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エベレストに登るように

アメリカズGPの決勝後、凄いライディングをとらえた1枚の写真が世界を駆け巡りました。その写真についてのMat Oxley氏の記事をMotor Sport Magazineより。
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現代のMotoGPは以前と比べてライダーの関与できる部分が少なくなっている。だからこそ我々は再びアクロバティックなライディングを目にしているのだ。そしてこれがマルク・マルケスのライディングが見応えのあるものになっている理由でもある。

marquez_straight.jpg

すごい週末だった。そしてこれはすごい写真だ。昔を思い出す。ウェイン・レイニー、ケヴィン・シュワンツといったライダーたちが車輪の着いたミサイルとでも呼ぶべき500cc2ストロークにまたがり、なんとか少しでも正しい方向に走らせようとする。

サーキット・オブ・ジ・アメリカズの予選で限界を超えてもレプソル・ホンダ213V から振り落とされることなく走って見せたのはマルク・マルケスだ。まるでエベレストに登ったシェルパ、テンジンのようだ。

私たちがGPマシンを駆るライダーについて語る時、たいていはコーナリングの話になる。サーキットでのレースというのはたいていコーナリングがポイントになるからだ。ストレートというのはコーナーを繋ぐ何かでライダーは少しの間リラックスしてハンドルを握る手を緩め、そして脳をリセットして次に起こることに向けた準備をする。

実際はそんなことはない。見ての通り自分の下にあるのが250馬力のモンスターともなればストレートを走るのさえ簡単ではないのだ。そして一旦MotoGPマシンにまたがったら休息の時など全くないのである。

マルケスの専属写真家アレハンドロ・セレスエラが撮ったこの写真を最初に見たとき私はこれがたくさんあるCOTAの切り返しのどこかだと思っていた。マルケスが左コーナーから立ち上がってフロントホイールを接地させようとマシンの前方に体を乗りだし、そしてグリップを取り戻しながら右コーナーに飛び込んで行こうとするところだ。

しかしそれは間違いだった。これはRC213VをCOTAの最終コーナーに向けて駆るマルケスの気狂いじみた走りなのだ。フロントを下げるためにタンクに覆い被さり、ホイールスピンを減らすためにステップの上で中腰になり、そしてすこしずつマシンを進路にのせつつフィニッシュラインに向かっている。

あらゆるレーサーは、MotoGPの世界チャンピオンでさえ物理の法則には従わなければならない。マルケスのような人間ならそれすらねじ曲げることができると思いたくなるが、しかしもちろんそんなことはできない。精神力と体力を駆使してマシンを曲げ、カウンターを当て、遠心力や求心力や重力や慣性力や摩擦力や、そんなものたちと戦っているのである。

トップライダーがコーナーを攻めるとき、彼らは多大な力を使ってマシンを倒し曲げようとしている。そしてコーナーを立ち上がるときでもこうした力は加わり続けたままだ。そのためストレートに入ってもマシンはまだ曲がり続けようとしている。これがライダーがストレートで蛇行する理由だ。例えば左コーナーからの立ち上がりではストレートに入ってもまだ左に曲がり続けようとする。それで彼らはマシンを右に向けながら真っ直ぐ走ろうとするのである。

マルケスは自分の持てる力の全て、腕力、脚力、そして自分の体重と脳の全てを使ってマシンを少しでも早く起こし、ワイドになりすぎてコース右側縁石に乗ることのないよう、そしてピット前を加速する際には左に寄りすぎないように頑張っている。フロントホイールが左を向いているのは彼がカ逆ハンを切っているからだ。ハンドルを左に切ってマシンを右に傾けようとしている。それでマシンを直立に保つのである。逆側にハンドルを切るというのは奇妙に思えるかもしれないが、バイクに乗るときにはいつもやっていることだ。それがCOTAであれちょっと買い物に行くときであれ。

1990、91、92と500ccタイトルを獲得しているウェイン・レイニーはここで何が起こっているか完璧に理解している。彼がレースをやっている頃、またライダーのための電子制御というものは賢いエンジニアの頭の中にしかなかった。つまりヤマハYZR500にまたがりハンドルでマシンを曲げ、ステップでホイールスピンをコントロールし、ウィリーを避けつつどうにかマシンを左右の縁石の間に留めておくというのが彼のGPキャリアのすべてだったのだ。

500の悪魔的なパワーの出方と最低重量(1990年にはMotoGPマシンひょり42kgも軽かった!)、そして前時代のシャーシとタイヤのせいでレースというのはとんでもなくたいへんな仕事だったのだ。あれは剣闘士のような仕事だったんだとレイニーは語ってくれた。

「レース前は儀式をしてましたね。まあそう呼びたければ、ってことですけど、いつもの習慣ってのがあって、そうやって気持ちを調えていくんです。週末は毎回やってました。モーターホームの周りで踊ってツナギを蹴りつけるとか、モーターホームの中で座り込んで盛り上がっていく気持ちに集中していると怒鳴り散らしたりハンドルをマシンから引きちぎりたくなったりね。戦いに向かっていく感じというか。もし誰かが僕のホーターホームに入ってきたら気が狂ったと思ったでしょうね。『少し休みを取ったらどうだい?』って言われかねなかった」

ライダーのための電子制御がこの15年で大きく発展を遂げたことで全てが代わってしまった。トラクションコントロールは元はと言えば骨折防止のためだった。それがいつの間にかコーナー脱出のタイムを削りそのための努力を軽減するものとなってしまった。アンチ・ウィリーやその他全ても同じ方向で開発が進んでいった。しかしドルナが去年から統一ソフトウェアを導入したことで再び全てが変わることになる。ドルナは時計を巻き戻してライダー支援のための電子制御を本来の目的に立ち戻らせたかったのである。つまり安全性向上のためのツールであり、パフォーマンス向上のためのものではないということだ。ウィリーは安全性をそれほど脅かさないということでアンチ・ウィリーソフトウェアはアンチ・ドルナと見なされ、結果としてウィリー周りは電子制御が基本的なものに限定されMotoGPライダーが自分でコントロールする部分となったのである。

冒頭の写真は知力と体力と精神力を尽くしてドルナのローテク・アンチ・ウィリーソフトを補正しながら千分の数秒というわずかな時間を削りながら5連続となるCOTAでのポールを目指しているマルケスの姿というわけだ。翌日彼はCOTA5連勝を飾り、ロデオを成功させた彼にお似合いのカウボーイハットを被って表彰台に立つことになる。

「凄い写真ですよ。500の時はホッケンハイムなんかでそんな写真を撮られてますけどね」とレイニーは言う。「COTAはスーパークロスみたいな感じですね。もう全然スムーズじゃない。僕に言わせれば彼はバンプも使ってるんじゃないかな。実際マシンを曲げるのにバンプを使うことができるときもあるんですよ。早いライダーはCOTAでそれをやってるんですよ。この写真でわかるのは路面温度の低さとバンプですね。で、彼はコーナーを脱出してバンプにタイヤを当てて加速している。だからフロントエンドが簡単に動いてるんです。
 500時代はアンチ・ウィリーとかなかったですからね。ラグナセカの最終コーナーから立ち上がるときはタンクの後端に座るくらいまで前に出て1速、2速、3速、4速とスロットルは1/4くらいしか開けてない。そうやってマシンがウィリーしないように、ひっくり返らないようにするしかなかったんです。でもそれでも加速しようとしていた。ラグナでは1周の内の28%しか全開にできなかったんです!
 アンチ・ウィリーというのは確かにラップタイムには凄く効きますよ。ライダーは自分のライディングに集中できますからね。でも今は統一ソフトウェアになって、それもいいですね。見応えのあるライディングがまた増えますから。それがこの写真なんです」

レイニーの最大のライバル、ケヴィン・シュワンツは当時のマルケスだった。500ccマシンでまるでロデオを演じているかのようだったのだ。テキサス生まれの彼はマシンの上で誰よりも大きく体を動かしていた。ひょろりと長い手足をてこにして荷重を上図にコントロールしていたのだ。前へ後ろへ、左へ右へと彼は常に動いていた。

「まるでアッセンの最終シケインから立ち上がってるところみたいですね。マシンを右に向かって引き起こすんです。その前は左側にべったり寝かせてる」。1993年の500ccチャンピオンのシュワンツはこう語る。「自分の下にあるマシンをふり回すなんてことはなかなかできないことなんですよ。マシンは今やっていることをそのまましたがるものなんです。フロントは持ち上がってるけどまだ左に行こうとしていて、ライダーはマシンの手綱を引きながら、こっちへもどれ!ってやってるんです。この写真ではいろんなことが起こってるんですよ。そのことを考えたらあの浮いてるフロントホイールが着地したときにはマシンがワヤヤヤってなるのはわかるでしょ?だから彼はマシンの上に覆い被さってるんです」

シュワンツとレイニーがどちらもレーシングキャリアの初期にはダートトラックを経験していたことは偶然ではない。グリップを求めてフロントもリアもあちこちを向く。そしてライダーの脳と体にテクニックがたたき込まれ、筋肉は乗り方を記憶し、そしてGPマシンを乗りこなすことができるのだ。そしてマルケスもこれまでの人生の多くの時間をダートマシンでコースを回ることに費やしている。

レイニーとシュワンツを(良い意味でも悪い意味でも)悩ませた唯一のヨーロッパ人ライダーは1984年の250ccチャンピオン、クリスチャン・サロンだ。フランス人の彼は1985年に500に昇格し1990年に引退している。つまり500ccクラスに革命をもたらしたライダーフレンドリーな「ビッグバン」エンジンを知らないままだった。しかし面白いことに彼はそのことをむしろ喜んでいる。

「ビッグバンエンジンは嫌いなんですよ。だってスクリーマーを手なずけるのが楽しかったんでね」と彼は言う。「そういう挑戦もビッグバンが登場してできなくなってしまった。スクリーマーは辛かったですし心臓にも悪かったですし、ほかにもいろいろたいへんでした」。そういいうことだ。サロンは実に勇敢だったのだ。

サロンもこの写真を楽しんで分析してくれた。スーパーヒーローたちが史上最凶マシンで肉弾戦を繰り広げていたあの時代を思い出させるというのだ。

「マルクはスライドさせながらコーナーを立ち上がってるように見えますね。ステップの上で立ち上がってるでしょ。これは500の時はよくやっていたことです。加速したかったら立ち上がってステップに全体重を掛けなきゃならなかったんです。そうやってリアグリップを稼いでスライドを減らしていた。
 ヘルメットでスクリーンを割っちゃうことも良くありましたね。ウィリーを避けるためにすごい早さで体を前に動かしてたんですよ。あと彼が左のハンドルを引いて、右側を押してるのがわかるでしょ。これはストレートに向けてマシンを右に持っていきたいからなんです。またライダーがいろいろやるようになるのが見られて嬉しいですね。だってマシンの上にどっかり座ってアンチ・ウィリーが全部やってくれるのを見るなんてバカみたいですからね」

マルケスはここで左コーナーを立ち上がりながらマシンが半時計周りの弧を書き続けるのを止めようとしている。サロンはこの分析をずいぶん楽しんでいるようだ。

「これについてはかなりいい説明がありますよ。パワーのあるMotoGPでならわかるんですけど、でもなんでMoto2やMoto3マシンをストレートで蛇行させるのか理解できないんです。だって走る距離が増えちゃうでしょ。それは理屈に合わない。それにそんなことをしたら加速が鈍ってしまう。マシンを傾けるってのは4輪で言えばハンドルを切ってるようなものなんです。パワーがロスしてまう。そうしないためにはマシンと戦わなきゃならない。それもたいへんなんです。すぐマシンを起こして完全に真っ直ぐ走らせるなんてことはできないんです。だからそこは待たなきゃならないんです。マルクの場合、彼は自分がやるべきとができるまで待って、そうなってから右ステップを踏んでマシンを起こして、だからマシンは左に回りすぎないってことになって、そこから彼はストレートを最短距離で走って行く。
 何年も前にヤマハフランスの500GPチームを運営していたときにニール・マッケンジーとエイドリアン・モリラスを走らせていたんですけど、ポールリカールでプライベートテストをやったことがありました。ミストラルで立ち上がってくるとき、彼らはストレートなのに蛇行していた。それで僕は頭にきたんです!考えればわかるだろってね。蛇行しなければ距離を稼げるしスピードも乗る。スピードガンを持ってたんで僕が彼のマシンに乗ってマルクがこの写真でやってみるみたいなことをやってみせたんです。そうしたらストレートエンドで時速にして4〜5kmは稼げた。もちろんそれは楽なことじゃないし、複雑なんですけどね!」
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自分で乗ってみせるチームマネジャーw。

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コメント

この写真、おそらくQ2残り10分位の頃に2分03秒ちょいのタイムを出した時の最終コーナー立ち上がりのものだと思います。
ここからマーヴェリックが上回るけど、さらにマルケスが破るんですよね。
とにかく熱い予選でした!
多少マシンが言うことを聞かなくとも、ねじ伏せて走るマルケスの凄さ。
率直に言って、これが経験豊かで同じマシンに乗るダニに勝てる力の差であると思います。
もちろん、ダニが悪いわけでなくマルケスが凄過ぎるという意味でですけど。

投稿: motobeatle | 2017/04/26 23:41

当時、サロンさんはハングオンとは対象的なリーンウイズで模範的なライディングでしかも速い。と言う印象を植え付けられていました。しかし補正した結果があの綺麗なライディングに繋がっていた様に読み取れます。
写真に映らない部分でも凄いことをしているライダーがいるって事も感じます。
すると記事の内容と逆の意味を読む事が出来ます。
写真は真を写すけど事実を写すのとは、、、

面白い記事でした

投稿: とんからりん | 2017/04/28 04:49

>motobeatleさん
 なんかほんとにダニはヤマハに行くべきだったんじゃ無いかと…。

投稿: とみなが | 2017/04/28 23:26

>とんからりんさん
 私もサロンはきれいなライディングの人だと思ってたんですが、暴れ馬できれいに走る方が凄かったのかもしれませんね!

投稿: とみなが | 2017/04/28 23:27

素晴らしい記事に感激しました!
10代の頃に夢中で観ていたGP。
クリスチャンサロンが大好きだったので、とても興味深く拝読致しました。

投稿: マシオ | 2017/05/03 11:44

>マシオさん
 実は密かにたくさん生息しているというサロンファンですね!訳していてもかっこいーなーって思ってました。

投稿: とみなが | 2017/05/03 16:49

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