« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

同じ罪でも罰は厳しく? MotoGPレースディレクター、マイク・ウェッブのジレンマ

昨日アップしたMat Oxley氏の「MotoGPよしなしごと」にもありましたが、ペナルティの適用が厳しくなっているようです。そのあたりの事情をマイク・ウェッブ氏へのインタビューで解き明かそうというMotoMatters.comの記事を。
============
アルゼンチンでマルク・マルケスがみせた乱暴な走りを受けてドルナのカルメロ・エスペレータ会長は金曜夜のオースチンでの安全委員会で出席ライダーに対して、ルール違反に対してFIM審議委員会はより厳しいペナルティを与えることになる約束している。まさにその翌日、この方針が守られるとどうなるかが明らかになった。マルク・マルケスとポル・エスパルガロがレーシングライン上をスロー走行で他のライダーを妨害した廉で3グリッド降格となったのである。

とは言え皆が喜んだわけではない。日曜のレースの終盤近く、ジャック・ミラーが1コーナーで大きくワイドに膨らんだホルヘ・ロレンソのインに飛び込んだのだ。ロレンソはクリッピングになかなか着けず、そこにミラーが入ってきたせいでマシンを起こさざるを得ないはめに陥ったのである。「結局大して変わってないってことですよ、でしょ?」彼はレース後にそう不満を述べている。「もしあそこで僕がマシンを起こさなければクラッシュしてたでしょうね。接触して転ばさない限りはお咎め無しってことですよ」

日曜夜、私はマイク・ウェッブにインタビューを行った。レースディレクター、そしてFIM審議委員会の委員長としてGP常設委員会が新たに打ち出した方針をどう考えるか聞きたかったのである。彼はその方針がどう決まったのか、そして彼とFIM審議委員がその方針をどのように現場で運用するかについて語ってくれた。

一段階厳しく

今回の方針は、以前より厳しくペナルティを科すということだとウェッブは言う。「マルケスへのペナルティが一番いい事例ですね。あと残念なことにポル(エスパルガロ)のもね。あれは無分別なライディングでした」

しかし無分別なライディングというのはどうにでもとれる言葉だ。つまり何をやったら無分別なライディングになるのか、その定義についてはFIM審議委員の解釈次第ということである。「残念なことに無分別なライディングというのがすべてですね。マルクのケースで言えば無分別なライディングというのはスローダウン走行で他のライダーを妨害したことうことです。でもそれはクラッシュを引き起こすような無分別なライディングというわけではない」

つまりマルケスの違反に対してどのようなペナルティが適切かを判断するためにFIM審議委員会は過去のペナルティの事例を確認しているということである。「2年前から先例を確認するようにしています。以前はどうしていたのか?これを2年間遡ってみるとMotoGPの予選に関するペナルティは、それが初犯であれば審議委員からの警告に留まっています。ペナルティポイント制の時代には一度だけポイントがついた事例がありますね」

その
ペナルティポイントは2015年にヴァレンティーノ・ロッシに科せられたものだ。ミサノの予選の最終盤にレーシングラインでスロー走行しホルヘ・ロレンソの進路を妨害したためだ。

とは言え通常であれば公式に注意を与える程度で済むはずだ。「マルクの違反は警告で済むレベルはずだったんです」とウェブは言う。「だから(マルケスとエスパルガロにも)説明したとおり、アルゼンチンの木曜まではこんな風に座って警告を受けるだけで済んだ。そしてこれからは新しいルールになるんです。以前は警告で済んだ。でももうそれでは済まない。厳しくするよう指示を受けたんです。警告より一段階厳しくするとなるとグリッド降格になるわけです。

仮定の話として過去を検証してみる

もしアルゼンチンでも新ルールが適用されてたらどんなことになっていただろうか?マイク・ウェッブにそう尋ねると彼は開くまで仮定の話だし、個々の事例はその時点での効果を勘案しながら判断するものだと強調しながらも答えてくれた。

アルゼンチンでのマルク・マルケスにはどのようなペナルティが与えられることになったのだろう?「もちろんあの時より一段上のペナルティになったはずです。エスパルガロに突っ込むという間違った方法で順位を上げたことに対してはポジションを下げるようペナルティが与えられました。得た分だけ手放せってことです。今だったらそうですねぇ…私見ですよ。これについては議論しないと。私の考えでは引き続きポジション降格ですね。でも厳しくする。おそらく3つか4つか5つポジションダウンってことになりますが、これはコース上のどこで起こったかにもよりますね。いずれにせよその行為を行った時点の順位より悪くなることになります。おそらくさらにポジションを落とせってことになるんですね」。では、ライドスルーにはタイミングが遅すぎたため30秒のタイムペナルティがマルケスに与えられることになったヴァレンティーノ・ロッシとの一件についてはどうだろう。「二つ目については黒旗になったのは確実でしょうね」

とは言え完全に自動的にペナルティが厳しくなるわけではない。ライドスルーペナルティを受けることになったグリッド逆走という行為についてもマルケスはより厳しい罰を受けることになったのかと尋ねると、こちらについてはすぐに答えられるほど簡単ではなさそうな様子だった。「良い質問ですね」とウェッブはじっくり考えている様子で口を開いた。「全部私の私見ですけど、グリッドでの不適切な行為に対してライドスルーペナルティというのはもう充分厳しいと思いますね。あれは通常私たちが科すレベルより厳しいと思います。だから現在のやり方から変わらないんじゃないでしょうか。でもそれ以外の二つについては、最初のは今より大きく順位を下げさせる、もう一つについては失格というところだと思って下さい。今のところそんな感じです」

30秒のタイムペナルティの結果、マルケスは18位完走という結果になっている。ポイントはつかなかったということだ。もしそうではなく失格ということになっていても結果はほとんど変わらないのではないか?「記録上の違いだけですね」というのがウェッブの答えだ。「最後尾でフィニッシュしたんじゃなくて失格と記録されることになります」。しかしライダーにしてみれば大きな違いだと、ウェッブへのインタビューを終えた私にある元レーサーが教えてくれた。「失格ってのは恥を記録されることになるんですよ。自分の名前の横に「失格」なんて書かれたくないってのが本音ですね。ノーポイントなんかより遥かに嫌ですよ」

正義を測る

新ルールによってFIM審議委員会の仕事がそれほど大きく変わったわけではないが、少しだけ複雑になっているとマイク・ウェッブは打ち明けてくれた。「適正なペナルティであることを説明するのが少々たいへんになっていますね」とウェッブは私に言った。「ポル・エスパルガロの件が良い例です。マルクと同じような違反でした。彼はライン上で他のライダーを妨害した。しかも彼は後ろからライダーが来ているのをわかっていた上で、それでも自分はラインを大きく外れて走っていると思っていた。でもそれは勘違いでレコードラインからそれほど離れていなかったんです。そんなわけで彼がやったのはマルケスと同じ結果を引き起こし、それで同じペナルティを受けることになった。そして彼は自分がそんなペナルティを受けたことに怒っています。これは警告レベルだろうというのが彼の言い分です。でもそれは過去のルールなんです」

ライダーにとって最もわかりにくいのは、その新しいやり方が全てのライダーに公平に適用されるのかということだろう。「ライダーが新ルールがどんなものかを理解するまでの移行期が一番難しいですね。ほんとにたいへんだと思いますよ。コース上でのアクシデントの検証方法は変わりません。いつでもそれはやってますからね。そもそも対応すべき犯罪行為という一線を越えないのであれば関係ありません。もしその線を踏み越えてないのであれば、ペナルティはですね…、そもそもコースでペナルティを科すかどうかの境界線については変わってないってことなんです」

これは非常に大事なことだ。そして新ルールについて多くの人がこの点を勘違いしている。逸脱行為を行っていたり既存のルールを無視していると判断された場合には、そのライダーに対して従来より厳しいペナルティが科せられることになる。しかし何がルール違反の構成要素となるかについてはこれまで通りなのだ。アクシデントを判断する基準は変わっておらず、科せられるペナルティがより厳しくなっただけなのである。

同じ基準、異なるペナルティ

これがホルヘ・ロレンソを混乱させた原因だ。新ルールに基づけば、1コーナーで彼が開けたインにジャック・ミラーが飛びこんだのに対してペナルティが科せられるはずだと彼は思ってしまったのだ。その一件についてはレースディレクションが入手できるすべてのカメラ映像に基づき詳細な検証が行われている。ここで使われるビデオ映像は観客がテレビで見られるレベルを遥かに超えているものだ。「レースコントロールで死ぬほど見まくった上で、ライダーアドバイザー全員やら主催側の審議委員やら、とにかくみんなの結論です。確かにぎりぎりでしたけど、でも結論はレースアクシデントだということです」。つまりこの一件は一線を越えていなかったということである。そもそも厳しくすべきペナルティが存在しなかったということだ。ペナルティかどうかの境目は変わっておらず、そこで科せられるペナルティのレベルが変わっただけなのである。

ミラーがロレンソを抜いたやり方はレースディレクションとFIM審議委員会が最も頭を悩ませているところを見事に象徴していると言ってもいいだろう。そして参戦ライダーの意見も二つの学派に分かれている。他のライダーに接触したら自動的にペナルティを科すべきだと考える一派と、古くから言われている通り、ちょっと掠るくらいはレースの一部、意図せぬ接触はレースに付きものだと考える一派だ。ペナルティに値するかどうかを見極めるのは実に難しいことだ。だからこそレースディレクションによる審判が必要となるのである。

あらゆる接触をレースから排除すべだと最も強く主張しているホルヘ・ロレンソですらぎりぎりの追い抜きと危険な行為を区別するのは主観によるしかないと言っている。「解釈の問題なんですよね。サッカーと同じように、それって解釈の話なんです」。これに付け加えてロレンソは、自分の応援するライダーなら基準が緩くなるだろうとも言っている。

接触してるのかしてないのか

木曜にダニオ・ペトルッチがこれまでやらかしてきた行為について語っていたアレイシ・エスパルガロは接戦と危険なライディングを切り分けようとしてこう言っている。「接触は当然あってもいいんです。実際僕は接触がなきゃ面白くないって考えるライダーですから。接触やぎりぎりのパッシングまではOKなんです。素晴らしいことですよ。みんながアドレナリンを沸き立たせる。でも抜くときに接触するのと誰かにぶつけるのは全然違うんです。その二つは全然違うし、僕はその違いを見極めるのはそれほど難しくないと思いますよ」

その違いを具体的に説明するように求められた彼はアルゼンチンでのマルク・マルケスとの接触を引き合いに出した。「例えばマルクは僕にぶつかってますね。彼は25km/hも速かった。あれは接触とは言えませんね」。エスパルガロはフィリップアイランドやアッセンでの接近戦との違いについてはこう語っている。「アッセンの最終コーナーとかで何度も起こっているみたいな抜こうとして接触しちゃうとかはレースの一部ですよ。去年のフィリップアイランドのダウンヒルもそうですね。レースってそういうものなんです。楽しいし。でもぎりぎりで抜くのとぶつけるのは全然違う。抜こうとして誰かに接触するくらいなら接触した方もされた方もコーナーをクリアできる。そういうのがぎりぎりのパッシングってやつです。誰かにぶつけて相手がコースアウトして自分はコーナーをクリアして…」

エスパルガロはレースディレクションとFIM審議委員会が直面している難題も明確にしてみせた。彼はマルク・マルケスに当てられた時もダニオ・ペトルッチの時も転倒は免れており、マルケス、ペトルッチともに厳しいペナルティは科せられないで済んだ。一方マルケスがヴァレンティーノ・ロッシをワイドにはらませて芝生にコースアウトさせた結果転倒させたことでペナルティを科せられている。「この件にいては本当に頭にきてるんです。MotoGPではライダーがクラッシュしないとペナルティが科せられないんじゃないですか。でも僕はクラッシュしなかった。コースアウトしても芝生に乗り上げなかったからなんですよ。それが理由なんでしょう。もし僕が芝生に突っ込んでたらクラッシュしてた。ヴァレンティーノとの件の方が厳しいのは彼がクラッシュしたからです?それはおかしい。同じじゃないですか。クラッシュしたかどうかで区別しちゃいけないんです。やってることは同じなんですから」

あのカネットは正しい

とにかく明らかなのは新たなペナルティルールがFIM審議委員会の直面する問題を解決してくれないということである。「どうやってペナルティを科すかわからないんですよ。こっちはペナルティでこっちは違うってのがどうして起こるのか理解できない」とエスパルガロは怒りながら言っている。「なんでアルゼンチンの金曜のアーロン・カネットはペナルティを受けなかったんでしょうか?彼は相手をクラッシュさせたのにペナルティを受けなかった。審議委員がやってることがわからないってそういうことなんです」

アルゼンチンのプラクティスでマカール・ユルチェンコを転倒させたアーロン・カネットのケースについては審判のミスで、それがレースディレクションとFIM審議委員会の信用に傷を付けたように見える。傍目からは状況ははっきりしているように見える。こちらとしてはカネットが審議委員会の部屋に呼び出されて自身の行為の説明を求められた際に、何かペナルティを切り抜けるうまい話をしてみせたのだろと推測するくらいしかできないのだ。ペナルティをきちんと科すことができないと、それ以降の審議委員の仕事はとんでもなく難しくなるはずだ。

アルゼンチンの事件を受けてペナルティを厳しくするよう求めることにはそれなりのメリットはあるものの、一方でそれを実行すると脊髄反射的批判に晒される危険もはらんでいる。レースにおける規範というのは概ね社会規範と共に変化していくものだ。例えばしかし死亡事故に対する忌避感は20年前とは比べものにならないほど大きくなっているはずだ。すぐに激烈な反応を見せるソーシャルメディア時代にあって、しかもレースのあらゆる面が報道される昨今、どんなに知恵を注ぎ込んだ結果だとしても方針転換には非常に大きなプレッシャーがかかるだろう。

振り子は振れる

こうした過剰なプレッシャーのせいでバイクレースというスポーツが本来持っているジキルとハイド的側面が見えなくなってしまう。ファンがバイクレースに耽溺するのはレースに付きものの危険を楽しんでいるというのが一つの理由なのだ。ファンは接近した戦いが見たいのだ。ライダーが真剣に争い合う。そこには慈悲も欠片も見いだせない。しかしその一方でライダーが怪我をしたり、それ以上ひどいことになったり、誰かが誰かをコースオフさせたり、そういう場面をファンは目撃したくないのだ。ファンは気狂いじみた接近戦を見たい。しかし一方で誰かが他のライダーを危険に晒そうものなら、その首を差し出せと要求するのである。270馬力、157kg、最高速350km/hのマシンで接近戦を繰り広げながら自分もライバルも危険にさらさないというのはほぼ不可能だと言ってもいいだろう。

レースディレクションとFIM審議委員会はこういう綱渡りをしているのだ。悪ガキには危険なライディングをする前にちゃんと2回考えるよう罰を与えなければならない。しかしライダーが萎縮しすぎてメインストレート以外では怖くて抜けず毎レースが行列になってしまわないよう罰の頻度は適切にする必要もある。MotoGPはMotoGPでなければならないのだ。レーサーが抜き合いを怖れてF1のように去勢されてしまってはいけないのである。レースの結果はコース上で決まるべきだ。最初にフィニッシュラインを通ったライダーが勝者であるべきなのだ。レース後に審議委員とオフィシャルがすべての映像をチェックしコース上のあらゆる行動を承認してからでないと結果がでないなどというのはごめんである。

今のところ振り子は厳罰方面に振れている。しかし振り子というものはそれ自身の慣性に従い左右に振れているのだ。危険を最小化しライダーには最大の自由を与えられるような良いバランスを見つけるのは普通に考えるより遥かに難しいのである。
ーーーーーーーーーー
こうした長文のための情報収集には資金と時間が必要です。もし楽しんでいただけたのならMotomatters.comへのご支援をお願いします。サポーターになっていただくか、寄付をしていただくか、若しくはGoFundMe経由でご支援をいただければ幸いです。
============
ほんとに難しい。答えはないなあ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ストーブリーグ表2019(2018.4.29時点)

jjmaloneさんのご指摘を受けて、ロッシとペッコを確定させました。

Stove_2019_180429_3

「stove_2019_180429.pdf」をダウンロード

「stove_2019_180429.xlsx」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MotoGPよしなしごと:アメリカズGP

重鎮Mat Oxley氏によるMotor Sport Magazineのコラム。これシリーズ化してくれないかしらん。
============
ヤマハ復活の理由

ヤマハのワークスマシンが2台ともトップ4でゴールしたのは昨年10月のフィリップアイランド以来である。ここまでくればヤマハとしてもずっと悩まされてきた問題が解決したと思ってもいいだろう。2位でゴールしたマーヴェリック・ヴィニャーレスはこう言っている。「帰ってきたよ!」。

何があったのだろう?答えは二つある。一つは少しだけ手を入れた2016年型フレームに戻したこと。そしてもう一つは統一ソフトウェアに対するアプローチの変化だ。

「去年の最大の問題はシーズン後半になってホンダとドゥカティが電子制御で大進歩を遂げたことなんですよ」とロッシは言っている。「統一電子制御ユニットはそもそも性能を落とすためだったのに、ヤマハと比べるとドゥカティもホンダも良い方向にもっていくための知見があった。ドゥカティもホンダもかなりの資金と多くの電子制御がらみの人員を投入したんです。ヤマハはそこまでやってなかったんですよ。だから遅れをとったんです。でもやっとうちも電子制御に力を入れるようになったんですよ」

ヤマハのレース開発部門のトップ、辻幸一も、電子制御スタッフがM1のトラクションコントロールやウィリーコントロールなどのプログラミングについてアプローチを変えたと認めている。

辻はこう語っている。「うちのアプローチって、ライダーの乗りやすさを優先してマシンが過剰にアグレッシブにならないようにしてたんです、たぶん。可能な限りスムーズに乗れるマシンにしてたんです。でもそれが行きすぎて、加速性能に影響していたんですね」

ヴィニャーレスのコーチ、ウィルコ・ジーレンベルグは、パワーのコントロールをライダーに任せる方向にヤマハが転換したと明かしている。この10年か、それ以上の間ヤマハがMotoGPマシン最高の電子制御を作ることができた理由がそれだと言う。

「パワー制御をやりすぎたんです。今はもっと自由度が増してますよ」とGPの250クラスで勝利経験のある彼は語る。「マーヴェリックもヴァレンティーノも好きなようにタイヤを空転させることができる。そのおかげで自分の判断で状況に対応できるようになったんです。あと2018年型フレーム(実質的には2016年型)もバランスがいいんですよ。それで電子制御の介入も減らせるし、マシンを乗りこなすこともできるようになったんです」

昨年8月のシルバーストン以来の最高の結果を残したビニャーレスは新たなセットアップに相当満足しているようだ。「これまでより少しだけですけどアグレッシブに走れるようになったんです。去年の序盤みたいな感じでね。だから前より攻めた走りができるようになった」

これほどまでにヤマハが苦しんだのはドゥカティやホンダと異なりマニエッティ・マレリからトップのスタッフを確保できなかったというのもある。

辻はこう言っている。「予めわかっていたらこんなことはやらなかったですね。とらえるべき機会を逃しちゃったんです!でも、ソフトはマニエッティが作ってるとは言っても、彼らがうちのマシンを速くするノウハウを持っているかどうかはわからないって当時は思ってたんですよ。マシン開発とソフトウェア開発は別々に進められるものでしたからね」

昨年の冬にマニエッティはヤマハに対して援助を申し出たのだが、ヤマハはそれを受けなかった。電子制御については社内で学習し改善していきたかったのである。ドゥカティとホンダがマニエッティのスタッフと契約しているし、スズキとKTMはミラノ近郊のマニエッティの本社に電子制御スタッフを派遣して教育を受けさせている。

COTAでロッシはミディアムのフロントスリックがソフト過ぎると気付いていたが、彼はレース用にはミディアムを選んでいる。ハードではまともに走れなかったのだ。何度かフロントをスライドさせた結果、彼はアンドレア・イアンノーネを追走するのをあきらめて4位を確保することにしている。

なぜブーイングに意味がないのか?

アメリカでの12連勝を飾ったマルケスは毎度のことながら冴えないブーイングを浴びることになった。しかし彼は全く気にしていない。アルゼンチンでの混乱を教訓に彼は序盤から逃げに掛かり、最終ラップ前には8秒差をつけて文句なしの優勝を飾っている。

「アルゼンチンの反省から戦略を変えることにしたんです。1周目から攻めてギャップを広げるようにしました」と彼は言っている。

さて、ブーイングは彼のパフォーマンスにどう影響したのだろうか?「モチベーションが増しましたね」と彼はにやりと笑いながら言った。つまり、気にくわない奴だからと世界チャンピオンにブーイングした人々は彼の勝利を後押ししたということである。まあ、彼らはその程度の考え無しということなのだ。

ドヴィツィオーゾのコーナー進入の秘密

MotoGPはこれまでになく予測不可能になっている。アンドレア・ドヴィツィオーゾが優勝、6位、5位ときてランキングトップに立っているが、マルケスとはわずか1ポイント差だ。

にもかかわらずドヴィツィオーゾがそれほど心配していないように見えるのは直近2戦がドゥカティが不得意なコースだからだろう。デスモセディチのライダーは全員リアブレーキを活用してコーナリングを行っているのだが、中でもドヴィツィオーゾはマシンを曲げるためにより過激なリアブレーキの使い方をしている。彼はブレーキングでマシンを少々乱暴に扱ってリアをアウトに振り出し、そこからマシンをインに切り込ませて曲がっていくのだ。

「うちにとってCOTAの厳しいところはブレーキをリリースしちゃうとマシンが曲がらないってところなんです。ブレーキを掛けてないと方向が全然定まらないんです」というのが彼の説明だ。

ドヴィツィオーゾは昨シーズン序盤にこのテクニックを完成されている。チーフメカのアルベルト・ジリブオラがリアホイールをアウトに振り出してコーナー進入をうまくやれるようなセッティングをみつけたのだ。

ヘレスでのドゥカティは強さをみせるだろうか?おそらくそうはならないだろう。昨年ドヴィツィオーゾがいいとこなしだったフィリップアイランドに似た高速コーナーのあるコースなのだ。高速コーナーではリアを振り出してコーナーに突っ込んでいくことはできないのだ。

「ヘレスは去年みたいになると思いますよ。マシンはそれほど変わってないですからね。でも舗装が新しくなったんで少しはいいかもしれません」と彼は言っている。

COTA:MotoGPの究極のテスト

パドックではブルノの最終の登りストレートがMotoGPにとって最高のパワーテストだと言われることがある。惜しいが正解ではない。GPのコースで最長で、しかも1速のコーナーに突っ込んでいくCOTAのバックストレートの登りこそがエンジンパワー、出力特性、電子制御、空力全てを試すことができる最高の場所なのだ。

週末を通じて最速だったのはダニオ・ペトルッチ(ドゥカティ)とカル・クラッチロー(ホンダ)で、どちらも347.9km/hを記録している。スズキ最速はアレックス・リンスの343.1km/h。ヤマハ最速はロッシの342.4km/hだった。ポル・エスパルガロがKTM最速で342.3km/h、
アプリリア最速はアレイシ・エスパルガロの341.0km/hである。興味深いことにマルケスの出した最高速は341.6km/hに留まっている。

ブラッド・ビンダーのKTMがMoto2では最速で284.8km/hだった。これにロマーノ・フェナティの284.5km/hが続く。Moto3ではトニー・アルボリーノのホンダが238.7km/hで最速。KTMの最速タイムはリヴィオ・ロイの238.3km/hだった。

ドゥカティ:空力は安全性確保のための重要なパーツ

MSMA(モータースポーツ製造者協会:GPマシンを作っているメーカーの集まり)はMotoGPの豪奢な空力パーツを禁止することを検討中のようだ。しかしメーカーのレース部門では引き続き開発が行われている。

これまで空力について常にリードしてきたのがドゥカティ・コルセであることを思えば、MotoGPで空力パーツを減らすことで危険性が増すとドゥカティのMotoGP車両動態及び設計責任者のリカルド・サヴィンが考えているのも驚くにはあたらない。

「COTAの10コーナー(坂の頂上に向けた左超高速コーナー)のことを考えてみましょう。途中から路面が正キャンバーから逆キャンバーになるんですけど、そういうところではスタビリティが肝になるんです。そこで空力があればフロント荷重を10キロとか増やせる。フロントタイヤが路面にぎりぎりで接触してるあたりから浮き始めて、また路面に接地してまた浮く。マシンが不安定になってコントロールが難しくなるんです。
 空力パーツはブレーキングに効くんです。マシンの安定性を高めて、空気抵抗も大きくなってマシンが止めやすくなる。さらにフロント荷重も高めるのにリア荷重は減らない。それでブレーキングの問題全てに効果があるんです」

空力では最先端を行くドゥカティですら、極めて初期段階の理解しか得ていないというのも事実である。今シーズンの序盤、最新の空力カウルはGP18では役に立っていない。おそらく最新のデザインでダウンフォースが増したせいでコーナーで失速しフロントタイヤに荷重がかかりすぎているのだろう。だからホルヘ・ロレンソはプレシーズンテストでは通常のボディワークに戻しているのだ。

「ブリーアムでのテストではフロントが沈みすぎるって問題があったんです」。テストではトップから1秒近く遅れて16番手だった理由についてロレンソはそう説明している。「2017年ベースのセッティングのまま新型カウルで走ってたんですが、それだとコーナー中盤で問題が起きて、だからウイングを外したんです。セッティングを変えたらその感覚はなくなったんで新型カウルのポテンシャルを完全に引き出せるようになりましたね。僕はフロントタイヤの接地感がないとだめなんで、他のライダーよりウイングの効果はあるんだと思います。でもまだやることは残ってますね。2018年型はバンプに対して前より神経質でウィリーもしやすい。でも良くなってきてますし、マシンのポテンシャルはかなりあると思えてきましたね」

つまりロレンソはウイングを守るために懸命に戦うことになるだろうということだ。

サヴィンと仲間の技術者たちは流体力学計算用ソフトを中心に開発を行い、時には実際に実物大の風洞テストもやっているとのことだ。

「現時点ではまだストレートでの挙動を把握し始めたってところですね。それが80%くらいわかってきたらコーナリングのことを考え始めることになるでしょう。ライダーがブレーキをかけ始めて身体を起こして、膝を出してマシンを減速しながら曲げていく。その全ての場面で何もかもが変化し続けるんです。うちの空力パーツのよい部分のせいでコーナリングに問題が出ているのかどうかはまだわからないんです。そこまで理解が深まってないんですよ。今わかっているのはコーナリング時のスピードはストレートより遅い分だけコーナーでは空力の及ぼす効果が極めて少ないってことくらいですね」

ロレンソもドヴィツィオーゾもCOTAで初めて2018年型空力パーツを使用したというのは象徴的なことではないか。昨年のドヴィツィオーゾがウイングを使ったのは2回だけだが、その2回共に彼は優勝している。しかしそれはなによりコースレイアウトによるところが大きい。レッドブルリングともてぎはどちらもストレートに続く低速コーナーが多く、ウィリー抑止のためにもウイングが効果的なのだ。ドヴィツィオーゾは基本的にウイング無しの方が好きなのである。

「常に妥協点をさぐらないといけないんです」とサヴィンは言っている。「アンドレアにデータをみせてウイングの効果を説明するんですけどコーナリングでマシンが重く感じるみたいですね。乗るのはライダーなんだから選ぶのもライダーでなきゃいけないんですよ」

ルールはそのまま、ペナルティは厳しく

当然のことだが金曜の安全委員会はいささか白熱したものとなった。ヴァレンティーノ・ロッシとマルク・マルケスがテルマスでのバトルを受けて言葉を投げつけあったのである。

とは言え状況はそれ以上悪くなることはなかったのは、おそらくジャック・ミラーのおかげである。自分のことをジャッカス(間抜けなロバ)と呼んでいる彼はしかしCOTAで理性の象徴であることを証明してみせたのだ。木曜、彼は関係者すべてに気付かせたのである。

「みんなには(2011年のセパンで死亡した)マルコ・シモンチェリと(テルマスでの1周目にヨハン・ザルコと接触して転倒し手首を骨折した)ダニ・ペドロサのことを思い出して欲しい」とミラーは語り始めた。「僕らは命を危険にさらしてここでレースをしてるんです。そしてファンはみんな自分の立場でお互いに論争を始めてる。ライダーもお互いにいがみ合ってる。こんなのバカみたいだし子供じみてると思うんです。ライダーはもうみんないい年なんだし、人生は短くて僕らは命を賭けてるってことを思い出さないと」

レースディレクターのマイク・ウェッブによれば、ルールに変更は無いが、攻撃的すぎるライディングを抑制すべきという声に応えてペナルティを科すことが増えるだろうということだ。

「コース上のアクシデントはそれぞれ様相が異なるので、個々に科学捜査的厳密さで検証する必要があるんです」。ニュージーランドの元250チャンピオンで2012年からレースディレクターの職にあるウェッブは語る。「常設審査委員会からはペナルティのレベルを上げるべきだという指示を受けています。以前はライダーを呼びつけて、ほら、ここでやかしてるんだけど、まあ初犯だし警告で済ませるから二度とやらないでよ、次はそれなりのペナルティを科すから、とかやってたんですけどね。今はもっと厳しくなっていて、一回目からペナルティを受けることになります。
 マルクとも話をして、彼には二度目はもっと厳しいペナルティになるということをわからせてます。(予選でヴィニャーレスを妨害したことに対する)今回のグリッド降格は前回のレースの件とは無関係です。どちらも無思慮なライディングですが、別々の違反なんです。接触してクラッシュさせるのと予選で他のライダーのアタックを邪魔するのは全然違う話ですからね。この数年、予選で誰かを妨害するのに対しては警告で済ませてきましたが、警告では効果がないんでペナルティを科すことにしたんです」

この何週間かの騒ぎによって、ペナルティ案件を担当するFIMの審議委員会の構成が変わる可能性がある。現在はマイク・ウェッブと二人のFIM審議委員で構成されているが、将来的には増員されることになるかもしれないとウェッブは言っている。

「継続性は大事だと思ってるんです。そのために常任の審査委員が必要であればそうすることもやぶさかではありません。既にビル・カンボウという常任のFIM審議委員がいて、その他には数人の審査委員がいるだけなので、毎レース概ね同じメンバーでやってるって言っても良いと思います。でもレースごとに持ち回りで違うメンバーになるってことは判断が安定しないってことなんです。ペナルティをうまく使うってのは実に繊細な気遣いが必要ですからね」

マイク・ウェッブがMotoGPに関するソーシャルメディア上での大騒ぎを無視していることについては驚くには当たらない。「ちゃんとした情報に基づかないおしゃべりには耳を塞ぐようにしています。話を聞くべきは何が起こってるのかわかっている、ちゃんと情報を持っている人たちだけですよ」

ミラー/ロレンソ問題:ただし接触は無し

COTAのMotoGPレースではあまり突発的なできごとはなかったが、アルゼンチンの後では、それこそがパドックの皆が望んでいることだった。レース後に何か語るようなアクシデントは唯一ワークス・ドゥカティのホルヘ・ロレンソがサテライト・ドゥカティのジャック・ミラーのアタックを受けている時にグリップを失ったことくらいである。

ミラーが1コーナーでロレンソのインにねじ込んで、ロレンソは接触を避けるためにGP18を起こしている。ロレンソはかなり不満だったようで、怒りを込めて頭を振りながらミラーが消えていくのを見守っていた。しかし実際にはミラーがそこでアタックを掛けたのは彼が大きな問題を抱えていたからだ。

「坂から一番低いとこまで駆け下りて1コーナー手前でフロントがボトムし始めて、そしたら今度はフロントエンドが伸びてバンプストップに当たっちゃって、坂の上で完全にロックしちゃったんです」とミラーは説明している。「状況をなんとかしようとして、ワイドになるか、でも彼もワイドに走っていて、それでインに入ることにしたんです。ちょっと動きが遅れちゃって、でも彼のペースも落ちていたんです。レース後には謝りに言ってますけど、でも受け入れてもらえませんでしたね」

レース後ミラーは鎖骨にひびが入った状態でずっと走っていたと明かしている。マウンテンバイクでクラッシュして負った怪我だ。「理想的とは言えなかったですね」と彼は言っている。

再びダニがやってみせた

怪我を抱えて走っていたのはミラーだけではない。ダニ・ペドロサはテルマスで右手首を骨折し、地元で手術を行っており、COTAは欠場しテストライダーが代役を務めるものと思われていた。32歳になる彼は、しかし最後の最後になってテキサスに行くことを決断する。レースに出られるかどうか定かでなかったにもかかわらずだ。そして彼はレースに出る。結果は7位フィニッシュで前を行くドヴィツィオーゾとヨハンザルコからはわずか5秒差だった。驚くべき結果だ。彼は痛みを超えてバトルができる男なのだ。それにしても1周あたりコーナーが20、しかも向き変えも頻繁に行わなければならないコースだということを思い起こしてほしい。

「ウォームアップではかなり良くない感じでした」とペドロサは語っている。彼は痛み止めを服用した上、怪我のために支持具を装着して走っていたのだ。「レースではできるだけ痛みをコントロールしながらペースを保とうとしてました。このコースは身体的にもかなり厳しくて、だからドヴィとザルコについていくのはきつかったですね。近づいて、アタックをかけるのはかなり難しかったです。怪我をしていると正確性も欠いて、だからみんなにアタックを掛けられて抜かれちゃうんです」

スズキが大進化を遂げる

今年のホンダRC213Vはこの数年で最高の出来である。しかし2018年、最も進化を遂げたのはスズキだろう。ぱっとしない2017年を経た今年、アレックス・リンスとアンドレア・イアンノーネが最初の2戦で表彰台に昇っているのだ。フレーム変更、ブレーキングの安定性、改良されたエンジンスペック、そして少しだけ削られたクランクシャフト重量が今年のパフォーマンス向上に大きく寄与しているのだろう。

「2017年はエンジンにかなり手を入れたんです。加速性能を良くするためにね。それが効果を発揮したところと逆効果だったところがあるんです」。そういうのはスズキの技術責任者である河内健である。「今年はエンジン特性を見直したんです。それがかなり良かった。うちはいつでもエンジンを扱いやすくしようとしてるんです。ハンドリングもそうですね。去年はいろんなことを試しましたけど、やっとそれがまとまってきた。基本的にフレームは去年アラゴンでテストしたものです。あとクランクマスについても本当に微妙なんですけど変更を加えてます。それでやっといいバランスを見つけられたんですよ!」

そして河内はドゥカティやホンダと同じようにマニエッティ・マレリから人を雇うことも考えているようだ。「統一ソフトウェアの開発も重要だってわかってるんです。それで日本とヨーロッパのスタッフをマニエッティに派遣しました。現時点ではマニエッティのスタッフを雇ってはいませんが、将来的にはそれも考えてます」

「MotoGPのタイヤは本当に神経質なんです」

MotoGPを取材することに付随する面白さのひとつとして誰かとトラブルに陥ることを挙げてもいいだろう。時には私が間違いを犯し、ライダーやチームマネジャーやオフィシャルから厳しい叱責を受けることもある。何年か前、私より歳上のジャーナリストがこうした批判への対処方法を教えてくれた。「ん?じゃあ教えてほしいんだけど、ひとつのミスもないレースウィークっていつ以来です?」

2週間ほど前、私はミシュランタイヤをルーレットのホイール並みの博打であるとした記事を書いている。何人かのライダーが同じスペックにもかかわらず性能が異なっておりタイヤの安定性がないのではないかと批判しているという記事だ。オースチンで私はミシュランのMotoGP部門の責任者であるピエロ・タラマッソの話を聞くことができた。

「MotoGPのタイヤは本当に神経質なんです。ラップタイムが0.2秒違うだけでタイヤの温度は15℃も変わるんですよ!つまりラップタイムというのが実に重要だってことなんです。2分10秒のラップタイムと2分11秒ではタイヤにとっては全く違うってことなんです。それに加えて路面温度が1℃か2℃違うだけでも影響がある。空気圧についても同じですね。2.15バールと2.17バールでは全然違うんですよ」

タイヤの性能を最大限に引き出すというのは厳密な科学の話だということだ。ライダーがどうウォームアップラップを走ったのかもタイヤの最高性能を発揮できるかどうかに重要なのである。

タイヤの輸送方法や保管方法によっても大きな違いが出る。「MotoGPタイヤにはすべてシリアルナンバーが振ってあるんです」とタラマッソは教えてくれた。「さらにトラックや飛行機や船で輸送する際には温度管理もやってるんです。常に20℃から22℃の範囲に収まるようにしてるんです。サーキットに入ったら全てのタイヤについて状況を把握していて、タイヤが装着されたら、どれくらいタイヤウォーマーがついていたか、温度の上下動が何回起こったかとかを追いかけてるんです。今のところ経験的に5回までなら温度が上下しても大丈夫だとわかってるんですが、それ以上になるともう使えないようにしてるんです」

ミシュランのMotoGPタイヤはある部分は大量生産の工程にのっていて、別の一部は手作業で製造されている。これは状況変化により迅速に対応して製造工程を変化させるためである。すべてのタイヤについて重要とバランスをチェックすることになっており、あらゆるコンパウンドもミシュランの実験室でチェックされている。サーキットでタイヤがホイールに装着されると5点レーザーでバランスに問題がないか測定される。もしタイヤ径に0.08mm以上の誤差があればそれは使用不可となるのだ。タイヤ温度はリアなら120℃、フロントなら100℃が標準である。

MotoGPの予算についてはミシュランは何も教えてくれない。しかしパドックで情報を集めた結果からは、リアタイヤは1本900ポンド(邦貨換算14万円)、フロントは450ポンド(同7万円)といったところのようだ。MotoGPライダー24人が1レースで200本のタイヤを使うのが普通である、つまり1レースにつき30万£(4500万円)、1シーズンでは570万ポンド(8億6千万円)が費やされている計算だ。しかもそこにはプレシーズンテストやシーズン中テストの分は含まれていないのである。スタッフの人件費や移動にかかる費用(ざっと250万ポンド:3.8億円)、そして船や飛行機での輸送費、研究開発費用など諸々を含めたらミシュランのMotoGP予算は1千万から1千5百万ポンド(15〜23億円)になるだろう。しかもドルナからはなんの財政支援もないのである。

バンプが動く?

今年のCOTAはいつも以上にバンプがひどかった。路面上で最もひどいバンプを削り取ったにもかかわらずだ。まあ、それはおそらく間違った判断だったのだろう。最も恐ろしいバンプは高速の10コーナーの頂上のものだったろう。ヒヤリとするような場面が何度もあった。最も印象的だったのはジャック・ミラーの場面である。バンプに乗り上げた彼はウォブルに見舞われ、それでブレーキパッドがキャリパーを限界まで押し下げてしまったのだ。そんなかれでヘアピンの11コーナーにはノーブレーキで突っ込む羽目になってしまう。

「あんな風に乗るのはきつかったですね。普通より限界が早くくるんです。それでちゃんと攻めることができなかった。スライドもさせられないし思った通りに曲がることもできなかった。これは優勝したマルク・マルケスの言葉だ。傍目にはとてもそうは見えなかったとしてもそういうことだったのだ。

マルケスはバンプについて興味深い理論を開陳している。「なんか地面の下で動いてるみたいなんです。コース事態が動いてるみたいな。普通じゃないですよね。何かがバンプの下で蠢いてる感じなんです。バンプを乗り越えるたびに違う感触なんです。コーナーに向けてバンクするときも毎回違う感じなんです」

最近起こった洪水のせいだろうか。それもと鉱山や水圧破砕に起因するこの地域特有の地殻変動のせいだろうか。大量のわき水を地中不覚から廃棄しているせいだ。そしてエルロイ油田はこのコースからわずか3kmのところにある。

マモラがMotoGP殿堂入り

500ccでランキング2位を4回も記録しているランディ・マモラがCOTAでMotoGPの殿堂入りを果たした。スペインに拠点を置くカリフォルニア生まれのマモラはGpで13勝を挙げ、1970年代、80年代、90年代の全てで表彰台に上がっている。カジバ、ホンダ、スズキのワークスで走った彼はこう言っている。「この分野で評価されるのは本当に名誉なことです」。そんな彼は慈善活動でも良く知られている(訳注:アフリカの医療環境改善のためにバイクで医療物資を運んだりするライダーズ・フォー・ヘルスとかですね)。

喧嘩をやめて

木曜のアメリカズGPはまるで犬が自分がゲロを吐いた場所にもどっていくような、そんな様相を呈していた。マルケスとロッシの囲み会見の生中継があったのだ。

どちらも記者やテレビカメラに囲まれていたが、特筆すべきことは何もなかった。マルケスはグリッドでのエンストについては語っている。プラクティスでも起こった電子制御の問題だったそうだ。

「最初は自分がミスをしたのかと思ったんです。だからそれ以上のことは考えなかった。グリッドでエンストしたら手を挙げなきゃいけないってのはわかってました。でも誰も来てくれなかったんでできるだけ早くピットレーンに戻ろうとしたんです。でもエンジンを再スタートしようとしたら掛かっちゃったんですよ。それでみんながめっちゃ混乱しちゃったってことですね」

ロッシはテルマスでの激しい言葉を撤回するつもりはなかったようだが、過去を振り返らず前に進もうとしていた。「レース後の自分の考えは今でもその通りだと思ってます。でも前を見るべきですよ」
============
ミシュランの話、なかなか面白いですね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

スズキかヤマハか:悩めるマルクVDSチーム

どうせロッシが率いるVR46に席を譲ることになるのだろうからスズキでほぼ決まりと思われていたマルクVDSチーム。オースチンで発表があるとも言われていましたけど、まだ決まっていない様子です。そのあたりの事情をMotoMatters.comより。
============
ヤマハからKTMに乗り換えるとテック3が決断したのを受けて大きな地殻変動が起こりつつある。ヤマハのサテライトマシンに空席ができた上にスズキもサテライトチームに供給できる体制を整えてきたということで、これまで考えもしなかった可能性がサテライトチームに広がっているのである。これほどの贅沢な状況は現在のMotoGPの健全性の象徴とも言えよう。かつてはヤマハにしてもホンダにしてもサテライトチームが他のメーカーに乗り換えるなどということはとても考えられなかったものだ。今では4メーカーの中から戦闘力のあるサテライトマシンを選べるのである。

では2019年以降のヤマハのサテライトマシンを手に入れるのは誰なのだろうか?そしてその結果としてどこのチームがスズキを手に入れるのだろうか?この状況の真っ只中にいるある人物によれば、現時点では何一つ決まっていないように見えるとしても近々決断が行われるだろうということだ。ヘレスで予定されているいくつかの会合で来年のサテライトマシンの椅子取りゲームがかなり整理されることにだろう。

このすべての鍵となるのがマルクVDSチームである。ベルギーに拠点を置くこのチームは財政面も安定しておりスタッフも豊富で、さらに優秀なライダーのおかげで相手を自由に選ぶことができる立場にある。チームはホンダを離れたいという気持ちを隠そうともしていない。これまで受けたサポートのレベルの低さに失望しているのだ。しかしこの2か月ほど彼らはヤマハとスズキの間で迷っている状態である。

決めなきゃ決めなきゃ

オースチンのMotoGPレースの1週間前、ドイツ語ウェブサイトのスピードウィークがマルクVDSチームがスズキとの3年契約をテキサスのレースで発表するという記事を掲載した。しかし実際にはそうはならなかった。そしてまだ決定はなされていない様子である。状況を良く知る情報源によれば、スズキとヤマハのオファーがそれぞれ利点と欠点があるため、チームボスのミハエル・バルトレミーも決めかねているということである。

外野の目からはそれほど難しい決断ではなさそうに見えるが、複雑な要素が絡み合っているのである。わかりやすいところでは、それぞれのメーカーが供給しようとしているマシンの性能差である。さらにヤマハなりスズキなりがマシンを走らせるためにどれほどのサポートをしてくるかについてもはっきりした差がある。

とは言え、他にも考えなければならないことがある。サテライトチームとしてメーカーと契約するということは、単に金を払ってマシンとエンジニアを手に入れるということに留まらないのだ。メーカーはそれぞれ独自の部品供給元やスポンサーを抱えている。そして新たに加わるチームにはこうしたパートナーとの整合性も求められるのである。メーカーが要求するこうした整合性を自チームの既存のスポンサーとの間で成立させるのは非常に難しいのだ。わかりやすい例を挙げよう。スズキのメインスポンサーはスズキの所有するオイルブランドであるエクスターであり、一方のマルクVDSチームは長いことトタルを潤滑油のスポンサーとしているのである。

サービスレベル保証契約

スズキとヤマハはどんなマシンを供給しようとしているのだろう?スズキと契約する利点は、スズキのレース部門が小規模であるおかげで異なるスペックのマシンを製造・供給できるほどの体力がないということである。つまりスズキとサテライト契約を結ぶチームにはおそらくワークスチームとほぼ同じマシンが供給されるだろうということだ。スズキが2008年以来の連続表彰台を獲得したことを思えば、供給されるマシンの戦闘力が高いのは間違いないはずだ。

ヤマハはこれまでサテライトチーム(テック3)には前年型マシンを供給するという方針を維持してきた。しかしヤマハ・レーシングのマネージング・ディレクターであるリン・ジャーヴィスが私に語ったところでは、ヤマハもその方針を再検討するのにやぶさかではないということである。

HRCとLCRホンダのカル・クラッチローの関係やドゥカティとアルマ・プラマック・ドゥカティのダニオ・ペトルッチとの関係と同様に、ヤマハもワークス契約のライダーにはワークススペックに近いマシンを供給するということだろうか?「そういうことです」とリン・ジャーヴィスは答えた。テック3のヨハン・ザルコが今年受けているサポートを見ればわかるだろうということだ。「ヨハンのマシンを見ていただければわかると思いますけど、あれは普通のサテライトマシンじゃないんですよ」

外部から見る限りザルコのマシンはマーヴェリック・ヴィニャーレスやヴァレンティーノ・ロッシが乗るモヴィスター・ヤマハのワークスマシンに非常によく似ているように思える。ザルコが使っているのはワークスと同じ空力パーツ、そして通常サテライトに供給されるものより回転数制限の緩い2018年型エンジンなのである。

マルクVDSになるのか他のチームになるのかはともかく、ヤマハがチームに供給するマシンのスペックはチームの予算で決まるのだとジャーヴィスは教えてくれた。良いライダーを抱えた強いチームの銀行口座が健全であれば、財政的に厳しくスタッフも限られているチームより良いマシンを手に入れられるということである。

サテライトかサテライトでないか、それが問題だ

ヤマハがマルクVDS以外のチームとも交渉しているのは公知の事実だ。しかしジャーヴィスによればヤマハが走らせるのがワークスの2台だけになるという可能性もあるとのことである。「まあ、そうしたいわけではないですけどね」とジャーヴィスは言った。「4人のライダーからデータを得られるというのは、ヤマハにとってもライダーにとっても良いことですからね」。そしてこれにはプライドとイメージ戦略もからんでくるのだというのがジャーヴィスの説明だ。これまで常にサテライトマシンを供給してきたヤマハにとっては、サテライトチームを失うことに利点はないのである。とは言え、もし良いパートナーとなるチームがみつからなければ、ワークス2台のみということもあり得るのだそうだ。

一方スズキはマルクVDSのみをターゲットとしている。「うちが交渉している相手はマルクVDSだけですよ」。スズキは他のチームと交渉しているのかと問われたダヴィデ・ブリヴィオはこう答えている。「もしマルクVDSと合意に達することができなければ一からやり直しですね」。

スズキはヘレスでマルクVDSとの最終合意をとりつけられることを望んでいるとブリヴィオは言う。「ヘレスで決められるといいと思っています。(チーム監督の)佐原(伸一)サンが日本から来るんで、そこでミーティングを行う予定なんです」

ヤマハのスケジュール感はそれよりやや長めである。ヤマハとして決定する期限は「どんなに遅くても6月終わり」とリン・ジャーヴィスは私に語っている。その時期が来シーズンに向けての製産予定を組むための期限だということだ。

宙ぶらりん

現時点ではどちらに転ぶか見極めるのは難しい。マルクVDSは最終的にスズキだろうというのが関係者の話を聞いた上での私の精一杯の予想だが、難しい決断であるだけに、どちらに転んでもおかしくはない。

いずれにせよ最も大事なのは、チームがMotoGPに連れて行きたい若いライダーにどれだけ入門に適したマシンを供給できるかということである。フランコ・モルビデリはマルクVDSと2年契約、つまり2019年もチームに留まることになっている。一方ホアン・ミルもMoto2は1年で卒業して、できるだけ早くMotoGPに行きたいという希望を公言している。ヤマハはMotoGPルーキーに優しいマシンだという定評があるが、マーヴェリック・ヴィニャーレスとアレックス・リンスがスズキでみせた進歩を鑑みれば、GSX-RRも同じくらいルーキー向けマシンだと言えよう。
ーーーーーーーーーー
こうした長文のための情報収集には資金と時間が必要です。もし楽しんでいただけたのならMotomatters.comへのご支援をお願いします。サポーターになっていただくか、寄付をしていただくか、若しくはGoFundMe経由でご支援をいただければ幸いです。
============
私としてはスズキを選んでほしいなあ。いや、私も微妙に鈴菌なので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ストーブリーグ表2019(2018.4.25時点)

ちまちま更新。
ドヴィ(ドゥカティ)、ザルコ(KTM)、オリヴェイラ(テック3-KTM)はほぼ決まりっぽいです。

あとロレンソのスズキ入りに暗雲。スズキは若手をほしがっているという話が流れてきてます。

Stove_2019_180425_2

「stove_2019_180425.pdf」をダウンロード
「stove_2019_180425.xlsx」をダウンロード

| | コメント (6) | トラックバック (0)

公式リリース>アメリカズGP2018

ホンダヤマハドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)KTM(英語)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

公式プレビュー>アメリカズGP2018

ホンダドゥカティ(英語)ヤマハスズキ(英語)、KTM(英語)、アプリリア(英語)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

SRダンディ別館よりhangoff.clubさんへ。「MotoGPニュース」のページにもリンク先を明示していただけません?

テスト

ま、私が言うのもなんですが、引用元が明示されてないページやツイートはねぇ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

FIM会長の解説:レースディレクションとFIMスチュワード

さて、アルゼンチンGPではレースディレクションとかFIMスチュワードとかいろいろ登場しましたが、こうした裏方の仕事というのはわかりにくいもの。ざっくり言うとレースディレクションは運営担当。レースをスムーズに進めるのが目的です。一方FIMスチュワードは審議委員で、ペナルティを科すのに責任をもっています。そのあたりをFIM会長のヴィト・イッポリート氏が解説しているので訳出。MotoGP公式より。本来は公式日本語版の担当ですがスペクタクロ翻訳になるよりはましですかね。
============
2016年、FIMスチュワードがペナルティ及び制裁措置の内、分析が必要になるものについて責任を持つことになり、レースディレクションはピットレーンでのスピード違反やイエローフラッグでの追い越し等、議論の余地のない違反について判断することとなりました。どうしてこのような制度になったのでしょうか?

FIM会長ヴィト・イッポリート会長:この数年間、MotoGPのレース中の運営の改善方法について模索してきました。かつてはレースディレクションがレースの運営だけでなくライダーへのペナルティも含めて全てについて責任を負っていました。
 その二つの機能は分けた方がいいと考えるようになったのです。レースディレクションはとても忙しいですからね。責任は重いのに、レース運営側はどうやってグリッドを整列させるかとか、レッドフラッグを出すかとか、微妙な状況に介入するかどうかとか、ウェットレースにするのかドライレースにするかどうかとか、ほんとうにいろいろなことを決めなければならないんです。一方、審判の役割を担うのがFIMスチュワードです。今はこの二つの機能をそれぞれに分担させているんです。レースイベントへのアプローチはそれぞれの立場で違うからというのがその理由です。例えば審判というのはレースディレクターとは違うんです。

FIMスチュワードの役割と、どのように選ばれるかについて教えて下さい。

イッポリート:彼らは専門家から選ばれます。ペナルティを科すことだけが仕事ですね。みな経験豊富なのはもちろんですが、それに加えて毎レース分析を行っています。レース中に何が起こったのか、ライダーはどんな行動をしたのかといったことを詳細に調べています。その他にもペナルティにつながるような問題についても分析を行っています。今では20人以上のスチュワードがいて、MotoGPの場合はレース毎にそこから何人かを選んでいます。その内一人は毎レース参加していて、その他のメンバーはレース毎に交代します。ただ、MotoGPのスチュワードは常に不足している状態ですね。

この新しいやり方の良い点は何でしょうか?

イッポリート:MotoGPのレースディレクションは非常に忙しくて、スムーズな運営をやりながらペナルティを検討するというのは時間がなくて難しかったんです。それでこの二つの機能を分ければ良い結果が得られると考えました。レース中にスチュワードが間違いを正すためにペナルティを科すことが非常に重要なんです。公正であるのも重要ですが、公正であることを形で見せることも重要なんです。
 そんなわけで昨年からFIMスチュワードがMotoGPにおける全てのペナルティについて責任をもつことになったんです。
============
なるほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ど突き合いの責任は誰に?

大荒れだったアルゼンチンの興奮も冷めやらぬままアメリカズGPに突入するので、とりあえずこれでアルゼンチンネタは最後です。再びMat Oxley氏の記事をMotor Sport Magazineより。こんどは「なんでMotoGPはど突き合いが多くなったのか」について。
============
骨折した右手首を休ませながら、またもや自分のせいでもないのにシーズンを棒に振ることについてダニ・ペドロサが自宅で噛みしめている今こそMotoGPがどんな場所までやってきたのかじっくり考える良い時ではないだろうか。

なぜレースはこんなにアグレッシブになってしまったのか。責めを負うべき人間がいるのであればそれは誰なのか?勝利を渇望する余りこないだの日曜に相手に突っ込んでいったマルク・マルケスやヨハン・ザルコやダニオ・ペトルッチといったライダーが悪いのか?それとも誰もが罪を犯したことがあり、今後機会があれば罪を犯すという意味では全ライダーが責めを負うべきなのか?

そういうことだ。全員が何かしら責めを負うべきなのだ。しかしこのど突き合いが蔓延したことについて責めを負うべき者たちがいる。あなただ。そう、これを読んでいるあなたである。そして私だ。そして日曜午後に楽しもうとテレビの前に座る他の全ての人々だ。

人間というのは大きく心を動かされるものに弱い。そしてそれが手に入れば入るほど、欲望も増していくのだ。ジャンキーと同じである。昨今ではアクション映画のようなスリルをスポーツに求めるようになっている。シナプスが信号を出し続けられるよう次から次へと興奮を追い求めるのだ。

スリルに満ちたアルゼンチンGPの大騒ぎの直後、私は1970年のSF映画「ローラーボール」を記事で引用した。この映画ではバイクも登場する下劣で悪辣なスポーツが描かれる。偶然にもこの映画の舞台は2018年の政府から権力を引き継いだ巨大企業群が支配する世界だ(ここに関しては現実世界ではありえないが)。ローラーボールの運営会社の幹部は豪華な宮殿に住んでおり、バトルをヒートアップさせてファンをより多く惹きつけるべく常にルールを変更し続けている。

「奴らは俺たちが血溜まりの上で滑るようになるまでルールを変えてくつもりなんだ」。ローラーボールの最大のスター、ジョンソンEの台詞である。

モータースポーツもより面白い接戦となるよう常にルールを書き換えている。我々がテレビのチャンネルを合わせてキャッシュレジスターが鳴り続けるようにするためだ。

MotoGPのリザルトを見返してみれば1949年6月に開催された初レースからどれほど変化したのかがすぐにわかる。以来3000以上のレースが行われているが、全クラスを通じてトップ15のタイム差が小さい上位25レースの内20レースはこの5年以内のものだ。さらに1949年から2016年の間で最高峰クラスでトップ15が35秒以内でフィニッシュしているのは(ドライレースでフルディスタンスに限ると)4レースしかない。一方去年だけでもそれが6回も起こっているのだ。最後に1967年の優勝者が2位につけた差の平均が2分05秒だったのに対して昨シーズンは2.2秒だったことにも触れておこう。

別の言い方をすれば、レーサーが他のライダーと顔を合わせる機会はコース上よりパドックのバーの方が多かったし、彼らはそれに慣れていたということだ。マシンの性能差が大きかったのがその理由だ。今ではマシン差は極めて小さく、ライダーはお互いの顔が見える位置でレースをし、ライバルに差をつけるためにはとてつもなく奇妙なこともやってみせたりする。別に最悪のルール違反を犯した者を擁護しようというわけではない。3クラス共にレースがアグレッシブに、そして肉弾戦になっている裏にある理由を探ろうとしているのだ。

現在のGPレースがどれほど接近戦になっているのかは、最も最近の3件の死亡事故の内2件が転倒後に直後を走っていたライバルに轢かれたことに起因していることからもわかる。そして先日のブリラムのワールドスーパーバイクでのユージーン・ラヴァティの恐ろしい事故も同じだ。彼の直後を走っていたジョルディ・トレスが避けきれずにラヴァティを轢いてしまっている。

実際の所、これは今に始まったことではない。100万年ほど前のことだが、私はヤマハ・プロAmと呼ばれるシリーズに参戦していた。ヤマハがRD350LC(訳注:ヤマハRZ350)を提供するワンメイクレースだ。どのマシンになるかはライダー自身がくじを引いて決まる。文字通りのくじ引きで、ヘルメットの中からイグニッションキーを取り出すのである。Moto2とは違う。こちらは同じ仕様のCBR600エンジンをくじ引きシステムに従ってチームに配分するのだ。

プロAmは野蛮で過激だったし、そのせいで当たり前だが多くのテレビの視聴者を喜ばせることになった。数限りない事故も発生した。私は多重クラッシュに巻き込まれた後にヘルメットに付いたタイヤ痕を拭き取ったことさえある。徹底的に悪辣で嫌な奴にならなければチャンスを手にすることもできない。グリッド上のマシンの性能が接近しているとこういうことになるのだ。

接触はレースの一部だと言われてきた。ファンは自分のお気に入りのライダーが怪我をしたり最悪の結果を迎えたりするまではど突き合いを大いに楽しんでいる。しかし我々も問題の一因なのだ。マシン、ライダー、ドルナ、そして外野から見ている我々、そのすべてが原因となっているのである。

クラッシュや接触の原因は他にもある。安全性だ。グランプリサーカスが壁と街灯とバス待合所に隣接して行われていた頃は、クラッシュしたらそれで最期になるかもしれなかった。だからこそ誰もがクラッシュをしないように、そして誰かをクラッシュさせないようにしていた。

レースが安全になればなるほどバトルは激しさを増すようになりクラッシュも増えた。数字がそれを証明している。MotoGPにおけるクラッシュ率は安全性が高まりバトルが接近してくるのに従い右肩上がりに増加しているのだ。2016年と2017年は史上初めて転倒が1000回を越えたシーズンとなった。1997年の1ラウンド当たりのクラッシュは33回である。それが2009年には40に増加し、去年は62回に達している。

今のレースはこうなっているのだ。コースの安全性を高めライディングギアが良くなればライダーはそこで生み出された余裕をラップタイムを縮めるために使ってしまうのだ。リタイヤにつながらない限りクラッシュを怖れないタフな連中なのだ。怪我の可能性が減った、自分が怪我をする可能性もライバルに怪我をさせる可能性も減ったせいで、ほとんどのライダーがお互いに対して急降下爆撃を喰らわすのを怖れないようになったのだ。

安全性が高まったせいでかえって危険性が増してしまったその転換点というのはどこかに存在したのだろうか?ケイシー・ストーナーはそれが存在したと考えている。2007年と2011年のタイトルを獲得した彼はアスファルトのランオフエリアに強く異議を唱えていた。彼はそのせいでライダーたちが相手に無理なアタックをするようになると考えていたのだ。無理をしすぎて接触してランオフに突っ込んでも問題なくレースを続けられる可能性があるからだ。別の言い方をするなら、数十年のライダーたちが考えもしなかったやり方で賭けに出ることができようになっているということである。それは相手をどれだけ尊重しているかということとは関係無いのだ。

今のMotoGPでは接触は当たり前になっている。いつでも起こっているし、それが時には大騒ぎを巻き起こすこともある。どうしたら問題は解決するのだろうか?ランオフエリアを小さくすればいいのか?ライダーを裸で走らせればいいのか?もちろんそんなことはありえない。実のところ私はその答えを持ち合わせていないのだ。しかしこれが現実なのである。
============
うーむ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ホットハッチを運転するマラドーナのように

こないだは意図がないとしてもあのマルケスの走りは問題だ、という論調のDavid Emmett氏の記事を翻訳しましたが、今日はMotor Sport MagazineよりMat Oxley氏の記事です。基本的には同じ意見ですけど、マン島TTでの優勝経験もある彼らしい視点も。
============
最初に告白しておこう。私は混乱というものが嫌いではない。現代スポーツほど計画的に運営されている分野はそうたくさんはないだろう。過剰なまでに整然としていると言ってもいい。その様はまるで精密機械のようだ。だからこそ時にはスムーズな進行が邪魔されるのを見るもの楽しいのである。

南アメリカでこうしたことが起こるのはあまりない。何年か前にリオデジャネイロのブラジルGPで停電のせいでプラクティスが中断されたことがあった。サーキットのオーナーが電気代を支払っていなかったせいで電力会社が最高のタイミングを狙って送電をカットしたのである。プラクティスは支払いが完了した時点で再開されている。

こうした類のことは最近ではほとんど起こらない。先に述べた通り、何もかもが過剰に整然と運営されているのだ。数え切れないほどのルールに加えて、健康と安全も優先されすぎている。そんなわけで私は日曜の一連の出来事については、いくつかを除いて大いに楽しんだのである。私にとってバイクレースの醍醐味というのはこうした混乱にあると言ってもいい。特に混乱しているように見えない場合でもそうだ。ジョージ・オーウェルが1945年の12月に書いた言葉がこれほどぴったりくるスポーツは他にはないだろう。オーウェルが「1984年」の執筆に取りかかろうとしていた時期だ。

「真剣に行われるスポーツはフェアプレイとは無縁である。憎しみ、嫉妬、うぬぼれ、あらゆるルールの軽視、そして暴力的な光景を目にすることができるというサディスティックな喜びで出来上がっているのだ。撃ち合いのない戦争だと言ってもいい」

30年後、「ローラーボール」という映画の脚本家も同じようなことを考えている。「いまこの映画を観ると、自分が預言者に思えるね」とウィリアム・ハリソンは語っている。「ローマ時代にはコロシアムや円形競技場で死を賭けたスポーツが行われている。それが現代のアメリカンフットボールとかのスポーツにトーンダウンされてるんだけど、でも精神は残ってるよね。自分が『ローラーボール』を書いた時にはスポーツが暗くて野蛮なものになりつつある時代だった。どんなスポーツにも共通した暗い側面があって、それを抽出したんだ」

日曜のレースがスタートする直前、まずは「ルールの軽視」が発生した。暗い側面はその後だ。もちろんみんなでグリッドを離れるのはレギュレーション違反ではない。しかし24人の内23人がドライタイヤをはいたスペアマシンに交換するためにもたもたとピットレーンに戻る様は有り体に言って逃げているとしか見えなかったし、ジャック・ミラーの場所からその光景を見たら、なおさらだったろう。

この時点でレースディレクションはこういう状況のためのルールがあることを忘れていたようだ。2014年のザクセンリングでほとんどのライダーが肘やらハンドルやらが触れあわんばかりの状態でピットスタートを切ることになったのを契機に作られたルールである。あの光景は見るも恐ろしいものだったが、スリリングでもあった。私は混乱というものが嫌いではないのだ。…ああ、これはもう書いたことだ。

そしてマルク・マルケスだ。彼はマシンをエンストさせた上に押し掛けをしている。その上コースを逆走するという許しがたい罪まで犯している。この一連の行為はどう見てもルール違反なのだが、IRTAのトニー・コングラムがまるで暴走族を追いかける警官のように世界チャンピオンを追いかける様子には少々のおかしみがあったのも確かである。

そしてレース中のマルケスである。彼はトップから19番手に落ち、5位に上がり、そして18番手となった。知ってる、そのことは知りすぎるほど知っている。わかったって、その通りだ。彼はやりすぎた。しかし、すごかった。すごかったとしか言いようがない。他の全員より1秒以上速いラップタイムを刻みながら、世界最高のライダーたちのことをこいつら遅いんじゃないかと思わせるような走りをするライダーを見たのがいつのことだったか思い出せるだろうか?

アルゼンチンの英雄、ディエゴ・マラドーナが相手チームのディフェンスを翻弄するのを見ているような気持ちになった。実に詩的な光景である。彼のRC213Vは右に左に暴れ回り、他のライダーがまるで氷の上を走るかのように慎重になっていたウェットパッチの上では様々な姿勢でダンスを踊ってみせる。好きなだけ彼のことを非難すればいい。しかし限界知らずでマシンを乗りこなす彼の天才は異次元のものだ。「エイリアン」という言葉が好きだったことは一度もないが、日曜のマルケスは本当に他の惑星系から来訪して重力の法則を無視しているかのように見えたのである。

それをすべて無に帰してしまうことになったのは本当に残念だ。結局のところ彼は盗んだホットハッチを乗り回すマラドーナだったのである。スロットルを握っていたのは「神の手」だったのだ。

彼に対する罰は充分だっただろうか。グリッドでの問題行為に対して与えられたライドスルーペナルティは相応のものだった。ヴァレンティーノ・ロッシを突き飛ばした件についてのペナルティも妥当なものである。彼をノーポイントにすることができる30秒のタイム加算はブラックフラッグまたは失格に相当するからだ。しかしレースディレクションは世界チャンピオンにより強く警告するためにブラッグフラッグを出すか失格にすべきだった。

アレイシ・エスパルガロとの一件についてはどうだろう。この日マルケスがやらかした中で最悪の行為がこれである。高速コーナーにもかかわらず彼は1ポジションダウンというペナルティだけで逃げている。一方エスパルガロは低速コーナーだとは言え、ダニオ・ペトルッチからさらにひどくぶつけられているが、ペトルッチに対してはペナルティは科せられなかった。1周目にダニ・ペドロサをはじき飛ばして転倒させたヨハン・ザルコもお咎め無しだ。彼ら全員が罪人であることは忘れてはいけない。

日曜のマルケスの最大の罪は、彼が罪を重ねたことである。彼は自分の目も眩むようなスピードに酔い痴れていたように見える。まるで相手がバックマーカーであるかようにライバルに突進していった。アタックは性急過ぎで、スペースもないのにRC213Vを無理してでも相手のインにねじ込もうとする。彼は頭を冷やしてもっと気を遣うべきだ。そうは言っても彼はライバルと同じ惑星にいるのだ。COTAの前にレースディレクションは彼に最後通牒を突きつけ、今シーズンは終わりまでダモクレスの剣を彼の頭の上に吊し続けるべきなのである。

マルケスは既に日曜に犯した罪については罰を受けているが、レースディレクションはこれ以上のペナルティを科すべきだろうか。私はそうは思わない。彼がやらかしたことに対しては金曜のMoto3のプラクティスでアーロン・カネットがやらかしたこと以上に厳しい評価をしようとは思わない。ここで大事なのは意図の有無である。私が見る限りカネットはマカール・ユルチェンコをわざとはじき飛ばしている。早く自分の前をクリアにしたかったのだ。結果がどうあれこれはマルケスの件とは全く様相が違う。私は、カネットに対してはレースディレクションが判断を間違ったと確信している。

勝者についてはどうだろう?レース直後、カル・クラッチローは自分がどうやってホンダに750勝目をもたらしたかよりマルケス-ロッシの一件の方にメディアの興味が向かっているのを嘆いている。しかしそうなるのが人情というものだし、昔からそういうものだった。

クラッチローのライディングは素晴らしかった。完璧なレース判断でもってトップグループの最後尾に着けてタイヤを温存する。そしてここぞというときに前に出たのである。

彼のことを非難する人もそれなりにいる。クラッシュしすぎであるとか、もの言いが無遠慮だとか、そうした非難だ。しかし過去1シーズン半で3勝を挙げてもいる。そして彼はワークスチームではないのだ。もちろん彼がHRCのライダーでワークスマシンで走っているのは事実だ。しかしワークスライダーなら当たり前のエンジニアやデータ技術者やアシスタントや雑用係といったスタッフの一団を抱えているわけではないのだ。MotoGPで3勝を挙げるというのはそれが誰であろうと素晴らしい結果だが、それがインディペンデントチームのライダーとなれば賞賛に値する驚くべき実績である。

クラッチローは相変わらず元レーサーのイアン・ニュートンが評した通りの「ちびで勇敢なボクサー犬」である。2000年から2001年にかけてクラッチローが走っていたアプリリア・スーパーティーンズ選手権を運営していたニュートンはこうもいっている。「カルは今と同じでしたね。ちょっとおバカでかなりの自惚れ屋なんです」

トップクラスのレーサーの多くはこう考えている。世界最速であってもライディングの才能は大して違わない。違いはやる気と決意の差だと。クラッチローについていえば彼のやる気は山のようにそびえ立ち、決意は全てを飲み込む荒れ狂う河のごとくだ。だからこそ彼はひどいクラッシュをして後でより速くなるのである。彼のは確かに自惚れ屋だが、それは性格の欠点というよりレースでの強力な武器なのである。

GPの最高峰クラスで彼より多くの勝利を挙げているのはマイク・ヘイルウッド、ジェフ・デューク、ジョン・サーティース、バリー・シーン、フィル・リード、そして初代500ccチャンピオンのレス・グラハムだけだ。そのことがすべてを語っているではないか。
============
そしてみんながカルを褒めている!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2018アルゼンチンMotoGP日曜まとめパート3:マルケスvsロッシ、マルケスvsルール

さて、パート1、2に続いていよいよ本丸のマルケス問題です。MotoMatters.comによる渾身の6200ワード
============
金曜の段階では、アルゼンチンのテルマス・デ・リオ・オンド・サーキットにおけるホンダの強さが際立っていた。ダニ・ペドロサがFP1を制し、その直後にカル・クラッチローが続く。FP2ではマルク・マルケスがクラッチローを大きく引き離し、他のライダーを遙か後方に置き去りにした。

土曜日、予選では失敗したとは言え、マルク・マルケスは無敵に見えた。FP3ではヨハン・ザルコを0.6秒上回る。FP4ではチームメイトのペドロサに1秒以上という相手が恥じ入らんばかりの差をつけた。土曜の夜の時点で考えられる何かとんでもないことといったら、マルケスが勝利を逃すことくらいしか考えられない状態だった。

そしてそれこそがマルケスがやらかしたことである。スタートシグナルが消灯する前にそれは運命づけられていた。ルール無視とパニックのせいで、マシンをリスタートさせ再びグリッドについた瞬間、彼は自ら勝利の可能性を手放したのである。そこから先の彼は間違いを積み重ね、状況はますます悪くなっていく。日曜のレースが終わりを迎える頃にはもうアルゼンチンでポイントを得ることは絶望的になっていた。彼は結局アンドレア・ドヴィツィオーゾに15ポイントの差をつけられる結果となっている。さらに彼は広報でも大失敗を犯したのである。とは言えそれもまた彼自身の責任である。

無知は言い訳にならない

とは言えまず最初はルールを無視することから始まっている。ウォームアップを終えた彼がグリッドに戻って自分のポジションに収まったとき、ホンダRC213Vのエンジンがストールした。彼が直後にした行為は正解である。右手を挙げたのだ。彼が手を挙げていたのは1秒強(複数の視点から測った平均は1.26秒)。その後、彼はマシンから飛び降りて押し掛けをする。その行為が端緒となって誰にも止められない流れが起こり、その後の激しい論争につながっていくのである。

マルケスが最初に犯した違反はエンストした際にマシンから降りたことである。FIMのルールブック(リンク先はPDF)には明確に書いてある。1.18.13項の以下の文面である。

「グリッド上でエンストした場合、またはその他の問題が発生した場合、ライダーはマシンにまたがったまま手を挙げること。それ以外の方法でスタートを遅らせることは禁止する」

マルケスは、まず手を挙げたところまでは間違っていなかった。しかしマシンから降りて押し掛けを試みたところでルール違反となる。それが彼に科せられたライドスルーペナルティの理由だろう。それに加えて今度はマシンの向きを変えてマシンにまたがりグリッドを逆走して自分のスターティングポジション戻るいうルール違反を積み重ねたのだ。これは1.21.11項に書かれているルールを破ったことになる。FIMの審査委員会が少しは大目に見ようと思っていたとしても、これではどうにもならないだろう。

あちこちで大混乱

マルケスの行為はグリッドにも混乱を広げることになった。「僕がグリッドに戻ったときにエンジンが止まっちゃったんです。普通はそんなことは起こらないんですが」と彼はレース後の囲み取材で語っている。「そういう場合は手を挙げるんですけど誰も気付いてくれなかった。それで押し掛けすることにしたんです。ありがたいことにエンジンが掛かって、でもそこで自分がどうすればいいのかわからなかった。エンジンが止まったら自分も止まるってのは知ってましたけど、エンジンは掛かってましたから」

実はマルケスはルールを間違って解釈していたのである。マルケスはこう言っている。「エンジンが止まったら自分も止まるってのは知ってましたけど」。しかしこれはウォームアップに入る場合の話だ。既に引用したとおり、ルールではスタート前にグリッドでマシンをエンストさせたライダーは手を挙げてそのまま助けを待つことになっているのだ。

MotoGPライダーがルールを理解していないというのはどういうことだろう?もしサッカー選手がオフサイドについてわかっていなかったり、野球選手がフライを打ち上げたときに何をすべきかわかっていなかったりしたらびっくりするだろう。しかしマルケスはグリッドでの正しいやり方をわかっていなかった。マルク・マルケスだけが責められるべきライダーというわけではない。ルールを破ったのは彼だけではないのだ。他のライダーも(そしてチームも)ルール違反を咎められている。とは言え他のライダーがやっているからと言って、自分の無知が正当化されるわけではないのだ。

もちろんMotoGPのルールブックのカバーする範囲は幅広く、そして大部なのは間違いない。336ページにもわたるのだ(カタールのレース時点の話である)。だがライダーがルールブックの全てを知っておくべきだというわけではないという点が肝である。別にブレーキディスクのセラミック含有率を規定した2.4.4.3.3なんぞ、知らなくても構わないのだ。そもそも覚えておくべき項目はそれほど多くはないし簡単なことばかりである。スタート関連では12ページばかりに過ぎない。しかもライダーに関連するのはその内の1/3程度なのだ。4ページ分は旗の種類とライトの種類に費やされている。3ページ半はコース内外でのふるまいについてだ。残りの部分はチームやメーカーやオーガナイザーが知っていれば充分なのだ。

率先垂範

スタート時の混乱についてはオーガナイザーに責がある。少なくともスタートを管理していたスタッフの責任だと言えよう。ルールブックにはオフィシャルは各列のピットウォール側に立って、ライダーが一についてスタート準備ができたらスターターにわかるよう自分が保つボードを下げることになっている。マルケスの列にいたオフィシャルは彼がマシンから降りて押し始めた時にボードを下げている。マルケスの予想外の動きに混乱したのかルールをちゃんと理解していなかったのは定かではないが、これが混乱に拍車をかけることになる。

二人のIRTAのオフィシャルが状況をなんとかしようとグリッドに飛び出してきた。どう考えても恐ろしい状況だ。わずか157kgの車体に270馬力以上のエンジンを積んだマシンにまたがり、ライダーは気持ちを最高レベルに高めているのだ。人差し指は発疹にかかった後一ヶ月の赤ん坊のごとくむずむずしている。そんな真っ只中にトニー・コングラムは飛び込んで、マルク・マルケスをピットレーンに導こうとする。ダニー・アルドリッジは何が起こっているのか確認するためにホームストレートに出る。アルドリッジはコングラムを振り返り、そこで彼がマルケスを誘導しているのを見る。そしてスターターのグラハム・ウェバーにマルケスはエンジンが掛かっていると知らせるために親指を立てる。

マルケスはこれを自分が間違っていないと教えてくれたものと解釈した。「マーシャルがやってきたんで聞いたんですよ。レースディレクションの人でしたからね」とマルケスは言っている。「彼を見てピットレーンかグリッドか尋ねたんです。その時点では彼は何が起こっているのかわかっていなくて、だから別の人の方を見たんです。最初のマーシャルは僕のマシンに手を置いただけだったんですけど、もう一人はこんな風に親指を挙げた。そうして彼らがいなくなったんでグリッドに戻らなきゃいけないんだなって思ったんです」

マルケスは間違って理解していたのだ。しかしIRTAも彼の勘違いを正すほどの人員をグリッドに配置していなかったのである。この時点ですべきはスタート手続きを一旦中止してマルケスをピットレーンからスタートさせることだった。なぜレースディレクションはそうしなかったのは謎のままだ。レースディレクターであるマイク・ウェッブへのレース後インタビューをドルナの幹部が止めたのだ。中にはウェブへのインタビューの録音を消去させられたジャーナリストもいるほどだ。マルケスをピットに行かせなかった理由として最もありそうなのは、ただでさえ混乱していた状況がさらにひどいことになっているのがテレビ放映されるのがいやだったということだろう。そんなわけで当初のグリッドのままレースはスタートすることになった。

衝撃と感嘆

振り返ってみれば、そのままレースをスタートし、後にレースを遅らせたことというかグリッドでのルール無視を理由にマルケスにライドスルーペナルティを与えたのだが、彼をピットスタートさせても結果は同じだったろう。どちらにせよマルク・マルケスはグリッドに並ぶほとんどのライダーから大きく遅れることになったのだ。それは彼にパニックをもたらし、同時に前に出ようと気持ちが盛り上がることになる。そしてコース上のすべてのライダーをぶち抜くペースで彼は走り始める。

この話の結末がどうなるか、以前も見たことがある。2012年、当時Moto2のマルケスはもてぎのスターティンググリッドでギア抜けに見舞われた。彼がスタートラインを通り過ぎたのは28番手あたり。しかし1周目の終わりには彼は9位に躍り出る。10周目にはトップに立ち、そのまま優勝している。3戦後のヴァレンシアでは彼はグリッド最後尾のスタートとなる。プラクティスでシモーネ・コルシを転倒させたことに対するペナルティだ。冷えてぬれた路面の上の細い乾いたラインに乗って、彼は前に出て行く。1周目の終わりには11位、そして最終的に優勝するのだ。

アルゼンチンのマルケスも同じことをやってのけた。しかし今回は以前より攻撃的だった。あきれるほどの速さだ。彼はどこのグリップが低くて、どこでグリップが変化するのかといった路面コンディションを完璧に把握していた。後先を考えず破滅と紙一重の綱渡りで周回を重ねていく。しかし決して一線を踏み越えることはない。ほとんどのライダーより1秒以上速く、中には3~4秒もの差をつけたライダーもある。

ライドスルーペナルティと他のライダーに前をふさがれた数周を除いてみると彼がいかにレースを支配していたかが明確になる。24周のレースのラップの内、速い方から20周分取り出してみると、彼は優勝したカル・クラッチローより6.252秒速いのだ。2位のヨハン・ザルコとは7.455秒、3位のアレックス・リンスには9.179秒の差だ。そして彼はタイトル争いをするライバルたちとも完全に違うクラスを走っていたのである。マーヴェリック・ヴィニャーレスには13.959秒差、ヴァレンティーノ・ロッシには23.219秒差、アンドレア・ドヴィツィオーゾとは25.311秒差とつけているのだ。

そこまでやる必要があるのか

彼がそこまでアグレッシブで忍耐強さの欠片も無い抜き方をした理由は謎である。彼は誰と比べても圧倒的に速かったのだから時間をかけて好きなところで安全に抜くことができたはずだ。それでもトップ6には入れただろう。しかし彼は乱暴にライバルを屠っていった。それはとてもパッシングと言えるようなものではない。彼は13周目にアプリリアのアレイシ・エスパルガロのインに強引に割って入り、ブラッドリー・スミスとティト・ラバトをそっと抜いた次はいよいよ13コーナーでのヴァレンティーノ・ロッシである。マルケスはロッシのインに飛び込む。ロッシは自分がマシンを向かわせていた先に突然ホンダがいるのに気付く。そして二台は接触する。そこでマルケスはロッシの進路を妨害しながらアウトに押しだしてしまう。ロッシが行く先は濡れた芝生だ。そして彼は転倒する。
せれほどまでに性急に、そして忍耐を忘れた結果、彼は何を得たのだろうか?最初に得たのは30秒のペナルティである。そのせいで5位でフィニッシュした彼のリザルトは18位、すなわちノーポイントとなった。そして手の付けられない暴れん坊という彼の評判がさらに確固たるものとなった。加えて、去年1年間、そしてプレシーズンも含めた彼の努力と、そこでみせた忍耐強さと献身、そしてなにより彼を再びチャンピオンの座に押し上げた成熟、そうしたすべてが無に帰してしまった。終わってみれば彼はアンドレア・ドヴィツィオーゾに15ポイント差をつけられ、これからはメディアに厳しい質問を投げかけられ、ファンからはブーイングを野次を受け、そして我々が「黄色い人々」(訳注:ロッシのファンクラブ)と呼ぶ一団からはもっとひどい仕打ちを受けることになるだろう。

今シーズン、そうしたことで気を散らされることになるだろう。そして現代のMotoGPにおいて集中力を保てないライダーは生き残ることができないのだ。アンドレア・ドヴィツィオーゾを見ればそれは明らかだ。彼が2番手集団から誰もが認めるチャンピオン候補になったのは生活に関する些事に拘泥すること無く大事を見据えるようになったおかげである。レースのたびにヴァレンティーノ・ロッシとの関係について尋ねられるマルケスがそうしたわずらわしさから逃れることは難しいだろう。
大惨事に終わった広報
広報という観点からも何一つうまくいっていない。レース後の囲み取材(稼ぎどころを見逃すことはないドルナが運営するMotoGP公式サイトで生中継された)でマルケスは自分の問題について語ってはいるが、同時に責任転嫁もしている。「今日、僕がミスをしたのはその通りです。いくつかは自分でもわかってましたし、でもいくつかはレースディレクションの問題ですよね。いくつかは僕のせいです。それはわかってるし、これからそういうことをしないようにしたい。でも今日はうまくやれたと思ってます。凄くいいレースができましたから。ペースも良かったですからね」

「今回のレースで一番大きなミスはアレイシの件ですね」とマルケスは語っている。彼は8周目にアレイシ・エスパルガロの後ろから彼をアウトにはじき飛ばしている。問題は彼がエスパルガロより遥かに速かったせいで両者のスピード差を測るのが難しかったと言う点だというのがマルケスの主張だ。「4秒速いタイムで彼に追いついちゃったんですけど、それをわかっていなかった。相手より4秒速いってかなり難しい状況なんです。でもそれに僕は気付いていなかった。接触を避けるためにできる限りのことをして、謝って、だからペナルティも当然です。それはわかってる。、ポジションを一つどころか二つ下げたんです。どこまで下がればいいかわからなかったんで。安全のために二つ下げたんです。そこからまた攻め始めました」

しかしマルケスはヴァレンティーノ・ロッシとの接触については何も悪いことはしていない、あれはレーシングアクシデントだと言っている。きれいにパスしようとしていたのだがウェットパッチにのってロッシと接触してアウトに追いやってしまったのだというのが彼の主張だ。「別に何か気狂いじみたことはしてないですよ」と彼は言う。「コースコンディションのことを考えてみて下さい。もちろんあのラインは乾いていた。でもウェットパッチに入っちゃってフロントがロックして、それでブレーキをリリースしたんです。ええ、接触はしましたよ。曲げようとして、その後彼がクラッシュしたのが目に入ったんです。それでごめんって言ったんです」。マルケスの考えでは路面コンディションも自分自身と同じくらい責めを負うべきだということである。「ザルコとダニとペトルッチとアレイシのことも見てみれば、今日がどれほど難しい状況だったかわかってもらえると思います。でもそういうことじゃないんです。僕は全力で走ってた。そしてこの日曜はすごくトリッキーなコンディションだったということです」

冷えきった状態で召し上がれ

ヴァレンティーノ・ロッシの見方はそれとは異なっている。当たり前だ。今回のマルケスとのアクシデントをきっかけに2015年のセパンにまで遡る遺恨が再び沸騰を始めたのである。ロッシはマルケスを容赦なく批判するこの機会を逃さなかった。「これはひどく悪い状況ですよ」とロッシは怒りながら語る。「彼は僕らのスポーツを破壊したんです。ライバルのことを微塵も尊重してないってのはそういうことでしょ。彼は今までだってずっとそうだった」

今回のアクシデントはマルケスがこれまですべてのレースウィークのたびに積み重ねてきた罪のひとつに過ぎないというのがロッシの考えだ。「今週起こったことを一つ一つ数え上げてみましょうか。これは良くあることではある。誰にだって起こりえる。ブレーキングでミスをしたり、誰かに接触したり、そういうことはあるんです。それがレースってものですからね。でも金曜の朝、彼はヴィニャーレスとドヴィツィオーゾに対してやらかした。土曜の午前中には僕に対してもやらかしてる。そして今日です。レースで彼は4人のライダーに真っ直ぐ突っ込んでる」

ロッシがマルケスに対して行っている非難の内、最も激烈なのは、彼がわざと他のライダーを狙っているというものだ。「彼はわざとやってるんです。あれはミスなんかじゃ無い。だって僕の脚とマシンの間を狙ってきたんですよ。彼は自分がクラッシュしないことをわかっていた。そしてこっちがクラッシュすることもね。彼はこっちがクラッシュするといいと思ってるんです。こんな風にやるってのはもう危険な領域に踏み込んでるってことなんです。ライダーがみんなこんなことをするようになって、相手のことを気に掛けないようになったらとんでもなく危険なスポーツになっちゃうし、悲惨な結末を迎えることになりますよ」

マルケスはこの非難を言下に否定している。「そんなことを言われるのは当たり前ですけどすごく残念です。僕はこれまでのキャリアで絶対、ほんとうに絶対誰かを転ばせようとして突っ込んでいったことなんてない。いつだって避けようとしてるんです。もちろんぎりぎりの時もあるし、かなりの余裕をもって抜くこともある。今日ヴァレンティーノとの間に起こったのはミスなんです。コースコンディションのせいなんです。それでフロントがロックしてしまった、でも僕がキャリアを通してやってきたって彼が言ってるのは誤りです」

ナイフでえぐる

ロッシの非難はそれだけに留まらない。レースディレクションの介入を求めているのだ。「もう危険な状況になってるんです。もう責任者のマイク・ウェッブには伝えてますけど、彼らが何とかすべきなんです。もうマルケスが二度とこんなことをしないようにね。今年、カタールの1コーナーで彼はザルコの脚に接触して、ドヴィツィオーゾにも突っ込んでいってる。彼はヴィニャーレスにもやらかして、今日は僕です。彼はこっちより20kmも速くコーナーに突っ込んでいってるんだから曲がれるわけがないんです。彼が僕の脚とマシンの間をわざと狙ってきたのは僕をクラッシュさせたかったんですよ。彼はそういう男なんです。過去50戦、ずっとそうだった。でも今年の彼は今までよりひどい。彼はいつも相手をびびらせようとしている。そしてこっちをコースからはじき出そうとする。危ないにもほどがあります」

彼はもうマルケスと一緒に走るのが恐ろしいとまでいっている。「マルケスが近くにいるときは本当に怖い思いをしてるんです。今日もピットボードに彼の名前が表示されたときにはびびりましたよ。だって彼がこっちに向かってるんですからね。もう思い知りましたよ」。誰もがそんな乗り方をするようになったら「ディストラクション・ダービー」(車を相手にぶつける系テレビゲーム)になってしまうだろうとロッシは言う。

マルケスはレースというものを壊してしまったとロッシは嘆く。「それに彼が近くにいると全然楽しくない。彼とのバトルに楽しさなんてないんです。だって彼はやってもいいことを増やしちゃったんです。彼はクリーンに戦わない。あれはアグレッシブなんてもんじゃない。汚い走りなんですよ」

別の見解

ロッシの嘆きは正当なものだろうか?アルゼンチンでのマルケスの走りは無謀なものだったのは間違いないし、彼がロッシをコースアウトさせたのも議論の余地は無い。しかしマルケスが故意にやっているという非難は言い過ぎだ。マルケスが他のライダーよりリスクをとるのである。それも間違いないことだ。その根拠としては、2017年には18戦で27回の転倒を喫しているということだけで充分だろう。マルケスがわかっていないのは彼がリスクをとったせいで一緒に走っている他のライダーに影響を及ぼすことがあるということだ。

もちろんロッシがマルケスを非難するのには充分な理由がある。そして彼はその機会を捉えて離さなかったということだ。彼の非難は言い過ぎだし、行けることまで行ってやろうと思っているのだろう。マルケスとアレイシ・エスパルガロの件についてロッシはエスパルガロとは全く異なる見解をもっている。「あれは危険ですよ」とロッシは言った。「時速200kmでアレイシ・エスパルガロに突っ込んでいってハンドルにでも接触したら彼は転倒ですよ。壁まで行ってしまう。なんでこんな風にレースをしなければならないんですか?」

エスパルガロはマルケスとの接触についても怒ってはいるが、しかし序盤のダニオ・ペトルッチとの接触の方が頭にきているようだ。「彼はものすごい勢いでぶつかってきましたよ。でもペトルッチも2コーナーで全く同じことをしてきたんです。同じって言うか、もっと強く当たってきた。だからIRTAの人にはわかってほしいんですけど、マルクだけがペナルティを科せられてペトルッチにお咎めなしってのはフェアじゃ無い」。彼はツイッターでペトルッチにペナルティが与えられないことに不満を表した上、次はペトルッチを擁護するプレスリリースを出したアルマ・プラマックチームにその矛先を向ける。そして別のツイッターユーザーがツイートした過去のペトルッチがらみのアクシデントをリツイートしまくったのだ。

自分の立場では語ることはないと最初はメディアに言っていたアンドレア・ドヴィツィオーゾも巻き込まれている。少々のユーモアと共にこれについて語ってくれた。「6度もタイトルを獲ったライダーに対して9度のタイトルを獲ったライダーみたいに変わらなきゃいけないなんてとても言えないですよ」とドヴィツィオーゾは重い口を開いた。「でも今日のマルクは間違っていた。彼はどんな状況でも余裕を持って対処できたのにいくつもミスを犯した。今日は彼の戦略が機能しませんでしたね」

威風堂々

ロッシが非難しマルケスが防戦している周りでも数々の小競り合いが行われていた。ヤマハとホンダはどちらもこの件と無縁ではいられず、リン・ジャーヴィスがレースディレクションにマルケスが二度とこうしたことをしないような方策を検討するよう要請すれば、アルベルト・プーチは今回のアクシデントは大したことでは無いと主張し、コース上のウェットパッチに原因があると言っている。ヤマハもホンダも今回のアクシデントについてレースディレクションと話をしており、それぞれの考えについて伝えている。

ヤマハのピットの外でもバトルが行われた。マルク・マルケスがヴァレンティーノロッシに謝罪するためにマネジャーのエミリオ・アルサモラとレプソル・ホンダのチームマネジャーであるアルベルト・プーチと一緒にヤマハのピットに向かった時のことだ。彼はロッシのアシスタントでSky VR46レーシングのマネジャーでもあるウーチョ・サルッキから追い払われたのだ。ロッシはマルケスと握手するつもりなどないと言われたのである。その場に出てきてマルケスを追い払ったのがヤマハチームのボスであるリン・ジャーヴィスではなくウーチョであったのも興味深い。

ロッシはマルケスが謝罪しようとしたことについても痛烈に批判している。「冗談としか思えないですね。一人で僕の所にくる肝っ玉も持ち合わせてない。いつもの通りホンダのマネジャーとやってきた。カメラも連れてね。それが大事だったんですよ。こっちのことなんか考えてない。僕は彼とは話したくなかったし、近くにいるのも見たくなかった。彼が僕に何か言ってもとても信じられないですよ」。そう言ってロッシはこの一連のマルケスの行為を人気取りのための広報だと決めつけたのだ。

その場にいた一人がロッシ自身も2011年のヘレスでケイシー・ストーナーをはじき飛ばした後にドゥカティのマネジャーを2人ではなく3人も連れてレプソル・ホンダのガレージに行った際に同じように恥ずかしい羽目に陥ったことを指摘すると、ロッシはそうしたこともあったと認めつつこう言っている。「でもそんなことは一回しかなかった。もうそれ以来そんなことはやってないですから」

このことから明らかなのは2015年に始まった彼らの仲違いは決して終わることがないだろうということだ。マルケスとロッシの間に存在しているかに見えた友情は見せかけに過ぎなかったのだ。そうロッシは言っている。「2015年以降、マルケスとの間に交流なんて無かったですから、別に何かが変わるってわけじゃないですね。チャオって言うだけなら楽ですし。もう時間を割くつもりはないですよ。彼が僕を尊重しないなら僕だって彼を尊重しない」。今回のアクシデントは過去の遺恨を再び表面に浮き上がらせただけだということなのだ。

立場をわきまえさせる

いかにもヴァレンティーノ・ロッシらしいやり方である。彼はいつでも自分の力や影響力、それに加えて頭の良さをコース外でも最大限に活用してきた。もしロッシが10回目のタイトルを狙っているなら(もちろん彼は今でもタイトルを狙えると思っているはずだ)、こうやってタイトル候補のライバルにプレッシャーをかけていくのはあらゆる意味で理にかなっている。2018年シーズン、これからずっとマルケスはあらゆるサーキットでブーイングにさらされるだろう。おそらく彼のホームレースであるバルセロナでも同じことになりそうだ。

次の2戦(オースチンはアルゼンチン後の最初のレースだし、ヘレスはスペインでの初レースとなればスペインとイタリアのメディアが大挙して押し寄せるせいで)アルゼンチンで何が起こったかについてマルケスは問いただされることになるはずだ。そしてこの件は今シーズンのマルケスが何かやらかすたびに何度も持ち出されることになるだろう。マルケスにとっては集中力の妨げになるだろうが、アンドレア・ドヴィツィオーゾが2017年に証明したとおり、こうした邪魔者をどれだけ遠ざけるかがレーサーにとっては非常に重要なのである。

マルケスについて語る必要がある

もちろん最大の問題はマルケスが繰り返し間違いを犯し続けているということである。彼の過激なスタイルもその一因だし、抜き方も許容範囲ぎりぎりだ。ブレーキングに自信を持っているが故に(今年になるまでそれがホンダRC213Vで唯一他より勝っていた部分であるのも理由のひとつだ)、相手を不安にさせたり、時にはその不安が的中したりといったことが起きる。

決勝日の晩、ワールドスーパーバイクの元チャンピオンでMotoGPレーサーでもあったベン・スピーズが、マルケスはブレーキングの判断に問題があるのではないかと声を上げている。「彼はミニバイクで友達とフラットトラックを走っているみたいな抜き方をする」と彼はツイートしている。「彼は人の後ろでブレーキングするときのブレーキングにも問題があるんだけど、とても理解できない」。スピーズはさらに詳しくこう説明している。「彼は自分のブレーキングスタイルのことを考慮に入れていないし、スリップストリームで吸い寄せられることも考えてない。驚くのは彼が相変わらず同じミスをしていることだ」。とは言えアルゼンチンでのマルケスの行為はいつもと違っているというのがスピーズの考えだ。「今日の彼は単に忍耐が欠けてただけだね」。

いつもの通りスピーズの指摘は的を射ている。マルク・マルケスはこの2年ほどでクリーンな走りをするようになっていた。しかしテルマス・デ・リオ・オンドでの彼は完全に我を忘れていた。彼はしゃにむに前に出ようとして他のライダーのことなど一顧だにしなかったのだ。マルケスはわざと前のライダーに当てて転ばせようとしたと言っているヴァレンティーノ・ロッシのように、彼の行為を意図的なものだと非難するのはやりすぎだ。しかしアルゼンチンのマルケスは誰が見ても無謀過ぎた。

何より問題なのは彼がそこまで無謀になる理由は全くなかったということである。毎回過剰なまでに慎重に抜いていったとしても6位か7位には楽々と入れるだけの速さがあったのだ。最悪の場合にはアンドレア・ドヴィツィオーゾにポイント差を広げられたかもしれないが、彼の苦闘っぷりを考えればそれはなかっただろう。「今日はリズムもスピードもなくて苦しかったですね」とドヴィツィオーゾは言っている。必要なのは自分を律してセルフコントロールを保つことだったのだ。しかしそのどちらも欠片すら見いだせなかった。

累犯者

どうしたらこの繰り返しを止められるのだろうか?危険なライディングに対して科せられた30秒のペナルティのせいでマルケスはノーポイントに終わったが、これで彼の振る舞いが変わることはなさそうだ。マルケスはレースの2日後にブラジルで行われたインタビューでそれを認めている。「僕は今のまま変わるつもりはありませんよ。いつだって集中してレースをしている。アルゼンチンのレースは周りのいろんな状況がつみかさなっった結果なんです」。彼はこれからも限界ぎりぎりで走るだろうが、しかしそれはルールの許す範囲内でのことだ。

アルゼンチンでのマルケスの行為は1レースの出場停止に値するというのが私の考えだ。スターティンググリッドで彼がいくつかのミスを犯したというだけではない。彼はそこで少なくとも3つのルールを破っており、その後も1.21.2項違反(悪名高い「ライダーは責任ある走りをしなければいけない」と書かれた、たいていの行為は罰することのできる項だ)を繰り返している。しかし最大の目的はマルケスに自らの行為についてきちんと考えさせるためである。

ホルヘ・ロレンソはかねてからマルケスにやり方を変えさせるには出場停止しかないと言っている。ロレンソはかつての自分がアレックス・デ・アンジェリスとの度重なる接触を咎められて2005年に1レースの出場停止処分を科せられた経験に基づいて主張しているのだ。家でレースを観なければならなかったことで、何が問題とされていたのかに気付いたとロレンソは言っている。彼はマルケスも同じように自分を見つめ直す必要があると考えているのだ。私もその考えに傾きつつある。今となってはそれが最も良い解決方法だろう。

出場停止を科せばマルケスもそこまでアグレッシブになる必要はないと気付くかもしれない。彼が他のライダーに突っ込んでいくときでなければ、その走りは息を呑む素晴らしいものだ。難しいコンディションでも並ぶものがないマシンコントロール技術で易々とマシンを操ることができる。ウェットパッチが残る乾きつつある路面やグリップがどこで失われるか予想がつかないといったコンディションでのマルケスの正確さは他のライダーから何光年も先をいくものである。だからこそ彼はフラッグ・トゥ・フラッグで易々と勝利を挙げ、他のライダーが苦しんでいるときにまるで何の努力も無くグリップを見つけられるのである。

歴史は繰り返す

ある意味、アルゼンチンでのマルケスの走りはMotoGP昇格後のロッシの最高のレースを思い出させるものだった。2003年、ホンダRC211Vでの最後の年、ロッシはフィリップアイランドでトップを走っている時に、イエローフラッグ区間での追い抜きを理由に10秒のペナルティを科せられる。ホンダコーナーで転倒したトロイ・ベイリスを守るために黄旗が振られていたのだ。ロッシがペナルティを与えられたのは残り16周となった11周目のことである。9周目の彼はそれまでのラップレコード1分32秒233を更新する1分32秒161を出している。

ペナルティを伝えるピットボードを見た彼はあらゆる歯止めを取り払い、残り13周すべてをラップレコード以下のタイムで走る。その速さは他のライダーのタイムを0.6秒から0.8秒上回り続けるほどだった。彼は1分31秒421という凄まじいタイムでラップレコードを更新し、3.4秒あった差を15秒まで広げる。結局10秒のペナルティにもかかわらずロッシは5秒以上の差をつけて優勝したのだ。ロッシが他のライダーに対してどれほど勝っているかを見せつける1日だった。ロッシにとって幸いだったのは、ペナルティが科せられた時点でトップを走っていたことだ。おかげで誰かを抜く必要はなかったのである。

うまく逃げられた人たち

マルケスにペナルティが科せられたおかげでアンドレア・ドヴィツィオーゾとマーヴェリック・ヴィニャーレスはあまりぱっとしない週末だったにもかかわらず良い結果となった。特にヴィニャーレスにとっては恩恵が大きかったろう。彼はカル・クラッチローから15秒遅れの5位でフィニッシュしているが、(ペナルティを与えられた)マルケス以外との競り合いはなかった。アンドレア・ドヴィツィオーゾは勝者から22.5秒差の6位だったが、10ポイントを稼いだおかげでランキングトップのクラッチローからわずか3ポイント差の2位に留まることができた。ドヴィツィオーゾはヴィニャーレスに対して14ポイント、マルケスには15ポイントの差をつけている。そしてこのポイント差のおかげで自信を持ってオースチンに乗りこむことができるのだ。

「最終的に6位でフィニッシュしたわけですけど、運が良かったってのもあるとしても僕らにとっても良かったし、タイトル争いを考えても良い結果ですね。タイトル争いをしている内の3人がノーポイントだったのはありがたかったです」とドヴィツィオーゾは語る。「ただ別の見方をすれば問題もあるんです。こういうコースだとやっぱり苦労するってことが確認できちゃったんで。中速コーナーでスピードをのせようとすると苦労するんですよ。今週末は何もできませんでした。きちんと仕事をしていれば少しずつ近づいていけるんですけど、ここでは速さが見いだせなくて、それについては残念ですね」。もしタイトルを獲る鍵が最悪の週末でどれくらいのポイントを稼げるかというところにあるとしたら、アルゼンチンでのドヴィツィオーゾはかなりうまくやったと言えるだろう。

一方、彼のチームメイトはかなりダメだった。アルゼンチンでかなり苦労していたロレンソは、カタールテストでかなりの問題があることが判明したせいで3台のGP18が皆使うのを避けていたウイングまで持ち出すことになる。しかしそれもほとんど効果はなかったようだ。ロレンソはトップから42秒遅れ、チームメイトからも20秒遅れの15位でフィニッシュという結果に終わっている。

アキレスの踵

惨憺たる結果のせいで、彼のドゥカティにおける立場と相まってロレンソのフラストレーションは溜まる一方である。こうなると、コーナリングスピードと機動性を取り戻すために彼がスズキに移籍するのは確実に思われる。スズキに移籍すれば大幅な年俸ダウンとなるのは間違いないが、ことこの期に及んではそれは大した問題では無いだろう。ぶっちゃけ彼はドゥカティの2年間で相当銀行預金の残高を増やしただろうし、だからこそ再び勝利を目指すことも平気なはずだ。金で買えるものはいくらでもあるが、それでもレースでの勝利と世界タイトルは金を積んでも手に入らないものなのだ。

ただしスズキに移籍してもロレンソのタイトル獲得には大きな壁が待っている。アルゼンチンで再びあらわになった壁だ。グリップが変化するドライとウェットが混ざったコンディションでのホルヘ・ロレンソは苦労するのである。ドライであればロレンソは全てのコーナーで勝てる力がある。乗っているのがドゥカティであってもだ。ウェットでもロレンソは戦闘力のあるライダーだ。しかしどちらでもないようなコンディションではロレンソの常人離れした能力はどこかに消えてしまう。そしてバックマーカーのごとくよろよろとコースを走ることになるのだ。その様はとても5回もタイトルを獲得したライダーとは思えない。こうした状況下での自信のなさは、彼がなんとかしなければならない問題のひとつである。

今回の教訓

アルゼンチンラウンドは実に学ぶところの多い週末だった。今回の混乱と右往左往はMotoGPの弱点をさらけ出し、これまで隠されていたことが露わになった。ではテルマス・デ・リオ・オンドでのレースから我々は何を学んだだろうか?

まず最初に挙げるべきは、ルールブックを読んでも解決できない問題が発生する、というか、そうした問題のおかげでルールの不備が判明するということだ。サイティングラップを終えてポールシッターがスリックでグリッドに待つ間、残りの23台がマシン交換のためにピットに入るという事態は、定義の問題に踏み込まざるを得ないような極端な状況である。結局、定義上は「グリッド最後尾」というのはグリッドで一番後ろのライダーの次の位置ということになる。つまり本来の予選位置にいるライダーが1人しかいない場合、2番グリッドがグリッド最後尾ということになってしまうということである。

二つ目は、ルールブックにはクリアにすべき事項があるということだ。クイックリスタートが導入されたおかげでチームがすべきことはシンプルになったが、一方でライダーがやるべきことは少々複雑になっている。またルールブックのあちこちに分散して書かれているために、特定の状況下での正しい行動がすぐにはわからないという問題もある。マルケスがスタート直前にマシンを降りた際、正しい行動は彼をピットレーンに誘導してそこからスタートさせることだった。それがルールに書かれていることである。しかしマルケスがやったようにマシンを降りることとスタートを遅らせることはルールブックの近接した場所に書かれているわけではないのだ。どんどん厚くなるルールブックはそろそろ整理すべき時期にきているのだ。

三つ目は、マルク・マルケスはミックスコンディションでは世界最高のライダーであり、好きなように他のライダーを抜くことができるという事実である。そして四つ目は、パニックに陥った彼が選択する抜きどころは必ずしも褒められたものではない上、判断ミスをするということである。だが出場停止にすれば彼がこのことについてじっくり考える可能性もある。

五つ目は、ライダーに罰を与えるのはレースが終わる前が望ましいのというレースディレクション(定義上はFIM審議委員)の基本的考え方がかえって首を絞めることになるということだ。アルゼンチンでのレースでは様々なことが起こったために、マルク・マルケスへのペナルティが適切なものではなかった可能性がある。出場停止というのは非常に難しい判断であり、適用しるのであれば慎重に検討する必要がある。白熱したレース中の数分でできるような判断ではないのだ。FIMのルールブックの3.2.2項では「重複ペナルティ」つまり複数のペナルティを一人のライダーに科すことができるとされている。一つの違反に対して2つのペナルティを科すことができるかどうか、そしてレース週末を過ぎてから科すことができるかどうかはいずれも明確に書かれてはない。しかしそうしたことも検討すべき場合もあるだろう。

六つ目は、ヴァレンティーノ・ロッシとマルク・マルケスの間の確執、ただし片方の憎しみ方がもう片方より勝っているのだが、その確執は未だに煮えたぎっており、しばらくの間は消えそうにないということだ。マルケス対ロッシの確執はレイニー対シュワンツのそれを上回りつつある。二人にお互いのことを尊重する気はさらさらなく、ヴァレンティーノ・ロッシが気持ちを変えない限り、将来もこのままだろう。

最後に忘れてはならないのは、それでもMotoGPは素晴らしいスペクタクルであり、年を追う毎に素晴らしさが増しているということだ。アルゼンチンで我々が目撃したのは4人のライダーによる接近戦でのトップ争いであり、何度も先頭が入れ替わっていた。4台のうち3台はサテライトライダーで、唯一のワークスマシンはヤマハでもホンダでもなくスズキだった。そして開幕から2戦で4つのメーカーの6人のライダーが表彰台に昇るという混戦っぷりだ。タイトル確定まではまだ先が長い。しかしアルゼンチンはMotoGPでなら何が起こってもおかしくないことがよくわかるレースだった。ファンとしては史上最高の時代である。混乱はあってもそれには感謝しよう。

これはアルゼンチンのまとめの最終章である。グリッドでの混乱とカル・クラッチローの勝利について書いたパート1はこちら(訳注:日本語訳はこちら)。アレックス・リンス、ヨハン・ザルコ、そして新しい才能あるライダーについて書いたパート2はこちらで(日本語訳はこちら)。
ーーーーーーーーーー
こうした長文のための情報収集には資金と時間が必要です。もし楽しんでいただけたのならMotomatters.comへのご支援をお願いします。サポーターになっていただくか、寄付をしていただくか、若しくはGoFundMe経由でご支援をいただければ幸いです。
============
割と私と同じ考えです。

ちなみに日本人的に一番簡単な寄付はこちらのPaypalかもです。是非に!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018アルゼンチンMotoGP日曜まとめパート2:新たなるスター、そしてザルコvsペドロサ

マルケスネタ以外にまだまだ語るべきことがあるアルゼンチンGP。そんなわけでMotoMatters.comのまとめもパート2に突入です。
============
週末にのMotoGPが終わると数限りない話のネタや様々な記事や興味深い話が提供され、興味津々の観衆は世界最高のスポーツについてより深い理解を得ることができる。他の週末よりたくさんお話題を提供できることもある。そしてこの週末のアルゼンチンのような場合もある。予選の段階でテルマス・デ・リオ・オンドで行われた今回のGPはいつにない野蛮さと奇妙な雰囲気に溢れていた。そして日曜がやってくる。

昨日の私の記事ではスタート遅延の原因となった独特の奇妙な状況、そしてカル・クラッチローが本来であれば素晴らしいものになるはずだった、しかし論争が巻きおこったことで残念なことになってしまったレースをどのように制したのかについて書いた(日本語訳はこちら)。今回の議論を巻き起こしたその話、つまりマルク・マルケスが気狂いじみたジキルとハイド的走りとそれに起因するペナルティでノーポイントに終わった件に移る前に、もう少しレースそのものについて語りたい。このレース結果こそが公式に記録される対象なのである。

まずカル・クラッチローである。彼は誰もが納得する形でアルゼンチンで勝利を挙げた。クラッチローの勝利で印象的だったのはその結果だけではない。そこに至るまでのやり方も記憶に残るものだった。スペインのジャーナリスト、ボルハ・ゴンザレスが鋭い洞察で見抜いたとおりこの勝利は彼の忍耐がもたらしたものである。そしてその忍耐は自信がもたらしたものである。良い結果を得られるとわかっていたのだ。「今週末は勝てるか、悪くても2位には入れるってわかってたんです。ウェットだろうがドライだろうがね」。と彼はプレスカンファレンスで語っている。「去年からいいペースで走れてましたし、カタールでもかなり速かったですし」

とは言えこの忍耐は余儀なくされたものでもある。「リスクを最小限にしたんです」と彼は言う。「ずっと4位で走ってました。フロントがソフト過ぎたんですよ。去年より2段階ほどソフトだったんです。フルタンクで走る序盤はブレーキングですごくマシンが暴れたんです。だからそれを収めようとしてちょっと前との距離をとって走ってたんですよ。あと濡れたところでは他のライダーとは違うラインで走ってました。誰かがクラッシュしたときに道連れになってリタイヤするのはごめんでしたからね。シーズンはまだまだ長いんです。でも最後になってみんなを抜けるってわかってた。最終的にはトップに立てるってね。どこで抜けるか、どこでは抜けないかもわかってました」

信じること

こうした自信過剰とも言えるクラッチローの言動はファンから批判されることもある。特に彼が自分自身の期待を裏切って転倒したときなどは、なおさらだ。それが彼のせいかどかにかかわらずだ。しかしこうした自分自身に対する信頼感がレーサーの精神にとってどれほど重要かについてクラッチローは簡潔に説明してくれた。「グリッドでマシンにまたがってるときに勝てるって思ってたんです。もし勝てるって思ってなかったらピットから出てこなかったですよ」

「そういうことなんです。そういう気持ちでなきゃいけない。そうじゃなきゃ勝てないし、ことによったら完走すらできないかもしれない。僕がアルゼンチンに来たのは表彰台に上がるか優勝争いをするためなんですよ。グリッドでも同じことを考えている。もちろんマルクがピットに入ったおかげってのはありますよ。もし彼が走り続けていたらもっときつかったとも思いますし。今週の彼はどんなコンディションでも速かった。でも最終的に買ったのは僕らです。いつでも勝てるって信じてなきゃやってられないし、そうじゃなきゃ優勝なんてできないですよ。みんなそう信じてるんですよ。でも良いスタートが切れて4位とか5位とか6位とかで走って、ちょっとバトルができて、それで今日は絶対勝てるって思ったんです。だから切るべき時に切るべきカードを切っていたんです」

クラッチローがそれだけのカードを切れたのはホンダ、つまりHRCとLCRホンダの両者に負うところが大きいだろう。「僕らは良い仕事をしましたね。チームもシーズンオフの間、素晴らしい仕事をしてくれた。ホンダも冬の2か月で素晴らしいエンジンを作ってくれた。今回の勝利はチームとホンダのおかげですよ」

ウェットとドライが混ざり合ったコンディションとホンダの強大なパワーのおかげでミディアムソフトのフロントタイヤをセーブできたという面もあるようだ。「例えば完全にドライだったら1分39秒代になったでしょうけど、そしたらハードでいかなきゃならなかった。じゃなきゃひどいことになってたでしょうね、まじで。でもうちのセッティングが完璧だったとも思ってないですし、路面もすごく滑りやすかった。第1セクターとか本当に滑りやすかったんです。でもそれをうまくコントロールできたのはよかったですね。ここでは何年もの間、転倒してもおかしくなかったですから。

ザルコのニアミス

ヨハン・ザルコは今回も喉から手が出るほど欲しかった優勝に手が届かず、何度も経験した2位に終わってしまった。最終セクターでクラッチローを抜く方策を見つけられなかったのだ。チャレンジしようと思っていなかったわけでは決してない。「ずっと攻め続けてました。ほんとにずっとですね」とザルコはプレスカンファレンスで語っている。「カルと同じようにレースを走れてたわけじゃないんです。だから終盤で彼が僕を抜いた時点で僕より良いペースで走れてたんです。その良いペースに着いていこうと頑張ったんです。いくつか気付いたこともあったんですけど、それじゃ足りなかった。それにちょっと疲れも出たんです。彼が何かミスをしたときに前にいけるよう、とにかく近くにくっついてたんです。でも5コーナーと7コーナーを過ぎても抜きにかかれず、次は13コーナーだって思ってたんですけど、でもまあ2位でもいいですね」

ザルコのレース序盤も議論の的になっている。1周目の終わり、12コーナーを回って13コーナーにアプローチする段階でザルコはダニ・ペドロサの後ろについていた。ペドロサは最終コーナーに向けての立ち上がりのために13コーナーのアプローチを大きめにとる。そうして開いた彼の左側にザルコはマシンを滑り込ませてクリッピングを奪う。テルマス・デ・リオ・オンドの13コーナーでは良くある光景だ。そしてそのおかげでこのサーキットは素晴らしいレースを生み出してくれるのである。

ペドロサはクリッピングを目指す自分の内側にザルコの黒いヤマハM1が入ってくるのに気付いてマシンを起こしコースの真ん中に向かう。通常であればこれで問題はなかったはずだ。しかしコースにはまだウェットパッチや汚れた場所が残っていた。そしてそのせいで曲がりきるために無理をしてしまうことになる。ペドロサのリアタイヤが根を上げる。ホンダRC213Vのリアは大きく滑りそして突然グリップを取り戻す。彼は空に舞い上がる。

接触は無し

ザルコは両者が接触していないと主張している。彼はマルク・マルケスとジャック・ミラーがペドロサに差をつけ始めるのを観て、彼を抜いて前を追いかけようとしたのだ。彼は自分のペースがペドロサより速いと確信して13コーナーで抜きに掛かったのである。「マルクとジャックがトップに出てダニより良いペースで走り始めたんです」とザルコはその時のことについて語る。「ダニは序盤に慎重になることがあるってわかってたんで、前の二人と同じリズムを崩したくなくて、だから13コーナーで抜くことにしたんです。レーシングラインの内側にドライのラインがもう一本あるんですよ。それでそのドライのラインを使って抜くことにしたんです。そうやって異なるラインで入っていくとどうしてもワイドになっちゃうんですけど、問題はそうなると濡れた路面に出ることになるんですよ。僕はクラッシュしないようにマシンを起こしました。でないとダニを押し出してクラッシュさせることになっちゃいますから。それでウェットパッチでくもクラッシュしないですみました。彼がクラッシュしたのは知らなかったんです。アレックスが僕を抜いたのはわかってましたけど、ダニは後ろにいると思っていた。ウェットパッチに彼がのっちゃったのは運が悪かったですね」

彼らは接触したのか?後方のペドロサとザルコを映すマルク・マルケスのオンボードビデオで確認すると、ザルコが狭いスペースに彼のヤマハをねじ込んだのは確かである。しかしペドロサもザルコに気付いていた。そしてマシンを起こして接触を回避しようとする。二題はアウトにはらみ、そしてペドロサはコース上で最悪の場所を走ってしまい、そこで彼のリアはグリップを失う。ザルコのせいでペドロサがとれる選択肢が限られてしまったのは確かだが、明らかな接触はなかった。ザルコの行為はぎりぎりのものだったが、それでもレースでの抜き合いとして許容範囲だ。もしコースコンディションがもう少しましだったなら、もしペドロサがスロットルを緩めて少しだけゆっくりコーナーを回っていれば、そうすれば彼は転倒しないですんだろう。

なんにせよペドロサはコースコンディションの犠牲になったのである。ウェットパッチのせいでグリップは予想不可能だった。13コーナーは抜くのに適したコーナーである。しかしザルコは難しいコンディションで厳しい抜き方をした。他のライダーがためらうようなところでも抜きにかかるライダーだというのがザルコのイメージではあるが、これはレーシングアクシデントである。このパッシングは別にザルコを象徴するようなものではない。

今回のザルコを象徴するのは彼の出した結果である。アルゼンチンで2位に入ったことで彼は直近の4戦で3回も表彰台を獲得したことになるのだ。そしてカタールでも結構な周回数トップを走っている。つまりザルコは今シーズンの有力なチャンピオン候補だということである。まだMotoGPで勝利は挙げていないが、これまでの実績をみればそれは時間の問題であろう。

アレックス・リンス:日の出の勢い

同じことがアレックス・リンスにも言える。彼はエクスター・スズキでのルーキーイヤーを棒に振っている。怪我でコース上で過ごす時間が少なかった上、昨シーズンはスズキがエンジン選択で間違いを犯したせいでマシンの戦闘力もなかったせいである。2018年にはマシンは改善され、その結果リンスもチームメイトのアンドレア・イアンノーネもテストでは良い結果を残すことができた。

2月に行っインタビューhttps://motomatters.com/node/13794(訳注:リンク先はMotoMatters.comの課金組用記事)でリンスは去年のフィリップアイランドのレースから多くを学んだといっている。そこで学んだことをプレシーズンテストで実地に移し、さらにカタールでの開幕戦でもクラッシュするまでそれを実践している。彼はレースを通じてジャック・ミラーにつきまとい、アウトにはらんで順位を下げるまでの1周半はトップを走ってみせたのだ。

ミラーの後ろで走ったことで彼はMotoGPでひとつ階段を上がったようだ。「序盤では冷静さを保てましたね」とリンスはプレスカンファレンスで語っている。「レースを通じてずっとジャックの後ろを走ってました。彼がトップで僕が2位の時に、もし彼を抜いて、ことによったらギャップを少し広げられたりして、って思ったんです。楽についていけてたんですよ。3〜4回は抜こうとしたんですけど、コースコンディションがものすごくひどくてラインをはずれるとウェットパッチだらけだったんです。中盤に初めてトップに立ったときにちょっとミスをして、それで『冷静になれ、表彰台を、優勝を狙うんだ』って自分に言い聞かせたんです」

彼はどれほどMotoGPクラス初優勝に近づいていたのだろうか?「シーズン前にもすごくいろいろ頑張ったんです。すごくマシンも良くなったし、僕も去年より経験を積んだ。去年は怪我やらなにやらで苦労しましたからね。でも今は良い方向に進んでいて嬉しいですよ。いつ優勝できるかについてはなんとも言えませんけど、近づいているのだけは確かです」。リンスの初優勝も時間の問題だろう。スペインの日刊スポーツ紙ASの報道ではスズキとの契約更改発表も近いということだ。

脱兎のラバト

アルゼンチンGPでは他にも言及すべきことがたくさんある。ティト・ラバトはレアーレ・アヴィンティア・ドゥカティでの7位という予選結果がフロックではないことを証明してみせた。ホンダRC213VからデスモセディチGP17に乗り換えたことで彼は生まれ変わったのである。MotoGPに上がってきた彼は水の中に落とした石のように沈んでいくだけに見えた。そのせいでファンからかなり非難されてもいた。違うマシンに乗って、それが彼にとって乗りやすかったおかげで、彼は戦闘力のあるライダーになったのである。

テック3におけるヨハン・ザルコのチームメイトであるハフィズ・シャーリンも讃えるべき結果を出している。彼がヨナス・フォルガーの代役に抜擢されたのが直前だったせいでプレシーズンテストは半分不参加となっている上、あまり話題に上ることはないが体力的にも厳しいというMotoGPの一面に対応するための冬のトレーニングもできていないにもかかわらずだ。シャーリンをバカにするファンさえいたし、彼をMotoGPに乗る資格が無いと見なす意見もあった。

アルゼンチンで彼は自分がモンスター・テック3ヤマハに乗る資格があることを証明してみせた。マレーシア人の彼はテルマス・デ・リオ・オンドで9位でフィニッシュしてその実力を見せつけたのだ。しかも彼はアンドレア・ドヴィツィオーゾやアンドレア・イアンノーネ、ティト・ラバトといったライダーと順位争いをした上、トップからは24秒遅れでゴールしているのである。エルヴェ・ポンシャラルはフォルガーの代役として契約する相手は誰であろうと「素晴らしい冒険」ができると確約していた。そしてその約束をシャリーンで果たすことになった。彼はグリッドに並ぶに値するライダーなのである。

ヴィエルヘとベゼッキ

日曜のレースに関してさらに言及すべきライダーが二人いる。マティア・パシーニが制したMoto2のレースは来年のトライアンフエンジンへの移行を前に再びスリルを取り戻したのである。しかしこのレースの本当のスターはシャヴィ・ヴィエルヘだろう。パシーニの実力については誰もがわかっている。しかし彼のオンボードカメラがレースの間中とらえていたのはヴィエルヘだった。土曜の予選でポールを獲得した彼は、最終的に負かされるまではパニーニ、そしてミゲール・オリヴェイラとバトルを繰り広げたのである。

しかし2位に終わったとは言えヴィエルヘも大したものだった。彼はダイナヴォルト・インタクトのカレックスをスライドさせながらテルマスの高速コーナーを駆け抜け、最後まで自分のペースを保ち続けたのである。彼のポジションとライディングスタイルはいつでもMotoGPに乗れることを示している。頭を低く前に出し、身体をマシンから乗りだすその様はマルク・マルケスやヨハン・ザルコを彷彿させる。もしヴィエルヘが昨シーズンを最後にテック3のMoto2チームから離脱していなかったらヨナス・フォルガーの代わりにMotoGPに乗っていたのは彼だったろう。そして彼がこの調子を保てば、2019年には誰かが彼をMotoGPに載せることになるに違いない。

Moto3ではマルコ・ベゼッキがチャンスをものにして輝いてみせた。イタリア人の彼はウェットレース宣言がされたレースで素晴らしいスタートを切り、そのまま振り返ること無く、4周目には4秒差をつけ、後続に追いつかれないまま勝利したのだ。既にベゼッキは去年CIPマヒンドラに乗ってもてぎで表彰台に上がることでその実力を証明している。戦闘力のあるKTMを得た彼は期待に応え、そしてそれ以上の活躍をしているのだ。

ベゼッキはヴァレンティーノ・ロッシが主宰するVR46ライダーズアカデミーが輩出し続けている才能あるライダーとしてもっとも最近になって現れた一人である。このところ、MotoGPは今後何十年もスペイン人に支配されるのではないかと思われていたが、VR46アカデミーがそれを阻止しつつある。Moto3での才能あるライダーは多くがイタリア人で、それもロッシ学校の卒業生である。VR46アカデミー出身のライダーはMoto2でも活躍中だ。そしてフランコ・モルビデリがMotoGPを走っているようにMotoGPにも上がってこようとしている。もしこのままいけばスペイン支配が終わり、ファンはイタリア人がGPを支配していると嘆くようになるだろう。

まだ終わらない

明日はいよいよマルク・マルケスの話をしよう。恐ろしい速さと粗暴さに彩られた走りとその結果についてだ。マルケスのペース、ライディングについて、タイトル争いへの影響についてと語るべきことが実に多い。しかしこのわくわくするような、しかし疲れる週末のおかげで睡眠不足が限界にきている。明日はもっともっとたくさん語ることになる。
ーーーーーーーーーー
こうした長文のための情報収集には資金と時間が必要です。もし楽しんでいただけたのならMotomatters.comへのご支援をお願いします。サポーターになっていただくか、寄付をしていただくか、若しくはGoFundMe経由でご支援をいただければ幸いです。
============
と言って、さらに1日書くらしく、マルケスのスタートの話だけで1500語ですって。おそらく翻訳は1日じゃ済まないですね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

公式リリース>アルゼンチンGP2018

ホンダドゥカティ(英語)ヤマハスズキKTM(英語)アプリリア(英語)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018アルゼンチンMotoGP日曜まとめパート1:勝利は混沌より来たる

マルケス-ロッシネタで世間は持ちきりですが、まずはレース展開と勝者について書くMotoMatters.comの見識。というわけでパート1をちゃちゃっと翻訳。
============
土曜の予選が終わって、私はバイクレースで特筆すべきことのひとつが予測不可能性だと書いた。これはジャック・ミラーがスリックで賭けに出て他の誰よりも速いタイムを出してポールを獲ったのを受けてのことだ。彼以外についてもかなり予測が難しいグリッドとなっている。ティト・ラバトがレアーレ・アヴィンティア・ドゥカティGP17で4番手に入った、マルク・マルケスは週末を通して常にダントツの速さを見せていたが6位に沈む。今回は3クラスともGP初ポールのライダーが先頭からのスタートとなったのだ。土曜のアルゼンチンではあらゆる予想が裏切られたのである。

しかしそんな土曜でさえ日曜のテルマス・デ・リオ・オンドで行われたレースと比べれば実に普通に見える結果となった。むちゃくちゃという程度では言い足りない。Moto3では何人かのライダーが細いドライラインにレースを賭けた。Moto2では耳なじみのないライダーがトップを走りもし、綱渡りのようなスリリングなレースとなった。しかしMotoGPの時間になるとこれまでのレースですらありがちなレースになってしまったのだ。まとめをつくるには数日かかるほど多くのことが起こっているのである。公平な記事を書くためだけではない。再構築するにはひとつのレポートだけでは足りないほど多くの見方があるのである。とりあえずはその始まりから書き進めることにしよう。

端緒となったのは不純な天候である。激しい雨が一晩中降り続き、その後Moto3、Moto2とレースを進めるにつれて乾いていく路面のせいでコンディションはむしろ難しくなっていった。Moto2マシンのはく太いダンロップタイヤのおかげでコースのほとんどの場所にはドライラインができたが、しかし場所によってはそれほどの幅は無く、そしてコース上にはまだ水が流れている場所もあった。さらにライダーがピットを離れようとする時、軽い雨が降った。そのせいでライダーはみなスリックではなくウェットタイヤを選ぶこととなった。ジャック・ミラーを除いては。彼は再び賭けに出たのだ。前回の賭で得たあがりを確かなものにしようとしたのである。

無秩序の王

そこから以降は混沌が世界を支配することになる。全員が同じ順番のままグリッド降格となるという状況に対処するために急遽新たなルールが作られた。あるライダーがグリッドでエンストし、エンジンを再スタートさせたせいでライドスルーペナルティが科せられ、それを取り戻すために激しい走りをしたせいでさらにふたつのペナルティが科せられただけではなく、2015年のセパンに匹敵する議論まで巻き起こすことになった。そして表彰台には新たなライダーが登場し、ルーキーがチャンピオンを破り、ランキングトップには意外なライダーが立つことになる。2018年のタイトル争いはさらにわからなくなってきた。

そんな混沌と巻きおこる議論の中、レースそれ自体は素晴らしいものだった。4人のライダーがレースの最初から最後まで争い、カル・クラッチローとヨハン・ザルコの勝負は最終コーナーまでもつれた。息を呑むようなレースだったとは言え、実はトップ争いそのものより、クラッチロー、ザルコに加えてアレックス・リンス、ジャック・ミラーによるバトルこそ何千語を費やして語るべきものである。しかしグリッドでの混乱や急造のスタート方法やマルク・マルケスのライドスルーペナルティや、これまたマルケスの周りを顧みない突進とヴァレンティーノ・ロッシを転倒に追いやった接触や、そうしたことにメディアは何千語も費やすのだ。クラッチローやザルコ、リンス、そしてミラーこそがそれに値するのにもかかわらずだ。まあ手にすべきものが常に手に入るとは限らないのが人生というものではあるが。

これで一層さえわたったのがカル・クラッチローの毒舌である。レースに優勝した彼を待ち受けていたのは半分空席となったプレスカンファレンスだ。彼のプレカン第一声はこうだった。「まず最初に、メディアのみなさんはどこ行っちゃったんです?」修辞学的言辞である。アルゼンチンはそもそもメディアが少ないのだ。現地までの費用と距離のせいである。その上かなりの数のジャーナリストがレプソル・ホンダかモヴィスター・ヤマハの誰かからコメントをとりに言っていた。マルク・マルケスがヴァレンティーノロッシに対して無理な追い抜きをかけてロッシを転倒させたのである。2015年のセパンで勃発した冷戦に再び火が付くことになったのだ。

「僕らが見せたことに対してなんとも思ってないんですよね」とクラッチローはメディアを酷評した。「みんな別の見出しが欲しいんでしょう。ほんとはここにあるのにね。表彰台の3人はチームや自分自身のために危険を冒して、そうやってこの場にいるんです。僕らはこんなにやったのに、それに対してこの仕打ちですか。ま、結局ここにいないメディアの皆さんはここに来るまでもないって思ったってことですよね。だったら今年はこれからの僕のメディアブリーフィングにも来ることはないですよ」

報われない勇気

彼の怒りはもっともだ。スタートから実にスリリングなレースだっったのだ。ジャック・ミラーが序盤をリードした。これは他の全てのライダーより6列前からスタートしているのだから当然とも言える結果である。彼のスタート位置は安全を捨ててでもスリックでいくと誰よりも早く決断し、さらにはグリッド上でも気持ちを変えなかった勇気へのせめてもの報いだ。

ルールに従うなら、ライダーは誰でもグリッドを離れてピットレーンからウォームアップに出ることができるが、その場合はグリッド最後尾からのスタートということになる。問題はグリッド上の24人のライダーの内23人がピットレーンからウォームアップに出るという事態をルールが想定していなかったことである。ポールシッター以外の全員がグリッドを離れたということはグリッド最後尾は9列目ではなく2番手グリッドの位置になってしまい、つまりは全員が最初の一からスタートすることになってしまうのだ。

これはフェアでもないし、今回について言えば安全でもない。23人のライダーのせいで起こる混乱を避けるために、とにかく間に合わせでもいいのでなんとか対応しようとルールブックのページを繰る時間を稼ぐためにレースディレクションはレース開始を遅らせることにした。表面上は安全性ということになっていたが、何らかの危険が存在していたわけではない。ここで問題になったのは混乱した状況であり、それを解きほぐす必要があったのである。そして全員に自分がどこからスタートするのかを理解させる必要があったのだ。それがレースディレクションがスタートを20分遅らせた理由である。

走りながら考える

そして直面する難問に対して彼らが考え出した解決法はなかなかエレガントなものだった。大したものだ。字義通りであればグリッド最後尾は予選最下位のライダーの後ろである25番グリッドとなる。しかしある明敏なツイッターユーザーが指摘した通り25番グリッドから23人を並べられるほどグリッドはないのである。そこでレースディレクションはジャック・ミラー以外のライダーをできるだけ後ろ、この場合は17番グリッドから後ろに並べることにしたのである。これによりミラーは5列分、すなわち48mのハンディを得ることになった。

解決法はエレガントだったが、しかしジャック・ミラーにとっては公平とは言えないやり方だった。彼は勇気と洞察力でもって最初からスリックを選んだのである。皆がその過程を理解していて、それについて説明する必要も無かったのであれば、ミラーはかなりのアドバンテージを得ることになったはずだ。しかし実際には彼はグリッド上で自らの気持ちを落ち着かせるだけの無為な20分を過ごすことになった。彼はそういう時に気持ちを静める自分だけのやり方をもっている。彼によれば「悪態をつく」のだそうだ。

驚くべきことにミラーはこの件を悪いことだとは受け取っていない。「まあそういうこともありますよ」と彼はレース後に語っている。「僕らは正しいことをやったし、他の人たちが間違っていたとも思ってないんです。でもグリッドで、本当なら24台並んでるところに一台だけってのはへんな気分でしたね」

レースディレクションが考え出した解決策は理想的では無かったとしても、きちんと機能はした。「こんなすごいプレッシャーの中でよくやるべきことをやったと思いますよ」とミラーは言っている。「こういうプレッシャーの中で、雨がまた降って、もう神様!って感じですよね。悪夢としか言いようがない。でもこんな気狂いじみた1日をうまく乗り切れてハッピーですよ」

一難去ってまた一難

新たなグリッドポジションが各チームに説明され、ライダーがスタートのためにウォームアップにスタートしようとしたその時だ。さらなる混乱が発生する。スタート直前にマルク・マルケスがグリッド上でホンダRC213Vのエンジンをストールさせてしまったのである。本来であればマルケスはマシンにまたがったまま両手を挙げてストールしたことを知らせるべきだった。しかし彼はマシンを再スタートさせようとし、それに成功する。しかし彼はグリッドに急いで戻らなければならなかった。そしてIRTAのオフィシャルとの行き違いがあった後、彼はマシンを方向転換しグリッド上をスタート位置に向けて逆走して位置に戻ったのである。

このミスのせいでマルケスはライドスルーペナルティを科せられる。そしてこのペナルティがMotoGPの新たな一章の幕開けとなってしまったのだ。この件についてきちんと語るにはそれなりのスペースが必要であり、このまとめのパート2で記事にする予定である。今のところはまずはレースに戻ろう。カル・クラッチローが指摘している通り、記事の見出しはレースであるべきだ。少なくともその価値があるレースだった。

ジャック・ミラーが良いスタートを切るが、わずか50mのリードでは猟犬に追われる野ウサギのようなものである。いや追っているのは猟犬というよりは狼だろう。彼自身もそうなのだが。1周目の終わりには彼を一団が追いかけ、マルク・マルケスが早々に彼の踵に食いつきに掛かる。マルケスは次の周のバックストレートでパワーにものを言わせてミラーを抜いていく。

手綱を解き放たれたマルケスだったが、今回は彼のグリッド上での行動が審議対象となっていた。順当にライドスルーペナルティが科せられ、わずか2秒の差しかつけられなかった5周後マルケスは罪を償うためにピットレーンに飛び込んでいった。

四つ巴

目の前のライダーがいなくなったミラーはペースが落ちたせいでヨハン・ザルコとカル・クラッチローを引き連れたアレックス・リンスに追いつかれてしまう。そして4人のライダーによる激しいバトルが始まった。ライダーが自分の強みを発揮するたびにトップが入れ替わり順位が変動する。リンスは5コーナーでミラーにアタックをかけるが、ここでは抜けない。次に7コーナーでのアタックでトップに立つが、すぐにワイドにはらんでトップを明け渡す。1周後、彼らは再び順位を入れ替え、リンスがミラーにアタックし、ミラーがリンスにアタックし返す。後ろではザルコとがクラッチローがじっくりと様子を見ている。

リンスがやっとのことでリードを広げるが、7コーナーでワイドにはらんで濡れた路面に足を取られてしまう。後ろにいた3人は易々とリンスを抜き去って彼はトップから4位に落ちることになった。

次の周ではこんどはジャック・ミラーがワイドにはらんでしまう。彼はトリッキーな13コーナーで少しだけ熱くなりすぎ、濡れたアスファルトに突っ込んでしまう。残りの3人がミラーを抜いて、彼は4位に落ちる。結局彼はそのままトップに返り咲くことなく4位という残念な結果に終わってしまう。

「まあほろ苦い結果ってのが本当のところですね」とミラーはレース後に語っている。「あれだけ長くレースをリードして、ポールも獲ったし、表彰台に昇れないのはちょっと辛いですよ。でもなんだかんだ言って良い1日でした。賢い乗り方をしようとしたんです。特に序盤はあんな混乱の後でしたからね。とにかく安定した気持ちで、できるだけ大人な走りをするように心がけたんです。まあ僕はそういうあたりがちょっと苦手ですしね。だからそれができたことには満足してますよ。その後、終盤に2回ばかり痛いミスをしちゃって、レースが進むとフロントにリアがプッシュしてくる感じが出始めたんです。最終コーナーでワイドになってウェットパッチにのっちゃって、1コーナーで取り戻そうとしてコースからはずれかけて、またウェットパッチにのってしまった。あんまりかっこよくなかったですね。でもそれ以外はほんとに最高の1日だったし、最高の週末でしたよ。チームには感謝してもしきれないです」

そして残った3人

トップ争いはこれで3人に絞られた。しかしこの時点でカル・クラッチローかヨハン・ザルコのどちらかが勝者になることは明らかだった。
クラッチローがまずはトップを奪うがウェットパッチに乗ってヨハン・ザルコにその座を明け渡してしまう。ザルコは2周ほどトップを走るが、残り 2周となったところでカル・クラッチローがトップに立ってリードを確固たるものにしようとする。ここから先は彼がレースの支配権を手に するのだが、それでもザルコは逆襲の機会をうかがいながら全力で走っていた。ザルコは最終セクションで前に近づき、クラッチローを射 程圏内にとらえる。しかしクラッチローはそれをしのぎ切って自身の3勝目、ホンダにとっての750勝目を飾り、そして修羅場をくぐってきた報酬としてランキングトップの座を手に入れた。

「今週末はこのGPで勝てるか、そうで無くても2位に入れるってわかってたんです。ウェットだろうがドライだろうがね」とクラッチローは レース後に語っている。「本当のことを言うと、レース前にはルーシーに向かって、天気やらあれやらこれやら、いろいろ気にくわないって言ったんですけど。そしたら彼女が、10番手からだってあなたなら楽に表彰台に上れるんだし、優勝だってできるって言ってくれたんです。残り2周になって、何が起ころうが絶対勝てるってなりましたね。スターティンググリッドでも、スタートした時も、最初の10周でも思ってました。いいポジションにつけて、スリップストリームは避けて、濡れた部分でも他のライダーと同じラインを走らないようにして たんです。誰かが水たまりでクラッシュしたら巻き込まれますからね」

こうやって異なるラインを走ったおかげで彼はフロントタイヤを保たせることができたとも言える。「濡れた部分では他のライダーとは全然違うラインで走ってました。それが功を奏したんです。バックストレートでは離されてたんですけど、それに満足してた。フロントが僕にはソフト過ぎたんです。こんな状況でしたけど、それでももう少しハードなフロントを選ぶべきだったんです。そういう意味ではうまく状況をコントロールできましたね。トップに立って逃げを打つこともできたんですけど、リスクは冒したくなかった。もし誰かを抜かなきゃならないときには抜くことができましたし、どこで抜くかもわかってましたし、実際そうしたわけですしね」

新時代、新たな名前

クラッチローは一緒に表彰台に昇った二人についても印象的だったと語っている。そして彼らがこれからもっとトップ争いに絡んでくるだろうと思っているようだ。「ヨハンとアレックスは実力で表彰台に上がったのは間違いないと思いますよ。でも現実に目を向ければどっちもカタールで優勝や表彰台を争ってるわけですし。一つ上の段階に登ってきたってことですよ。あとジャックもそうですね。カタールでも最初はトップ争いに加わったし。今週は10人で表彰台争いをすることになるって言いましたけど、今日の結果を当てた人はかなりの儲けになったでしょうね」

クラッチローの勝利は彼にランキングトップという地位ももたらすことになった。英国人としては1979年のバリー・シーン以来となる記録だ。もちろんチャンピオン候補のライダーの躓きに助けられたのは確かである。アンドレア・ドヴィツィオーゾは6位フィニッシュで、クラッチローからはわずか3ポイント差の2位だ。ヨハン・ザルコは再び2位。それでも前回カタールの8位というぱっとしない記録と比べれば上出来である。5位に入ったマーヴェリック・ヴィニャーレスはクラッチローから17ポイント差となった。一方、マルク・マルケスはヴァレンティーノ・ロッシを転倒させたことで30秒のペナルティを与えられたせいでノーポイントに終わりランキングは5位に落ちている。そしてロッシはマルケスのおかげでクラッシュしたせいで何も手にすることはできなかった。

どうしてこういう事態になったのか、マルケスはどうやって最高の天才ライダーでもあり同時に最悪の危険なライダーでもいられるのかについては明日までお待ちいただきたい。語るにはそれなりの紙幅が必要なのである。アルゼンチンのレースについてまだ語るべきことは残っている。そして語り尽くすにはかなりの時間が必要となるだろう。
ーーーーーーーーーー
こうした長文のための情報収集には資金と時間が必要です。もし楽しんでいただけたのならMotomatters.comへのご支援をお願いします。サポーターになっていただくか、寄付をしていただくか、若しくはGoFundMe経由でご支援をいただければ幸いです。
============
なーんて言いつつ、パート2は今回活躍したその他のライダーについてです。少々お待ちを。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

公式プレビュー>アルゼンチンGP2018

ドゥカティ(英語)ホンダヤマハスズキ(英語)、KTM(未)、アプリリア(英語)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »