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ストーブリーグ表2017(2016.6.27時点)

公式発表を受けてアレイシ・エスパルガロをアプリリアで確定。

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公式リリース>オランダGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)

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ロッシへのショートインタビュー:天国に行くときに持っていきたいマシンは?

昨日翻訳した記事のインタビューの中身です(聞きおこし)。インタビュアーはMat Oxley氏。Motor Sport Magazineより。
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Mat Oxley氏:まず今回モータースポーツ殿堂という賞を手にしたわけですが、トロフィーってどれくらい持ってるんですか?大きいのがたくさんあるでしょ?

ロッシ:(笑)いま自分の博物館のために整理してるところなんです。4〜5年前から整理をはじめて、やっと終わりが見えてきましたね。90%くらい終わってます。トロフィーのパートはすごく広くて、きれいですよ。大事な賞のトロフィーもたくさんありますし、とてもいい気持ちですよ。来年タヴーリアにオープンするんです。ファンにとってはいい博物館だと思いますね。


Mat Oxley氏:いちばん気に入っているトロフィーはなんですか?

ロッシ:すごくいろいろ賞をもらってますけど、まずはグランプリでもらったトロフィーですね。伝統あるトロフィーってあるでしょ。ヘレスとかムジェロとかミザノとかですね。その他の賞でいうとローレウス(世界スポーツ)賞ですね。あれはすごく重要な賞ですし。ほかにもいろんな新聞社とかからももらっていますけど、みんな大事ですね。


Mat Oxley氏:最高のレースは?GPで21年走ってますけど、どれかひとつずっと覚えていたいレースを選ぶことはできますか?

ロッシ:そうですね、5〜6レースくらいはあるんですけど、2004年のウェルコムが頭一つ抜けてます。素晴らしいレースだったし特別なレースだったし忘れられないですね。だからウェルコムが最高ですね。(訳注:南アフリカGP。その年ロッシはホンダからヤマハに移籍し、開幕戦南アフリカで勝利した)


Mat Oxley氏:最大のライバルは?いちばん手強かったのは誰ですか?

ロッシ:たくさんいますねえ。最近の若いライダーだとロレンソ、マルケス、あとストーナーですね。彼らは速いですからね。昔だとビアッジやジベルノーやカピロッシとかかな。


Mat Oxley氏:毎年きつくなってきていますか?去年より今年の方がって感じで、だんだん辛くなっていきてますか?

ロッシ:全然。いろんな経験をしてますしドゥカティ時代は最悪でしたし2013年もヤマハに復帰した初年度で苦労しました。あの年は序盤は良かったんですが、その後が期待通りとはいきませんでしたね。でも2014年から2015年、今年と同じようにやれてます。毎年むしろ良くなってるんじゃないですかね(笑)。


Mat Oxley氏:なにでモチベーションを保ってるんですか?お金も充分あるし部屋はトロフィーで溢れてる。バイクでレースをするのを純粋に楽しんでるってことです?

ロッシ:最初はトロフィーや、あとはお金のために走ってましたね。お金は大事ですし。でも今の自分にとっては勝利の美酒を味わいたいというのが唯一のモチベーションですね。プラクティスでうまう走りたいとか、フロントローに並びたいとか、表彰台に上がりたいとか、良いレースをしたいとか、そういう気持ちだけで走ってるんです。勝利の味ってのはレースが終わって2〜3時間もすれば消えちゃうんですが、そのために走ってるんですよ。チームのために走ってるってのももちろんありますけどね。


Mat Oxley氏:天国に行くときにですね、天国にすごくいいサーキットがあるとしたらどのマシンを持っていきます?

ロッシ:即答しますけどヤマハM1ですね。これは僕のマシンだし天国に連れて行きたいですね。

Mat Oxley氏:ホンダの500ccにも乗ってますけど?

ロッシ:確かにホンダのマシンも素晴らしかったし、5気筒の211とかね。あと500の2ストもね。でも今思い返すとね、ね、わかるでしょ?M1の方が僕のバイクって感じなんです。
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天国にサーキットがあるなら屋台とかもあるといいなあ。

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ストーブリーグ表2017(2016.6.25時点)

バウティスタをアスパーほぼ確定としました。

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なぜマルケスはいまだに2014年型フレームを使い続けるのか?

ミシュランに変わったからとか、そういうことではないのです。CRASH.netより。
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マルク・マルケスは去年のオランダGPでフレームを2015年型から2014年型に戻している。

彼はリアスライドが唐突すぎる2015年型RCVに苦労しており、その前の2レースで転倒していたことを受けてのこ決断だった。

1年後の今年のアッセン、MotoGPマシンのタイヤがブリヂストンからミシュランに変更され、さらには統一電子制御ソフトウェアが導入されたにもかかわらず、彼は2014年型フレームを使っている。

それにはちゃんとした理由がある。今シーズン彼は3勝してランキングトップに立っているのだ。つまりそれは2014年型フレームのおかげで、彼はそのフレームを気に入っているということなのだろうか?

「2014年型フレームは去年のアッセンでまた使うことにしたもので、今でも使ってるんです」と彼は言った、「フロントタイヤに自信がもてるんですよ。自信と、あとは前兆がわかるってことですね。それが大事なんです」

マルケスは新型フレームもいくつか試しており、一番最近はカタルニアでもテストしている。しかし2014年型が全体の設計としては最高だということだ。

「例えばカタルニアテストで新型フレームを試してるんですけど、確かに良いところもあるんですが、気に入らないところもある。コーナー進入とかむしろダメなんです。だからいちばんいい妥協点を探っていくと2014年型フレームになっちゃうんですよ。それがいちばんいい解決法だと思ってるんです」

金曜のフリープラクティスで3番手となったマルケスはこう語っている。トップタイムのアンドレア・イアンノーネ(ドゥカティ)からはわずか0.133秒差だ。
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うまくいってるなら何もするな、ってのはあるのかしらん。まあマシンを作る方はそれじゃあつまんないですけどね。

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ヴァレンティーノ・ロッシにインタビューするには

人気者へのインタビューって(当然ですが)アポ取りから苦労します。Motor Sport Magazineより
今回はEd Faster氏の記事。
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ルマンで9回勝ったレーサーにインタビューしたい?問題ない。現役グランプリドライバー?もう少し難しいけど不可能ではない。じゃあヴァレンティーノ・ロッシに賞を直接渡したいとなったら?うーむ、幸運に頼ろう。

ダミアン・スミスが私に彼の9つの世界タイトルを保持しているライダーにモータースポーツ殿堂入り(訳注:Motor Sport Magazine誌主催)に顔を出してもらうよう私に頼んできたときから「幸運」の2文字が頭を離れなかった。ロッシは5月31日のイベントに出席できなかったので、MotoGPレースに出向いて彼が賞を受け取るのを撮影しなければならなかったのである。どうしたらそんなことができるのだろうか?。

まず最初にやることはロッシの予定帳に隙間を見つけることだ。普通の予定帳ではない。普通ならレース開催期間でもどこかしらに時間を見つけることができる。特に賞をもらえるというならなおさらだ。しかしロッシの場合は違う。彼の自由時間はほとんどなく、しかも高くつくのだ。彼を捕まえる最高の方法を模索しているなかで、2時間ばかりの仕事のために7桁(邦貨換算:億円単位)積んでも断られたという噂まできいたほどである。ヤマハの広報は彼のスケジュールについて「ドラマッチクなほど大忙し」だと言っていた。要するに希望は持てなかったということである。

最初にコンタクトするのはヤマハだ。ロッシはヤマハにとって金の卵を産むガチョウであり、当然のことだがそのガチョウが卵を産まなくなるまで疲れることのないように気を遣っている。ヴァレンティーノ・ロッシのおかげえどれくらい新車を売ることができるだろうか?これほどの重荷に耐えることができるスポーツマン/スポーツウーマンはそうはいないだろう。イタリア史上だけでも2012年に26万台もの新車が売れているのである。

e-mailへの返信ではずいぶん無礼な広報もいる。ヤマハは通常は非常に新設だが今回ばかりは彼らから返答を引き出すのに少々時間を要することとなった。それも当然だった。こちらがロッシを5分間捕まえようとしていた最中に、ホルヘ・ロレンソが2017年にドゥカティに行くのは悪くない考えだと決めたからである。完璧なタイミングだった。ありがとうホルヘ。

次に苦労するのはどうやって撮影するかだ。「カメラでだ!」と言いたくなるのも当然だ。もちろんそんな簡単な話ではない。サーキット敷地内のMotoGPの映像権はドルナが保有しているので許可が必要なのである。その他にカメラクルーにも許可が必要で、こちらはBTスポーツ(訳注:英国のMotoGP放映権を持つテレビ局)の管轄だ。

ヤマハとのメールのやりとりの末、ヘレスのスペインGPで金曜のメディア対応の後にロッシの時間を確保することができた。この許可が下りたのが4月20日だったのだが、これはフライトの前日だった(予約はしてあった)。一方BTスポーツとドルナに対する交渉はまだ続いていた。マット・オクスレイがあらゆるコネを使ってくれたのだが結局金曜午前中にサーキットで返答をもらうことになってしまった。マットはたいていの人より様々なチームに通じており、しかもロッシの伝記まで書いている(購入はこちら)。誰かがうまく差配してくれるとしたら彼をおいて他にはないということだ。

サーキットに到着した我々はドルナとの打合せをセットした。Motor Sport Magazineのバックナンバーと、丹精込めて書き上げたとびきり丁寧な依頼文も持参した。ドルナは充分理解してくれたようだ。許可を出してくれたばかりか、2015年シーズンのロッシの映像を殿堂で流すことまで許してくれたのだ。ありがとうドルナ。

さて次はBTスポーツだ。彼らとは4時からのマルケスの会見で会うことにしていた。もし彼らが拒否したら私たちには代替案はなかった。結局彼らはマルケスの会見には現れず、私たちはテレビ放映車を追いかけて彼らにお願いすることになってしまった。答えはこうだった。「もちろんいいですよ」。ありがとうBTスポーツ。「ドルナからは許可を得てますか?」
「ええ」
「見せて頂けます?」
「えーっと、あー、許可はもらってるんですけど書面はないんです」。BTスポーツが撮影許可がないものを撮らせたいはずはない。しかし私たちは彼らにドルナに電話で確認させることにした。「私たちが行かなかったらそれがですからね」というのがBTスポーツの返答だった。それで充分だ。

ロッシの会見が始まる直前、ヤマハが私たちにインタビューでの質問は3つ以内にしてほしいと言ってきた。「でも10分もらえるってことでしたよね?」

「わかりました、じゃあ4分で」

BTスポーツは来てくれた。約束通りだ。そしてやっとその時間がやってくる。「ヴァレンティーノは会見の後はコーヒーを飲むのが楽しみなんですよ。飲み終わったら賞を渡していいですよ」。ヴァレンティーノのコーヒータイムはかなり長いものだった。彼がホスピタリティの仮設仕切りの裏から出てくるということがあるのだろうかと心配になり始めた。そして突然声がする。「OK、OK、準備はいい?」

「ええ、万端です」

それだけだった。さらに待たされたのだ。3分後、「OK、彼の準備ができました。そちらはどうですか?」

「ええ…」。そして彼が現れた。満面の笑みを浮かべて会見用の帽子を被っていた。私が彼に目的を伝えるとすぐに彼は受賞スピーチを始めてくれた。準備なし、メモなしだ。撮影が終わると彼とヤマハ広報チームについてトラックに入り、4分間のトークを行った。ここまでは予定通りだ。しかし4分19秒後にヤマハの広報チームが上がってきて全てを終わらせようとした。そこでロッシが言う。「シー、シー(訳注:イタリア語で「わかったわかった」)。そう言って彼は続けたいという気持ちを表したのだ。こういうことは前にもあったし、それほど驚くほどのことではない。

午後6時前、パドックに戻るとロッシは既に次の予定をこなしていた。彼のこれまでのキャリアのハイライト映像も見せたいのだが放映権の関係でこれはモータースポーツ殿堂イベントで1回限り流すことしかできないものである。スポーツを金にする現代社会では普通のことだ。実際数秒の映像を使うだけでも数千ポンド(邦貨換算数十万円)の契約を要求してくるレースのシリーズもあるくらいだ。ドルナは1ペニーも要求することはなかった。

ロッシの殿堂入りは遅すぎたくらいだ。とは言えそのためにはいろいろなハードルが存在しているのである。
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インタビューはこちら。明日気持ちに余裕があればディクテします。

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公式プレビュー>オランダGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキ(英語)アプリリア(英語)

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ストーブリーグ表2017(2016.6.20時点)

スズキの公式発表を受けてリンスを確定。ザルコのテック3確度↑、アレイシ・エスパルガロのアプリリア確度↑、ついでにロウズはアプリリアで確定、そしたらブラドルの行き場が…。

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ロレンソがカザフスタンの新サーキットを訪問

公式発表は「気になるバイクニュース。」のJack A Moさんが訳してくださってますが、ちょっと違う視点からの記事をMCNから。
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昨年のMotoGPチャンピオン、ホルヘ・ロレンソがカザフスタンで新たに建設中のソコル・サーキットを訪れた。このサーキットは近い将来の完成・オープンを目指しているところである。

アジアの国カザフスタンの最大の都市で、中心に位置するアルマティで建設中のこのサーキットはドイツのサーキットデザイナー、ヘルマン・ティルケの最新作である。彼はセパンや米国オースチンのサーキット・オブ・アメリカズも設計している。

ロレンソが建設現場を訪問したということはこの国が近い将来MotoGP開催を狙っているということだろう。他にもワールドスーパーバイクや4輪レースの開催も目論んでいるようだ。

しかしこれはMotoGPがレースの伝統はないがレース界を支援できる富を所有している国を志向するというF1の轍を踏んでいることになるという批判も招いている。

カザフスタンは以前はソビエト連邦の一部で、石油輸出で経済が潤いつつあるが、一方で人権抑圧や自由の制限、選挙不正などで非難を受けてもいる国である。
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ロレンソの訪問については、彼の意志というより、今年から導入された「ライダーにPRを義務づけるルール」の結果ではないかという意見もあり

カザフスタンはあんまり日本ではなじみのない国ですが、人権抑圧については比較的いまは(経済的発展もあって)落ち着いているようですけども、大統領が30年以上も変わらない独裁国家であるのは忘れてはいけないかな。

いずれにせよスポーツの政治利用はヒトラーのベルリンオリンピック以来、連綿と続く議論のネタではあります。

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MotoGPレースディレクターのマイク・ウェッブがイアンノーネ/ロレンソ事件について解説する

どちらも自分の言い分を譲りませんが、とりあえず次戦オランダGPでは最後尾グリッド降格というお沙汰が下されたカタルニアでのイアンノーネがロレンソに突っ込んだ事件。これについてレースディレクターのマイク・ウェッブ氏が解説しています。MCNより。
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アンドレア・イアンノーネがホルヘ・ロレンソに追突した先週末のカタルニアGPでの事件については、どちらも自分の見解を主張して譲らない。これについてMCNは本件について判断を下すことのできる責任者であるマイク・ウェッブにインタビューを行い、彼が今回の衝突事故についてどのように認識しているのかたずねてみた。

「最初にイアンノーネと話したとき、彼が最初に言っていたのはデータでは自分はいつもの通りブレーキを掛けていたことがわかっていて、しかしホルヘがすごく遅かったので避けられなかったということでした。なので両者のマシンのデータを確認しました。
 実際はどちらも通常と同じポイントでブレーキを掛けているんです。全周回について確認しましたが、どちらも普通にブレーキングしていました。イアンノーネは本当のことを言っていたんですが、ホルヘも別に普通でないことをしていたわけではない。明らかに彼はフロントの感触に問題を抱えていましたが、レースの最初からそうだったんですよ!
 自分が思っているよりホルヘに早く近づいてしまったのがイアンノーネのミスですね。でも前のライダーを避けるのは彼の責任ですから、それでペナルティを科すことにしたんです」

一方、ロレンソがイアンノーネへのペナルティは軽すぎると言っていることについてウェッブは通常の手続きを経てペナルティを決めたと語っている。

「ホルヘは私にもそれを指摘していましたし、彼の言い分も理解できます。でも審査委員会(Steward Panel)としては正しい結論を出したと考えています。イアンノーネはアルゼンチンでもこれより厳しくはないですがグリッド降格のペナルティを受けています。無責任なライディングということですね。
 今年は繰り返し行われるルール違反についてはペナルティが厳しくなるということをはっきり打ち出しています。彼はミスをしたと言っていますが、これは前回と同じ言い訳で、同じ間違いを繰り返したということです。だから申し訳ないけどペナルティは厳しくならざるを得ない。こちらとしてはグリッド最後尾というペナルティで彼は将来の行動を変えてくれると信じています。
 ホルヘはそれじゃあ足りないと考えていますし、アンドレアはひどく厳しすぎると考えている。こちらとしてはその間をとったということですね。こちらは前例や問題の大きさや意図の有無を考えながらうまくバランスをとっているんですよ」
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ホルヘはおそらく自分がグリッド降格じゃなくて出場停止になったからこそ反省した、って思ってるのかもですね。

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ブラッドリー・スミス公式ブログ

安全委員会ではめっちゃかっこよかったスミス和尚のブログをMotoGP公式より。
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金曜午後にバルセロナで起こったルイス・サロムの悲劇的なクラッシュの後なのにどうして僕らが土曜の朝に3回目のプラクティスセッションを走ることができたのか理解できない人もいるだろう。ルイスの両親がGPを続けるように望んでいたということを考えれば、それは僕らには簡単なことだった。なぜならレーサーである僕たちは走るのが大好きだからだ。みんな危険性を理解しているし、その存在は認めている。でも誰もそのリスクを避けるために土曜に走らないなんてことは考えもしなかったんだ。誰も強制されたわけじゃないのにみんなが走っていた。かけがえのない命を失うこともあるかもしれないことはわかっているし、ルイスの悲劇は僕らにそれを再認識させることになった。でも僕らはこのスポーツにありったけの情熱を注いでいるんだし、それが僕らの生きる理由なんだ。

今回の信じられないくらい悲しい出来事で、このスポーツがどれほど危険か、そしてあらゆる細かいことにまで注意を払うことがどれほど必要かということが再びよくわかったと思う。5年前のマルコ・シモンチェリの死を契機にドルナはコース上で負傷したライダーに対するとんでもなく迅速な医療体制を組んでくれた。それは今回の事故でもはっきりわかるだろう。すぐに医療車がやってきてルイスの治療にあたっていた。さらに救急車とドクターヘリも一緒だった。2年前、同じコーナーでアントネッリがクラッシュしたことを受けてエアフェンスも設置されている。つまりバイクレースを安全にするために着実に前進しているということなんだ。さらに言うと、バルセロナのコースレイアウトを変更しようという熱意と、そして変更できる力があったことも重要だった。どうしても変更は必要だったんだ。ライダー安全委員会はあらゆる視点から安全性とスピードについて検討する予定だ。残念だけど100%の安全は達成できないし、危険性は常につきまとう。スピードのせいだ。それでも最終シケインについては大前進だったと思う。もちろんこれからももっと安全性を高めていかなければならないのだけど。金曜の午後はほんとうにたいへんだった。こんなことが二度と起こらないように解決策を探さなきゃならなかったし、最大の安全を確保しなければならなかったんだ。コースレイアウトの変更を決めてやっと土曜の午前に向けて安全性が確保できたという気持ちになれた。

さて、今シーズン限りでチームメイトのポル・エスパルガロとお別れだと思ってたところだったんだけど、KTMに移籍してあと2年僕といっしょに走ることができるとバルセロナで彼が発表した。彼とまた一緒に走れるなんて本当にわくわくする。KTMは本当にいい決定をしたと思う。なんといってもワークス以外では最速の二人を新しいワークスマシンに乗せるんだからね。ヤマハでは違うセッティングで走っていて、でも違いはせいぜい0.2秒くらいだ。それに去年の鈴鹿8時間耐久では同じマシンに乗って優勝もした。つまり僕らは併行して仕事ができるってことなんだ。全然違うタイプの二人をチームメイトにするのはいいこととは言えない。開発が進まないからだ。ポルと僕はお互いに高め合ってきたんだからきっとKTMにも貢献できると思う。KTMは本当に頭がいいね。

ムジェロはいい結果が出せたし、インディペンデント・ライダー(訳注:ワークス以外ライダー)のトップとしてパルクフェルメに行けたのは一歩前進って感じだった。バルセロナではいい結果を出そうとずっとハードタイヤで走っていて、なんとかセッティングを出そうとしていたんだけど、日曜の朝のウォームアップでリアをミディアムに変えることにした。けっこう安定したタイムで9番手のタイムが出せたんで良いレースができると思っていたんだ。結局エンジンにトラブルが発生したのは運がなかったね。最初の5周はまるで後ろ向きに走っているみたいで、これ以上ダメージを与えないようにリタイヤすることにしたんだ。ハードタイヤだと僕はいつもより1秒以上遅かったんでレースで使ったら最後尾だったろう。でもまあ状況は見た目ほど悪くはない。

今シーズンは今のところあんまりいいところはないんで、2週間まるまる間があいてこの状況から離れられるのはありがたいのかもしれないんだけど、今はなんとか解決策をみつけたいんでこのままやっていきたいと思っている。去年の調子を取り戻したいんだ。チームメイトの前で走って最速のインディペンデント・ライダーになる。まだ自分で予想していた以上にミシュランタイヤに慣れていないというのもある。自分が求めるフィーリングが得られないんだ。僕にとって感触というのはとても大事で、わからないまま突っ走ってクラッシュするとかグラベルに突っ込むとかというタイプじゃない。自分が得るべきものを、そして必要としているものを少しずつ積み上げていって、確信を得ておきたいんだ。ルマンではやっと攻められるようになって、まだその感覚は持続してるんだけど、ちょっとした違和感をなんとかしていきたいと思ってる。そういう細かいことがすごく気持ちに障るんだ。奇妙に聞こえるかもしれないけど、すごく楽しくもある。去年は楽すぎてなんか凪の海で船に乗ってるみたいだったからね。今年はレースというのがどれほど難しいかまた思い知らされている。眼が覚めたよ。これが僕を試すことになるんだ。そういうのは大事だよね。きっと道を見つけてみせるよ。

ブラッドリー・スミス
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いいなあ。かっこいい。

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公式リリース>カタルニアGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)

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SAGチーム プレスリリース:テレメトリーの分析からみるサロムのクラッシュの原因


MotoMatters.com
より。
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ルイス・サロムのマシンのテレメトリーの詳細分析に基づくSAGチームの公式プレスリリース

6月3日金曜、ルイス・サロムはカタルニアGPのFP2において12コーナーで転倒し、死亡した。

昨日、6月5日日曜に主催者よりテレメトリーデータを入手した後、すぐにSAGチームの技術スタッフは事故の詳細な経緯の把握とカタルニアサーキットの12コーナーで起こっていたことの技術的解析について意見をかわすために会合を開いた。チームオーナーであるエデュ・レラルス、チームマネジャーであるホルディ・ルビオ、ルイス・サロムのチーフメカニックであるベルナート・バッサ、イェスコ・ラフィンのチーフメカニックであるマイケルファージャー、Moto2ライダーのイェスコ・ラフィン、ルイス・サロムのマネジャーであるマルコ・ロドリゴの協力の下、テレメトリーデータについて詳細かつ徹底的な調査が行われた。

FP2における最初のスティントでルイス・サロムは自身のベストラップ1分48秒608を記録し、その後リアタイヤの交換のために最初のピットストップを行った。ピットストップの後、サロムはコースに復帰し、ピットアウトしたその周回で事故にあっている。当該周回においてルイスは自身のファステストラップより6km/h遅いスピードで12コーナーのブレーキングを開始。その理由は11コーナーでの加速が弱かったためであることがテレメトリーで判明している。スピードが遅かったことからルイスは12コーナーに適切なスピードで進入するためブレーキを9m遅らせている。コーナー進入部分には不整な部分(バンプ)があった。これは全ライダーが認識していたものである。ブレーキングのタイミングを遅らせたことでルイスは舗装の不整部分をブレーキングしたまま越えることとなった。それ以前の周回ではこのスポットを通過する際はブレーキはリリースされている。FP2と同じ速度でコーナーに進入しているが、こうした要因が重なったことでフロントタイヤに荷重がかかり、舗装の不整によりグリップを失うこととなった。結果として我々全てが知っている悲劇的なクラッシュが発生したものである。

主催者から提供された本テレメトリーデータは分析を希望する一定レベルを超える全ての技術者に提供することが可能である。
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なんと不運な。

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2016バルセロナ土曜まとめ:危険との折り合い、データに基づく設計、そして文句を言う権利

サロムの死亡事故を受けてF1レイアウトに変更されて行われた予選ですが、「変更に関して意見を言いたかった」とロッシやロレンソが発言したことに対して多くのライダーが「だって君ら安全委員会に出席しなかったじゃん」と返してやや炎上気味。そんなこんなの土曜日まとめをMotoMatters.comより。
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ライダーが死亡した後のMotoGPのパドックはどんなことになるのだろうか?いつも通りだ。正確には、ほぼいつも通りと言うべきだろう。マシンがコースを周り、ライダーは競い合う。しかし会話の声はいつもより静かで雰囲気は沈鬱だ。パドック中がいつもより静かだ。いつもと変わらないのは4ストロークのレーシングエンジンの爆音だけである。

冷淡に過ぎるように見えるだろうか?そう言ってしまうのはややひどすぎる。これは適応のメカニズムなのだ。悲劇に絡め取られて危険性に目が向きすぎるのを避けるために、いつものように仕事に没頭する。しかもそれがルイス・サロムの家族とチームの希望でもあるのだ。ドルナのCEO、カルメロ・エスペレータが彼らの希望をたずねたとき、レースを続けるように要望されたのである。

その願いは叶えられた。しかしパドックの誰もがそれを望んでいたわけではない。ダニオ・ペトルッチはイタリアのメディアに対して、本当は荷物をまとめてうちに帰りたかったと語っている。そう思っていたのは彼一人ではない。「昨日は弟と一緒にずっと泣いてました。あんなに若いのに死んじゃったんですよよ」とアレイシ・エスパルガロは私たちに言った。「ほんとうにひどい話だ。ポルも僕もいちばんいいのはレースをしないってことだと思ってました。僕は空っぽの気分なんです」。私たちも空っぽの気分だった。それは今でも変わらない。

まだ2日ある

状況を複雑にしているのは、最近のGPでの死亡事故はレース中に起こっていたのに今回はプラクティス中だということだ。富沢祥也が2010年にMotoGPレースでクラッシュしすぐに病院に搬送されたが、彼の死亡が宣告されたのはMotoGPレースのスタート後だった。2003年の鈴鹿の事故で昏睡状態となった加藤大治郎が死亡したのは2週間後だ。2011年のマルコ・シモンチェリの死亡事故はMotoGPレース中に発生し、そしてレースはキャンセルとなっている。

ルイス・サロムが死亡したのはプラクティス初日だ。レース中にライダーが死亡したのであれば、それを受けて何かをするような時間はない。レースは続けられるかキャンセルされるかだ。そして全員が家に帰り、愛する人の死を受け入れるための時間をもつことができる。金曜、ライダーが帰るのはモーターホームやホテルだ。チームメンバーやメディアも同じ。そしてそこで座り込んで考えにふけるのである。

しかしライダーは再びコースに戻ってこなければならない。しかも新たに設定されたレイアウトで走るのだ。危険は変わらず存在している。しかしライダーはそれをモータースポーツについてまわるものとして受け入れるのである。「それについては考えないようにしてるんです」とポル・エスパルガロは言った。「なんでみんなバイクレースが好きなんでしょうか?僕らがストレートを350km/h以上のスピードで駆け抜けるからなんです。コーナーを200km/hもの速さで回っていくからなんです。危険で、だから僕らの走りを見ることで、自分では手に入れられない興奮を味わうことができるから好きだって人もいますしね」

死そして危険と折り合いをつける

しかしどうやって危険と折り合いをつけているのだろうか?私は彼にたずねてみた。死ぬかもしれないってわかっているのに、それとどう折り合いをつけてるんですか?「頭では理解してるんですよ。でもはっきりと意識することはないんです」。エスパロガロはそう正直に答えてくれた。「彼女とそんなことを何度も話したことはありますよ。で、彼女は言うんです。『やめて、そんなことは言わないで!』ってね。そういう感じなんですよ」。危険性を知っていてもポル・エスパルガロは何かを変えるつもりはないとも言った。「いつかクラッシュして怪我をして、ことによったら死ぬかもしれない。もしあと3年以内くらいに死んじゃったら、また人生をやり直して同じことをするでしょうね。それが僕らの生き方なんです。ルイスも絶対同じだと思いますよ」

ライダーは危険というものを心の片隅に押しやって、そこに目を向けないようにしている。ではこんなに危険があらわになったあと、彼らはどんな風に走っているのだろうか?「簡単ですよ。ライダーというのはコース上で起こる悪いことについては考えすぎないようにしてるんです」。アンドレア・ドヴィツィオーゾはそう説明する。「起こりえるあらゆる可能性のことを考えながら毎回乗るなんてできないんです。だってそんなことを考えてる余裕がある周回なんてないですからね。ずっと限界で走り続けてるわけですし」。毎ラップ限界まで攻める、少しでも早く走ろうとする、そしてリスクは無視する。「本当に速く、そしてもっともっと速く走るためにはそれにに集中しないといけないんです。そうやってプラクティスではいつも上に行こうとするんです」

ライダーが行動するのはサロムのような辛い事故とが起きたときだけだともドヴィツィオーゾは言う。2014年にライダーたちがF1用の10コーナーをテストしているが、その提案を却下しているのだ。「あのときは、つまらないし遅いってのが何人かのライダーの意見でしたね。だから何か悪いことが起きるまでは安全性が最優先事項にならないってことなんです」

何が起こったのか?

では何がルイス・サロムに起こったのだろうか?ドルナのCEO、カルメロ・エスペレータとFIM安全委員のフランコ・ウンチーニがそれを説明するため、そしてなぜライダーがコース変更を決定したのかについての記者会見を行っている。サロムは11コーナー立ち上がりでマシンのコントロールを失い転倒、マシンはエアフェンスに真っ直ぐ向かい跳ね返ってサロムを直撃。その衝撃が内蔵にダメージを与え心停止に陥ったということだ。

クラッシュがどのように起こったのかはかなりの難問である。サロムがクラッシュした場所がそもそも通常の場所ではないのだ。彼が路面に残した跡はコーナーの外側、それも普通のレーシングラインのかなり外側だったのだ。サロムはアウトラップでかなり攻めていたが、なぜそんな場所でクラッシュしたかについてはまだ解明されていない。普通ではない場所でクラッシュしたことが命取りになった。サロムが奇妙なラインを走っていたことで、真っ直ぐ壁に向かってしまったのだ。そしてそこはF1がF1用シケインをはずれた場合に壁に当たる前にブレーキングできるように舗装されたランオフだったのだが、比較的奥行きがないのである。

エアフェンスと舗装されたランオフエリアの組み合わせが致命的な事故を起こすことになってしまった。もしサロム自身がエアフェンスに当たっていたなら死ぬことはなかったろう。エアフェンスは2年前のニッコロ・アントネッリの事故を受けて設置されたものだが、もしエアフェンスがなければサロムは壁を直撃し、かなり深刻なことになっていたと思われる。一方、マシンが別の方向に跳ね返っていればサロムを直撃することはなかったろう。アスファルトのせいでサロムとマシンは同じ方向に進んでしまっていた。グラベルであればサロムとマシンの摩擦の違いで方向は変わっていたろうし、そうなれば両者が激突することもなかっただろう。

不和の種

12コーナーが危険だとわかっていたかどうかが新たな争いの種となっている。記者会見ではカルメロ・エスペレータは安全委員会に対してグラベルにするようにという要望はきていないと言っている。またフランコ・ウンチーニは12コーナーを危険だと指摘したライダーはいなかったとも言っている。

ライダーはそれを否定している。ヴァレンティーノ・ロッシは過去6年の間、特にアントネッリのクラッシュの後に何回か12コーナーについて指摘していると言った。そのせいでフロントロー記者会見には不穏な空気が流れることになった。イタリアのスポーツ新聞ガゼッタ・デロ・スポルトの記者、パオロ・イアネリがホルヘ・ロレンソに誰が嘘をついているのか、エスペレータなのかライダーなのかたずねている。記者会見に出席していたヨハン・ザルコがそこで口をはさみ、本当は解決策を探るべきなのにジャーナリストは問題を作り出そうとしていると発言した。質問が不適切だったのか?私は良い質問だったと思う。タイミングは最低だったし、質問の仕方は真実を明るみに出そうというより論争を巻き起こそうとしているようには聞こえたが。ジャーナリストの仕事というのは時に醜いことがある。誰もが聞きたがらない質問を誰もしゃべりたくないタイミングでしなければならないこともあるからだ。しかしザルコの反応も当然だし反撃に出るのも人間らしいふるまいだ。彼はサロムのことを良く知っており、今回の事故で個人的に衝撃を受けているのだ。

最終的にこの質問を上手にあしらったのはマルク・マルケスだった。どちらも嘘をついているわけではないが、安全委員会のライダーとレースディレクションとサーキットオーナーの間でエアフェンスを設置すれば充分安全性は確保できると合意したのだと答えている。サロムの奇妙なクラッシュで、その判断が間違っていることが明らかとなったが、しかし予想できないような普通ではあり得ない事故だったのである。

行動する時がきた

しかし一旦事故が起これば何か対策が必要になる。そこからの動きの速さのせいでアレイシ・エスパルガロは困惑しているようだ。「いちばん悲しいのは僕らがどんどん過去を忘れていくことですね」と彼は言う。「昨日の午後4時にすべてが起こって、6時には次のセッションのためにコースを変更するためにコースに出ていた。それが悲しいんです。この世界はそういうものなんですけどね。どのコースでも安全性を高めていかなきゃならない。安全委員会でもっとがんばっていかなきゃならないんです」

安全委員会はライダーとドルナ・レースディレクションの協議が行われるために公式に設定された場で、金曜の午後5時30分からパドックに設置されたドルナのオフィスで毎レース行われることになっている。通常ライダーはファイトクラブと同様に安全委員会の中で起こったことについては話してはいけないと厳命されている。それが安全委員会の第一のルールだ。安全委員会で話されたことについては誰も話してはいけない。これはライダーが自由に何を慮ることもなく議論するためである。ポル・エスパルガロは安全委員会を気に入っている。「バーみたいなものなんですよ。こんな話をしてるんですよ。『ばっかだなー、なんであんなとこに行っちゃったの?』って感じですよ」

非常事態が起こったバルセロナでの安全委員会何が起こっていたのか、そして10コーナーがヘアピンに、12コーナーが曲率の小さい右からシケインになるF1レイアウトに変更するまでの経緯についてブラッドリー・スミスが詳しく説明してくれた。10人のライダーが安全委員会に出席している。ポルとアレイシのエスパルガロ兄弟、ブラッドリー・スミス、カル・クラッチロー、マルク・マルケス、アンドレア・イアンノーネ、ジャック・ミラー、アルヴァロ・バイティスタ、アンドレア・ドヴィツィオーゾ、ティト・ラバトだ。

安全委員会で

「最初に部屋に入ったのは僕でした」とスミスは語る。「僕にとってとにかく出席することが重要だったんです。今日出なくていつ出るんだってね。それに責任もありましたし。MotoGPライダーとしての責任じゃなくて、安全アドバイザーとか、そういう意味での責任です。だから僕には、あそこに出席した全員が自分の責任をわかっていたってことになりますね。出席しなかったライダーについてはちょっとがっかりしています。だってみんな安全委員会が何時にどこで始まるか知ってるんですからね。
 最初に決めるべきはまずレースを続けるのかってことでした。ルイス・サロムのチームと家族がそれを決めるべきだし、それはもう決まっていたので、最初の話題は、もし続けるなら何ができるだろう?ってことになったんです。
 まず12コーナーに砂利を敷く話になりました。ルイスの事故は普通のレーシングライン上じゃなかったんで普通では起こらないようなことですけどね。だからあそこのランオフのアスファルトを確認して、ライダーが転倒したときの普通の軌跡ではないことを把握しました。でもレースを続けるならあそこのコーナーの問題はなんとかしておかなきゃならない。そのためには舗装の上に砂利を敷くしかないってことですね。ザクセンリングでも似たようなことをやってます。アスファルトの上に砂利を敷いて、坂を作ってスピードを落とすんです。それが最初の計画でした。

 で、そう言ったら他のライダーたちがF1レイアウトはどうだ?って提案したんです。バックストレートエンドの10コーナーのF1レイアウトは2年前にテストしていることを思い出したんです。それでそのシケインを使うことについて議論したんです。

 だからみんなで見に行ったんですよ。それはみなさんも目撃したでしょ?僕らができる最高の選択肢を検討していたんです。だから新たにコースにラインを引いたりしてるんです。僕らがF1の普通のレーシングラインを走ったとすると、ラインが壁に近すぎることがわかったんで、ライダーに実際に見てもらって、それであのアイディアに至ったんです。それが一番大事なことでしたね。そっちの方向に持っていくのがね」

なぜ10コーナーまで?

ブラッドリー・スミスは同時になぜ安全委員会が事故の起こっていない10コーナーまでF1レイアウトを使うことにしたのかも教えてくれた。「もしF1レイアウトにしたらどうなるかを考えたんです。ビデオを観ればよくわかりますけど、本当にたくさんのライダーがバックストレートエンドの10コーナーでコースオフして壁に接近していたんです。それで12コーナーも見直すなら全部見直そうってなったんですよ。レースを続けるにはそれが唯一の方法だったんです。でないと続けるわけにはいかなかった。基本的にあの事故を観た後で続けるにはそれしかないってことに全ライダーが同意しています」

安全は不可能

こうした一連の出来事を見ると、サーキットはどこまで安全にできるのかという疑問が沸いてくる。レース界はどこまでお金と努力を注ぎ込めばいいのだろうか?「1日の終わり、このスポーツはパスの裏に書かれている通り危険を伴うんだってことをわかった上でグリッドに全員が整列するんです。僕らは一人一人が自分が何をやろうとしているかわかってるんですよ」とブラッドリー・スミスは語る。「完璧な状況なんて手にすることはできないんです。完璧な状況を作り出そうとするなんてやるべきじゃないんです。モータースポーツは安全になんかならないし、毎週全員が無事に家に帰るなんてことはできないんです。そういうことを目指しているわけじゃない」

ヴァレンティーノ・ロッシも完璧に安全なコースを作ることは不可能だと言っている。説明できない事故は起こるものなのだ。彼は2007年の事故を引き合いに出している。ヘレスで行われたシーズン前のIRTAテストのことだ。「数年前のヘレスでロベルト・ロカテッリが10コーナーで飛び出したのを思い出しますね。ステアリングが左に固定されてしまって、そのまま左の壁に向かって行ってしまった。あそこはストレートだったのにね」。マシンが技術的トラブルでマシンが曲がっていってしまったのだが、その手の予測不可能なクラッシュまで考慮に入れるのは現実的ではないとロッシは言う。「ストレートに沿って100mのランオフエリアを設置するなんて不可能ですよね。そうしたいなら砂漠でレースをするしかない。カタールでしかできないってことですよ。今年はマルケスがフロントをロックさせて左にいってしまったりしてる。そういう意味では100%の安全性なんて本当に難しいことなんです。残念だけどそれはどうにもできないんですよ」

ブラッドリー・スミスもそれに同意する。安全委員会の役割は、そうした状況を予測して、深刻な怪我を防止するために可能であれば対策をすることだというのが彼の考えだ。「ライダーとして僕らは起こりえるあらゆる可能性を考えるんです。だから12コーナーにエアフェンスが設置された。以前はエアフェンスはなかったんです。逆に言うとアントネッリみたいな事故がないと、そういうことはわからない。どんなことでも起こせるようなバイク用シミュレータなんて、おそらくどこにもないんですから、仕方がないんです」

データを使って安全なコースを設計する

スミスはそういうシミュレータが存在することは知らないようだ。サーキット設計会社のスタジオ・ドローモhttp://www.studiodromo.it/のヤルノ・ザフェッリは様々な状況を精確にモデリングできる複雑なシミュレーションソフトウェアを持っているのだ。彼のオフィスを訪れて、そのソフトウェアに何ができるかを見た私はソフトウェアの性能に驚くことになった。クラッシュテスト用ダミーと安全装備に守られた実際のライダーによるテストで集めた現実世界のデータに基づいてザフェッリは特定の場所でのクラッシュの可能性を把握し、クラッシュ後の軌跡まで再現できるのである。

彼はアルゼンチンサーキットのレイアウト変更にそのソフトウェアを使っている。フィリップアイランドに次ぐシーズン2番目の高速コースだがクラッシュは極めて少なく、怪我も非常に少ないのだ。彼はそのソフトウェアを救急用待機所をどこにおくべきかをクラッシュの確率に基づき設定するのにも使っている。

こうした専門性は何物にも代え難い。さらにデータに基づくアプローチはリスクを減らすための最高のやり方でもある。データを使うのでなければヘルマン・ティルケのやり方にならうしかない。広大なランオフエリアをコース中に作るのだ。そうなれば観衆はコースから遠く離れ、せっかくサーキットに来たのにがっかりすることになる。しかもランオフを広くとったからといってそれが常に効果的とは限らない。おかげでムジェロやヘレスやフィリップアイランドやアッセンと行った多くのクラシックコースが息の根を止められることになる。そしてカタールのようなおもしろくもないサーキットが増えるのだ。MotoGPの18戦の中でカタールはあり得ないほどつまらないのである。

危険、危険、あちこち危険

サロムがクラッシュした12コーナーは危険な場所だと特定されていたわけではなかった。とは言え、アレイシ・エスパルガロは1週間前の自転車長距離レースでここを走って何か気付いてはいたようだ。「10日前に自転車レースで走って何周もしたんですけど、壁が凄い近いんですよね」とエスパルガロは言及する。何度も自転車でそこを通ることでコーナーを良く観察できたのだ。そこで彼は自分が思っていたほど安全ではないことに気付いたのである。「砂利を敷いてもあんまり余裕がないんです。だから安全委員会では現場を見るよに提案して、実際に見てもらったらみんなわかってくれたんです。たぶん20mくらいしかないと思います。精確なところはわからないですけど、とにかく壁が近すぎるんです。3速で200km/hのコーナーなんです。かなりの高速コーナーですね。だから低速コーナーにするのが最善だったんです」

自転車でコーナーを走ったおかげでエスパルガロは気付くことができたのだが、ヴァレンティーノ・ロッシは報道陣に対してこうしたコーナーはいくらでもあると語っている。シーズン全体を眺めてみれば世界中に似たような問題を抱えているコーナーは10を超えるというのが彼の考えだ。「ちょっと考えれば10個ぐらいすぐ思いつきますよ。他のレースでもそうですけど、僕らはいつでもランオフエリアを広げるように要望してるんです。でもそれが不可能なこともありますね。でも単にやらないだけってところもあるんです。エアフェンスを増設したりはするけどランオフエリアを広げるのは無理だって言われるんですけどね」

ロッシはそうしたコーナーの具体名を挙げてみせた。「ヘレスでもありますね。最終コーナーからの立ち上がりです。あともてぎの4コーナーは毎年もっとランオフを広げるように要望しています。あらゆる状況を考えるともてぎはブリッジがあるんで等の歩は広げられないんですよね」。危険を認識するには悪い出来事が起こらなければならないということである。「それが現実ですね。残念だけどすごく悪いことが起こって、そこでこのスポーツの危険性を認識するんです。クラッシュが起こったり問題が起こったりしないといけない。何か起こったらスペースが足りない場所はいくつもあるんですよ」

耐え難いこと

ロッシとホルヘ・ロレンソはどちらも今回の変更、12コーナーもそうだが特に10コーナーについて批判している。二人のヤマハライダーは変更の結果に苦しんでいるのだ。低速コーナーに置き換わったせいで、高速の流れるような旧レイアウトで発揮されていたヤマハのアドバンテージがなくなってしまったのである。

ロッシは発言の機会を自ら失っていることについては正直に言及している。「正直なんで何も起こっていないコーナーを変更したのかは理解できないですね。理由がはっきりしないし僕にもわからない。でも僕は安全委員会に出なったですしね。だから決定は受け入れますし、それでレースをやるしかないですね」

ホルヘ・ロレンソは安全委員会でこうした大きな変更に関する特別な決定をするのであれば全員を招集すべきだったと考えている。彼は記者会見でこう言っている。「昨日の事故を受けて安全委員会は一部のライダーとともにコースを変更することにしたわけですけど、本当はそこにいたかったんです。ランキングトップだし去年のチャンピオンでもあるわけですから。でも何もきいていなかった。なんでこんな大事な決定に24人のライダー全員が呼ばれなかったのか理解できないですね。金曜が終わってコースを変更するんですよ。こんなやり方にはがっかりです。でもこれでうまくやらなきゃならないですし、明日は最善の結果を手に入れられるようにがんばりますよ」

後から文句を言うのはなし

コース変更を批判した二人のモヴィスター・ヤマハのライダーはそろって安全委員会に出席したライダーから軽蔑されることになってしまった。「何時から始まるか知ってたんですよね」とカル・クラッチローはややオブラートにくるんで言った。「どこでやるかもわかっていたんだし。まあ来なかった人が決まったことに文句を言うってのは良くあることですから」。モヴィスター・テック3・ヤマハの二人はそれほど優しい言い方はしてくれない。「ヴァレンティーノは安全委員会に一回も出たことがないんですよ。まあ自分の義務だとおもってないんでしょうね。シーズン1回も義務を果たしてないんですよ。コメントする権利なんてないですね」とブラッドリー・スミスはきっぱりと言った。

スミスもポル・エスパルガロもロッシとロレンソは自分たちの豊富な経験を活かして安全委員会に貢献すべきだったのにその義務を放棄したのだと考えている。「マレーシアからこっち一回もヴァレンティーノは安全委員会に出たことがないのになんでそんなことを言うんでしょうね?」とポル・エスパルガロは切り捨てる。「ヴァレンティーノは必要とされてたんですよ。彼の意見も経験も必要だった。それにホルヘも必要だったんです。来なかったですけどね」

エスパルガロはロッシとロレンソは安全委員会を軽視しているのだと感じている。そしてロッシが他のコースにも多くの危険なコーナーがあると言ったことで状況を悪くしたとも考えているのだ。「ほんとうにばかな発言だし、昨日安全委員会に出たライダーをバカにしてますよね」とエスパルガロは言う。「危ないってわかってるコーナーがあるのに、それを指摘するための安全委員会にはでないってどういうことでしょう。来年誰かがそのコーナーでクラッシュして死んだらどうするつもりなんでしょう?ファック、危ないってわかってたんだぜ、とでも言うんですかね?」。MotoGPライダーは全員安全委員会に出席することができるし、それは義務でもある。出席できないMoto2やMoto3ライダーの利害を代弁するためにも出席すべきだとエスパルガロは言っている。

再びセパン

スミスもロッシに対してはかなり厳しい見方をしている。「昨日は彼が自分の責任を果たすべき日だったんです。彼は今年は一回も出席してないし、だから決定に対して何かを言う理由もない」。スミスもエスパルガロもロッシが安全委員会に出ない理由はセパンにあると指摘している。「今年は一回も安全委員会にでてないですね。マレーシアから出てないんです。ようするに子供っぽくかんしゃくを起こしてるだけなんですよ」とスミスは言う。安全委員会に出ていないのだから文句を言う権利はないということだ。「自分じゃ何にもしてないのになんでかんしゃくを起こすんですかね?意味がわからないですよ!」

ロッシは自分の気持ちを一旦脇に置いてレースのために貢献すべきだとスミスは言う。「彼が何を問題にして安全委員会に出なくなったかは別にして、自分のプライドを守りたい気持ちを飲み込んで出席してMotoGPライダーとしての仕事をすべきなんです。安全性を高めるという仕事をね。でも彼は出席しなかった。だったら黙れ、ですよ。変更が必要だったんです。彼が何を言おうと関係ないですね」

エスパルガロはさらに厳しく表現している。「マレーシアで何がありました?」と彼は言った。「ファック、彼は忘れられないんですよ。そういうことは自分にもあったし、まあ理解はできますよ。でもこれはとても大事なことなんです。一人の仲間が死んだんです。昨日の安全委員会は本当に出席しなきゃいけなかった。何を大事にするかってことなんです。僕は全ライダーと議論したかったんです」

個人的理由

なぜヴァレンティーノ・ロッシは安全委員会に出席しなかったのか?「安全委員会については知ってますけど忙しかったんですよ」と彼は土曜に報道陣に言っている。しかし彼が言わなかったこともある。彼が毎レース金曜午後5時30分に忙しくなったのはセパンの決定的な事件以来だということだ。それ以降、2015年のタイトルを彼から奪うよう画策したマルク・マルケスと同じ部屋に入ることは彼にとって耐え難いこととなっている。過去にもロッシが忌み嫌うライバルは存在した。しかしそれは敵愾心と言うより軽蔑心というのがふさわしかった。マルケスに対しては純粋な敵愾心である。二人の関係は完全に破壊されてしまっている。おそらく永遠に修復できないだろう。

もちろんいなかったのはロッシだけではない。ホルヘ・ロレンソも欠席していた。彼は理由を明らかにしてはいないが、ロッシより以前から安全委員会には顔を出していない。ロッシはマルク・マルケスとの激烈なバトルがあった去年の10月までは積極的に出席していたのだ。ロレンソはここ数年出席していないのだが、これは彼が何人かのライダー、特にマルコ・シモンチェリを危険だと非難したにもかかわらず、それが考慮されることもなく、一笑に付されて以降である。

ヴァレンティーノ・ロッシとホルヘ・ロレンソが安全委員会に出席しなかったことのどこがそれほど問題なのだろうか?去年のチャンピオンであるホルヘ・ロレンソの意見は重みが違う。パドックで最も重要な人物(カルメロ・エスペレータを除いた中で、という可能性はあるが)であるヴァレンティーノ・ロッシなら様々なことを実行に移せる力がある。ブラッドリー・スミスが安全委員会に変更の必要性を訴えれば、それは検討してもらえるだろう。もしヴァレンティーノ・ロッシが変更が必要だと言えば、1年後にMotoGPが戻ってくるまでには変更されるだろう。公平とは言えないがそれが世の中なのだ。

最終セクターの変更は現時点ではホンダが得をしているようだ。とは言えレプソルのマシンは良いセッティングもみつけたようだ。マルク・マルケスには誰も追いつけないようで、ブラッドリー・スミスが旧レイアウトを走るようなスピードで新レイアウトを駆け抜けている。新レイアウトは理論的には2〜3秒速いことになるようではあるのだが。ハードブレーキング区間と低速コーナーがホンダに有利に働き、ヤマハには不利になっている様子である。ヤマハは元来流れるような高速コースを得意としているのに第4セクションではそれが失われてしまったのだ。これがモヴィスター・ヤマハをいらいらさせている真の原因である。しかしチャンスはあったのだ。提案に反対すればよかったのである。
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スミス、いいですねえ。

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なんだこりゃ?

「を、ここ、金になるね。じゃあ有料に」って感じで、その場所をみつけて、そして育ててきた観客に対するリスペクトが微塵も感じられない。Z席のロッシ応援席といい、なんだかなあ…。愛のないへんなコンサルでも入ったのか、ホンダに余裕がなくなってきたのか…。

「場」というのは客と一緒に育てていかないと長期的にはいいことがないと思うんだけどなぁ。

ビクトリーコーナーテラス

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FIMプレスリリース:ルイス・サロムに関する医療チームの報告


MotoMatters.com
よりリリース部分のみ翻訳。
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本日、FIM MotoGP世界選手権医療チームとバルセロナ−カタルニアサーキットの医療チームはバルセロナ−カタルニアサーキットで行われたMoto2の2回目のプラクティスセッションにおいてスペイン人Moto2ライダー、ルイス・サロムがクラッシュした12コーナーで現場治療を行った。

到着した時点でライダーは心停止状態だった。状況の深刻さに鑑み、MotoGP世界選手権医療チームは気管挿管を行い気道をを確保するとともに心肺蘇生をコースサイドで実施。

続いて頸椎を固定した後、医療スタッフが静脈ラインを2本とり、さらに胸部圧迫を続けた。

現場到着後、すぐにサロムは心停止状態であることが確認されている。その後、心肺機能及び血行の安定のために投薬を施された。

コースサイドで18分間の心肺蘇生を試みた後、サロムの生命が危険にさらされていることから、救急車による搬送を小なうことが決定された。

救急搬送中の40分間、心肺蘇生が継続されたが酸素飽和度は低下した。

医療スタッフが両側胸部穿刺により呼吸および血流状態の改善を試みた。搬送中にカタルニア総合病院の集中治療室チームに対してサロムの病状については事前に情報を提供している。

サロムがカタルニア総合病院に到着したのは16:10で、即時に救急病棟に運ばれ、そこで病院スタッフによる心肺蘇生が継続された。

カタルニア総合病院でサロムは手術室に移送され、詳細な診断のために外科チームが腹部切開を行った。

16:55、サロムの死が宣告される。現場治療、カタルニア総合病院への搬送、病院での受け入れは、いずれも最高水準で行われている。

Dr. アンヘル・チャルテ
MotoGP医療ディレクター
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事故以降に問題はないのはそうでしょうね。

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バイクレースについて、そして危険性と死

ルイス・サロムの事故を受けてMotoMatters.comよりDavid Emmett氏の記事を。
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「モータースポーツには危険が伴います」。私のメディアパスの裏にはそう書いてある。プラスチックのカード。いつも首から下げていて、そのおかげでパドックやメディアセンターに入ることのできるカードだ。同じ言葉がサーキット中に満ちあふれている。ライダーのパス、チケットの裏、サーキットを囲むフェンスの看板。

何度も目にする決まり文句で、当然のように意味を失っていく。そしてある時、現実が突然目の前に立ちはだかり、その陳腐な言葉の裏にある真実を皆が思い知ることになるのだ。

金曜、それが最悪の形で私たちの心に刻み込まれてしまった。Moto2クラスの午後のフリープラクティスで、ルイス・サロムが11コーナーを立ち上がって12コーナーに向けて加速していく。コーナー直前、170km/hに達したところで彼は高速右の12コーナーのためにフロントブレーキに触れる。その時点でサロムはマシンコントロールを失い、転倒。彼とマシンは壁からライダーを守っているエアフェンスに向かっていく。マシンと人間は、4輪がコースアウトしたときに備えて舗装された部分を滑っていき、まずサロムのマシンがエアフェンスと壁に衝突し、そこから跳ね返ってサロムに当たり、致命傷を負わせることになった。

サロムはコーナーでそのまま治療を受け、地元の病院に搬送された。医師団は彼の命を救うために全力をつくしたが、悲しいことにそれは徒労に終わってしまう。ルイス・サロムは2016年6月3日、午後4時55分に死亡した。24歳だった。

モータースポーツには危険が伴う。命を奪うことすらあるのだ。幸いなことに、少なくともショートサーキットでのレースでは最近死亡事故はほとんどなくなっている。世界選手権では2013年のモスクワ・レースウェイでのワールドスーパースポーツでアンドレア・アントネッリが死亡して以来、死亡事故は起こっていなかった。その前は2011年のセパンのMotoGPレースの1周目のマルコ・シモンチェリの事故となる。そしてその前年にはミザノのMoto2レースで富沢祥也が亡くなっている。

ルイス・サロムの死で我々はあえて目を背けていたバイクレーサーが直面する危険性というものについて再び考えさせられることとなった。サロムの事故の後、パドックを恐怖が駆け抜けた。悪いことが起こったのは誰もが理解していたが、しかしそれでも皆がそれぞれのやり方で、それぞれの神や祈るべき対象にすがっていた。転倒したライダーに運命が微笑みますようにと。

私たちはいつものようにライダーのコメントをとっていた。しかし状況の深刻さがわかってくるにつれて、インタビューの雰囲気は急速に変化していった。質問は短く、返答は簡単に、要点だけに。ライダーもチームもジャーナリストも、誰もが心配で仕方ない様子をあらわにしていた。

ドルナが記者会見を開くという情報を聞いて、我々の気持ちはさらに沈んでしまった。希望も願いも祈りも無駄だったのだ。その時点でルイス・サロムが亡くなったことを知ったのである。そのすぐ後、プレスリリースでその事実が裏付けられた。記者会見は記者会見とは呼べないものだった。MotoGPのメディカル・ディレクターがサロムの死についての公式発表を読み上げただけだったのだ。記者には質問禁止の旨が伝えられていた。それを聞いた私は憤慨したが、すぐに怒っても意味も無いことに気付いてしまった。何を聞いたらいいのかもわからないし、記者会見の場にいる誰も状況を精確に把握してもいないのだ。それには時間が足りなかったのだ。

棺を覆う布がパドックに降ろされたかのようだった。あるレギュラーライダーはこの様子を「薄気味悪い」と言っていた。まさにその通りだ。パドックはあり得ないほど静まりかえっていたのだ。いつもならコースからマシンが消えると、パドックが賑わい始める。スピーカーからは音楽が鳴り響き、ホスピタリティでは成績が良かろうが悪かろうがそれを祝うためのパーティーが始まる。どこもかしこもざわついているのは、今日のアドレナリンを開放すべく、さまざまなイベントやおしゃべりに花が咲くからだ。あちこちで会話が飛び交い、広大なパドックで誰もがゴシップや挨拶や悪口を大声で話している。

金曜、こうしたすべてが消えてしまっていた。静かな立ち話。誰もがうつむいている。誰かがやってきても、無言のうなずきとちょっとした手振りで出迎えるだけだ。誰も叫んだりはしない。悲しみがパドック中を覆っていたが、泣いている者は少なかったし、表だって悲しみを口にする者もほとんどいなかった。

ルイス・サロムの死はこうして迎えられたのだ。富沢祥也がミザノで無くなったときのことを思いだした。死がパドックに忍び寄る。いつものことだ。そして私たちは死がそこにいないかのように振る舞うのだ。ライダーは自分には関係ないと自分に言い聞かせながら、自分を危険に晒していることに思いを馳せないままリスクを冒す。ジャーナリストは深刻な怪我をするリスクを無視しながら危険に挑戦する彼らの姿を百万字を費やして賞賛する。

チームはマシンをとにかく速く、そしてとにかく完璧に作り上げる。レースディレクションやマーシャルやサーキットの医療スタッフやクリニカ・モビーレのスタッフはコースとレースを安全なように、そしてリスクを最小限に抑えるように全力を尽くす。コース設計者やヘルメットメーカーや安全装備のメーカーは、転倒したライダーのダメージを少しでも減らすべく安全性を向上させるための新しいやり方、それも天才的なやり方を開発しようと日夜努力を続けている。

ありがたいことにそうした致命的な怪我はどんどん減っているとは言え、クラッシュしたらライダーが深刻な傷を負う可能性については誰もが理解している。そしてそれが死につながる危険を内包していることもしっている。しかし誰もが安全性を高めるために努力を続けていても、以前よりましになったということに過ぎないのだ。リスクはゼロではないのである。ゼロにすることは不可能なのだ。だからこそ私たちはそのことを考えないようにしているのだし、さらにリスクを減らすために努力を続けているのだ。そして幸運を祈り続けるのである。

様々なことが計り知れないほど改善されている。FIMのMotoGPリザルトガイドをひもとけば、1950年代から60年代までは毎シーズン全クラスで何らかの注釈がついているのが目に留まるだろう。ある注釈にはこう書いてある。プラクティス中の事故で死亡。別の注釈にはこうある。レース中の事故で死亡。これがすべてを網羅しているわけではない。シーズン中にポイントを獲得したライダーについてしか書かれていないからだ。しかもこれは公式記録に載っていることだけである。昔は毎レース誰かしらが死んでいた。そして毎週のように葬儀が執り行われていた。

当時からライダーもジャーナリストもチームも、現代と同じように死の危険に対応していた。死について考えすぎないようにする。もし考えすぎたら動けなくなってしまい、生活の糧を、そして情熱の行き場を別の世界で探さなければならなくなってしまうからだ。

バイクレースの根幹につきまとう矛盾がこれだ。なぜバイクレースをやろうと思ったのかとライダーにたずねれば、彼らはスリルと危険、刃の上でリスクを感じながら速く走ることの喜びについて語るだろう。そして同じライダーが金曜にドルナのブースに大挙して駆け込んで安全委員会に面会を求め、そしてコースの危険性について苦情を申し立てる。危険が魅力で彼らはレースを始め、そして同時に彼らはその危険を怖れてもいる。ファンが楽しみにしているのも危険を顧みないショウだ。しかし危険があらわになるとファンは衝撃を受け、悲しみに沈むことになる。

なぜ今回のクラッシュは起きたのか?現時点では不確定な要素が多すぎるし、わかっていないことも多い。路面、レイアウト、壁の設置場所、グラベルではなく舗装だったことなど、やろうと思えば問題はいくらでも指摘できる、しかしまだはっきりしたことはわからない。すべてが把握されているわけではないし、まだ調査中である。まだ私は関係者の誰にも話をきいていないし、データも誰も観ていない。要するに何が起こったか誰もわかっていないということだ。どんな要素がどれほどの割合でルイス・サロムの死を招いた悲劇的なクラッシュに影響しているかは誰も知らないのである。その内、すこしずつわかってくるだろうし、何が悪かったのかも見えてくるだろう。しかしそれは今ではない。

とは言え、わかっていることを振り返っておこう。

コースは信じられないほど滑りやすかった。ここ何年も舗装改修が行われていないのだ。サロムのクラッシュの前から全クラスのライダーが路面状態を問題視していた。

12コーナーの外側は舗装されている。エアフェンスまでアスファルト舗装なのだ。非常に狭くなっているため、4輪が壁に激突しないようハードブレーキングをできるようにしているのだ。ここはライダーが転倒するような場所ではないということもある(一番記憶に残るのは2014年のニッコロ・アントネッリだが、コーナーのかなり奥で転倒したにもかかわらず滑っていった彼は壁に当たる前に止まっている)。本来ならサロムとマシンの滑る速度を落とせるようになっているべきだったが、そもそもここでのクラッシュは想定されていなかったのだ。

10コーナーから12コーナーにかけての2輪用専用のレイアウトはFIMの認証を受けたもので、高速の流れるようなものとなっている。高速コーナーが緩い曲率でつながっているのだ。FIAが認証したF1用のレイアウトは10コーナーがきついヘアピンとなっており、マシンのスピードを落とすようなコーナーがそれに続いている。12コーナーは採取コーナーに向けてきつい右から始まるシケインとなっているのだ。

土曜日以降はこのレイアウトを使うことになる。何人かのMotoGPライダーは2014年のレース後テストでこのレイアウトを走ったことがあるが、これを気に入ったのはマルク・マルケスだけだった。他のライダーは安全性についてはみとめていたものの、全く気に入らないと言っていた。せっかくの高速コースが台無しだというのだ。結局彼らはこのレイアウトを使うことを拒否し、サロムの死につながった2輪専用レイアウトに固執したのである。

後になってみれば何でも言えるということだ。もし安全委員会がコースの再舗装を要求していればもっとグリップがあったろう。もしFIMの安全委員がサロムがクラッシュしたまさにその場所でクラッシュが起こりえることを指摘していたら(またはクラッシュの確率を予測できるモデルを使っていたら)、舗装したランオフエリアの改修を要求していたろう。

サーキットのオーナーは壁が近すぎると認識し、壁を後方に下げる工事をしてランオフエリアを広げることもできたろう。FIMの安全委員はレイアウトが危険だと指摘してMotoGPもF1と同じレイアウトとするよう決定することもできたろう。

できたはず、やるべきだった、そうなるべきだった。でもそうはならなかった。そして一人のライダーが死んだ。彼らは責めを負うべきだろうか?いや、まだどこにどれくらい責任があったかを決めるには早すぎる。まだそんな段階ではない。

ルイス・サロム自身もモータースポーツに危険が伴うことはよくわかっていた。だからこそ彼はモータースポーツに身を投じたのだ。彼はこうしたリスクを考えないようにしていたはずだし、自分にそれが襲いかかってくるとも思っていなかったろうだろう。しかしサロムには運がなかった。

明日、私たちはこの出来事を過去にしてバイクレースという仕事を再び開始する。誰もが、ライダーも、チームも、ジャーナリストも、ファンも、自分たちを取り巻く危険を少しは気にするようになるだろうが、しかし時間が経てば再びスリルに取り憑かれ、予選の興奮、そしてレースのスリル揃って身を投じることになる。ルイス・サロムの悲劇を忘れ、そしてカタルニアGPでは誰が勝つか、そしてそれが2016年のタイトル争いにどう影響するのかに思いを馳せるのだ。

それこそがルイス・サロムの望んでいたことだ。彼の家族はGPが少々変更はあるもののいつもと同じように行われることを祝福している。日曜、私たちはコース上のバトルに酔いしれる。若者が命と肉体を危険にさらして誰が一番速くバイクを走らせるのかを競っている。今日の悲劇を忘れショウを楽しむ。そうやって私たちは死者の栄誉をたたえるのだ。私たちはレースを観る。その時私たちは命を失ったライダーたちの思い出も同時に目にしているのである。彼らは私たちの心と記憶に生きているのだ。
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R.I.P.

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ストーブリーグ表2017(2016.6.3時点)

カタルニアGPの木曜日プレスカンファレンスを受けて、ポル・エスパルガロをKTMで確定、アレイシをスズキから落としてアプリリアの確度↑。ついでにマルケスの確定とペトルッチのプラマック残留確度↑、リンスのスズキ入り確度↑で。

Stove_2017_160603_2

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公式プレビュー>カタルニアGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキ(英語)アプリリア(英語)

翻訳がこなれないなーと悩んでいる人はまず体言止めをやめることから始めたらいいよ。

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