルメット、ゴーグル、ニーブレース、ネックブレース、チェストプロテクター、グローブ、ボディアーマー、バイク、ATV、モトクロス、フラットトラック、ヒルクライム、ウッズ


警告

本報告書に掲載したあらゆるデータ及び関連データはグレートレイクスEMS社にのみ所属する。またグレートレイクスEMS社による書面による法的同意が無い限り、どのような主体、企業、製造業者、組織であろうとマーケティング、セールス、商品やサービスの利益にするために本報告書を使用してはならない。本報告暑中のデータは情報提供及び統計のみを目的として収集されたものであり、どのような商品、サービス、企業を宣伝するためのものではない。関連データについても同様である。また本報告書で言及した傷病を防止するために設計された商品の効果を示すためのものでもない。グレートレイクスEMS社及びその職員、ボランティア、協力者等は医師ではなく、何らかの医学的アドバイスをしているものではない。グレートレイクスEMS社は、今後使用する予定の商品や健康、安全等に疑問を持った場合は医学専門家、特定のブランド/商品の地元の販売店に相談することを強く推奨する。
============
そんなわけでネックブレースは大事ですよ。

|

« クラッチローはヴァレンシアGPを欠場 | トップページ

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ネックブレースの有効性について:

« クラッチローはヴァレンシアGPを欠場 | トップページ