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共に走る:チーフメカとの1年

珍しくMotoGP公式からMat Oxley氏の記事。これはドルナが出版したMotoGPのこれまでについての本からの抜粋の様子。ニック・ハリス氏監修で寄稿者にはマイケル・スコット氏、マシュー・マイルズ氏、ジュリアン・ライダー氏、ケヴィン・キャメロン氏、デニス・ノイス氏といったお馴染みの豪華な面々が名を連ねています。とりあえず英語版はこちらで購入可能。£40+送料£30=邦貨換算11,000円なので一杯飲んで判断力を麻痺させてからポチりました。
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MotoGPにおけるチーフメカというのはライダーとマシンの仲立ちをする無くてはならない重要な要素である。そしてどうやったら勝てるシーズンにできるか、それをジェレミー・バージェス以上によくわかっているチーフメカはどこにもいない。彼はヴァレンティーノ・ロッシ、ミック・ドゥーハン、さらに遡ってワイン・ガードナーを世界チャンピオンの座に押し上げているのだ。

ジェレミー・バージェスはそれまでの世界GPのピットレーン70年の歴史でおそらく最高の導師である。チーフメカとしての28年間で、ワイン・ガードナー、ミック・ドゥーハン、ヴァレンティーノ・ロッシの世話をし、そして最高峰クラスで13回のタイトルと148回の優勝という素晴らしい成績を挙げている。

その28シーズン、そしてこれに先立つGPでのメカニックとして、彼は多くの勝利と敗北、そしてその間のあらゆる経験を重ねてきたのだ。MotoGPのパドックでさえ彼ほど勝利の方程式やライダーのやる気の引き出し方や、そしてあらゆる種類の強烈なプレシャーの下で多くの人々とうまく働く方法を知っている人間はほとんどいない。

2013年に引退したバージェスは1980年にワークス・スズキのランディ・マモラと働くためにヨーロッパに渡るまでオーストラリアでレースをしていたのだが、そのきっかけはほとんど偶然と言っても良いだろう。農場で育った彼の周りは多くの農業機械が取り巻いていた。そして彼は自分で問題を解決するために機械修理を学ばなければならなかったのである。そうやって彼は独学でエンジニアとしての力をつけていったのだ。

ヨーロッパにやって来た彼のレースへの取り組み姿勢は常に真っ直ぐで、実践主義的で、知性に溢れ、骨身を惜しまないものだった。そして現代のレースがどれほど複雑になろうとそれに戸惑うことなく問題はいつでもすぐに解決しようとしていた。こうした態度こそが彼を成功に導いたのである。

「物事を単純化するのが好きなんですよ」そうバージェスは語る。「どんなスポーツでも同じですね。サッカーを例に挙げましょう。ゲームには三つの局面がある。相手がボールを持っているときと自分がボールを持っているときと誰もボールを持っていない時ですね。実はそれ以上に複雑になりようがないんですよ。バイクレースも同じです。バイクはすべて機械でできている、つまり機能するかしないか、それだけなんですよ。ライダーが問題を抱えることがあるかもしれない。問題ってのは要するに手元に答えがない質問なんです。だからとにかく答えを探すしかない。まずは大きな問題から取りかかることですね。たいていはみんな小さなことがらにとらわれちゃうんですよ」

MotoGPのシーズンは毎年ウインターテストから始まる。ここでライダーは新型マシンの出来を見極め、チーフメカに最初のフィードバックを与えることになる。そしてチーフメカはライダーの言葉を翻訳しメーカーのエンジニアと共に問題解決に取り組みマシンの改善を行うのだ。

「テストは何よりも楽しかったですね」今年62歳になるバージェスはそう続けた。「エンジニアの資格を証明する紙切れなんてこれまで一度も手に入れたことがないんです。だから完全に科学的な方法でマシンを見ているというわけではなかったんですよ。それほど高次の分析はしないんです。ライダーと一緒に問題を解決するために考えて、それで良いバランスを見つけようとしていたんです」

彼がヨーロッパで過ごした34年間でレースの様相は大きく様変わりした。コース上でもピットでもパドックでもだ。「1980年代は私とゲオルグ・ヴコマノヴィッチとランディだけでやってました。メカニックが一人とチーフメカが一人ということです。2013年には私の他にマシン担当が4人、ホイール&燃料担当が一人、タイヤ担当が一人、コンピュータ担当が一人、サスペンション担当が一人、あと日本人の技術者が2人ほど、つまり人数はざっと6倍になったってことですね。
 自分の仕事に名前をつけるなら、何でも屋ですね。現代のレースマシンは本当に精妙で一人や二人や、それどころか三人がかりでも手に負えるものではないんです。それ以上の人員が必要なんです。でも同時にライダーが言おうとしていることを理解して感じることができる人間も必要なんです。ヴァレンティーノとは何年も一緒にやっていたんで、彼がモーターホームに戻って、データエンジニアがコンピュータから情報を取り出して、そしたら私が彼にヴァレンティーノがなんて言っていたか伝えるんです。やることはたくさんある。だから誰かが全体を調整して、ある問題を解決するための優先順位をつけてどの仕事に何人でどれくらいの時間を注ぎ込むかを決めなければならない。そしてその問題を小さくするのにどんな段階を踏んでいけば良いのかを決めなければならないんです」

バージェスが毎シーズン2月から11月までずっとスタッフと一緒に世界中のサーキットを飛び回り、強いプレッシャーがかかる中で一緒に仕事をやり続けたというのも彼の成功の一因である。

「みんなが楽しい気持ちでいれば仕事は上手くいくものですよ。誰かがある特定の仕事が大好きなら、いつでも私は彼にその仕事を担当させて楽しく働いてもらうようにしてました。他のみんなも同じように自分が好きな仕事を楽しくやれるようにしていた。
 夕食はいつも一緒に食べてましたね。それぞれ勝手にどっか行っちゃうようなことはなかった。チームとして上手くいっていたし、いつも笑ってました。私たちの一団はいつもうるさいって怒られてましたね。ヤマハでやってるときにはある日本人スタッフがピットにやってきて「ちょっとf**kin’ f**kin’言い過ぎだ」って言ってました実際そうでしたしね。
 コミュニケーションというのはどんな仕事でも一番の秘訣なんです。コミュニケーションが明確で率直で規範に基づいているなら成功できるんです。あらゆることが隠し事なしでね。でもある部署が他の部署かに何か隠し事をするようになったら問題です。これは人生において他の法則と同じくらい大事な法則なんです」

バージェスがGPで挙げた148勝という数字は実に見事なものだ。しかし彼が一つのレースから次のレースに向かうやり方というのはいつでもシンプルで控えめである。

「勝つ時ってのはあらゆる仕事がちゃんとできたってことなんです。実際ミックやヴァレンティーノやワインが勝つと心からほっとしてましたね。プラクティスでマシンを仕上げてレースを終えて結果を出す。私にとっては興奮するようなことではなかったんです。ただ仕事が上手くいったってだけだったんです」

GPでの28シーズンというのは400戦以上ということであり、つまりは当然のことだがバージェスは数え切れないほどの敗北も経験しているということだ。敗北というのは勝利とは全く違った気持ちになるのだという。次のレースでは決してそうならないために敗北を最大限に利用するのだ。

「レースに負けて最初に思うのは自分たちに足りないところがあったってことですね。2位で終わっても別に気にしませんでした。もし2位に終わる理由があればですね。でも2位になって、その理由がわからなかったなら、それこそ本当に問題を抱えているってことで、翌週に向けて問題を解決するために働くことになるんです」
バージェスの最も知られた成功は2004年の仕事だろう。ホンダからヤマハに移籍したその年にタイトルを獲得するという素晴らしい記録をロッシに与えたエンジニアが彼なのだ。

「2004年がたいへんな年になるのは覚悟していました。でもチームが一丸となって信じられないくらい頑張ったんです。それで様々な困難を乗り越えることができた」ヤマハに移籍する前にホンダで100勝以上のGP優勝を飾った彼はその年のことをこう語る。「もちろんライダーは最高でした。でもマシンはライバルに比べて明らかに劣っていた。私たちはできるだけのことをして、ヤマハは約束通り提供すべきものを提供すべきタイミングで提供してくれた。だからこれは論理的に前に進んでいったその結果なんです。
 当初ヤマハは2004年は2〜3レース目で優勝して、タイトルは2005年の創立50周年に獲得するつもりでいたんです。でもヴァレンティーノも私も全精力を注ぎ込めば2004年にはホンダが手の内を全て晒しだすことになって、そうすれば相手の力量が正確に測れると考えていたんです」

毎シーズン、知性とノウハウを駆使してライダーとマシンの仲立ちをしながら両者の絆を強くするというのがバージェスの仕事だった。毎レース、ライダーから最高のものを引き出すためには人間の脳についても内燃機関と同じくらいの知識が必要だと彼は理解していたのだ。別の言葉で言うなら彼は一種の精神科医にならなければならなかったということである。

「バイクレースのかなりの部分はフィーリングに左右されるんです。だから黄金のハンドルバーのおかげでライダーがいい感じで乗れるって思うなら黄金のハンドルバーをあげればいいんです。チーフメカというのはいつでもライダーの側についているように見えないといけないし、駆け引き上手でないといけない。私はいつも賛成する方が反対するより楽だって考えてます。ライダーと自分の考えが違っている場合、ライダーが自分で間違いに気付く方が、こっちの立場を主張し続けるよりずっといいんです。だからたいていの場合、私は裏でこういうメッセージを送ってるんです。わかったよ、君の好きなようにするから。でもまああんまりいいことにはならないと思うよ、ってね。
 だからライダーには選択肢を与えて、ライダーが自分でどれが一番か決められるってなれば、そこからが心理ゲームの始まりなんですよ。ミックみたいに活きの良いライダーとテストに行って、そこで彼が『なんでこんなマシンにしたんだよ、こんなのに乗る気は無いね!』とか言うでしょ?そしたらこっちは『とにかく5ラップだけ走ってくれ』って言うんです。それでとりあえず何周かして戻ってきてこう言うんです。『まあそれほど悪くはないね。もうちょっとこれでやってみてもいいかな』って」

バージェスは毎シーズン解決が難しい難問に直面していた。バイクというのは4輪と比べると実にわかりにくいものだからだ。ライダーがマシン+ライダー重量の1/3ほどを占めるというだけではない。ライダーは同時に動く錘なのだ。つまりマシンに対してライダーがどう動くかだけでもマシンの挙動やセッティングや性能に大きく影響するのである。

「バイクでレースをするというのは簡単なことじゃないんです。4輪の連中は2輪のレースを魔術か何かみたいに思ってますよ。でも、さっきも言った通り、これは一人の人間とどうやっていくかという話なんです。ライダーがマシンから良い感触を得られなかったりマシンに信頼が置けなかったりしたらラップタイムを追求するのがめちゃくちゃたいへんになるんです。
 マシンの究極の限界点は転倒するところなんです。転倒間近ってあたりじゃ遅いんですよ。だから限界を超えないように、でも限界ぎりぎりに近づかなきゃいけない。最高のバイクレーサーなら誰でも素晴らしい頭脳を持っている。自分が何をすべきかを理解しなきゃならないんですけど、ヴァレンティーノやミックはそのあたりが本当にすごかった。彼らはレースの最後まで良いラップタイムを出し続けるためには何をしなきゃいけないのか精確に理解していたんです。
 彼らは限界を超えて走るとタイヤが空転することを知っていたんです。タイヤが空転すると同じペースだけどタイヤを空転させてないライダーの前には行けなかったりするんですよ。繰り返しになりますけど、あんまり安全サイドに行きすぎてもいけないし、だからといって空転させすぎてもいけない。そういうところこそ賢いライダーの腕の見せ所なんです。コーナー進入からコーナー途中、コーナー脱出まで1周14コーナー以上、30ラップにわたって集中力を保ち続け、それで毎ラップ0.2秒しか違わない。そういう緊張感を保ち続ける。他の連中はたいてい追いつこうとか速く走ろうとして、でもタイヤを空転させたり、ワイドにはらんだりして遅くなる。ヴァレンティーノやミックやウェイン・レイニーやエディ・ローソンやジャコモ・アゴスチーニや、とにかくそれが誰であろうと、安全サイドに行きすぎることなく、しかもグリップの限界を超えることなく緊張感を保って走り続けることが重要だってわかってるんです」

バージェスはその28シーズンの経歴のほぼ半分で世界チャンピオンを獲得している。なんと驚くべき実績だろう。つまりたいていは幸せな気持ちでオーストラリアに帰っていたということだ。9か月もの長旅でスタッフを率い続けた後となればなおさらだろう。

「いつも一生懸命働いて、大いに笑って、でもシーズンの終わりには別れ別れになるのをみんな喜んでましたね」と彼は笑いながら言った。

今バージェスはアデレード郊外で家族と一緒の時を過ごしている。テニスとゴルフとクラシックカーのレストアの毎日だ。

「概して素晴らしいレース人生を送ったと言えますね。キャリアを通して素晴らしい人々、そして素晴らしいライダーたちと仕事ができたのは凄く幸せなことでした。だから本当に恵まれていたんだと思います」
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ビジネスの人は良く読むといいよ。

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コメント

長い期間、超一流にいた人ってこうなんでしょうね。
ハードに仕事をする中でも賢明であり、かつ明るくコミュニケーションも絶やさない。
2006年でしたかね?
最終戦バレンシアでロッシがヘイデンに破れ意気消沈してピットに戻ってきた時、バージェスさんは笑みを浮かべながらペットボトルのジュースを飲んでいたと思うんです。
この記事を読んで、なぜかそれを思い出しました。

投稿: motobeatle | 2018/01/17 20:29

>motobeatleさん
 なかなか含蓄のある記事ですね。長くトップに居続ける人の言葉は重みがあります。

投稿: とみなが | 2018/01/18 20:38

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