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カタールGP:神々の掌の上で

いやはや、天候に翻弄されましたがレース自体はたいへん素晴らしかったですね。そんな開幕戦についてMat Oxley氏が書いてます。Motor Sport Magazineより。
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人の企てを神が笑う。カタールGPの4日間、パドックを右往左往する何千ものか弱き人々を嘲笑しながら雲の上の天気の神がノアの洪水もかくやという豪雨を続けざまに叩きつけて混乱をもたらしているのを我々はただ見守るほかなかった。

週末のスケジュールは雨にのせいで崩壊し、そのまま最後まで確定できなかった。雨の神の他は誰一人何がどうなるのかを把握しておらず、そして神は週末を通じて石油王たちの傲慢さと溢れる光に満ちた虚栄のイベントをあざ笑い続けたのである。そのイベントには世界最大級のガス田の上に住む誇大妄想狂の連中がおそろしい程の金を注ぎ込んでいる。1台3万ユーロ(450万円)ディーゼル発電機が44台、電線500km、3000トンのコンクリートを注ぎ込み電気の力で夜を昼に変えているのだ。本当に彼らは自然を支配できたのか?

そんなことはなかった。人間がドライ路面を欲しているとき、神は再び豪雨をもたらす。そして時速340kmで走るライダーが540万ワットの目も眩むような灯りの中で雨に濡れたシールド越しに路面が路面が見えるか確認できるよう人間がウェット路面を欲すれば、雨の神は強い風でアスファルトを乾かしてしまいセッションは中止となる。新しい展開だ。コースがドライなせいでプラクティスが中止になったのだ。

今回の大混乱はまるで1992年のブラジルGPのようだった。サンパウロのインテルラゴスF1サーキットで初めて開催された時のことだ。そしてこれが最後の開催となる。ケヴィン・シュワンツ、ミック・ドゥーハン、ウェイン・レイニー、エディー・ローソンを含むあらゆるライダーがコースを安全ではないと主張していた。F1ブラジルGPをテレビで見た彼らは最終コーナーの巨大な壁を気にしていたのだ。フルスロットルで走り抜ける高速コーナーで、ハイサイドでも喰らえばリオデジャネイロあたりまで飛ばされかねないコーナーなのだ。

そこでライダーはGP優勝経験もある安全担当のデディエ・デ・ラディゲスをコースに派遣し、報告を聞くことにした。デ・ラディゲスはブラジルに飛び、サーキットを見学後ヨーロッパに戻ってきた。コースは問題ないというのが彼の答えだ。

インテルラゴスに到着して壁を確認したシュワンツをはじめとする他のライダーはいったいデ・ラディゲスが何を見ていたのかと困惑した。レースはとてもしたくない。そこで会議が開かれることとなった。怒りに満ちた言葉が飛び交い、いつもの通り怒りっぽいローソンがついに切れてこう叫ぶ。「おまえらが何をしようが俺は絶対逆のことをやるからな」

そして迎えた金曜の朝は暗く、そして路面はウェット。ピットレーンは完全に沈黙していたが、1台の500ccマシンがその静寂を破った。ローソンがカジバのピットから出てきたのだ。彼はレイニーのピットの前にマシンを止めて怒ったようにスロットルをブリッピングしてみせる。そしてピットレーンを駆け抜けていった。ブラジルGPが始まったのだ。

カタールでデディエ・デ・ラディゲスと同じ役割を果たしたのは3度のタイトル経験をもつロリス・カピロッシだった。MotoGPライダーの代表として彼はロサイルの煌々たる灯りの下でも雨のレースは問題ないと言ったが、ライダーたちは同意しなかったのだ。

土曜の予選はすべてキャンセルされてしまった。突然の豪雨がランオフエリアを池に変えてしまったのだ。そして日曜朝の衛星写真ではさらに雨がやってくることが予想された。レースが行われる夜の天候はルーレット任せとなったのである。

Moto3、Moto2とレースが進むにつれて雷雲が大きくなっていく。そして最初のMotoGPマシンの咆哮が響くと、これに合わせて雨の神が面白半分に雨を降らせる。大した量ではなかったがスタートを、それも2回も遅らせるには十分な量だった。おそらく大雨でグリッドが洪水になった2009年と同様にレースは月曜まで延期されることになるだろうと思われた。

この時点でレースディレクションは別の問題にも直面していた。夜になって気温が下がると露が路面に降りてくるのだ。そのせいでグリップは破滅的に減少することになる。いわゆる露点温度というのは高価なカーボンファイバーでアスファルトを激しくこするという非常に金の掛かる手法で誰かが不協和音を奏でることによって確認されるものだ。

この時点でドルナ、レースディレクション、IRTAの3者にはみんなで胃の痛みを耐え続けるという選択肢もあったのだが、彼らが考えていたのはカタールにおける虚栄のプロジェクトをなんとか推進し続けることだった。大金持ちが望めばそれは手に入るのだ。

1分が過ぎる毎に状況は絶望的になっていく。そこでレースディレクションは例え3周で赤旗中断となってもレースは成立、しかもポイントは同じと宣言する。つまり69年間の世界選手権の歴史において2017年のカタールGPが最も短いレースとなる可能性もあったということだ。本来は45マイル(72.4km)以上でなければならないにもかかわらずである。

最底辺のクラブレースですら3周以上は行われるだろう。そして混乱する状況が続くのを見ている何百万人ものテレビ視聴者も同じことを考えるのである。

しかし物を言うのは金である。ロサイルの興業主はドルナにかなりの金を払ってこの特徴あるイベントを開催しているのだ。開幕戦を投光器の下で行うことができるのはそのためである。この1回のイベントのために支払われている金額でおそらくMoto2とMoto3の半分のライダーをシーズン半ばまで走らせることができるはずだ。だからこそレースは人工照明の下で行われなければならないのである。実は3月であれば日中の気温も25℃と快適なのだ。

ナイトレースというアイディアはカタールGPが最初の2回、10月に行われたことに起因する。2004年と2005年のことだ。この時期の気温は脳も溶ける48℃。「問題ないですよ」と興業主は言う。「世界最大の人工照明システムを設置して、ドーハからモスクワまでの道を照らし続けるくらいの燃料を燃やしますから」。しかし露はどうするのか?「問題ないですよ」とまた彼らは言う。「路面下にヒーティングシステムを設置しますから。本当ですよ」。

辛いことは忘れて良い思い出だけが残るのが人間の性である。そんなわけで45分遅れでMotoGPグリッドが埋まった時点で既にこうした騒ぎは忘れられてしまっていた。

いや、ライダーたちは忘れてはいなかった。最高の状態でもロサイルのグリップは大したことはない。そこでほとんどのライダーは最初の数周を(いつもよりは)慎重に走っていた。ルーキーのヨハン・ザルコを除いては。

ザルコの走りは見応えがあった。彼はMotoGPデビュー戦で思い切ったチャレンジをしたのである。プラクティスでも速かった彼は序盤の数周に全てを賭けていたのだ。マルケスよりも1秒速いライダーというのはつまり明らかに限界というものを忘れているということである。結局彼はグリップのあるラインを外したままロサイルの悪名高い2コーナーに突っ込み転倒してしまう。

プラクティスで同じコーナーでの転倒を喫したスコット・レディングはこう語っている。「そうなっちゃいけないくらい僕は欲深くなってたんですよ」。ザルコは自信の欲深さのせいで、1998年のマックス・ビアッジ、1973年のヤーノ・サーリネンと並ぶ3人目の最高峰デビューウインという二度とないチャンスを失うことになったのだ。

逆に、今年からヤマハに加入したマーヴェリック・ヴィニャーレスは恐ろしくなるほど失うものをたくさん抱えていた。冬期テストのタイムからはチャンピオン候補だと当然視され、そのせいで初戦転倒リタイヤという最悪の事態だけは避けたかったはずだ。しかし彼は完璧なレース運びをみせた。序盤は冷静に走り、他のライダーがリスクを冒すのを見守り続ける。そしていけるとなったら容赦なく前に出て行く。22歳の彼が手にしたMotoGP2勝目はヤマハにロサイル3連勝をもたらすこととなった。そして彼は2017年タイトルの最有力候補となったのである。

ドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾも惜しかったがまた届かなかった。ロサイルで彼が惜しい2位を記録するのも3連続である。2015年はロッシ、2016年はロレンソ、そして今年はヴィニャーレスの後ろだった。

ヴァレンティーノ・ロッシは苦悩のプレシーズンテストから見事に復活を遂げている。プラクティスの2日間はいつもの通り苦労続き他だった。木曜、金曜とあらゆる種類のトラブルに見舞われ、グリッドは4列目に終わってしまった。しかしスタートライトが消えると彼は変身する。レースをどのようにうまく運ぶかを知っているというのは彼の偉大な才能の一部なのだ。

一方、チームメイトのホルヘ・ロレンソほどまとめきれないまま週末を終えたライダーも少ないだろう。サーキットに乗りこんできた段階では他にはロッシしか記録していない最高峰クラスにおける異なるメーカーでの連勝という離れ業も視野にいれていたのだ。過去5年間でカタールでは3勝、そしてデスモセディチはロサイルのあやしいグリップにも対応できるだけのトラクションを備えている。しかし雨の神は彼の味方ではなかった。予選がキャンセルとなったせいで彼は4列目となってしまう。なんとかポジションを上げようと無理をした彼はコースアウトを喫してしまう。彼の沈んだ顔がすべてを物語っていた。ドゥカティが得意なサーキットに再びたどりつくにはまだ何戦かあるのだ。

ホンダはこれまでロサイルで楽ができたことはない。RC213Vはブリヂストンのフロントスリックの類い希なるブレーキングパフォーマンスを最大に引き出すことがでいるマシンだと目されていた。しかしロサイルはブレーキング主体のコースではない。唯一の本当のブレーキングゾーンは1コーナーだけなのだ。そしてミシュランのフロントはそもそもブリヂストンほどのブレーキンググリップは期待できない。それがなくてもRCVはいまだにコーナーエントリーでのパフォーマンスを発揮するためにハードコンパウンドを必要としている状況なのだ。しかし気温が下がったせいでマルケス、ダニ・ペドロサ、カル・クラッチローはフロントをミディアムに変更せざるを得なくなった。マルケスの攻撃的なライディングスタイルのせいでフロントタイヤは数周でだめになってしまう。クラッチローのフロントタイヤは熱が入りすぎて、そのせいで彼はクラッシュ。その二人より軽量でスムーズなライディングをするペドロサはそこまで苦労はせずマルケスの直後でゴールすることとなった。

レースがもう数周つづいていたら2台のレプソル・ホンダは今回のMVP、アプリリアのアレイシ・エスパルガロの犠牲になっていたに違いない。タイトル争いに関係がないとわかっているライダーはこうした難しいコンディションでは有利なのだ。リスクを冒すことができるのである。賭けに勝てば多くを手にすることができるのだ。そしてもしやりすぎて転倒したとしても、それほどダメージはないのである。

いずれにせよエスパルガロは覚醒モードに入っていた。かつて彼がアプリリアのCRTマシンに乗っているときにも何度かあったことだ。彼はこれまでずっと弟ポルの影に隠れていたが、そもそもリスクのあるライディングに喜びを感じるライダーの一人なのだ。それが日曜の夜にはっきり目に見えたのである。

ヴィニャーレスが表彰台に昇る頃、神々は最後にもう一度我々をあざ笑う。再び土砂降りになったのだ。信じがたいことだが、週末中の祭りの踊りに神々が喜びMotoGPにほんのわずかぎりぎりの時間を与えてくれたのかもしれない。

我々の大混乱を楽しんだことへの雨の神なりの感謝の気持ちなのだろう。しかし本当にそれは神の仕業なのだろうか?この数年にわたってUAE(アラブ首長国連邦)は人工降雨により記録的降雨量を手にしている。塩の結晶を雲に打ち込み水蒸気を凝集させ雨を降らせるというものだ。来年の今頃、カタールがUAEに申し入れをしておけば全てがうまくいくのかもしれない。
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へー、人工降雨ねー。おもしろい。

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コメント

92ブラジルGPについては、実は後年ドゥーハンの供述は少し違っていて、みんながレース中止を主張するなかレイニーだけが強硬に開催を主張したという話でした。
中止となればドゥーハンが初のチャンプ獲得だったのですが、アッセンで重症を負いまともに走れる状態。
そんな中レースは行われ、三年連続のチャンプをレイニーがせしめ、その行為にガッカリしたと。そんな記事がライディングスポーツに載ってましたね。

ともあれ、カタールはマーヴェリックの横綱相撲ぷりに感嘆。
2.3位のタイム差は、ただの数字でしかないと思います。
マルケスがタイヤ選択をミスらなければどうなっていたか?
でも長いシーズンの中、ミスでも四位だから結果は上々かも。
ホルヘはサマーブレイクあたりまで辛抱が続くような気がします。
これは肘だけでなく背中にもウイングを付けて(冗)
てか、ヤマハが昨年ホルヘに対しヴァレンシア以外のテストを禁じたのが、なにげに効いているのでは?なんて気もしました。
どうこうあれ、来週アルゼンチンが楽しみです!

投稿: motobeatle | 2017/04/02 18:59

>motobeatleさん
 ブラジルはいろいろ思惑が交錯して、それはそれでおもしろかったですね。
 そして今年も良い年になりますように。

投稿: とみなが | 2017/04/02 20:59

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