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ロッシが詩人ならマルケスはヘンドリックス

次戦はいよいよヘレス。ヨーロッパに戻って本格的なシーズン開幕となります。今回のMat Oxley氏はブーイングに怒ってます。そしてマルケスを倒すのはたいへんだと。例によってMotor Sport Magazineより。
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今MotoGPはその黄金期にある。レースが開催される週末に我々が目にするのは、おそらく史上最高の二人のライダーのバトルだ。そしてその二人が今週末はヘレスで激突する。そこで待つのは全身に鳥肌が立つような大群衆の熱狂である。

素晴らしい時代が訪れたのだ。今の私はシュワンツvsレイニー時代のように次のレースの取材に出かけるのが楽しみでしょうがない。あの頃もヘレスでは素晴らしいバトルが繰り広げられた。コース内外を問わずにだ。

当時ケヴィン・シュワンツとウェイン・レイニーの仲は悪かった。しかしチームスタッフはレース後には一緒に楽しい時間を過ごしていたのだ。シュワンツは後にこう回想している。「みんなが友達同士だったわけではないんだけど、日曜の夜にはみんな外に出てチームで夕食を一緒に食べてましたね。そうなるとチーム同士が同じ店に言ったりするんですよ。同じバーでビールを飲んでバトルについて語る。『来週は目にもの見せてやるよ!』『へー、やれると思ってるならやればいいじゃん!』ってな感じでね。
 ヘレスは昔からそうでしたね。近くに小さなレストラン(メゾン・ラ・クエヴァ)があって、ホンダはそこでパーティーをやってるんです。僕らは下の階でディナーを食べてる。レイニーのヤマハ・チームも同じで、だからヤマハのスタッフに声を掛けに行くんですよ。なぁ、ホンダの奴らをからかいに行こうぜってね。次はまあ、当然のようにひどいことになる。料理やら飲み物やらゴミ箱やらを投げ合って。もうそういうことってなくなっちゃいましたけどね…」

正しくその通り。レース界はこの25年ほどであらゆることが変化している。競争は激しくなり、アグレッシブになり、金回りは良くなり。組織化され、何もかも変わっている。そして良い変化もあれば悪い変化もある。

唯一本当にまずい方向に行っていると言えるのは一部のファンによるブーイングだ。ケイシー・ストーナーやマルコ・シモンチェリ、そしてマルク・マルケスはCOTAでまたブーイングを受けた。25年前、シュワンツのファンがレイニーにブーイングを浴びせることはなかったし、レイニーのファンもシュワンツに向かってブーイングをすることはなかった。誰もが驚異の走りに見惚れて、そして生涯忘れられない思い出を胸に家に帰ることができたのだ。

私はブーイングする気持ちが全くわからない。それどころか胸が悪くなるくらいだ。ピットレーンの誰もが同じようにむかついている。アプリリアのピットからスズキのピットまで全員がそうだ。このショウを実現するためにチームがどれほど努力をしたのか、そしてこのレースをどれほど心待ちにしていたのか。それはチームメンバーでない私たちと同じなのである。ブーイングのせいで彼らの努力が台無しになってしまうのだ。

ブーイングするような連中はファンというより狂信者だ。そういう連中はバイクレースがどれほど複雑かを理解しようともしないし、世界最高のライダーたちが物理の法則をねじ曲げるのを賞賛しようともしない。単に自分たちの鬱積を晴らしたいだけなのだ。つまらないレスリングの試合を見せられて怒っている老女のようなものなのである。その怒りは不誠実な政治家にでも向ければいいのだ。

マルケスはアルゼンチンで間違いを犯し、そして罰を与えられた。レースディレクションは次にやらかしたら、より厳しいペナルティを科すと彼に告げている。つまり今シーズンの残りは彼にとっては執行猶予期間ということである。実に正しいやり方だ。

とは言え、テルマスで科せられた「無分別なライディングにより相手をクラッシュさせた」を理由とするペナルティは、彼にとっては2013年のアラゴンでダニ・ペドロサに引っ掛けて彼のトラクションコントロール用のリアホイールスピードセンサーを壊したとき以来だということは思い出しても良いだろう。さらにその時には誰も彼に対してブーイングをしなかったこと、そして彼がこれまで犯した最も罪深い行為である2011年のラタパー・ウィライローをはじき飛ばした時にもブーイングを受けなかったことも思い出そう。

オースチンでの独走優勝はテルマスでの騒ぎに対する彼なりの答えである。自分の思いのままに操れるマシンを手に入れたのは2014年以来だ。彼はバトルが大好きなのだが、私が思うに、彼はそれの気持ちを一時的に押し殺し、そしてどれほど自分に力があるのかを見せつけることにしたのだろう。

気付いていないかもしれないがあなたが目にしているのはMotoGP界のアイルトン・セナなのだ。ライバルですらぽっかり口を開けて見てしまうような異次元の才能を持つ、しかし賛否両論あるレーサーだ。去年のことだが、ヴァレンティーノ・ロッシですらこう言っている。「マルケスは史上最高のライダーになれるだけの才能を持ってるんです。僕なんかよりずっと凄い」

ロッシの凄さは信じられないほどのものだ。最高の力を発揮している時の彼のレーシングライン上の詩人である。誰にもできないほど細部まで完璧さを貫いてマシンを操るのだ。

「自分はありったけの勇気を振り絞って彼の後ろに着いていこうとしてるのに彼は楽々と離れていくんですよ。少しずつね」。ヤマハでロッシのチームメイトだった時代のコーリン・エドワーズの言葉だ。「彼についてはコース上で何か一つが凄かったってわけじゃないんですよね…。全部が凄いんですよ。何もかもがね」

一旦それが決闘になると、つまり素手での殴り合いになると、いきなりリズムが変わるのである。衆目が注視する舌戦だろうと最終コーナーでの一か八かのアタックだろうと、変わらない。

エドワーズは続けてこう言ったのだ。「ヴァレンティーノは隠密野郎で狐のようにずる賢いんですよ。コース上での奴は本当に悪辣ですね」

マルケスも同じだ。みんな同じなのだ。バイクレースは先日私がコラムに書いた通り(訳注:翻訳はこちら)以前よりアグレッシブになっている。マルケスもヨハン・ザルコも接触上等の走りはMoto2で学んだのだ。実際ザルコは去年の記憶に残るフィリップアイランドのレースでマルケスのシートユニットを壊しているが、マルケスは文句を言っていない。

私はロッシのこともマルケスのことも好きだ。どちらも注目を浴びていないときには本当に良い人間である。そしてどちらも私が40年間でインタビューした中で最も知性に溢れたライダーである。しかし一旦マシンにまたがると、どちらも戦士に変貌する。

設計時に想定されていた限界を超えてマシンを走らせる戦士が私は大好きなのだ。誰もマルケスよりうまくマシンを乗りこなすことはできない。絶好調のときの彼は詩人というよりジミ・ヘンドリックスなのだ。歯でギターを演奏している。

もちろんそういうライダーは転倒もする。しかしそのクラッシュはたいていの場合ミスではない。彼らは限界を探っているのである。プラクティスではわざとフロントをロックさせて路面を擦る感触を確認する。そうやってレース中に(実際そうなるかどうかは別として)それが起こった時に備えるのだ。

COTAで勝利したことでマルケスの最高峰クラス勝利数はマイク・ヘイルウッドの記録にあと1勝、ケイシー・ストーナーの記録にあと2勝というところまで近づいた。残りはホルヘ・ロレンソ、ミック・ドゥーハン、ジャコモ・アゴスチーニ、そしてロッシだけだ。

統一電子制御とワンメイクのミシュランタイヤというMotoGP新時代では以前より結果を出し続けるのが難しくなっている。しかし彼が毎週末、正しいマシンとタイヤのコンビネーションを見出したとしたらCOTAの独走が2018年にはお馴染みの光景になることだろう。

そうなれば間違いなく愚鈍な牛のような群衆によるブーイングを耳にすることになるだろう(ブーイングの語源は牛の鳴き声)。彼らは派手なトップ争いが見たいのだ。頭の悪い連中を満足させるのは簡単ではないのだ。

もちろんすべてを解決する方法はある。みんなで彼を倒しにかかるのだ。不可能はことではない。どんなに追い詰められてもチャンスはあるのだ。去年のアンドレア・ドヴィツィオーゾは2回もそれを証明してみせた。とんでもなく速く、そしてとんでもなく賢ければいいだけだ。簡単な話である。
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ジミヘンの歯弾きはこちら(1分29秒あたり)。

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コメント

最近、なんかオフィシャルのDORNAの報道姿勢に少し疑問があるんです。
アルゼンチンGPの時は、旅先で朝スマホでサイトを見たんですがレース自体より例のアクシデントを大きく伝えてるみたいで。
アメリカGP前もロッシのメディアスクラムを中継します!
マルケスのもやります!って感じで。
競技を中継するという本質から少しズレてる感じがしました。
気のせいでしょうか?

投稿: motobeatle | 2018/05/02 08:56

最近マットさんと気が合う‥・笑

そう。今はまさにMotoGP黄金期です。
もちろん過去にも素晴らしい時代があった。
比べるなんて意味のないことはしなくていい。ロッシ、マルケス、ドヴィ、ホルヘ、ダニ…すべてのキャストがアメイジング。
みんな違ってみんないい。金子みすずもびっくりですよ。

マルケスという1馬身も2馬身も先をゆく怪物がいて、下手打つと向こう10年全部勝ちを持ってかれるかもしれない。
それを阻止するのは誰か?
毎大会がショーダウン。最高ですって。
ブーイングなんて忘れちゃうでしょ笑

マットさんやディビッドさんが取材楽しくて仕方ないのも納得ですわね。

…ちなみにマルクがジミヘンだとしたら、ヴァレはクラプトンかな。いやジミペか?
ホルヘはベックで!

投稿: りゅ | 2018/05/02 18:05

>りゅさん
 ヴァレはクラプトンでいいかもですが、ホルヘはベックじゃないですよ。彼はクラシックでバイオリンを弾いてるんです、きっと。

投稿: とみなが | 2018/05/03 17:08

>motobeatleさん
 去年くらいに外部の記事を入れ始めたんですが、その頃からPVがKPIになってる感じはしますよねぇ。公式サイトが噂記事とかって思いましたもん。

投稿: とみなが | 2018/05/03 17:15

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