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今年良く読まれた記事ベスト10:2017年版

さて年末恒例ベスト10。ちょっと早めにアップです。実は今年の本当の1位は初出2013年、更新2016年の「ICD-10 エクセル表(カッとなって作った)」、2位は去年の「なぜホンダは決して楽な道を選ばないのか」だったんですが、カウントダウン形式で読んでいってこういうのがトップ2だとずっこけるでしょ、みなさん?あと4位には2014年の「MotoGPマシンでの身長の限界ってどれくらい?」とかも入ってましたし、2015年の「人は一生のうちに平均何回入院するか?」とかもランクインしてるのです。
ま、今年は更新が少なかったとは言え、やっぱりロングテールネタも侮れないってことかもですが。

では「今年の」「バイクネタ」ベスト10をご紹介。例によって記事ごとのPVなので、定期的にトップページにお越し頂いている方がカウントされてない(=検索でヒットする記事が上位にくる)とかありますのでそこんとこよろしく。
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10位「2017ザクセンリングMotoGP:書き切れなかったこと」(2017年7月5日)
 地元でフォルガーが2位に入って今年のテック3の好調さとヤマハワークスの不調っぷりを印象づけたザクセンリング。そのこぼれ話です。イアンノーネの減らず口が楽しいですね。

9位「ストーブリーグ表2018(2017.08.20時点)」(2017年8月20日)
 こうやってみるとちょっとした波風は立ちましたがやはり穏やかなストーブリーグだったなあと。ちなみに最終版を作ってませんでしたが、マルクVDSのモルビデリの隣にルティが来て完成です。

8位「スズキのMotoGP活動…いったいいつになったら底を打つのか」(2017年9月30日)
 イアンノーネのやさぐれっぷりに象徴される悩めるスズキのお話。でも終盤になってちょっとだけ光が見えてきたのではないでしょうか?っつーかそう思いたいですね。

7位「イタリアGP:クラッチローがグラベルで起こったことについて語る」(2017年6月5日)
 ムジェロでペドロサにはじき飛ばされたクラッチローのコメント。いつものあけすけなもの言いがちょっとした議論を巻き起こしましたが、そこはいつものカルのこと。オチつきで楽しくおさまっています。

6位「ビアッジ、バイクに別れを告げる:死ぬのが怖かった。」(2017年6月28日)
 モタードトレーニング中の怪我で重傷を負ったマックス・ビアッジのバイク降ります宣言。悲しいですがそれもまた人生。Ciao!

5位「2017ヴァレンシアMotoGP決勝まとめ:思うようにならないチームオーダー、そして奇跡」(2017年11月19日)
 タイトルがかかった最終戦ヴァレンシア。ランキング2位でマルケスを追いかけるドヴィツィオーゾをサポートするはずだったロレンソに出された謎の、っつーかもうこの時点では謎でもなんでもなくなっていた「推奨:Mapping 8」の文字。結局ロレンソは最後まで譲ることがなかったのですが、いろんな議論を巻き起こすことになりました。怒濤のMotoMatters.comの大長文です。あれだな、大長文をやっつけるとその後しばらく立ち直れなくなるくらいぐったりして、それが年末の更新頻度にひびいてるんだな、きっと(←てきとーな言い訳)。

4位「「みんなでZ席」キャンペーン」(2017年5月6日)
 今年もツインリンクもてぎはZ席にロッシ応援席を作りました。しかも最高の席であるZ2を含むZ1-Z3全部という暴挙。んで頭にきたので、もう誰のファンでもいいからZ席買っちゃおうぜ!というキャンペーンです。私も含めてロッシファンでない知り合いがそれなりに紛れ込んでいた様子。ちなみに今年もロッシは途中で転倒。ご愁傷様。こんなことならみんなに開放してくれれば…と思うことしきり。ちなみに今年も運営は最高でしたね。レースも最高だったし、満足感は高かったです。

3位「チームオーダーではなくチームスピリットの問題」(2017年11月19日)
 7位のEmmett氏の記事とは対照的にロレンソに批判的なMat Oxley氏の記事。あそこは譲っとくべきだろうと。バリバリ伝説世代としては巨摩郡を引っ張ったロン・ハスラムがコースアウトしながら「いけ、ガンボーイ」ってつぶやいたのを思い出してロレンソかっこいい!ってなってたけど、ドヴィツィオーゾとしては「おまえ邪魔」って思ってたっぽいので(Web Mr.Bikeのパオロ・イアニエリ氏によるドヴィへのインタビュー)、Oxley氏の意見が正しいのかもです。

2位「ストーブリーグ表2018(2017.06.15時点)」(2017年6月15日)
 今年は比較的穏やかだと思われていたのにイアンノーネがクビになるとかならないとかの噂も出てごたごたしました。め、結局おさまるところにおさまった感じでしたね。

1位「MotoGP:ロレンソがドゥカティについて語る」(2017年4月28日)
 良くも悪くも(主に悪くも、かな?)今年の話題の人だったホルヘ・ロレンソ。今年はドゥカティに移籍してなかなか苦労していますが、それでも最終盤はかなりやれるところを見せてくれました。これが1位なのはおそらくSRダンディ別館の読者の皆様の趣味を表してるってことですね、きっと。
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そんなわけで今年も1年お楽しみいただけたでしょうか。素晴らしいタイトル争いでしたが、来年も良いシーズンになりますよう。

それでは皆様良いお年をお迎えください。

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アメリカのGPレジェンド、ランディ・マモラ:2位になるということ

シーズンも終わってしばらく虚脱状態でしたが、最終戦直前の記事ですがちょっと面白いので翻訳。ランディ・マモラへのインタビューです。Cycle Worldより。
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13年間のGPでの500ccキャリアを通じてランディ・マモラがランキング2位を記録したのは1980年、81年、84年、87年の実に4回。58歳になるこの日曜にスペインのリカルド・トロモ・サーキットで行われたMotoGP最終戦を終えたマルク・マルケスが、そしてむしろこちらの方が近いだろうアンドレア・ドヴィツィオーゾがどんな気持ちになるのか、彼は良く知っている。

「みんなに言われますね。『敗者の中では一番だ』って」とマモラは言う。「でもレベルがここまで高くなってライダーの才能もマシンも凄くなると色んなライダーが勝てるようになってるんです。だからメダルを手にできるってだけでも凄く特別なんですよ。最初はスズキでケニー・ロバーツと戦って、その後はホンダでエディ・ローソンとって感じで少しずつ進歩しながらシーズン開幕を迎えてましたね。
 タイトル争いで僕を負かした相手にも勝ってるんですよ。それも全員にね。1986年は初めてヤマハに乗って、1レース勝ってランキングは3位。翌年は3レースに勝ってランキングは2位。僕らがヤマハのトップチームだったんです。その時勝ったのはワイン・ガードナーですね。ホンダがすごく速かったんですよ。ワインも見事に乗りこなしていた。それがほんとにうまいこといったんですね」

もしマルケスが日曜のレースで勝てば7勝を挙げて4度目の最高峰クラスのタイトルを獲得することになる。2013年の彼の勝利数をひとつ上回り、2016年と比べたら2勝も多い。しかし史上タイ記録となる10連勝を含む2014年の13勝には6つ及ばない。24歳の彼は現時点で35勝を最高峰クラスで挙げているのだ。

2日間のプラクティスを終えてマルケスはポールを獲得し戦いを有利に進めている。「間違いなくダニとマルクがユーズドタイヤでの速さがありますね」とドヴィツィオーゾは金曜に言っている。「それが今の現実です。コーナー中盤で僕は早さが無い。マシンを起こしてスムーズに脱出できないんです」。そんな彼は9番手からのスタートとなる。

マルケスはヴァレンシアで2度のクラッシュを喫している。金曜の午後のプラクティス終了直前と土曜の予選だ。どちらも彼はかすり傷一つ負わないで済んだ。マルケスと同様、ドヴィツィオーゾも6勝。彼にとってこれは2004年の125ccから始まったGPでの16年のキャリアの中での年間最多勝利である。

「このスポーツにかかわってるならわかってるでしょうけど、やっぱりドヴィツィオーゾにドキドキしますよね」とマモラは言う。「これまで彼のファンじゃなかったとしても今年はファンになってしまう。ドヴィはすべてを賭けているのか?その通りです。できることならやりなおしたいと思っているのか?もちろんです。でもそれは終わったからこそ言えることなんです。どっちにしろ彼は全力を尽くしたんです。
 レースではドヴィは勝たなきゃならない。それに加えて幸運も必要です。ダニ・ペドロサが2006年のポルトガルでニッキー・ヘイデンをはじき飛ばしたとき、今でも覚えていますけどニッキーはずっと「なんでだ、なんでだ、なんでだ」って言い続けてましたね。ヴァレンティーノ・ロッシはヴァレンシアで得点圏内に入るくらいで良かった。つまりニッキーにはチャンスはなかったってことです。でもロッシは転倒してゼッケン69がチャンピオンになった」

マモラは当時500ccのGPマシンを駆る最高のライダーの一人だった。「銀メダルを4個、銅メダルを2個持ってるんです。メダルを手に入れられない人だっているし、表彰台に上がらないままの人もいる。僕は表彰台には57回上がっていて、しかもその隣にはバイクを走らせたら史上最高ってやつらがいた。
 もちろん自分はチャンピオンだって言えないんですけどね。でかいパーティーには無縁なママだった。でも自分が思ってた以上のことができたんです。もちろんミスもしましたよ。自分を叱りつけたいくらいです。でもほんとにこの競技をやっていてよかったですよ。4つのメーカーで表彰台に上がってるんです。ランキング2位も3つのメーカーで獲得した。僕にとっては素晴らしいことなんです」
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写真のキャプションも面白いので翻訳。
1枚目「最高峰クラスの最年少優勝記録を持っているのはマルク・マルケスだが、表彰台の最年少記録は19歳のときフィンランドで表彰台に上がったランディ・マモラがいまだに保持している。ライダーズ・フォー・ヘルス(訳注:アフリカで公衆衛生活動をバイクでやろうという慈善団体)の共同創設者であるマモラは現在ドゥカティの2シーターMotoGPマシンを走らせている。「僕はもうパドックに38年もいるんですよ」

2枚目「ドゥカティのチーム力について:「これはジジ・ダリーニャのおかげでもありますね」とマモラは言う。「ここまでのバイクを作るには何年もかかるんです。フォーミュラ1と同じですね。まとも走るようになるのに5年はかかる。そういうところは似てるんです」

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