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ニッキーを想う

Mat Oxley氏のコラムをMotor Sport Magazineより。
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モーターサイクル業界は最速のそして最高にジェントルなレーサーを失ってしまった。安らかに眠れ。

ルマンという場所はいつでも陰鬱だ。たぶんモータースポーツ史上最悪の事故がこのフランスのコースで起こったせいなのだろう。1955年のルマン24時間自動車耐久レースで184人が命を落としているのだ。それとも威圧的なピット周りの建築物のせいかもしれない。コンクリート製の巨大で醜いブルータリズム建築がサーキットにあるべき建物ではなく第二次世界大戦でフランスを守るために作られたマジノ線の要塞のように見えるのである。

太陽が顔を出した日曜ですらMotoGPのレースの時間になると黒い雲に覆われ始めていた。それが肉体的なものだろうと精神的なものだろうと、レーサーたちは痛みを自分から切り離す術を知っている。これから起こることがわかっているのだ。それが起こった時には気持ちが揺れるが、しかし自分の選んだ道なのだ。彼らはそれでつぶれてしまうことはないのである。

だが先週末はそうではなかった。ニッキー・ヘイデンはイタリアの病院のベッドに横たわり、予後は極めて悲観的なものだった。誰もが煉獄につなぎ止められていた。パドックの人々もヘイデンの家族も、イタリアに来た、そして米国で待つ彼の愛する人たちも、誰もが気持ちの居場所を失っていた。そして月曜、パドックが次のレースに向かうその時、彼の死が伝えられる。

ニッキーは偉大なレーサーだった。しかしそれ以上に人間として偉大だった。トップを目指して戦う世界でそんなことは普通は起こらない。高みに上り詰めながらも人間性を失わないというだけでも、特筆すべきことなのだ。

ニッキーがMotoGPタイトルを獲ったその日は4ストロークMotoGP時代の最高の一日だった。2006年10月29日、日曜日。その1日にあらゆることが凝縮されていた。ドラマ、負け犬の復活、あらゆることが起こりえるという事実。たとえその可能性がどんなに小さく見えてもだ。

シーズン最終戦となるヴァレンシアにやってきたヘイデンは前年まで5連覇を飾っているヴァレンティーノ・ロッシに8ポイント差をつけられていた。偉大なチャンピオンを抜き去る方法など想像もつかない状況である。ポイント差だけが問題だったのではない。予選で彼は5位に沈み、ロッシは例によってポールを獲得していたのだ。

誰もが同じ結果を予想していたが、そうはならなかった。これはバイクレースにおけるモハメド・アリ対ジョージ・フォアマンだったのである。

ニッキーは意志の力だけで不可能を可能にしてみせた。2列目から最高のスタートを切ると1コーナーで併走するロッシを抜き去る。このとき二人は明らかに接触していた。弱き者からの意思表示だ。

レースはまるで映画のようだった。前年のチャンピオンのロッシはもがき苦しみ、そして転倒し、再びマシンにまたがると前を追い始める。ニッキーと彼のホンダRC211Vは3番手を走っている。つまりロッシが8位に入ればチャンピオンの座を維持できるということだ。あり得ないほどの緊張感。スローダウンラップでニッキーが感情を爆発させ、泣きながら叫び続けたのも当然だ。パルク・フェルメで待っていたのは、やはり負け犬だと思われていたこのレースの勝者、トロイ・ベイリスだ。彼はキャリア唯一のMotoGP優勝をワールドスーパーバイクの合間のパート仕事で手にしたのである。そしてロッシは負けても太っ腹だった。少なくとも自分からタイトルを奪ったのがヘイデンで良かったと思っていたのだ。

私が何かを書くより偉大な先人の言葉を探すべきだろう。ラドヤード・キプリングの詩「If」の一節がふさわしい。「もしあなたが勝利と破滅という二人の詐欺師を同じように歓待できるのであれば…世界のすべてはあなたのものだ」

ニッキーはそういう人だった。素晴らしい勝利も破滅的な敗北も彼を変えることはなかった。MotoGPで13シーズン、彼はいつでも気品を保ち人の話に耳を傾けてくれた。彼はよくあるタイプの、自分は周りの死すべき定めを持つ一般人より素晴らしいと思っているライダーではなかったのだ。

中にはジャーナリストを蝿のように思っているライダーもいる。うるさいのに逃げられない。チャンスがあればぴしゃりと叩きつぶしたい相手ということだ。しかしファウスト博士であるニッキーはメフィストフェレスと結んだ契約を忘れてはいなかった。彼は世界中を飛び回り、人類史上最高のマシンにまたがってレースをすることでお金をもらい、だからこそ彼が何をしようとしているのかみんなが知りたがるのである。そして彼はジャーナリストの軍団に対しても実に紳士でありつづけたのだ。

調子が良い日には彼は情熱的に語ってくれた。しかし自分の成功を自分の手柄にすることはほとんどなかった。彼は父アールと母ローズが自分に新品タイヤを買い与えるために屋根の雨漏り修理をあきらめたことを話してくれた。走り続けるのを支援してくれた人たちがいなければ長い道のりを経てケンタッキーの我が家からMotoGPのピットレーンまでたどりつけなかっただろことを心からわかっていたのだ。

調子の悪い日のニッキーは、何が問題でなぜそうなってしまったのかを静かに私たちに語ってくれた。彼は失敗したという罪悪感でひどく落ち込んで泣きそうになっていた。目に涙をためて、下唇が震えている。そこに座っている私たちはいたたまれない気持ちでノートPCやボイスレコーダーに目を落としていたものだ。

時には誰かが彼にそんな風に負けるのはどんな気持ちかと質問して沈黙を破ることもあった。そしてニッキーの答えはいつも同じ、「それほど辛くはないですよ」。彼は自分が地球上で最も幸福な人間だとわかっていたのだ。勝敗は関係ないのである。

パドック中の誰もがニッキーのことが好きだった。おそらくレースというものが始まって以来初めてのことだろう。そして女性たちについて言えば、好きだったのではなく崇拝していたという表現が適切だ。彼はハンサムな若者だった。パドックで働く女性たちは彼が部屋に入ってくると卒倒しそうになっていたものだ。それは彼の見た目が良かったせいだけではない。包容力があり、チャーミングで、そしてレーサーにありがちな肥大した自尊心とは無縁だったからだ。

2006年にタイトルを獲得したあと、ニッキーは苦労の連続だった。990ccのRC211Vこそが彼のためのマシンだったのだ。強大なパワーと最小限の電子制御のおかげで彼は思うがままにマシンをスライドさせ振り回すことができた。その後に登場した800ccマシンは彼向きではなかった。回転依存でコーナリングスピードと電子制御で勝負する。アメリカのダートトラックで培った彼のテクニックはここでは通用しない。

そんな厳しい年月の間、自称レースファンは彼を非難することになる。結局彼は3勝しかしていないしMotoGPのタイトルも一回しか獲っていないじゃないか。しかしそれはサッカー選手に向かって、ワールドカップでたった3ゴールしか決めていないしワールドカップの優勝も一回だけじゃないかとあおるようなものである。

ニッキーはバイクレースの最高峰の頂点を征服したのだ。それより上はないのである。1回だろうが6回だろうが関係ない。

ニッキーが愛した人たちのことを想おう。偉大なライダーが愛する人たちを残して去って行ってしまった。そして私たちも残された者たちなのである。
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時間よとまれ。汝はいかにも美しい。

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さよならニッキー

5月22日、ヨーロッパ時間19:09にニッキー・ヘイデンが亡くなりました。自転車トレーニング中の事故が原因でした。

2006年、ヴァレンティーノ・ロッシとの熾烈な争いに勝利してチャンピオンを獲得。

この年の2勝というのは史上最も少ない数(この他には6レース時代の1949、50年、8レース時代の1952年のみ)でしたし、最高峰クラス通算勝利数3勝というのも歴代チャンピオンでは最少です。でも誰一人彼の偉大さを疑うものはいませんでした。
それは誰もが愛さずにはいられない笑顔だけではなく、実はものすごいファイターだったからこそでしょう。

コーリン・エドワーズの言葉がそれを象徴しています。

「またな。あっちに行っても肘をぶつけ合おうぜ」


ありがとう。そしてさようなら。

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公式リリース>フランスGP2017年

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)KTM(英語)
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勝ったライダーよりリタイヤしたアレイシ・エスパルガロとロッシの印象が強いレースでしたね。

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公式プレビュー>フランスGP2017

ヤマハホンダドゥカティ(英語)アプリリア(英語)スズキ(英語)、KTM(未)。

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MotoGP:シャイーナによるインタビュー…相手はカル・クラッチロー

彼女が初めてカルに会ったのは2012年、6歳の時。そしてその3年後の2015年には見事なインタビューをものにしています。そんな彼女ももう11歳。というわけでインドネシアのシャイーナ・サルヴィアさんによるインタビューをCRASH.netから。
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シャイーナ・サルヴィア:ホンダのMotoGPマシンは乗りにくいって以前私に教えてくれましたけど、今はなにか乗り方のこつみたいなものをつかんだようですね。速さの裏にある秘密を教えてくれませんか?マシンを乗りこなせるようになったのか、それともエンジンとかタイヤのセッティングがみつかったとか?

カル・クラッチロー:その両方ですね。僕のチームもものすごくがんばってくれてますしね。マシンは相変わらず理解するのも乗りこなすのも難しいですよ。MotoGPマシンの中ではいちばん体力的にきついんです。あらゆる面においてもっとスムーズで乗りやすいマシンにしないといけないですね。コーナー進入でもコーナリング中でもコーナー出口でもね。だからいつもそこを良くしようとしてるんです。僕も速く走れる様になったけど、それは長く乗っているせいでどうやったらうまく自分のマシンとつき合えるのかわかってきたおかげなんです。たぶん僕もマルクも、ダニもジャックもティトもみんなマシンの改善については良い仕事をしてますよ。


シャイーナ・サルヴィア:なるほど。これからますます速くなるといいですね。

カル・クラッチロー:僕もそう思います!


シャイーナ・サルヴィア:こうなるまでに何度も転倒してますけど、ついに自分を取り戻したということですね。どうやって自分を保っていられたんですか?子供たちが自分を見失ったときでも強い気持ちでいられるにはどうしたらいいのか教えてくれませんか?

クラッチロー:自分を信じ続けることでしょうね。今でも相変わらずプラクティスや予選やなんかでクラッシュしてますけど、そこからまた気持ちを高めることができるんですよ。攻め続けるために自信を持っていれば前より速くなれる。でもそういうのもレースの一部なんです。良いときもあれば悪いときもある。自分の失敗から学んでいくんです。なんで自分がそうしてしまったのか振り返って学ぶ。でも去年の序盤のクラッシュはほとんどが僕のせいじゃなくて運が悪かっただけなんです。でもそういうこともある。8月からは運がついてきましたしね。


シャイーナ・サルヴィア:つまり続けることが大事なんですね。そうすれば次は前よりうまくやれる。もし自分を信じ続けることができたらそんな風にやれるってことなんですね。

カル・クラッチロー:あと、周りが自分を信じてくれてないときは、彼らが間違ってるって証明してやるんです。


シャイーナ・サルヴィア:チーム探しに凄く苦労していて自分の分は自分で稼がなきゃならない若いライダーがたくさんいます。そういうライダーはどうすればいいんでしょう?

カル・クラッチロー:同じことですね。自分を信じるんです。バイクレースってのは楽なスポーツじゃない。僕もみんなも、ここでレースをしてる誰もがとんでもなくラッキーなんです。ここに居場所を確保して、大好きなレースという仕事で食べていける。だからあきらめないことが大事なんです。僕の人生の中でも「これが最後のシーズンかも、もうレースなんてしたくないのかも、もうやめたいのかも」って思うことが何度もありましたね。でもまだ昨日より速くなり続けているんだし、まだこの仕事を続けていきたいんです。自分と自分の能力を信じ続けていれば、前より向上できるんです。若い頃にはシートを確保してスポンサーを捕まえるのだってたいへんかもしれない。でも自分を信じ続けていい結果をだしていけばうまいこといくんですよ。


シャイーナ・サルヴィア:コースをはみ出しちゃうことに関するルールについて聞かせてください。あれっておかしいと思うんです。ライダーは戦ってるのに罰を受ける。あなたの意見をきかせていただけますか?

カル・クラッチロー:僕の意見は、みんな同じルールの中で走ってるってことですね。でも正直僕もあのルールはきらいですよ。だってちょっとミスって、それで特にアドバンテージもないのにペナルティを受けちゃうんですから。1インチはみでただけでもペナルティになることがある。だからライダーにとっても混乱のもとなんです。コースを半分過ぎてもまだペナルティを受けるかどうかわからないんですから。


シャイーナ・サルヴィア:去年のシルバーストンではマルク・マルケスとのバトルの末に前でゴールしてますね。マルケスはワークスマシンで、みんなそっちの方がいいスペックだって知ってました。どうやってあんなことができたんですか?

カル・クラッチロー:あのレースでの表彰台は本当に嬉しかったですね。なんといっても地元でのレースですから。マルクとのバトルもすごかったし、ヴァレンティーノともいいバトルができた。マーヴェリックに勝てなかったのだけはがっかりですけどね。だって勝てたらすごいことになるって思ってましたから。もう少し攻めることもできたんですけど、マーヴェリックとはちょっと差がつきすぎてたんですよね。追いつけるかもとは思ったんですけど、マルクとヴァレンティーノとのバトルが始まっちゃって、それにマーヴェリックの走りもすごかった。あの時点ではどういうことになるか見えなかったんです。でもマルクに勝つのはかなり特別な感じでしたね。だってそんなことはあんまりないですから。サテライトチームとしてすごく嬉しかったですよ。


シャイーナ・サルヴィア:ウィローちゃんが生まれてから速くなったって言われてますね。子供が生まれたことでレース生活にはどんなインパクトがあったんでしょうか?

カル・クラッチロー:レース生活がそれほど変化したとは思わないですね。人間としては前より落ち着きが出たかな。ウィローが生まれる前よりもね。でも主に変わったのは僕のうちでの生活とルーシーの生活ですね。ひとつだけ確かなのはウィローが生まれてから僕は速くなったってことですけどね。それについてはもう良いことしかないですね!これからも速くならなきゃだし、父親としてもやってかなきゃならない。でもまだ新米で勉強中だし、楽しみながらやってるんです。あんな素敵な娘はいないですよ。よく寝るし、いつもにこにこ遊んでますし。たぶんサーキットでの僕は前よりちょっと穏やかになってますけど、彼女を寝かしつけるための「お静かにモード」が続いてるのかもです。でバイクに乗れば前よりうまく走れてるんです。


シャイーナ・サルヴィア:これが最後の質問です。どきどきしちゃうような質問なんですけど、もし彼女が大きくなったらライダーにしたいですか?

カル・クラッチロー:ぜんぜん。でも、もちろん彼女がバイクに乗りたいって言うならバイクは手に入りますよ。パパはメロメロなんで彼女が欲しいって言えば手に入るんだけど、かなりまずい!だから、もし小さなバイクが欲しいって言うなら、もちろんOKです。でも僕が決めていいならレースなんか絶対してほしくない。だってすごく難しいスポーツだし何より危なすぎるし、権謀術数がうずまいてるし、それになにより彼女にはそんな目に会ってほしくないって僕が思ってるんです。僕の娘なんだからあらゆるものから彼女を守りたい。特に男の子からは守りますよ。もし彼女が男の子に混じってレースなんか始めたら、やつらは彼女にキスしようとするんだ!そんなの耐えられない。ぜったい無理ですね。まあうちの敷地内ならバイクで遊んでもいいんだけど。


シャイーナ・サルヴィア:お時間をいただいて本当にありがとうございました。

カル・クラッチロー:こちらこそどういたしまして。
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お父さんは心配性。

しかし相変わらず素晴らしいインタビュアーっぷり!

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MotoGP:ヘレスの表彰台は批判者のおかげ、とロレンソ

ええ、それが強がりでもいいですよ。でも実はけっこう冷静に現状を把握してるし、それを正直に口にできるようになってるので、気持ちにも余裕がでてきたってことだろうし、このあとも侮れませんな。SportRider.comよりManuel Pecino氏の記事です。
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素晴らしいスタート、アグレッシブなブレーキング、ゴールまでの安定性。今回のヘレスでホルヘ・ロレンソが見せてくれたものだ。しかしこれまでとは大きな違いがひとつだけある。3度のタイトルを獲得している彼が乗るのはヤマハM1ではない。ホルヘ・ロレンソはドゥカティ・デスモセディチGP17で表彰台に昇ったのだ。

「今回の3位表彰台はヤマハで言えば優勝みたいなものですよ」。見たこともないほどの喜びを見せるロレンソがレース後プレスカンファレンスでまず口にした言葉がそれだった。「ずっと結果が出せなくて苦しかったんです。すごく批判されましたしね。性急すぎる批判だと思いますけど。
 ドゥカティに乗るにはライディングがスムーズすぎるって言われてましたね。そういう意味ではこの表彰台をそう言って批判していた人たちに捧げたいですね」。ロレンソの口調はけんか腰とも言えるほど強いものだった。「MotoGPで44勝して140回も表彰台に昇ってるライダーの力を疑うなんてやっちゃだめなんですよ。ドゥカティは難しいマシンなんです。非論理的な乗り方をしなきゃならない。僕だって人間なんだし時間は必要なんです。250でホンダに乗ったときもそうでした。今やっとドゥカティで戦えるこつみたいなものをつかんだところなんです。他のサーキットならもっとうまく戦える。スタート前から5位以内には入れるとわかっていましたけど、思ったよりレースのペースが遅くておかげでうまく何台か抜けたんです。ザルコを抜くのはたいへんでしたけどね。彼を抜いた後は少し差をつけることができた。今回の結果は僕にとってもチームにとってもすごく大きな意味がありますね」

SportRider:今はもう考えないでドゥカティに乗れるようになったんですか

ロレンソ:まだですね。まだ考えながら乗ってる…、でもいずれ普通に乗れるようになるでしょうね。


SportRider:あなたはずっとヘレスを得意にしてきましたけどドゥカティにとっては苦手なコースでした。そんなわけでこれまでのヘレスのリザルトはマシンのおかげではなくあなたの力だと言うこともできそうですが?

ロレンソ:これまでヤマハで上げてきた勝利にはすべて満足していますよ。M1での初年度からタイトル争いがすぐにできるマシンに乗れたんですから。今僕はその頃よりいいライダーになっている。ライダーとして成熟したんです。ドゥカティはわかりにくいマシンですし、これまでのたくさんのライダーが苦労してきた。もちろんこの2年ほどはマシンもすごく良くなっていますけど、まだ難しいし特別なバイクですね。でも乗り方まで忘れたわけじゃないですから。


SportRider:レース後マシンにキスをしてましたね…、あれはどういう意味だったんですか?

ロレンソ:この3日間、良いパフォーマンスができて、ドゥカティのファンがソーシャルメディアで盛り上がってくれて、それで信じる気持ちを取り戻せたんです。だから僕の力を信じてくれた人たちにお返しをしなきゃって。まだマシンには改善の余地がたくさんある。本当にたくさんある。凄い強みもあるけど弱みもある。ルマンやムジェロみたいなうち向きのサーキットならもっといいリザルトが出せるかもしれません。今年中に価値を狙えるし2018年に最高の結果を出すための準備をしたいんです。


SportRider:今回ドゥカティで一番前でゴールできて、それが目標の一つでしたけど、これからの目標はなんですか?

ロレンソ:マシンの改善ですね。ドヴィツィオーゾより速く走るのは難しかったですから。彼はこのマシンに5年も乗っていて、速く走るためのあらゆる細かいことや秘密を理解している。ドゥカティでの初戦となるカタールで勝たなきゃって思ったりもしたんですけど、そんな簡単な話じゃないんです。で一歩ずつ、いままで125ccや250ccでやってたみたいに、経験を積みながら少しずつ積み重ねていかないといけないんです。


SportRider:でももしチームがマシンはすごくいいパフォーマンスを発揮してるって言ったら?

ロレンソ:ジジ・ダリーニャは何を改善しなきゃいけないのか完璧にわかってるんですよ。弱点もよくわかっている。主に曲がりはじめのブレーキをリリースするところで起こる問題ですね。あとはエンジン特性も課題ですね。パワーはもうかなりあるんで、スムーズさを手に入れたい。でもいまライダーとして言えるのは前よりドゥカティを気持ち良く乗りこなせるようになってるってことです。


SportRider:シーズン前のスケジュール感からすると今はどのあたりにいることになります?思っていたより前に進んでいますか?

ロレンソ:ヴァレンシアでテストをする前にはもっと楽だとなめてましたね。でも実際はいろいろ理解するのに時間が必要だった。いったん理解してからはかなりの早さでうまくできるようになっています。アルゼンチン以降、ここにくるまでかなりの変更を加えてるんです。でも例えばムジェロみたいなところでもすごくいい結果になるだろうと予測すること自体無意味ですね。今年のMotoGPはちょっと気狂いじみていて、いろいろ予測もしなかったことが起こってるんです。でもまあストレートは長ければ長いほどうちには有利ですね。


SportRider:昨日はブレーキングで抜けるようになったと言ってましたが、その通りになりましたね。今日はいいパッシングがなんどか見られました。

ロレンソ:良い面と悪い面はきっちりと見据えておきたいんです。でも口にしたことはきちんと実現する。本当のことを言うと、今日のレースはすごくペースが遅くて、僕のペースの落ち方が他のライダーより少なかっただけなんです。
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信じてくれたファンに恩返しですよ!うう、かっこいいぜ!!

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ペドロサ初優勝のときのリザルト

先日のヘレスでの優勝でダニ・ペドロサは16年間必ず1勝は上げるというすごい記録を成し遂げています。
それを振り返る公式映像はこちらですが、いや、もうキュートさが微塵も減じていないのに驚くばかりですよ。

ってなわけで、その初勝利、2002年のオランダGP125ccクラスのリザルトを振り返ってみましょう。

1  ダニ・ペドロサ SPA Honda
2  マニュエル・ポジャーリ RSM Gilera
3  ホアン・オリヴェ SPA Honda
4  アルヌー・ヴァンサン FRA Aprilia
5  ルーチョ・チェッキネロ ITA Aprilia
6  スティーブ・イェンクナー GER Aprilia 
7  パブロ・ニエート SPA Aprilia 
8  宇井陽一 JPN Derbi 
9  アレックス・デ・アンジェリス Aprilia
10 アンヘル・ロドリゲス SPA Aprilia 
11 アンドレア・ドヴィツィオーゾ ITA Honda
12 シモーネ・サナ ITA Aprilia 
13 ジーノ・ボルソイ ITA Aprilia 
14 東雅雄 JPN Honda 
15 ガボール・タルマクシ HUN Honda 
16 ホルヘ・ロレンソ SPA Derbi 
17 ヤロスラフ・ウールズ CZE Aprilia 
18 アンドレア・バレリーニ ITA Honda
19 ミルコ・ジャンサンティ ITA Honda
20 ヘクトル・バルベラ SPA Aprilia 
21 アレックス・バルドリーニ ITA Aprilia
22 ヤコブ・シュメルツ CZE Honda
23 ファブリッツィオ・レイ ITA Honda
24 チャズ・デイヴィス GBR Aprilia
25 青山周平 JPN Honda
26 マティア・アンジェローニ ITA Gilera
27 イムレ・トス HUN Honda 
28 レオン・カミア GBR Italjet 
29 ステファノ・ビアンコ ITA Aprilia
30 アドリ・デン・ベッカー NED Honda
31 ランディ・ヘヴェルス NED Honda
32 ヘラルド・ペルドン NED Honda

Not lassified ステファノ・ペルジーニ ITA Italjet

懐かしい名前が一杯ですが、ホルヘとかもいるわけですよ。そしてこのとき250で勝っているのはマルコ・メランドリ、MotoGPはロッシです。つくづくすげえ。

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MotoGP:スペインの政党がグリッドガール禁止に向けて動く

グリッドガールネタはこれまで何度か翻訳していますが(こことかこことか)、いよいよ廃止の動きを本格化する地域もでてきたようです。MCNより。
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カタルニアの政党、「カタルニア緑の党」はグリッドガールに関する法律制定を進める二つ目の政党となった。性差別主義的であるというのがその理由だ。

この法案は来月バルセロナで開催されるカタルニアGPに間に合うように提出される予定だが、グリッドガールを全面禁止するのではなく、ドレスコードを設定するほか、また同数のグリッドボーイを導入することを義務づけることで性役割の平等性を担保しようというものだ。

地元ラジオ局、カデナ・セル・カタルニアのインタビューに対して政党の広報担当、ジョルディ・マニルスはグリッドガールという物が時代遅れなのだと語っている。

「21世紀の今、カタルニアサーキットでのグリッドガールの役割はもう時代遅れになってるんです。現代社会は平等性を重んじるものになってるんですよ。グリッドガールというのは女性をただの添え物に押し込めて、それが女の人たちのいらだちのもとになってるんです」

ヘレスの市議会がスペインGPにおけるグリッドガール廃止を訴えたものの、ドルナはこれを無視しているが、カタルニア緑の党の動きはこれを受けてのものである。

グリッドガールの役割は近年になってますます疑問視されるようになっている。女性観客を増やそうというときに、ほとんどが男性で占められているパドックで唯一働いているのがプロのモデルだという事実が批判されるようになっているのだ。

すでにグリッドガールを廃止しているチームも出始めている。例えばプル&ベア・アスパー・ドゥカティはスポンサーのイメージに合わないということで2017年からやめているのだ。
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念のため言っておきますが「緑の党(お察し)」とか思わない方がよろしいかと。あと、グリッドボーイを同数にするってのはおそらく皮肉ですよ。

ついでに言うと、私はグリッドガールなんていなくてもレースの魅力はいささかも減じることはないと思っています。だってバイクもレースもそれだけで充分セクシーじゃん。

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不思議の国のグランプリ

いやもう全世界30億人のダニファンとホルヘファンが狂喜乱舞することになった先日のスペインGPですが、いつもの年とは微妙に違って、必ずしも今年全体を占う物ではなかったというMat Oxley氏の記事です。Motor Sport Magazineより。
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2017年の4レース目、今年はかつてないほどレース結果の予想が難しくなっている。そしてその結果、MotoGP最高の頭脳を持つエンジニアたちでさえヘレスの結果に困惑している始末だ。

1991年のことだ。ウェイン・レイニーはヨーロッパラウンドの開幕を「地上戦」と呼んでいる。ヘレスでのGPが第一次湾岸戦争の直後だったからだ。

多くのライダーがヘレスこそが真のタイトル争いの開幕だと考えている。ヨーロッパ域外での開幕戦は普通のノリではないリズムを奏でることがあるからだ。ヴァレンティーノ・ロッシでさえその意見を否定できないでいる。「まあヘレスが本当のタイトル争いの始まりだとはいいたくはないですけど、でも…」。ヘレスで7回も勝っている彼は31回目のヘレス開催を前にそう言っているのだ。

レイニーがヨーロッパでの戦いを地上戦と称して他のGPとは別扱いをするのには理由がある。ヨーロッパのサーキットは他とは異なるのだ。チームが持ち込むのは空輸用ケースではなく装備満載のトラックだ。そしてライダーたちはパドックで生活することができる。

まあMotoGPライダーはそうだ。モーターホームでの豪奢な生活は目がつぶれるほどの輝きを放っている。一方Moto2やMoto3のライダーはパドック外からレンタカーで通勤している。ただし週末分として2500ユーロ(邦貨換算31万円)を払ってGP優勝経験もあり今はノリノリのDJであるフォンシ・ニエートが経営するトラックを改造したカプセルホテルに泊まることができれば話は別だ。

ヨーロッパのパドックは今でも特別な場所である。しかしそれは過去の幻影でもある。億万長者のモーターホームが貧乏ライダーの崩壊寸前のキャンピングカーと隣り合わせで駐まっているような雑多な人々の集うキャンプサイトは遠い昔の話だ。毎晩何十ものバーベキューパーティーの素敵なにおいが充満し、ライダーやその友人たちの賑やかな声がこだますることもない。勝利を祝うこともなければ悔し涙に溺れることもない。

すまない。少々懐かしさに浸りすぎてしまった。話がそれるにもほどがある。私が言いたかったのはこういうことだ。ヨーロッパ域外でのレース結果だけを観ていても間違うことがある。つまりヘレスこそが真の様相を判断するのにふさわしいレースだということだ。

しかし今年は違う。日曜のMotoGPはアリスが兎を追いかけて入り込んでしまった不思議の国さながらだったのである。論理をナンセンスが覆い隠し、そして希望が塵と消えたライダーが何人もいた。

レースというものはたいてい物理の法則に従って仕事をしている賢い人々がコントロールする論理的なものである。MotoGPのレースが終わるごとにエンジニアが短時間で教えてくれる。だからホンダは強かったとか、ここでヤマハが弱かったとか、そういった話だ。

しかし今回はそういうことにはならなかった。日曜の夕方、私は史上最も奇妙なレースとなったその理由を求めてピット裏をうろついてみた。しかし私が話をした(つまり立ち止まって私に話をしてくれた)エンジニアのだれ一人として今回の決勝を論理的に説明できなかったのである。

本当に奇妙なレースだった。去年1−2を飾ったワークスヤマハはどいこかに消えてしまった。そして去年は存在感のなかったワークスホンダが1−2を飾ったのだ。そしてドゥカティと言えば、例年ならここヘレスでひどい目に合っているのに今年は表彰台に上がっている。その立役者のロレンソの笑顔は彼のキャリアの中でも最もこぼれるような、そんな笑顔だった。ドゥカティがドライのヘレスでここまでの結果を出せたのは2009年まで遡る。ケイシー・ストーナー時代の話だ。

モンスター・テック3ヤマハのヨハン・ザルコのチーフメカ、かのギ・クーロンなら秘密を知っていると思うだろう。しかし彼ですらなぜ自分の所のライダーがワークスヤマハより速かったのかはっきりとは説明できないのだ。

「説明不能ですよ」とクーロンは肩をすくめて言った。その様子はなんだかアルベルト・アインシュタインが2+2の答えがわからないと告白しているようだった。「タイヤかもしれませんけど。ヨハンもヨナス(フォルガー)もフロントはミディアムだったんです。でも他のヤマハはハードでしたから。でもフレームの違い(テック3は2015/2016型、ワークスは2017年型)が原因だとは思いませんね。ディメンジョンはかなり似てるんであんまり違いを生み出さないと思うんですよ」

カル・クラッチローのLCRのチーフメカ、クリスチャン・ブーギニョンも頭をぐらぐらさせている。「普通ならヤマハのコースなのにホンダが牛耳った理由?ちゃんとした答えなんてないですよ。ウォームアップではマーヴェリック・ヴィニャーレスがすごく速くて、彼を負かすのはかなりきついなってみんな思ったのに、レースでは苦労していましたしね」

とは言えブーギニョンには2つほど思い当たる理由があるようだ。「ここは観客が凄く多いんでコースに塵がたくさんあるって言う人もいますけど、私はそれはないと思いますよ。私が考える理由は、距離の短いサーキットだとよくあることなんですけど、Moto2レースでもラップ数が多いんで、どのコーナーでもラバーの層ができてしまう。それでグリップが失われるんです。もう一つの理由は路面温度ですね。プラクティスや予選と比べてかなり高かったんです」

レース序盤でRC213Vに乗るダニ・ペドロサとマルク・マルケスの2人が遙か前方に消えてしまった一方でヴィニャーレスは自分のマシンのフロントグリップを全く感じられず、チームメイトのヴァレンティーノ・ロッシは左コーナーでのリアのトラクション不足に苦しんでいた。

つまりヘレスの謎は謎ではなかったということだ。MotoGPが陥ったのは兎の穴ではなくゴムの罠だったのだ。

ヘレスはいつだって普通ではないサーキットだったし、そして路面温度で全く違うコースに様変わりしていたのだ。ライダーが冬にテストで訪れるとそれまでのラップタイムをぶち破り、そして夏に戻ってきた彼らはこないだの自分のタイムに及ぶべく無駄な努力を積み重ねることになる。

MotoGPのレース中のレコードタイムはいまだに2015年にホルヘ・ロレンソがブリヂストンで記録したものだ。このときのレースタイムはこの日曜のペドロサのタイムより29秒も速く、去年のロッシより31秒も短かった。しかし2年前の路面温度は今年より11度も低かったのである。

日曜、多くのライダーがフロントにはハード、リアには左右非対称のミディアムを選択していた。ペドロサ、ロッシ、ヴィニャーレスといったライダーだ。その中で、なぜかペドロサのRCVはリアのグリップをきちんと引き出すことができ、一方のロッシは左コーナーで「転ばなかったのは運が良かったからだ」というほどのホイールスピンに悩まされている。

そしてリアタイヤの選択に関してはロッシの仲間は一人もいなかった。ハード側は硬すぎで、ミディアムのはずの左側も硬すぎだったのだ。しかしソフトはソフト過ぎだった。彼のスタッフはシャーシバランスやトラクションコントロールの組み合わせで問題を少しでも軽くしようと努力はしなた、しかし今回ばかりはさすがのロッシも手品のように帽子から兎を引っ張り出すことはできなかったのである。それがアリスの不思議の国で起こっていたことだ。ロッシは深刻な状況に置かれているということだ。

ヴィニャーレスの決勝レースはさらにわけのわからないものだった。彼はウォームアップではトップタイムを出せたのにフロントのグリップ不足のせいで蚊帳の外に追いやられてしまったのだ。

「フロントの感触が全然なかったんです」と彼は言う。「普段ならヤマハは高速コーナーで速いのに、11コーナー(高速右の最後から3つめとなるアレックス・クリヴィーレコーナー)ではクラッシュしそうになってました」

何が起こっていたのだろうか?ヘレスは路面温度で様変わりするということは既に記したが、それ以上のことが日曜に起こっていたのだ。

レースタイヤというものはサーキットによって、そして日によって発揮できるパフォーマンスが変わってしまうものだが、ミシュランはその傾向が強いどころの話ではないのだ。ロッシが日曜の夕方に話していたとおり、「違うサーキットに行けば違う展開になる状況」なのである。

エンジニアにとっては悪夢である。そしてタイヤパフォーマンスは安定していてほしいと考えるライダーにとっても悪夢である。コースが変わる度にエンジニアは新たなマシンのセッティングを創り出し、ライダーは新たなライディングテクニックを発明しなおさなければならないのだ。

「ミシュランだと毎週乗り切るのがたいへんなんですよ」とアンドレア・ドヴィツィオーゾは言っている。「毎週違うんですよ。状況が一定したことがない。だから毎回頭を使って状況をコントロールしないといけないんです。去年に比べればだいぶマシになってますけど基本的な性格ってのはそのままですからね。週末のたびにうまく合わせこんで、何が起こってるのか理解しなきゃならない。簡単じゃないですけど、みんな同じ目に合ってるわけですから」

しかしそれはどういうことなのだろうか?安定性のなさ、予想のしにくさのおかげで良いレースが実現している。もしひとつかふたつのチームだけが他のチームよりうまくタイヤに合わせることができたとしたら、去年9人もの優勝者が誕生することはなかっただろう。タイヤが替わり続け、マシンが変わり続け、ライダーも自分を変え続け、おかげで結果も変わり続ける。

今年のミシュランはマシになったが、ある程度不安定であることがレースの面白さに貢献しているのは変わりはない。ライダーもチームも素早く決断し、現下の状況に対応しなければならない。レースが素晴らしい結果に終わっても、気持ち良く荷物をまとめるというわけにはいかないのだ。次のレースになったら一からやり直しだということをよくわかっているからだ。

大事なのは皆同じタイヤを使っているという事実を忘れないことだ。セッティングをピンポイントで決めないと最高のパフォーマンスは発揮できないかもしれないが、どのチームもそのセッティングを見つけることが可能なのである。今週はあるチームがそのセッティングを見つけて、次の週は別のチームがうまくセッティングを出す。これはファンにとっては素晴らしいことだ。エンジニアとライダーは決して気を抜くことはできないし、そしてファンも結果を予想することができないのである。
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そしてエンジニアは兎のように「時間がない時間がない時間がない」ってなるんですよ。

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公式リリース>スペインGP2017年

ヤマハホンダドゥカティ(英語)アプリリア(英語)スズキKTM(英語)

おや、ここにきてヤマハもホンダも訳がこなれてきましたね。ありがたいありがたい。

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「みんなでZ席」キャンペーン

既報の通り今年の日本GPではZ1-Z3席にロッシ応援席を設置するという決定をツインリンクもてぎが行っています。

ツインリンクもてぎでの日本GP初開催は確か1999年。その頃はまだZ席は芝生の坂にしつらえられた自由席でした。しかしオーバルのせいでバトルを間近で見られる席が極端に少ないもてぎで、目の前を、それもフィニッシュライン前の最後の勝負どころをライダーが駆け抜けていくZ席をGPファンが見逃すはずはありませんでした。
その後、スタンドの設置、有料化等、様々な変化はありましたが、それでもZ席は様々なライダーを応援する様々なファンが集う場でありつづけています。

さて、Z1〜Z3というZ席の中でも特に良い席をロッシ応援席にするという「はぁ、去年はまだ良かったなあ」と懐かしく思ってしまいかねない決定をツインリンクもてぎがしたことに対して、当初は顔色が変わるほどの怒りを感じた私でしたが、その後冷静になって「決定は決定。私ごときがどうこう言ったからといって決まったことは変えられない、だから次に何をするかが大事なんだ」となった結果が、今回みなさまにご提案する「みんなでZ席」キャンペーンです。
考えてもみてください。Z席はこれまでZ1〜Z6まで全て同じ価格でした。それが単にZ1〜Z3で2000円高くなっただけです。Z1〜Z3が特定のライダーの応援席ではなかったとしても、それくらいの差をつけるというのはありな気はしませんか?しかもほら、お土産までついてくるわけですよ。あなたがいらなければ誰かに差し上げて感謝されることもできるんです。
だとしたらロッシファンでなくても積極的に「やっぱZ席が最高なんだからZ席を買おう」と思わない理由はありません。だって、そこのあなた。あなたがロッシファンなのか、マルケスファンなのか、ダニファンなのか、カルファンなのかビアッジファンのなれの果てのホルヘファン(←私だ)なのかは別にして、そのライダーがいなくてもこの何年か、ことによったらこの十何年か通い続けたZ席から動いてしまったり、GPに来なくなったりしちゃう人はそれほどいなんじゃないかと思うんです。目の前にはモニタ、前に座ればセカンドアンダーブリッジ出口、後ろに座ればゴールから1コーナーまで見渡せる席ですよ。しかもトイレと屋台近くに完備です。
そんな素晴らしい席をロッシファンに独占させておく手はないのです。

だよね、だったら2000円追加してチケット買えば良いんじゃんね。

ってなわけで、以下キャンペーンについてです。
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1.タイトル
「みんなでZ席」


2.参加方法

 Z1〜Z3のチケットを購入するだけ。 

 チケット発売開始は6月3日(土)。コンビニ・プレイガイドほか、MOBILITY STATION オンラインショッピングサイト、ツインリンクもてぎチケットセンター窓口、ツインリンクもてぎチケットセンター電話販売(0285-64-0080)でいずれも10時からです。


3.参加資格
 Z席に座るのに資格がいるはずもありません。ロッシファンじゃないけどZ席で観たい人、そしてもちろんロッシファンでZ席で観たい人、その他誰でも。当たり前です。もちろん、今回の趣旨に賛同していただけるロッシファン以外の皆様に勇気を奮って(いや、勇気はいりそうだってわかってますよ)できるだけたくさんご参加いただくと嬉しいです。


4.目的(企画書/趣意書の原則を無視して最初じゃなくてここになってるのはわざとです。だって皆さんなんとなくわかっていただけてると思うので)

(1)2017年の目標
 ロッシファン以外のいるZ席で今年もレースを観ながら、様々なライダーのファンの様々な悲喜こもごもを楽しみ合う。

(2)2018年以降の目標
 ツインリンクもてぎにみんなで楽しめむのがZ席の良さであることをご理解いただき、Z席へのライダー応援席は以降避けてもらう。


5.その他

(1)本企画は平和裡に成功させたいです

 タイトルを「みんな『の』Z席」ではなく「みんな『で』Z席」としたのは、「の」だと「所有」な感じがでるのがやだったんです。誰かを排斥するんじゃなく、みんなで観たい。そしてこんなふうにふんわりした感じにしたのは、戦闘的なムーブメントにしたくないからです。
 おそらくこんな、私がネットの片隅で騒いでいるだけのキャンペーンなんて、ごくごくこぢんまりとしたものになる、つまりこれに乗っかった「ロッシ以外のファン」や「ライダーはみんな愛してる!な人」はロッシファンに囲まれることになるでしょう。目指すは呉越同舟ですが、ことによったら四面楚歌になる。でもそういう自分を窮鼠だと思い込んで猫を噛んだりしないでいただけると嬉しいです。
 逆に何かの拍子でまかり間違ってロッシ応援席の80%がこの企画に賛同してくださった皆さんになっちゃったりしても、当然そこはみんなで楽しむ席なんですからロッシファンが楽しめるように気を遣うのも大事です(そのために2000円たくさん払ってる人たちなんですから!)。

 誰に対してもブーイングはなし、誰かリタイヤして嬉しくても「小さくガッツポーズ」まで、な感じでしょうか。

(がんばれホルヘ)


(2)賛同を表明したい皆様へ

 ツイッターハッシュタグは「#みんなでZ席」(日本語用)、「#ZwithAnyFan」(英語用)でお願いします(もちろん両方でもOK)。そしてつぶやくときも平和的かつユーモアを忘れずに。


(3)今後やりたいと思ってること(時間と気持ちとお金と人手に余裕があれば)

 1)英語のキャンペーン趣意書(本文書の英訳版)作成:もちろんどなたか作って頂いてもOKです。
 2)賛同して頂いた上でZ1-Z3チケットを購入された方が50人とか越えたらキャンペーンバッジでも作成しようかしらん


(4)余談

 私のお友達がfacebookでコメントしてくれた通り、「そう遠い先でないロッシの引退と同時にファンが大挙してMotoGPシーンを去る前にレースそのものの楽しさをZ席で味わってもらって彼ら/彼女らをつなぎ止めようというもてぎの深謀遠慮ではないかという可能性」もなくはないですが、まあロッシが引退するのが10年先の可能性も同じくらいあるんじゃないかとは思わないでもないの。

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ええ、そうです。ロッシ以外のファン、アンチロッシファンの皆さんにとってはZ席確保の代わりに2000円多く取られて、それは「ロッシファンでないことへの罰」ともとれることは重々承知の上でのお願いです。中長期的観点から、Z席を支えてきたコアなファンが去って行かないためにもみなさまにご協力いただければと。

そしてこのキャンペーンって、要するにZ1-Z3の購入というみなさまの行動(とお財布)のみに頼っているだけってのも事実です。画面の向こうのお会いしたこともない方も含めて皆様に頼りつつ、私は私にできることを(やっぱり時間と気持ちとお金の範囲内で)やっていきますので、是非よろしくお願いします<(__)>。

あ、私が狙ってるのは初心に返ってZ2コース際かぶりつき、です。

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公式プレビュー>スペインGP2017

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキ(英語)アプリリア(英語)、KTM(未)。

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MotoGP:バレエかバトルか?

先日のアメリカズGPでは3位争いの最中にザルコがロッシのインにねじ込み、ロッシがコースアウト、そしてそのまま次のコーナーをショートカットして前に行ってしまい、これに対して0.3秒のペナルティが与えられるという出来事がありました。ロッシは「Moto2じゃないんだから自重しろよ」みたいなことを言ってましたが、そもそもレースはバトルだと言ったのも彼。さて、Mat Oxley氏はどんな記事を書いてくれてるでしょうか。Motor Sport Magazineより。
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COTAでロッシに与えられたペナルティは近年肥大化の一途をたどるルールブックに基づいたものだ。果たしてこうした箸の上げ下ろしまでコントロールするやり方がMotoGPをつぶしてしまうことになるのだろうか?

2005年4月10日の日曜日、2時45分、ヘレス。肉弾戦としての現代MotoGPの幕開けとなる戦いが始まった。

バイクレースが始まって以来、ど突き合いというものは常につきものであった。しかし2005年のヘレスの最終コーナーでヴァレンティーノ・ロッシがセテ・ジベルノーに仕掛けたそれこそが、今では誰もが知ることになった戦術の最初の例と言えよう。

覚えていない方のために説明しよう。ロッシはレースの最初からずっとジベルノーの後ろに張り付いていた。そして最終ヘアピンでインに飛び込みジベルノーと接触する。そしてロッシはそのままゴールし、グラベルにはじき出されたジベルノーはなんとか転倒を免れ2位でゴールしている。ペナルティは科せられなかった(訳注:公式YouTubeはこちら)。

同じことをマルク・マルケスがホルヘ・ロレンソに対してやっている(訳注:こちらの1分30秒あたり)。何年も前にはそのロレンソが同じ場所で同じことをやっていた。こういうライディングについて問題ないと考える人もいれば、そうではないと言う人もいる。しかしバイクレースというのは荒っぽいスポーツなのだ。いつだってそうだった。バトル(battle)でありバレエ(ballet)なのだ(見ての通りほぼアナグラムである)。実に魅惑的なスポーツなのである。

500ccタイトルを3度獲得したウェイン・レイニーはレースをするのは「戦闘に出かける」ようなものだと言っている。2008年の250ccチャンピオン、マルコ・シモンチェリは「レースになったら他のライダーを殺したくなるんだ」とまで言っている。もちろん比喩である。バイクレースでどれほど気持ちが高ぶっているのかを伝えたかったのだ。それは実に野蛮な感情だ。だからどうかMotoGPの美しいカラーリングや格好いいヘアスタイルに惑わされないでほしい。バイクレースというのは悪意に満ちた仕事なのだ。

一度や二度や三度、えげつない抜き方をしたことのないライダーなどMotoGPのグリッドには一人もいない。テキサスではヨハン・ザルコがロッシに急降下爆撃を仕掛け、彼をコース外にはじき飛ばして見せた。昔だったらロッシはコースに戻ることはできなかったろう。グラベルにつかまってがっつり転倒していたはずだ。だからこそランオフエリアが舗装されるようになったのである。その方が安全なのだ(たいていの場合)。

アスファルトのランオフのおかげでレース中の骨折も少なくなっているだろう。しかし舗装のせいで状況が複雑になることもある。ロッシはランオフをそれが舗装された意図通りに利用し、それだけではなく車両10台分ほども離れていたマルケスとのギャップを埋めるためにフルスロットルでコースに戻ったのである。だからこそFIMの審査委員会が0.3秒のペナルティを科したのだ。

このペナルティは良くないやり方だったと考える人もいたが、一方で合理的だったと考える人もいる。ロッシでさえ後者だ。「確かにアドバンテージは得ましたよ。だから0.3秒はOKですね」と彼は言っている。

しかしロッシがマルケスに0.2秒差でゴールしていても同じだっただろうか?ヤマハは決定に抗議を出したろうし、今頃レースのことなど何も知らない何人もの法律家とスポーツ調整裁判所が結論を出すのを待っていることになっただろう。2015年の11月、レースが茶番と化したあの時に逆戻りだ。

それこそが心配なのだという人もいる。MotoGPは実に細かいことまで口出しをして、プログラムされたロボットのようにライダーがこちらの思い通りに振る舞うのを見たいと考えているようだ。そして、さらに悪いことにペナルティや抗議や抗議への反論の手続きのために法律家の数がメカニックの数を上回りそうな勢いである。

一方MotoGPというのは一大スポーツであり、巨額の資金がその評判によって動くようになっている。つまりあらゆるアクシデントは議論の俎上にのせる必要がある。最近はカメラの撮影範囲は空間的にも時間的にも増加しておりすべてが詳細に分析できようになったのだからなおさらだ、という意見もある。

こうした全ての責任を負わされている幸運な男がレースディレクター、マイク・ウェッブだ。彼はその人生のほとんど全てをレース業界で過ごしてきた。その彼の考えでは最近のMotoGP のルールやレギュレーション改定は現代の技術開発の進展が原因だと言う。

「誰もが監視下に置かれてるからなんですよ。誰もが全てをいつでも見ることができる。ほかにも理由がありますね。何年も前、わたしはジンジャー・マロリーと仕事をしてました。1970年の500ccでジャコモ・アゴスチーニに次いでランキング2位になった人です。ほとんどのレースで彼はアゴの2分後ろでゴールしている。でも今はみんなが毎ラップつばぜり合いを繰り広げていて、だから10分の1秒とか100分の1秒の重要性が増しているんです」

ウェッブはFIM MotoGP審査委員会の席にFIMの常任委員であるビル・カンボウ、そしてレースごとに入れ替わるFIM委員とともに座っている。ドルナが2015年のあの大騒ぎ以降、ペナルティ関連の手続きに名を連ねていないのは興味深い。おそらくドルナのスタッフは銃弾の飛び交う最前線からは身を引いていたいのだろう。もちろんドルナも委員会が熟考を重ねて審議しているところに大声で加わりたい気持ちがないわけはないだろうが。

「ほんとにすごく細かいことまでチェックされるんです。だからとにかくフェアに見えるようにしないといけないんです」とウェッブは言う。「ヤマハはレース中にこちらにメッセージを送ってきてます。ヴァレンティーノははじき飛ばされた方なんだからペナルティには抗議したい、とね。でもそしたらホンダの順位はどうなっちゃいます?ホンダとしては、おい、ヴァレンティーノがマルクに対して10分の何秒か得してるぞ、って言いたくなりますよね。ヴァレンティーノがコースから出ちゃったのはもちろん彼のせいではありません。でも戻るときにマルクとの差をかなり詰めている。0.3秒というのはペナルティじゃないんです。あれはタイムを調整したってことなんです。
 こういうのは常に見直されているところなんです。2014年のルールブックではこういう時は順位を譲らせるってのが唯一のペナルティだった。ライダーが何をしょうがです。それは全然フェアじゃない。だから見直すことにしたんです。ほかにどんなペナルティが考えられるだろうってね。それで去年審査委員会と私で達した結論が、得した分のタイムを検討した上で適切なタイムペナルティを科すというものでした。
 去年のシルバーストンではコースをはずれてタイムを稼いだということでアレイシ・エスパルガロが1秒のペナルティを科せられてますし、ティト・ラバトは0.5秒を科せられているミサノではスコット・レディングがショートカットで0.5秒、マーヴェリック・ヴィニャーレスも同じことをしてますがこちらは順位変更を科しています。全部、どれくらいタイムを稼いだかで決めているんです」

こういう状況でもペナルティを避けることができると気付いているライダーもいる。去年のシルバーストンでマルケスはロッシとの接触を避けようとしてアスファルトのランオフに飛び出している。そしてランオフをスロットルを緩めながらを横切ることで前のライダーに対してアドバンテージを稼ぐことなくコースに復帰している。

「マルクは何が起こるか正確に理解していましたね。だから手を上げて『やあ、僕は自分が何をやったかわかってるよ』と主張したんです」。ウェッブはさらに続ける。「彼は自分がアドバンテージを得ていないことをはっきり示したんです。でも面白いことに次の安全委員会の席で何人かのライダーが、コース外を走ったら例外なくペナルティを科すべきだと主張したんです。もしグラベルがあったならクラッシュするか30秒は遅れていたはずだ。だからペナルティを科すべきだっていう主張でした。ケイシー・ストーナーも同じことを良く言ってましたね。確かにそういう考え方にも一理ある。でも私は好きじゃない。今は今の環境の中でレースをしてるんですし、そのひとつがアスファルトのランオフなんです。グラベルがあるように見えるなんて人工的なペナルティを考えるつもりはないですよ」

最近こうしたペナルティ以上によく目にするのはコーナー脱出でコース外に踏み入れたことに対するタイムペナルティだ。縁石を踏み越えてからコースに戻るような場合である。

「コース幅の限界について扱うのはもう悪夢ですね」とウェッブは言う。「昔はどうでもよかった。だって縁石を越えたら芝生ですからね。アドバンテージは全然なかった。今では全セッションと決勝でコースをはみ出たライダーをみつけるために2人とか3人配置してるんです。国際映像には使わないカメラがたくさんあって、すごくいろんな角度から観察しているんです。
 こうしたカメラがどこにあるかはわかってますよ。そしてそのほかに何百万もの目があるのもわかってます。今週はヘレスのヘアピン、ホルヘ・ロレンソコーナーをみんなが目を皿のようにして見つめることになるでしょうね。コースの最後にヘアピンを配置するってのは設計者が最後の最後にオーバーテイクをするチャンスを残したかったということなんです。別の言い方をするなら事故多発地帯を作ってるってことですけどね」

もしウェッブが2005年のヘレスでもレースディレクターだったらどうしただろうか?

「現在の環境下ならペナルティを科すって言ってますよ。そのスタンスのままでいけるかどうかは自信がないですけど、今ならペナルティものでしょうね」

2013年にマルケスがロレンソから2位を奪い獲った時にはウェッブがレースディレクターだった。しかしロッシのケースが先例となってペナルティは科せられなかった。しかしだからといってこれからも同じというわけではない。

「この何年かで何がOKで何がOKじゃないかは変化していますからね」。それが彼の結論だ。

これまた心配の種である。外部からの圧力でバイクレースが本来持っている狂気が失われてしまうのだろうか。危険なライディングは問題である。しかし接戦は求められるべきである。ライダーがいつでも膝や肘をぶつけあっても必要なものは必要なのだ。バレエも見たいがバトルも見たいのだ。

とは言え自分が審査委員の席に座らないで済むのは何よりの喜びである。審査委員は何をやっても非難されるし、やらなかったことでも非難されるのである。
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ちなみにセテーロッシ問題の記事はここらへんですね。
それはどうよ:へレス
へレス:レース後のロッシとジベルノーのコメント
セテ−ロッシ問題がえらいことになっています

そして2013年の記事はここらへん。
公式リリース>スペインGP
ヘレスMotoGPクラス、最終ラップ最終コーナーに対するみなさんのご意見

私?私は断然バトル派ですよ。もちろん転ばない程度に(byらんか師)。

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ロレンソ:ドゥカティはヤマハのフレーム哲学を取り入れないと

えー、そんなこと言っちゃうの?MotorSport.comより。
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ドゥカティはもっとヤマハ的なフレーム作りの哲学を取り入れるべきだとホルヘ・ロレンソは主張している。それがフレーム改善の道だと言うのだ。

最高峰クラスで三度のタイトルを獲得している彼はヤマハからドゥカティに移籍した今シーズン、苦しい序盤戦を戦っている。これまでのところオースチンでの9位が最高位なのだ。

ここまで13ポイントでランキング13番手。チームメイトのアンドレア・ドヴィツィオーゾからも17ポイント差だ。そしてそのドヴィツィオーゾさえ、ホンダやヤマハに追いつくためにドゥカティは長期的視点で考えなければならないと言っている。

そしてロレンソの考えるところでは、ドゥカティは彼が去年まで所属していたヤマハと同様に頻繁に新型フレームを導入すべき、つまり改善の対象をフレームに集中させるべきだというのだ。

「ヤマハとドゥカティは違うメーカーで、だから根本的考え方が違うんです」とロレンソは語る。「ヤマハはいつでもフレームのことばかり気にしていた。どうやってライダーが楽をできるかを考えていたんです。
 一方ドゥカティはこの10年間、最高にパワフルなエンジンを作ること、そして良い電子制御を作ることを目標としていました。
 たぶんそのやり方も変える時期に来てるんだと思います。エンジン開発じゃなくて曲がりやすい新型フレームを作ってライダーに楽させるべきじゃないでしょうか」

2016年にはドヴィツィオーゾとイアンノーネが実に5年半ぶりの勝利をドゥカティにもたらしている。

逆にそのせいでドゥカティが優位性を誇っていたウイングが禁止されてしまうことになったのだ。

ドゥカティは今でもウイングを代替すべく大胆なカウルを2017年も使っているが、ウイングがないせいでデスモセディチは乗りにくくなっているとロレンソは言っている。

ウィリー制御が問題にならないのかと尋ねられた彼はこう答えているのだ。「ウィリーはそれほどでもないですよ。むしろフロントの接地感の方が問題ですね。
 場所によってはフロントの接地感が失われて、それでスロットルを戻さなきゃならないんです。それで他のメーカーに負けてるところもありますね。
 まあルールも変わったんで、それに合わせてやり方を変えていかなきゃならないですよね。
 オースチンでは加速エリアが凄く多くて、でもフロントには去年ほどの荷重がかかってない。でもそういうものですよね。去年のことは忘れてウィングなしでやる方法を考えないと」
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いや、ドゥカティはドゥカティの良さがあるんだと思うんだけど…。

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今年もツインリンクもてぎにロッシ応援席についてお手紙だした

去年はZ3だけだったのが、あろうことかZ1〜Z3までロッシ応援席にするんだそうで、ちょっと怒りで顔色が変わるほどでしたが、そこはそれ、大人なので深呼吸を1分間してからツインリンクもてぎに以下のようなお手紙を出してみました。お返事来るかなー。
っつか、まじ何考えてるのか不思議でしょうがないし、おそらくこの腹立ちはおさまらないんだけど、これ、ロッシが引退するまでやり続けるつもりなのかしらん?
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いつも真摯なご返答に甘えて、またお問い合わせさせて頂きます。

昨年度、ロッシ応援席をZ席に設置することをご再考いただけないかとお願い申し上げました冨永と申します。
今年はさらに拡大して、Z席でも最も人気の高いZ2までロッシ応援席にするということで、心からがっかりしております(実際怒りと驚きで顔色が変わるほどでした)。

これはZ1~Z3の全てをロッシ応援席にする(ロッシファン以外をZ1~Z3から追い出す)ということになるのだと思いますが、このような設定をされた理由についてご教示いただけませんでしょうか?(自分の気に入らない決定だとしても、主催者側の論理があれば納得、というかあきらめることはできるかと思いますので)

Z席は(いわゆる「コモンズ」という概念で表されるような)GPファンみんなのもので、いろんなライダーのファンや、そしてもう全てのライダーが好きになってしまったようなファンが集う場所になってきたと思っていますし、だからこそ今回のようなやり方が長期的にGPの発展に貢献するものとは思えないのです。
また、短期的な利益の追求だとしても、Z席という黙っていても満席になる場所をロッシファン専用にすることが理にかなっているとは思えません(Z席以外の不人気席に設定した方が来場者が増えそうではと素人ながら思うのです)。

もちろん、利益は度外視してでも私のようにうるさいことを言うファンにほえ面かかせてやりたい、というのも立派な理由ですし、それはそれで受け止める覚悟はございます。

昨年のGPは先般こちらのフォームからお送りしたとおり、たいへん素晴らしいものだったと考えておりますし、みなさまの日々のご努力にも感服しておりますが、さすがに今回の決定はちょっとなぁと思いお問い合わせ申し上げました。
お返事をお待ち申し上げております。

ついでにご教示頂きたいのですが、Z4で座席をピンポイントに指定するにはもてぎのチケットセンターまで行けばよろしいでしょうか?

冨永拝
http://moonfish.cocolog-nifty.com/srdandy/
Twitter ID:@TominagaAkira
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去年からイベント会社が変わったっぽいんだけど、それも何か関係あるのかしらん?

<追記>
昨年の経緯はこちら。
Z席へのロッシ応援席設置についてツインリンクもてぎにお手紙だした:最初のお手紙。

【続報】Z席へのロッシ応援席について:もてぎからの返信について。

2017年日本GPライダー応援席について:実際行ってみて。そして感想を送ったら2017年も怪しい雲行きだった話。

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