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ホンダの「大脱走」

今回のアルゼンチンも荒れましたが、そこには「外の世界」が影響していたというMat Oxley氏の記事。歴史のお勉強もかねてMotor Sport Magazineより。
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違うタイヤだったら世界タイトルを争うレース違う結果になっていたかもしれない。しかし外の世界がモータースポーツに影響を及ぼすのはこれが初めてでは決してないのだ。

MotoGPが開催される週末、楽しいことはたくさんある。しかし何より素敵なのはMotoGPという殻に数日閉じこもって悪意に満ちた広い外の世界を束の間忘れられることである。

とは言えその悪意に満ちた広い世界のせいで殻にひびが入ることもある。ほぼきっかり35年前の1982年アルゼンチンGPで起こったのがそれだ。フォークランド戦争が起こったときの話である。パドックのほとんどのチームはぎりぎりのところでアルゼンチンを出国できたのだが、一部のかわいそうなイギリスチームはロンドンではなくマドリッドで降ろされることになってしまった。アルゼンチン航空が英国領に踏み込むリスクを冒そうとはしなかったのである。

今年のアルゼンチンGPも外の世界の影響を受けることとなった。木曜に行われた全国一斉ストライキのためにミシュランのハード側フロントスリックがテルマス・デ・リオ・オンドに時間通りに到着しなかったのである。この影響を誰よりも受けたのがレプソル・ホンダであるのは間違いないだろう。日曜の決勝、ライダーは二人ともフロントからのクラッシュでリタイヤしているのだ。マルク・マルケスとダニ・ペドロサは開幕戦カタールの後に、より硬いフロントを要求した5人の内の2人なのである。残りの3人はホンダの第三の男カル。クラッチロー、そしてアンドレア・イアンノーネとヴァレンティーノ・ロッシである。みなフロントに問題を抱えていたと言われている。

誰よりそのタイヤを必要としていたのはホンダのライダーたちだ。RC213Vはブリヂストン製のウルトラハイパフォーマンスのスリックの性能をブレーキング、そしてコーナー進入で最大限に引き出していたマシンである。その基本的な特性は変わっていないことから、いまだに彼らは硬いフロントを必要としているのだ。もし一斉ストライキが発生せずライダーが硬いタイヤを使うことができていたら日曜の結果は変わっていたかもしれない。

4周目、フロントが暴れたままマルケスは左の2コーナーになんとかマシンを向けようとしていた。1コーナーと2コーナーの間のバンプのせいでRCVのサスがすこしだけ不安定になり一瞬荷重が抜けた後、こんどはフロントタイヤに大きな荷重がかかる。彼が転倒するにはそれで充分だった。10周後、同じコーナーでペドロサがそっくりな転倒を喫している。

ミシュランの2017年型フロントタイヤは2016年型よりもできがよさそうだ。今週末のMotoGPクラスの転倒は去年の25回に対して12回。しかしまだライダーに綱渡りを強いる気難しいタイヤでもある。より硬いタイヤであれば、マルケスやペドロサといったライダーにとっては少しだけ許容範囲が広かったのかもしれない。

こんなことを言って申し訳ないのだがミシュランのフロントのおかげでレースはスリリングになっている。身を乗り出すようなレースが増えたのだ。ファンにとってもライダーにとってもだ。もちろん違う意味合いだが。
ファンにとってはたまらない状況だ。1周目から最終ラップまでライダーが技量を尽くして息もつかずにぎりぎりの戦いを繰り広げる。それこそがバイクレースの醍醐味、綱渡りのスリルである。

マルケスとペドロサのことを思うとクラッチローの表彰台復帰は実に賞賛に値する。ロッシからはわずか0.8秒遅れ、勝者のマーヴェリック・ヴィニャーレスからは3.7秒遅れだ。彼は見事に綱渡りを演じて見せたのだ。しかも彼の苦労はヤマハの二人より遥かに大きかったのである。

「マシンから振り落とされないのがやっとでしたね。難しいコンディションではあまりないことですけど」。去年10月のフィリップアイランド以来の完走レースが終わった後、彼はそう言って笑って見せた。「マシンがちょっと暴れるとすぐにフロントからいきそうになるんです」

とは言え最も賞賛されるべきはロッシだろう。38歳の彼は350戦目を勝者からわずか2.9秒遅れでフィニッシュしたのである。彼が1996年3月31日のマレーシアGPでデビューしたときのトップとの差、5.4秒よりも僅かな差だ。そしてそのときヴィニャーレスはまだおむつをしていたころである。

誰にも真似できない彼のキャリアについての大げさな表現に意味がないのは誰もが知っていることだ。もう数年かそれ以上前に私たちはやらかしてしまっているのである。いや、我々ジャーナリストの何人かがやらかしたというのが正確かもしれない。2010年、ヤマハが彼を手放したのは、彼がキャリアの終わりにさしかかっているとヤマハが判断したからである。事実はこうだ。ロッシの能力もレースに注ぐ情熱もレースマシンから彼が得る痺れるような喜びも、なにもかもが我々の理解を越えているのだ。日曜のレースの直前、ヤマハのフロントホイールの前にうずくまる狡猾な年老いた山羊は、本当に老人のようだった。闘争心は欠片も見えない。そして50分後。表彰台の彼は何歳も若返って見える。アドレナリンとエンドルフィンとシャンパン数滴が体中を駆け巡っている。

ロッシの時代は永遠に続くかのようだ。しかしアルゼンチンGPでは世代交代の兆しも見えた。25周の内の4周目までに過去5年の内にMotoGPタイトルホルダーがいなくなっていたのだ。ヴィニャーレスがやってきてマルケスの記録を打ち破ろうとしているのはマルケスが数年前にホルヘ・ロレンソの邪魔をしたのと同じ状況なのだろうか?

マルケスはすぐに復活するだろうが、ロレンソについてはもう少し長く掛かりそうだ。2010年、2012年、2015年と3回のタイトルを獲っている彼はレースが今より簡単で自分の思い通り正確にマシンを操れたときのことを懐かしんでいるに違いない。ドゥカティ移籍後のこの2戦は天気が味方してくれなかったのも事実である。しかし誰にとっても天気は同じだ。つまり癖のないライダーに優しいマシンが大きな違いを産むということなのである。

ロレンソのことはかわいそうには思わない。私は怪我をしない限りレーサーを気の毒に思うことはないのだ。ニッキー・ヘイデンがかつて自分の仕事についてこう言っている。「排水溝を作ってるわけじゃないんだ」。ロレンソは今苦労しているのは確かだが、彼はそれでもこの地球上で最も恵まれた人間の一人なのだ。

さて、話題を戻そう。バイクレースと悪意に満ちた広い世界の話だ。世界的な事件がモータースポーツをこれほどひどいかたちで壊したのはおそらく1939年8月をおいて他にはないだろう。このとき多くの世界的なライダーが既にナチに併合されていたオーストリアのザルツブルクの山間部で行われたインターナショナル・シックスデイズ・トライアル(ISDT)に出場していた。その3日目のことだ。ナチとソ連が独ソ不可侵条約を発表する。そしてそれは直後のポーランド侵攻とこれに続く第二次世界大戦を招くことになるのだ。

ISDTに出場していた英国人ライダーやスタッフの多くが軍人だった。彼らはナチとロシア人がポーランドを分割すれば自分たちが危険にさらされることを知っていた。そして当然のこととしてウィーンの英国大使館からはすぐに帰還するようにとの電報が届く。ISDTの4日目そして5日目と英国軍所属のライダーたちは路肩への転落やリタイヤでレースを離れていった。一挙にではなく一人ずつだ。ドイツ人に疑われないためである。しかしこれは彼らの冒険の始まりに過ぎなかった。

ライダーたちは故郷から1千マイルほども離れている。そして彼らにあるのはヨーロッパ内でのレース許可証と手持ちの乗り物だけ。宣戦布告前には英国海峡を越えたい。バイクに乗る者、車を運転する者、サイドカーを勝手に手に入れる者、様々な乗り物で彼らは故郷を目指す。かなりの部分が敵の土地だ。彼らは走り続ける。夜も昼も走り続ける。いつ止められるか、いつ逮捕されるかわからないまま走り続ける。

戦争が終わって数年後、神経をすり減らすようなヨーロッパ横断レースの参加者はこの故郷に向けての旅を「大脱走」と呼んでいる。ドイツは1939年のISDTの勝利を宣言するがFIMは戦後このリザルトを無効にしている。
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うむ。

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コメント

最近の世界情勢や地政学的状況を考えると、今後それに影響されることは出てくるかもですね。
まさに世界を股に掛けるGPですから。
その対象に日本も入る可能性も否定はできないでしょう。

投稿: motobeatle | 2017/04/17 19:49

>motobeatleさん
 なんか平和になるといいですねえ…。

投稿: とみなが | 2017/04/21 22:54

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