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ルカ・カダローラ:ヴァレンティーノ・ロッシのサーキットアシスタント「ヴァレンティーノはフランケンシュタインだよ」

カダローラと言えば私の中では「1991年のイタリアGP最終ラップの立ち上がりでステファン・ブラドルのパパ、ヘルムート・ブラドルに肘を出して勝った人(嫌いじゃない)」ですが、最近はロッシに請われてサーキットに帯同しています。そんな彼がロッシについて語るの巻。PECINO GPより。
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ルカ・カダローラがヴァレンティーノ・ロッシに常に帯同するようになったのは今シーズンのニュースの中でもかなり重要なものの一つである。我々はその真の意味を理解しているだろうか?これは驚嘆すべき出来事なのだ。まず20年以上にわたってヴァレンティーノが身近においたことのない役割をカダローラが果たしていること、そしてカダローラはこれまでロッシワールドの一部だったことがないのだ。

「ええ、そうですね。彼のことはよく知っているというわけじゃなかったですね」と元GPライダーであと数日で53歳になるルカは言った。彼は3度の世界タイトルを獲得しており、当時はテクニックがある上に、恐るべき戦略家であるライダーとして知られていた。「ミサノでR1に一緒に乗ったんですよ。そこで彼がタヴーリアの自分のコースに誘ってくれたんです。そこでフィリップアイランドのテストについてきてくれって頼まれたんです。彼にとってのボリス・ベッカー(訳注:元トップ・テニスプレイヤーで今はノバク・ジョコビッチのコーチ)になってくれって言ってくれました。だから、やるなら本気でやるし、でなきゃやる意味はないって答えました」

オーストラリアでのお試しはうまくいった。そしてわずか2〜3か月でルカはヴァレンティーノ・ロッシのレーススタッフの中で重要な意味を持つ一人となる。今シーズン初優勝となるヘレスのスペインGPの後、ロッシは勝利を新アドバイザーであるカダローラのおかげだとまで言っているのだ。2週間後(訳注:原文ママ。実際は4週間後)のムジェロでポールを獲得したヴァレンティーノはルカを抱きしめ、そして彼がポール獲得に重要な役割を果たしたと語っている。「コーチ計画」が功を奏しているのだ。「いやいや、そこまではないですよ」とルカは否定し、重ねてロッシのチームが興味深いやり方をしていると教えてくれた。「ロッシがえらいんですよ。彼のおかげでチームはプロ意識を極限まで発揮している。取り憑かれているみたいにね。でも同時に穏やかな雰囲気でもあるんです。ヴァレンティーノは誰に対しても上手な語り方をするからですね。スタッフリーダーからコックに至るまでですよ。そんな風に人の気持ちがわかるんで、彼の周りもみんな彼のために全力を尽くすんです」

さらに興味深いのはルカがコースサイドで何をやっているか、どうヴァレンティーノとコミュニケーションをとっているか、どんな分析をしているかということだ。「アドバイスなんて全然しませんよ。あれをしろとか、これをするなとか言わないようにしてるんです。自分が見たものについて考えて、それを口にするんです。そうすれはあとはヴァレンティーノが自分で僕が言ったことから一番役立つことを選び取ってくれるんです。
 スクーターでサーキットを回ってコースを研究するんです。観察するんですね。あとはコースを『感じ取って』、ヴァレンティーノや他のライダーがコースとどう関わっているかを観るんです。その後しばらくじっくり考えて、このラインとかあのラインとか直感でわかるんですよ」

コーチであるカダローラが分析結果として提案するラインはヴァレンティーノのものとほとんど変わらないという。数センチ単位で右とか左とかのレベルの話をしているのだ。「もっと微妙な差のこともありますよ」と彼は言う。「ある意味『芸術的』な仕事なんです。そう言って良ければね。それがいいやり方なんですよ…。一番大事なのはヴァレンティーノと私の波長を合わせることですね。最近ではマシンもライダーも限界レベルまできていてい、1ラップで0.1秒とかそれ以下の違いしかない。つまり勝つには細かい違いが重要なんです」

ヴァレンティーノ・ロッシについてのルカの意見も興味深かった。ルカは違う世代のライダーを引用して説明してくれたのだ。「彼はフランケンシュタインみたいなライダーですね。エディ・ローソンの集中力とケヴィン・シュワンツの不思議な魅力、そしてウェイン・レイニーのように常に前よりいいライダーになって、ミック・ドゥーハンのように闘争心に溢れている。しかもティーンエイジャーのように情熱と上に行きたいという気持ちに満ちているんです」

ルカはすぐにロッシの一家に馴染んだという。「彼は本当にやりやすい相手ですよ。一緒にいて気持ちいいんです。もっと違う性格かと思ってました。彼はシンプルで穏やかで性格が良くて真っ直ぐな人間なんです」

そうだ。ロッシとカダローラのコンビは今のところ間違いなく良い意味で今シーズンの最大の驚きだ。それ以上に驚くべきは、20年もGPで走っているヴァレンティーノがさらに強くなるための手段を隠し持っていたということである。「私たちはレースがある週末にいっしょにやってるだけですよ」とルカは説明する。「残りは、アカデミーのためにミザノに行く時を別にすれば、お互い勝手にやってます」
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なんかロッシはいろいろすごいですねぇ。

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ロレンソとマルケス:ムジェロでは危ういところで難を逃れた二人

ムジェロの最終ラップは、今シーズンがいかに凄いことになっているかを象徴していましたが、実は危ない場面があったというお話。MCNより。
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先週日曜にムジェロで開催されたMotoGPレースの最終ラップ、ホルヘ・ロレンソとマルク・マルケスの二人は危ういところで何を逃れている。ロレンソがちょっとしたミスを犯し、ムジェロの恐ろしいメインストレートを走っていた2台が320km/hを超えるスピードで衝突しかけたのである。

「ストレートエンドではいつもスロットルを閉じる前にシフトペダルにつま先が届くように足を踏みかえて、スロットルオフと同時にシフトダウンができるようにしてるんです。でもムジェロではそれができないんです。ブレーキングの減速Gのせいで足が勝手に降りちゃって思ったより早くシフトダウンしちゃうんです。
 でも最終ラップで足の載せ場を間違って、それで5速に入れちゃって、マルケスがすごく近づいてきたんです。クラッシュしなかったのは運が良かったんですね。でなきゃとんでもないことになってましたよ!」

一方マルケスは確かにひどいことが起こったかもしれないとは認めつつも、いつものようにその瞬間について笑いながらこう語っている。

「後ろにいた方はもうちょっと怖かったですね!スピードで負けてたんでスリップに入ってたら、突然ロレンソのマシンが減速したんですよ!
 そこで肘スライダーが飛んだし!あそこでアタックするつもりだったんですけど、おかげでいろいろ混乱しちゃったんです。怖かったですし、まあクラッシュしなかったのはラッキーでしたね。前にもあそこでクラッシュしてるし、そんなことは二度とごめんですから!」
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減速Gでシフトダウンしちゃうとは、いやはや。

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ストーブリーグ表2017(2016.5.28時点)

KTMがテック3からポル・エスパルガロを引き抜くという報道を受けて、○で追加。もうポンシャラルごとまとめて移籍しちゃったら?

そしてPaddock Pass Podcastの最新版を聞いて、とりあえずスズキのアレイシの確度↑、ザルコの確度↓。さすがに二人総取っ替えはワークスとしてはリスクが高すぎるのでは、とのこと。

Stove_2017_160528

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ムジェロでのMoto2の混乱:誰を責めるべきか?

前回の記事の最後にあったとおり、MotoMatters.comがムジェロでのMoto2のクイックリスタートでの混乱について書いています。
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2016年のMoto2クラスのスタートは不運につきまとわれているようだ。まずはカタール。多くのライダーがフライングをしたことで、ライドスルーを科せられるライダーとタイム加算を科せられたライダーが出てしまい、そのやり方に不満を覚える者もいたのである。原因はフライングを確認するためにスターティンググリッドを撮影していた高速度カメラの不良だった。

ムジェロではスターティンググリッドに関して再び大きな問題が発生している。とは言え今回の問題はフライングではない。リスタートで混乱したのだ。レースが中断され、その後のクイックリスタート手順が大混乱を招いてしまったのである。これが適用されたのは今回が初めてだが、その結果多くのチームがミスを犯し、これがレースディレクションにまで波及してしまったのだ。よくあることだが予想外の出来事で誰もが混乱し、最初のクイックリスタート手順は中断され、そして通常通りのリスタートが行われることになった。

レッドフラッグの理由はきちんとしたものだった。シャヴィ・ヴィエルヘがビオンデッティシケインで転倒し、彼のマシンがぶつかって開いた穴のせいで、エアフェンスがしぼんでしまったのだ。ここにエアフェンスがなければレースには危険すぎるということである。

クイックリスタート?なにそれ?

それがそもそものトラブルの始まりだった。レースディレクションはまず新たに導入されたクイックリスタート手順を適用すると宣言した。このルールの下では、チームは再給油とタイヤ交換、セッティング変更が可能となる。クイックリスタートが宣言されてから5分後にピットレーン出口が60秒間だけ開かれる。ライダーはその間にサイティングラップのためにコースに出て、グリッドにつくことになる。この際、グリッドに入れるメカニックは一人のみとなる。その間エンジンは停止してはならず、さらにタイヤウォーマーの使用は許されていない。

このリスタート手順は今年から導入されたものだ。ただしワールドスーパーバイクでは3年間この方式である。この手続きで混乱したチームがあり、8人のライダーが60秒の間にピットレーンを出そこなっている。

これ自体は問題ではない。ルールは明解に規定している。ライダーが時間内にサイティングラップに出られず指定されたグリッドにつけなかった場合はウォームアップのピットレーンからスタートし、グリッドの最後尾でレースのスタートを切るとされているのだ。8人のライダーに指示してグリッド後方に整列させるという仕事は不可能なことではないが、グリッドのスタッフは全力を振り絞って整理する必要があるはずだ(8人といったらMoto2グリッドの1/4にも相当することも忘れてはならない)。

問題は8人の内6人がピットレーン出口で待つことなく赤信号を無視してウォームアップラップに飛び出していったことである。そのせいでIRTA(訳注:国際レーシングチーム協会)、そしてサーキットのグリッドスタッフが取り組まなければならない課題は急速に複雑さを増していったのだ。その間、ルールを守ったライダーはグリッドで待たされ続けていた。エンジンはオーバーヒートしタイヤは冷えていく。ダニー・ケントが語っていたが、彼のマシンの水温は127℃まで上がってしまったそうだ。主催者側が混乱したこと、そしてライダーの間にパニックが蔓延しそうになったことで、リスタートは中断され、2回目のクイックリスタート手順が開始されることとなった。

広がる非難

今回の混乱の原因の一端はチームにあるが、レースディレクションも非難を免れないだろう。これはMotoGPレース・ディレクターのマイク・ウェッブも認めている。「まず問題だったのはこれが初めてだったということですね。そして次の問題は、残念なことに本当にびっくりするほど多くのチームがルールブックをちらっとしか見ていなかったことです。全然見てないわけじゃないとしても、要点を把握してないんです。間違って解釈するチームもありますし」

クイックリスタート手順は実にきちんとした形で始まったとウェッブは言う。「クイックリスタート手順はうまくいったんですよ。時間通りにグリッドを準備できましたから。それにメカニックもちゃんとグリッドについてくれた。全員がというわけじゃなかったですけどね。中にはカートとか持ち込もうとしたメカニックもいたんで、それは止めなきゃなりませんでした。でもまあ全体的にはうまくいったんです。わかっていなかったチームがいて、6人のライダーがピットレーン出口の赤信号を無視して出て行ってしまってますけど、結果として8人が1分以内に出ていけてなかったかと思います」

これはチームのミスかもしれないが、そのせいでレースディレクションはルール通りにやった場合に何が起こるか見えなくなってしまったのだ。その準備ができていなかったのである。「それ以降は正直に言いますけど、こちらのやり方が想定通りにはうまくいかなくなってしまいましたね」とウェッブは認める。「後方からスタートするライダーがあれほどいると、まあ、どの順番で後ろに並べるんだ?ってなっちゃうんですよ。グリッドが足りなくなったんです。それでグリッドを用意できなくて、だから全員をグリッドから待避させたんですよ」

多くのライダーがルールを守らなかったことでレースディレクションが混乱したが、このせいでルールを守ったライダーが著しく不利になってしまった。「グリッドについていたライダーはみんな言ってましたよ。『おい、エンジンを止めちゃいけないせいでオーバーヒートしそうだし、タイヤも冷えるんだけど。何が起こってるんだ?』ってね。だからそれ以上彼らをグリッドに留めておいたら不公平になると判断して、それでスタートが遅れたんです。最初からやり直すことにしたんですよ」

不正は止める

レースディレクションの最大のミスは赤信号にも関わらずピーッとレーンを出ることを許したことだ。「まずピットレーンから出るのを許してしまったことについて、やり方をなんとかしなきゃならないですね。本当は止めなきゃいけなかったんです」

そのせいでライダーがグリッドについたあたりから問題がドミノ倒しのように発生していったのである。「グリッドのライダーやメカニックに『いや、そこじゃない、後ろですよ。後ろについてください』って教えるためのスタッフは確保していたんです。その間もエンジンは掛けっぱなしです」とウェッブは語る。「もしそのライダーがまだコースにいて、これからグリッドにつこうとしているとなると、グリッドを並べ直す時間がないことに気付いたんですよ」

ライダーがピットレーンを勝手に出ないようにするのが確実な解決策だろう。「赤信号でピットレーンを出ようとしてたら止めなきゃならないですね。ピットレーンを出ること自体はライダーのミスですけど、こちらとしてもピットレーンを出られないようにする実効的な策を講じる必要があったんです。でないともしグリッドについてしまったらかなりの距離を後ろまで押して行かなきゃならないですからね。そこはわかりましたんで。まあちょっと勉強台は高くつきましたし、うまくはできなかったし、レースも遅らせちゃいましたし、きつかったですけどね。もうこういうことは起こりませんよ。チームも、次のレースでうちがみんなを集めて、きちんとわかりやすく説明しますから。質疑応答もやりますし、チームが望むことには対応します。とにかく全員に何がどうなるのかをきっちりわかってもらう必要がありますからね」

しかしウェッブは、今回の問題が全チームではなく数チームのせいで起こったということも強調している。「これは言っておきたいんですけど、ほとんどのチームは時間通りにライダーを出してるんです。ちゃんとグリッドにもついてますし、グリッドのメカニックもルール通り一人だけでした。そこでスタートを待っていたんです。ルールを理解していなかった人たちのせいでスタート手順が中断されたんです。でもこちらとしてもいろいろ学んだこともありますけどね」

二度と起こさないために

レースディレクションはチームがルールになじめるようにもっと策を講じる必要があったということだろうか?ウェッブはもうかなりのことをしているので、今回はチームの責任だとはっきり言っている。「今シーズン当初からのルールですからね。チームにもちゃんと伝えていますし、ライダーはチームから説明を受けています。ルールがどうなってるか理解する時間は充分あったんです」

クイックリスタート手順をやめるべきなのだろうか?これに関してもウェッブはワールドスーパーバイクでは過去3年、完璧に運用されていると指摘する。失敗したのはチーム側で対応できていなかったこと、そしてそのせいでレースディレクションの想定外の事態が発生したことが理由だ。レースディレクションのミスは、ルールに対するチームの理解力を過大評価していたことである。そのせいでレースディレクションは大問題を抱えることになり、危うくルールを守ったライダーとチームに罰を科すはめになりそうになった。

チームがこちらが期待するほどルールを理解していないということは驚くには当たらない。むしろきちんと理解していたら驚くべきことだと思う。MotoGPチームですらヴァレンティーノ・ロッシがウェットだったFP1の最中にピットレーンで9回もスタート練習をやったことに対して勘違いしていたほどだ。これが違反ではないことを知らなかったのだ。それどころかMotoGPのルールでは「許可する」と書いてあるのだ。ルールブック、特に手続き関係はわかりにくいものがある。可能性のある状況をいくつも想定しているからだ。我々ジャーナリストもいつも混乱するし、間違った情報を記事にしてしまうこともある。

Moto2での混乱で良かったことは、もうこんなことは起こらないだろうということだ。チームはルールを理解することの大事さを学び、解釈を間違うとどんなひどいことが起こるかも学んだ。アレックス・リンスはMoto2スタート時点ではランキングトップだったのにチームが時間通りに彼を送り出さなかったためにグリッドを下げられてしまった。超スプリントとなったレースでかなり取り戻し、ライバルのサム・ロウズはタイヤに苦しんでいたのだが、結局彼は5ポイント差のリードを逆転され、ロウズを2ポイント差で追いかけることになってしまう。シーズン終わりのタイトル争いでこれが利いてくるかもしれない。

もちろんチームも良い勉強をしたわけだし、レースディレクションもクイックリスタート手順の問題点を把握することができたわけだが、これからはすべてがうまくいくと断言することはできないだろう。ムジェロと同じ混乱は起きないだろうが、チームやライダーやレースディレクションや何かの偶然のせいで、またつまづく可能性はあるのだ。
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まあそれも含めて楽しめば。

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2016年ムジェロ MotoGP日曜まとめ:エンジン、失意、そして過熱する争い

3クラスとも素晴らしいバトルが繰り広げられたムジェロのまとめをMotoMatters.comより。
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ムジェロにおける2016年のイタリアGPは実に盛りだくさんだった。しかし何より記憶に残るラウンドだったと言えよう。3レースとも信じられないほどの僅差で勝ちが決まったというだけではない(ちなみにMoto3では0.038秒だったが、これが3クラスで最大の差となった)。優勝の決まり方、そしてそれに伴う様々なことがレースファンの脳裏に刻み込まれることになったのだ。ドラマがあり、いくつもの失意があり、多くの混乱があり、困惑させるような出来事もあった。日曜のための筋書きがあったとしても、それはすぐに破り捨てられ、1日の終わりまでには何十回も書き直されることになったはずだ。

最初のドラマは午前中のウォームアップだった。MotoGPのセッションが終わるというその時、ホルヘ・ロレンソが突然スピードを落とし、彼のモヴィスター・ヤマハのエキゾーストから大量の白煙が上がったのである。エンジンが完全に壊れてしまったのだ。比較的おろしたてでヘレスで初めて使われたエンジンだったことを考えるとこれは問題だろう。まだ12セッションと2レースしか使用していないのだ。ロレンソが既に使ったこれ以外の2基のエンジンはそれぞれ21セッションと23セッション、レースはどちらも2レース走っているのだ(アルゼンチンでのフラッグ・トゥ・フラッグを含む)。

1シーズンで使用できるエンジン台数が2016年からは5台から7台になったとは言え、開幕から6戦で3台目を失ったということになると、ヴァレンシアまでは相当辛いことになるだろう。こんなにすぐにエンジンが壊れるというのはロレンソにとっては信じられないほどの不運のように見えた。しかし実のところその逆だったのである。

禍福はあざなえる縄のごとし

「エンジンについていえば今日はすごく運が良かったですね。ウォームアップが1周少なくてそこで壊れていなかったらあのエンジンをレースに使っていたわけですから」。レース後の記者会見でロレンソはそう語った。ロレンソがそう口にするのには確かな理由があった。MotoGPレースの9周目、ヴァレンティーノ・ロッシの3台目のエンジンが全く同じ運命に見舞われたのだ。ロレンソが失ったのは残りのシーズン使えるはずの1台のエンジンだが、ロッシが失ったのは確実だったはずの表彰台だ。ロッシがいかに易々とロレンソについて行けたかを思えば、辛い時期を乗り越え、彼の魂の故郷で2008年以来の勝利をものにできた可能性も高かったはずだと言えよう。

ロッシにとってこのエンジントラブルがどれほど辛かったかは、彼がマシンをコースサイドによせる様子からも見て取れた。第2セクターでエンジンが2回ほど咳き込んだせいでロッシは8秒を失い、順位も大きく落としてしまう。そしてエンジンの息の根が止まってしまう。彼はコースサイドにマシンを寄せ、大観衆は彼のマシンのエキゾーストから出る白煙に包まれることになった。

ハートブレイクホテル(→YouTube)

ロッシはいつになく取り乱していた。彼がムジェロで表彰台に出て大観衆に挨拶しなかったのは脚を骨折したとき以来のことになる。ドゥカティやヤマハの1年目の辛い時代ですら表彰台に上がれなくてもやっていたのだ。数年ぶりにムジェロで勝つことが確実視されていたのに酷い形でその機会を失ってしまったのである。

勝てると思っていたのはロッシだけではない。「ウィルコ(ツィーレンベルグ)が教えてくれたんですが、テレビで見るとロッシはずいぶん楽に僕についていたみたいですね」とロレンソはプレスカンファレンスで語っている。ロッシが走った8周の内、実に5周はフィニッシュラインでの彼とロレンソの差が0.1秒以内に収まっていたのだ。その8周でロレンソがつけた最大の差は僅か0.140秒。ロッシはエンジンが寿命に達するまでは狩りモードに入っていたということである。

「間違いなくムジェロでは勝ちにいけましたね」とロッシは報道陣に語っている。「ただの目標じゃなくて、この10年ずっと夢見てきたことなんです。2008年が最後ですからね。今日はレースでもすごく速く走れた。それにロレンソの後ろだったけど、彼よりいいペースで走れたと本当に思ってます。だからアタックをかけて自分のレースをしようとしてたんですよ」。しかしそれはまたも叶わぬ夢となったのだ。

嫌な結末

ヤマハのエンジンが同日に2台壊れたというのはきいたことがない。私はMotoGPについて記事を書き始めて10年になるがそんなことは記憶にない。そこで二つの重大な疑問が湧いてくる。ひとつはなぜそれが起こったのか、そしてもう一つはなぜロッシとロレンソは安全のために新しいエンジンを使わなかったかということである。

最初の疑問に対して可能性の高い答えはこうだ。ムジェロはエンジンに厳しいコースで、高いギアでスロットルを大きく開けて加速する時間が長いということである。そしてホームストレートでは公式には350km/h、データ上では360km/hを超えるトップスピードを記録するのだ。ロッシは8周の間、ストレートではロレンソにぴたりと貼りついていたが、これは彼がスリップストリームに入っている間M1のラジエターにあたる風が少なかったことを意味する。

そしてストレートエンドにはちょっとしたギャップがある。しかも6速フルスロットルで通過するのだ。両輪が一瞬地面を離れるのだが、リアの方がより高く跳ね上げられる。トニー・ゴールドスミスが撮った写真だとそれがよくわかる。エンジンは既に最高回転数ぎりぎりである。リアが路面から離れると車輪は無制限に回転しエンジンは設計で想定された最高回転数を超えてしまう。ほんの一瞬のことだがそれによって蓄積される影響はエンジンのちょっとした不備でも見逃さないことは想像に難くない。

高望みはできない(→YouTube)

いかにもありそうなことだ。リン・ジャーヴィスがMCNのサイモン・パターソンに語っているが、エンジンは検査のために日本に送り返されるとのことだ。彼らは問題は腰上にあると考えているが、これはロレンソのマシンもロッシのマシンもアンダーカウルのオイルパンにオイルが漏れていなかったという事実と符合する。腰下がやられると普通はオイルが下に漏れるものだ。ジャーヴィスはさらにバルセロナまでには問題を解決するつもりだとパターソンに語っている。

エンジンは封印され設計見直しはできないことになっているが、一応ジャーヴィスの計画も理論的には可能である。もしヤマハがMSMA(訳注:モータースポーツ製造者協会−MotoGPマシンのメーカーの集まり)に変更を申請し、全社がそれに同意した上でMotoGPのテクニカル・ディレクターであるダニー・アルドリッジがこれを承認すればヤマハは問題解決のための新型パーツを導入することが可能となる。

とは言えこうした申請が通るかどうかは疑問である。性能に影響しない範囲であれば安全上の問題を解決するための変更は許されている。しかし他メーカーはこの問題がテック3のブラッドリー・スミスとポル・エスパロガロのヤマハには生じていないことを指摘することができるのだ。彼らが同じ問題に悩まされていないのはエンジンの最高回転数がより低く設定されているためである。テック3のM1の信頼性を高めるためにヤマハが講じた措置である。もしヤマハの問題が最高回転数を50回転か100回転低くすることで解決するなら新型パーツがどうして必要となるのだろうか?

ヤマハの申請に対する裁決はすぐに出されるはずだ。HRCが権謀術数(ホンダの上層部の得意技ではある)を弄するのであればそれを拒絶する可能性はある。ホンダはスムーズに加速できないアグレッシブなエンジン(マルク・マルケスがロレンソに見事にしてやられた様子を見ればそれは明らかだ)を使い続けなければならないのだから、なぜヤマハがエンジンを変更できるのか?単に回転数を、つまりパワーを削ればいいではないか?そうなればチャンピオン争いは新たなフェーズに移行することになる。それはそれで相当面白い変化だろう。

なぜエンジンを変えなかったのか?

二番目の疑問に移ろう。ロレンソのエンジンが午前にブローアップしたのに、なぜヤマハはロッシのエンジンを変更するという予防策を採らなかったのだろうか?ロッシのエンジンも壊れたロレンソのマシンと同じくらいの距離を走っているのだ。後悔するより安全を優先すべきではないか?

しかしヤマハには問題の原因がはっきりとはわかってはいなかったのである。レースまで間がなかったのだ。ロッシとチームは心配はしていた。彼は報道陣にこう語っている。「僕らも少し心配してました。こんなこと(エンジンのブローアップ)は普通起こりませんからね。でも僕らのエンジンはホルヘのより少し距離がいってなかったんで、ヘレスやルマンみたいに決勝用に新しいエンジンを使うこともできたんですけど、エンジンを開けて何が起こったのか把握する時間はなかったし、だからそのままいくことにしたんです。運がなかったですね」

論理的には完全に新しいエンジン、つまり4基目を使用するべきだったとは言える。しかし新エンジンが3基目と同じようにブローアップしないとは限らない。3基目も距離には余裕があったわけで、つまりこれは普通にエンジンが摩耗したという問題ではないということだったのだ。

落とされる長い影

ロッシがリタイアしたことでレースにもいくつか悪影響があった。第一は2人の仇敵との素晴らしいバトルが実現しなかったことだ。今年は誰もがそんなバトルを常に楽しみにしていたのにだ。マルク・マルケスが近づいてきた時点で3台によるバトルが期待された。ヴァレンティーノ・ロッシと、彼が2015年のタイトルを奪ったと見なす2人のライダーだ。よだれが出るほど素晴らしい状況だ。

さらにロッシはランキングトップのチームメイトから37ポイント差をつけられることになってしまった。もちろんまだシーズンの1/3を過ぎたところで、12レース、すなわち最大300ポイント分が残っているとも言える。ロッシのタイトル争いが終わったわけでは全くないが、しかし痛い後退であることは間違いない。いずれにせよ2016年についてはっきりしているのは、何が起こってもおかしくないし、それがあっという間にタイトル争いの潮目を変える可能性があるということである。

解き放たれたバトル

おそらくロッシのリタイアで最も残念なのは最も激しい優勝争いのひとつであり、近来まれな最高の最終ラップに彼が参加していなかったことだろう。マルク・マルケスはホルヘ・ロレンソとヴァレンティーノ・ロッシに食い下がり、そして2人を虎視眈々と狙っていた。ロッシのエンジンがブローした後、マルケスはロレンソに近づき始め、15周目には、アタックできる位置までやってきたのだ。

その時点でマルケスの中ではせめぎ合いがあった。去年彼が学んだのは、タイトルを獲りたければ転倒のリスクを冒してまで全力で優勝を狙うより表彰台を確保した方が良いということだ。しかし蛙の背中に乗った蠍のように、彼は自分の本能に逆らうことができなかった。残り5周というところでマルケスは自分が勝てる可能性があることを確信したのだ。

マルケスがアタックを開始する。レプソル・ホンダの優位性を活かしたそのアタックをロレンソがいなす。20周目、マルケスはスカーペリアで前に出るがアウトにはらんでしまい、ロレンソがトップを奪い返す。2周後、マルケスは1コーナーのサン・ドナートでアタックをかけるが、再びはらんでしまう。そして迎えた最終ラップ、争いが頂点に達した。マルケスがサン・ドナートでアタックしポッジオ・セコで前に出たのだ。

しかしロレンソは息の根を止められたわけではなかった。彼は250時代の自分がささやくのを聞いたのだ。彼がマルケスに反撃したのはビオンデッティ。2005年にアレックス・デ・アンジェリスにアタックを仕掛けたまさにその場所である。ロレンソは息をのむような動きで前に出る。しかしマルケスがすぐに反撃する。2台は正気と狂気の狭間で熾烈な争いを繰り広げていた。

最終コーナーであるブチーネに先に入ったのはマルケスだ。しかしロレンソは自分のヤマハがどこでホンダに勝てるかをわかっていた。加速競争に打って出たのだ。わずか0.019秒差でロレンソは勝利を手にした。最高峰クラス史上、7番目の僅差である。

ファンの信じる神話に歴史的裏付けはない

この最終ラップはホルヘ・ロレンソにつきまとう一つの神話に終わりを告げることにもなった。ロレンソは確かに速いが観衆の心を奪うような接近戦ができるライダーではないと難癖をつけるファンもいる。しかし彼らが250時代のロレンソを見たことがあるなら、彼はやられたらやり返すライダーだということを知っているはずだ。MotoGPでもロレンソが戦いに尻込みするようなライダーではないという事例は枚挙にいとまがない。

2009年のバルセロナでロレンソは素晴らしいバトルの末にヴァレンティーノ・ロッシに敗れているが、この時もロッシに常に戦いを挑み続けていた。ロッシは勝ちはしたがこれも最終コーナーでかなり無理をしたからなのだ。去年のロレンソはフィリップアイランドでロッシ、マルケス、アンドレア・イアンノーネの4台でのスリリングなバトルを繰り広げいるし、セパンでは一度にドゥカティの2台を抜くという大胆なところも見せている。

ロレンソはバトルができるというだけではない。彼自身がプレスカンファレンスで指摘している通り、そもそも効率的に勝てるならなぜその道を選択しない理由はないということだ。「もしスタートがうまくいって1周目も2周目も完璧に走れて、それならそれを活かさない手はないですよね?」。やや持って回った言い方だがその通りだ。「今日のレースを見てもらえばわかってもらえると思いますけど、完璧なペースで走れなくてもポールからスタートできなくても僕は勝てるんです」

ホンダには助けられた

とは言えロレンソの勝利の少なからぬ部分にHRCの助けがあったとは言えるだろう。ホンダRC213Vの弱点がまたもあらわになってしまったのだ。ロレンソのM1はマルク・マルケスのレプソル・ホンダを簡単に抜いていた。マルケスはロレンソをきちんと抜くのに5周もかかって、しかもリスクを冒さなければならなかったというのにだ。マルケスはホンダのせいで負けたのかという質問に対してはややはぐらかした答えをしている。「パルクフェルメに入ると中本さんやホンダのスタッフが、良いレースをありがとうと言ってくれました。みんな僕たちが苦労していたのは知っていますからね」

マルケスはそれでも問題の所在についてははっきりと口にしている。「最終ラップは本当にいい走りができたんです。いつもの通り接近戦になったら僕は強いですからね。でも今回はストレートで負けてたんです。こんなことはなかった。今年のカタールとここの2回しか経験したことがないんです。でも最終的に自分たちが現時点でどこが弱いのかはわかりましたからね。これから改善していきますよ」

困りごとがたくさん(→YouTube)

イタリアの名誉を救ったのはアンドレア・イアンノーネだ。しかしワークスドゥカティに乗る彼は明らかにがっかりしていた。クラッチの問題がせっかくのフロントロースタートを台無しにし、1周目で8番手に沈んでしまったのだ。ゴール時点では3番手まで挽回はしたがトップから5秒遅れで終わっている。

イアンノーネは表彰台を獲得したことは喜んでいる。しかしそれ以上の可能性もあったと考えているのだ。「残念なことに今日はスタートが大問題でしたね。本当にがっかりですよ。今週末はすごくいける感じだったんですから」。イアンノーネは優勝争いも考えていて、実際レースの最終ラップでファステストを記録しているのだ。しかもそれはラップレコードに迫るものだったのである。実際優勝争いができるペースだったのだ。スタートでクラッチに問題が出たことでそれができなかったに過ぎない。

マーヴェリック・ヴィニャーレスも似たようなトラブルに見舞われている。彼も相当悲嘆に暮れていた。電子制御トラブルのせいでスタートで順位を下げてしまったのだ。何がそのトラブルの原因かはわかってはいないが、彼はピットレーン用スピードリミッターのスイッチを触ってしまったかのようだと言っている。「どういうことなのかはわかりませんがマシンが失火しするようになって、それでみんなが僕を抜いていったんです」と彼はMotoGP.comに語っている。「スタート自体は良かったんです。マルクに並べてましたから。でもその後みんなに抜かれちゃったんです」

ギアチェンジをするとパワーが戻ってきて、ペースが戻ったとのことだ。問題は11番手にまで下がってしまったせいで、前に行くのに苦労したことだ。彼はそれでも精一杯がんばりはしたが、6位に上がるまでのバトルでタイヤを使い切ってしまっていた。「本当に悲しいですね。だってこのレースでは表彰台争いができたはずだったんですから。みんなを抜いていったらホルヘやマルクと同じペースで走れたんです。だからいいスタートができたら彼らとバトルができたでしょうね。でも結局序盤でタイヤを使い過ぎちゃったんです。誰かを抜こうとしたり、速く加速しようとしたりしてね。それでタイヤを使い切っちゃってそれ以上順位を上げられなかったんですよ」

明るい側面

同時に書いておかなければならないのはブラッドリー・スミスとダニオ・ペトルッチのバトルについてだ。スミスは満足していたし2015年のレベルまで持ち直してきたことにほっとしてもいた。彼もチームもマシンとミシュランをやっと使いこなせるようになったのだ。ペトルッチはテストで骨折した右腕はまだ完調ではないにもかかわらず今シーズンの(やっと)2戦目となる今回、かなり良い成績を残せたことが嬉しそうだった。彼はツナギの袖と腕の間の隙間を指さしていた。これが彼の直面する最大の問題で、しかもいちばん言いたかったことでもあったのだ。

エンジン、抜き合い、失望といった諸々のせいで、いちばん大事なことがかすんでしまった。今年初めてタイヤについて語ることが無かったということである。ミシュランがいい仕事をしたとか、しなかったとかいう話だ。MotoGPレースのタイムは記録を破っている上(これまでの最速レースより1秒縮めている)、ポールタイムもラップレコードも100分の数秒ほどまで迫っていた。レース中にタイヤがらみのクラッシュはひとつもなかった。これが完璧に普通のレース週末というものだ。ミシュランがここまで成し遂げたことを過小評価してはならない。

Moto2、Moto3も前座というには素晴らしすぎた

ムジェロでは他にも2レース開催されている。そしてどちらも言及すべきレースだった。Moto3ではいつものムジェロの通りとんでもないレースだった。大集団が勝利を巡って争い続けたのだ。その集団バトルは驚きと失望に満ちていた。しかし結果的に勝利したのは驚きの欠片もないライダーだった。ブラッド・ビンダーが三連勝を飾り、タイトル争いのポイント差をさらに広げることになったのである。

イタリアの大観衆は大いに楽しみ、そして同時に喜ぶこととなった。レース中、強さを見せつけていたロマーノ・フェナティがチェーントラブルでリタイアした一方で、ビンダーと共に表彰台に上がった二人は共にイタリア人だったのだ。17歳のルーキーであるファビオ・ディ・ジャンアントニオは素晴らしいレースで初表彰台を手にした。そしてペッコ・バニャイアはマヒンドラを3位に入れて見せたのだ。

Moto2のレースは非常に奇妙で、しかもスリリングなものだった。ヨハン・ザルコがロレンツォ・バルダッサーリを負かして今年の初優勝を飾ったのだ。サム・ロウズはトップを走っていたのにレースが中断されたことにいらついていたが、結局3位に入り、ランキングトップの座を守ることとなった。

Moto2は10ラップのスプリントレースとなったのだが、その前のクイックスタート手順は大混乱だった。チームがルールに従わず本来送り出してはいけないタイミングでライダーを送り出してしまい、さらにレースディレクションはチームからの抗議に対して適切に対応していなかった。しかしこれは別の記事にまとめるべき話だろう。それはまた別の日に。
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いやぁ、しかし鈴鹿のレイニーvsシュワンツを思わせるすばらしいレースでしたね。しかも実にクリーンでした。これにロッシがからんできて、みんな熱くなってクリーンじゃなくなるのも、それはそれで面白いですが。

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公式リリース>イタリアGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)

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公式プレビュー>イタリアGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキ(英語)アプリリア(英語)

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ストーブリーグ表2017(2016.5.20時点)

木曜ヘレスの公式発表を受けて、ヴィニャーレスとイアンノーネを確定させました。

ついでにリンスのスズキ入りの可能性を追加するとともにアレイシのスズキ入り確度↓。
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バレンティーノ・ロッシvsマルク・マルケス:ブレンボが分析する二人の違い

ブレンボから興味深いプレスリリースをいただいたので掲載(感謝!)
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2000年代の2大スターが次々と優勝を重ね、バイクレースの歴史を塗り替えています。二人の快進撃のしかたは全く別々で、ブレーキスタイルも正反対です。

一人は500ccとMotoGPで数々の優勝と戦績を重ね、世界的な名声を手にしたスター。もう一人は若くして次々と記録を塗り替える早熟の天才です。

つまり、バレンティーノ・ロッシとマルク・マルケスのことです。ロッシはイタリア出身のレーサーで、過去9度の世界チャンピオンと、112回のグランプリ優勝を手にしています。37歳。まだまだ引退の意思はありません。一方、マルケスは、まだ23歳の若さながら、すでに世界チャンピオンを4度、グランプリ優勝を50回も獲得しています。

ブレンボは、ロッシのレースに緊密に関わってきました。1996年から1999年の間、125ccクラスに始まり250ccクラスにステップアップしてからも、ロッシはイタリア生まれのブレンボ製ブレーキをずっと使用していました。ロッシの要求を熟知しているブレンボの技術者たちにとって、ロッシは、ブレーキシステムの開発に対して非常に手厳しくテストしてくれるドライバーです。

ブレーキの力強さと巧みさに秀でたロッシは、コーナーを攻める際に踏み込んで数メートル前の相手までつめる戦術をよく使います。長いレース経験で感覚を磨きあげた彼のブレーキングはつねに走行方向に対して無理がなく、急ブレーキはまずありません。どのレースでも前輪の回転を意識してコントロールし、突発的な事態を回避します。当然のことながら、1996年のデビューから2010年までの230戦で、落車はほとんどありません。

一方、マルク・マルケスの場合、ブレーキのアプローチはロッシよりも「ワイルド」です。マルケスは落車を恐れずつねに自分の限界に挑みます。2015年のシリーズでは、レース中の落車は6回。同数のリタイアを余儀なくされています。前輪のブレーキを最小限にするのがマルケス流で、そうしたスタイルと、彼の駆るRC213Vが、規制のある日本GPを除いて径の小さいディスク(通常320mm)を使用した、プレミアクラスでは数少ないマシンであることとは、単なる偶然の一致ではありません。

競い合うこの二人は、リアブレーキに関してもアプローチが対照的です。ロッシは、ホルヘ・ロレンソほどではないにせよクリーンなコーナリングをお家芸の1つとしています。速度のコントロールにはもっぱらアクセルと自身の体重移動を利用します。つまり、ロッシの場合、コーナリングでリアブレーキを使うことはめったにありません。

一方、マルケスは、できるだけ頭から体をカーブに突っ込ませて空気を切り裂くスタイルです。軌道修正はリアのブレーキディスクだけに任せることで、コーナーの出口までスピードをキープします。その結果、後輪が派手にスリップし、コースのあちこちにタイヤの跡が残ります。

この二人の対照的なブレーキングをみると、800度の高温にまで耐えるブレンボのカーボンディスクブレーキが、いかに幅広い適応性を持っているかがわかります。2015年のMotoGPに参戦した25台中24台がブレンボのブレーキシステムを採用している理由はそこにありそうです。
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へー、マルケスはリアブレーキ積極派なんですね。

そしておまけのテックポーン!(こちらもブレンボ提供)

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ストーブリーグ表2017(2016.5.17時点)

やっぱりドゥカティはドヴィツィオーゾでしたね。

さて、イアンノーネはどこへ?(そしてポルもどこへ???)

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ストーブリーグ表2017(2016.5.16時点)

ダニ・ペドロサがレプソル・ホンダと2年契約を更新したという公式発表を受けて更新しました。あーあ。

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いつからレースが金になるようになったのか?

なんとなくストーブリーグが小休止に向かっている様子なので、ムジェロ前にちょいと興味深い記事をCycle Newsより。最近では走るためには持参金が必要になったりするというF1の悪しき慣習が持ち込まれちゃうほどお金に苦労しているバイクレースシーンですが、バブル期の日本ではレースで食べていくことも可能でした。アメリカでも状況は似ているようですが、レースにお金が出るようになったのは最近のことではない、というお話。ではいったいいつ頃から?
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2010年代になってバイクレーサーにとってあまりいい時代とは言えないようだ。今日のアメリカではバイクレースで稼げるライダーはほとんどいないのだ。実際ワークスライダーは数人だけで、ほとんどのライダーにとってレース参加の収支は赤字となっている。100年以上のレースの歴史のほとんどはこういう状態だったのだが、そうでなかったことも何度かあるのだ。

いまレースに参加しているベテランレーサーにとっては昨今の状況は受け入れがたいだろう。彼らはこの国でのバイクレースの黄金時代の少なくとも最後の期間を享受できたのだ。概ね1990年代半ばから2000年代半ばの10年ほどの間はレースでいい暮らしができたライダーがかなりの数いたのである。その頃をよく知るライダーやマネジャーに話をきくと、当時は何十人ものライダーが様々な分野で6桁(訳注:邦貨換算1千万円単位)の収入をレースやスポンサーから得ていたという。そして何人かのエリートライダーはもっと稼いでいた。ジェミー・マクグラスやリッキー・カーマイケル、ジェームズ・スチュアート、マット・ムラディン、ニッキー・ヘイデン、ミゲール・デュハメルあたりは確実にアメリカのバイクレース市場最高額を稼いでいたライダーたちだろう。

90年代後半から2000年代初頭までのバイクレースが世間知らずでいられた時代はしかし例外的な者だ。あの頃と、そしてアメリカ人がGPに巨額を投じていた時代を除けばバイクレースでそれなりの稼ぎを得られた時代はひとつしかない。そしてそれは驚くことにバイクレースが始まってからの10年間なのだ。

1900年代の中頃から第一次世界大戦の勃発までの間はこの国のバイクレーサーというのはそれなりの職業だった。当時は20以上もの国内メーカーが覇を競い、最高のライダーには報酬を惜しまなかった。こうした話は当時のレーサーの一人、アーサー・チャプルへのインタビュー記事でうかがい知ることができる。彼は当時のバイクレーサーがボードトラック・レース(訳注:木製板張りのオーバルコースでのレース。当時の風景はこちらで)でどれくらい稼いでいたかを包み隠さず話しているのだ。

1913年のモーターサイクル・イラストレーティッド誌でチャプルはクラスBやワークスでないライダーの窮状について語っている。とは言え、そうしたプライベーターやサポートライダーでもボードトラック時代にはそれなりの収入を得ている。窮状とは言ってもクラスAのライダーやワークスライダーと比べた場合に収入が少なく見えたというだけなのだ。

1913年のワークスライダーはどれくらい稼いでいたのだろうか?

1913年当時のアメリカ人の平均所得は15ドルだったことを頭に置いていただきたい。3000ドルでいい家が、車だったら500ドルで買えた。

チャプルによればクラスAのライダーは興業主とレース1回当たり最低50ドルを得るという契約を結ぶのが通例だったそうだ。そしてレースは週に3回開催された。つまりワークスライダーは最低保証だけで週に150ドルを手にしたということだ。平均的アメリカ人の10倍の週給である。そしてトップライダーは年間を通してレースをしていた。冬はカリフォルニアでレースをしていたのだ。トップライダーは現在の価値に換算すれば最低保証だけで週に1万ドル(訳注:邦貨換算100万円)を稼いでいたことになるのだ。

そしてそこには賞金は含まれていない。通常クラスAは4位まで賞金が支払われた。優勝で50ドル、2位30ドル、3位20ドル、4位10ドルという具合だった。つまり優勝ライダーなら1レースで最低保証に50ドルを上乗せできたということである。

サポートライダー(またはクラスBのライダー)は出走当たり10ドルしか得られなかった。さらに1位は25ドル、2位は15ドル、3位は10ドルとなっていた。しかしクラスBのライダーでも平均的アメリカ人の2倍を最低保証だけで稼いでいたと言うことだ。もっとも彼らはその中からマシンをレースコンディションに保つための出費をまかなう必要があったとチャプルは書いている。

興味深いことに当時のレース興業主はやくざのように稼いでいたようだ。チャプルは観客数とチケットの値段から、比較的小さなボードトラックでも興業主は1レース当たり1600ドル、大きければ2200ドルは稼いでいるとみている。それもすべての費用を払った後の話だ。かなりの大金だ。今の価値で言えば1レース当たり5万ドル(訳注:邦貨換算500万円)に相当する。そしてシーズン中は週に3回レースができたのだ。しかも組合などは存在しなかったため、雨天中止となれば興業主はライダーにもトラックで働く労働者にも金を払う必要がなかったのである。リスクはゼロだということだ。

チャプルは書いている。「レースシーズンで得られる収益を考えたら興業主はかなり稼いでいるはずだ。ライダーには雀の涙ほどを払いトラックのオーナーはライダーを好きなように扱っている。それを考えたらこの2か月ばからアメリカ・バイク協会(訳注:AMAの前身。日本のMFJに相当)のフランチャイズをコース間で奪い合っているのも不思議ではない」

1910年代にはボードトラックレースがなくなってしまったのには理由がある。コースコンディションはひどいものでライダーが続けていられなくなったということだ。むき出しのバルブから吹き出したオイルで木製の路面はスリッピーだったし、ライダーは時速130kmにも達していた。さらにマシンにブレーキは装着されておらず、転倒すれば木の破片が彼らを迎えることになる。もっと悪い結果になることもあった。コースのオーナーが耐えられなかったのというのがもう一つの理由だ。マシンが燃えてかなりのダメージを負ったコースはひとつではない。場合によってはマシンが薄い木製のバリアを突き破って観客席に飛び込んだこともあった。リスクが多すぎたのである。

危険なスポーツだからこそスピードの世界に生き、自由を求める人々を惹きつけた、当時のクラスAのボードレーサーは大金を手にすることができたが、彼らが投資顧問と毎週ミーティングをもっていたわけではないことは簡単に想像がつくだろう。ほとんどのライダーは稼ぎをすぐにワインや女や歌に注ぎ込んだのだ。当時そうした使い道はいくらでもあったのだ。

死は当時のバイクレースにはつきものだった。しかし大金がライダーを惹きつけたのだ。彼らは自らの運命と栄誉を賭けて二つのホイールを持つルーレットに喜んで参加したのである。
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以上、歴史のお勉強でした。

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ストーブリーグ表2017(2016.5.14時点)

スペインはソロモトの報道を受けて、ヴィニャーレスのヤマハ入り確度↑、ダニはホンダでほぼ決まり、玉突きでカルとアレイシも収めておきました。

ちぇっ。

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ブラッド・ビンダー「努力はいつでも報われるんだ」

ヘレスで待ちに待った初勝利を、しかも最後尾グリッドからのスタートで手に入れたブラッド・ビンダーへのインタビューを昨日に引き続きPecinoGPより。
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スペインGPの週末、私はヘレスでチーム・アキ・アジョの広報担当に次戦以降のどこかでブラッド・ビンダーへのインタビューを設定してくれるようたのんでいた。その時私が考えていたのは「見慣れない」国から来たライダーについてのシリーズものだ。いや、もちろん南アメリカでは長いことGPが開催されていたし、コーク・バリントンのようなの偉大なチャンピオンもいることは知っている。しかしそれは数十年前の話である。以降、世界選手権に参戦する南アフリカ人はほとんどいなかったのだ。つまりブラッド・ビンダーはその連載を始めるに際して最適なライダーだったのである。「ルマンなら全然問題ないですよ。彼の予定超はすかすかですからね」とその広報担当は私に告げた。

2週間後のフランスではもうそんな予定を組める状態ではなくなっていた。ビンダーはスペインで優勝し、突然パドック一の人気者になったのだ。ブラッドが79戦目にしてついに世界選手権での初勝利を手にしたことで、私たちは1981年以来の南アフリカ国歌を耳にすることとなった。「今日は自分にとっても国にとっても最高の日ですよ」とブラッドはヘレスの勝利の後、誇らしげに言っている。

ブラッドとの会話はまずは今の気持ちと成功したことの影響についての質問から始めることにした。「今の気持ちは本当に特別なものですね。初勝利を挙げられて本当にほっとしてるんです。だってずっとずっと勝ちたかったですからね。レース後はほんとうにとんでもないことになりました。すごくいい気持ちでしたよ。月曜は休みにしてあのレースを2回観て、それからは普通の日々に戻りました」

そうだ。あなたが読んだ通りだ。ビンダーが待ち望んだ勝利のご褒美はたった24時間の休息だ。それを1分だって超えてはいない。「今年初めからやってることを集中してやりつづけないといけないんです。自信を持って開幕を迎えられたし、週末もかなりがんばり続けています。冷静さを保って、前のGPのことは忘れて、次に集中しないといけないんですよ」

ビンダーはMoto3がいつかMotoGPクラスに上がるという最終目標のためのステップに過ぎないことを隠そうとはしない。「小さい頃からMotoGPで走りたかったんです。ずっとそれが夢なんです。毎朝起きてがんばれるのは自分をそこまで連れて行くためなんです」。彼は堂々とそう言い放ったのだ。

彼がその階段を上り始めたのは遙か昔、暗黒大陸の端の南の国でのことだ。17年前、彼は3歳の時にレースを始めた。しかし他の多くのライダーとは異なり、彼が最初に参戦したのは南アフリカのカート選手権の50ccクラスだ。「そこで2年間走って、それからバイクに移ったんです」

では遠い南アフリカの若者がどうやってGPに参戦するようになったのか?鍵はレッドブル・ルーキーズカップだ。「もし世界に上がりたかったらそれが一番いい方法ですね。僕もそこでレースを始めましたけど、だからこそ今日ここにいられるんです」。話は変わるが、彼の呼び名である「ブラディカル」はその時につけられたものだ。「ルーキーズカップで知り合った友達がなんでか僕のことをブラディカルって呼んでたんですけど、すごくクールだと思って、その名前にしたんです…、気に入ってますよ」

オーストラリア人や日本人やアメリカ人と同様に、夢を叶えるためにビンダーは国や友人や家族と離れ、慣れ親しんだものから遠くで長い時間を過ごさなければならない。彼の場合、居住地はスペインだ。しかし昨シーズンからこの海外暮らしも少し楽になった。弟であるダリンが同じクラスで世界選手権に参戦するようになったのだ。弟と走るのはこれが初めてではまったくない。彼らは最初から同じところで走っていたのである。

「僕と弟が凄く小さい頃は、父がバイクレースをやっていたんで二人でサーキットで父のレースを見ていたんです。それから自分たちがレースをするようになって、弟と僕はそこからずっと同じカテゴリーで走ってるんです。毎年僕が上のカテゴリーに行くと。弟がその穴を埋めるって感じでした。一緒にいるのはいつでもいいですね。僕にとってはいろんなことが楽になるんです。スペイン来たときには一人でしたからね。でも今はダリンがいてくれて、だからいろいろ楽になってるんですよ」

わずかずつではあるが南アフリカ人が国際レースでの過去の地位を取り戻しつつある。ワールドスーパーバイクやイギリススーパーバイク、スペイン選手権といった国際レースで戦っている同国人が何人もいるとブラッドは言っている。「すばらしいことですね」とすべての同国人の目指すべきライダーとなった彼は強い口調で言ったのだ。ビンダーのスペインでの勝利はほとんどの南アフリカのメディアがトップニュースとして報じ、彼の携帯電話はお祝いメッセージであふれかえることとなったのだ。

そろそろ私とビンダーの会話も終わりに近づいてきた。今回のインタビューで驚いたのは、彼が若干二十歳にもかかわらずまじめすぎるほどまじめな青年だったということだ。2年前同じチームで走り世界タイトルを目指していたライダー、ジャック・ミラーにも比肩する。どちらも昼夜を分かたず努力し続けているのだ。「努力はいつでも報われるんです」とビンダーはインタビューの最後に言った。「だから今年はシーズンオフの本当に期待得て、いままでになくがんばったんです。その結果が現れ始めてますね」

その通りだ。くつろいだ雰囲気の中での会話の翌日、この南アフリカから来た新たなヒーローはGP2勝目を飾ったのだ。初勝利までは79戦かかったのに、2週間後に2勝目を挙げたのだ!
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「努力はいつでも報われる」って、若いからこそ言える言葉だけど、そのまま突っ走ってほしいですね!

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ペドロサ「ホンダ残留がいつでも僕の最優先事項だ」

まわりで憶測を巡らすくらいなら本人に直接聞くのが確かだよね、ってことでダニに直接アタックしたPECINO GPの記事です。もちろん直撃インタビューをできるだけの信頼関係は重要。
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フランスGPが開催されたルマンでは一躍時の人となったダニ・ペドロサだが、それは彼のコース上のパフォーマンスが理由ではなかった。彼が2017年、2018年の2年間ヤマハでM1に乗るという契約にサインしたとスペインのメディアが報じたからである。つまり彼は10年間所属したレプソル・ホンダのHRCチームを離脱するということだ。なんたる驚き!
このニュースについてはあらゆる関係者が公式には否定しているが、ペドロサ自身はいくつかのオファーがきていると認めている。「ええ、それは本当ですよ。いくつかのメーカーからオファーをもらっています。でもホンダが最優先ですね」。そうきたら、いつ将来について決めるのか、そしてそれに期限は設定されているのかについてたずねるのは当然だ。「こういうことを決断しなきゃならないときは、いろんなことを考慮しなきゃならないんです。それにタイミングも重要ですね。あらゆることを分析してみて、その上で決めますよ」。ダニの口調は静かだった。じっくり考えて返答するというのはMotoGPでの10年間で培われた彼の良識でもある。「これまでしてきた決断というのは正しかったと思ってます。これまでの経験を大事にして、それを軽く見ないようにしたいですね」

世界チャンピオンになるという誰もが望む最高の目標は達成していないということは、特にHRCとしては変化を考えるべき段階にきている可能性もある。では彼に対するオファーには皆がほしがるチャンピオンの座をもたらしてくれそうなものが含まれているのだろうか?「僕の目標はもちろん世界チャンピオンになることですよ。そのためには勝てるパッケージ、そしてやる気にさせてくれるパッケージを手に入れることがいちばん大事なことのひとつですね。一生懸命がんばって、いい状態で、そして良いチームがあれば勝てるチャンスがあるわけだし、トップに立てる。それが僕を駆り立ててくれるんです」

次の質問は簡単だった。この10年チャンピオンになれなかったことを考えたら、これまでの8年間で5回のタイトルをもたらしているマシンに乗るというのは彼にとって「最後のチャンス」ではないのか?そろそろ違うことを試しても言い頃合いなのではないか?ダニは私をみつめ、そして答えた。まあ実際にはちゃんと答えてくれたわけではないが。彼は肩をすくめてこう言った。「ふっ…」。答えたくはなかったのだ。そこで、ホンダに自信を保っているなら今年チャンピオンになれると思っているのかたずねてみた。ホンダはシーズン当初から明らかに問題を抱えているのだ。統一電子制御とミシュランが組み合わされたRCVはまともに走っているようには見えない。「ずっとホンダで勝てると思ってますし、うちのマシンで起こっていることはよくあることなんです」と彼は言った。これは今に始まったことではないと言うのだ。

「そうですねぇ、状況がここまで変わるという中ではよくある話だと思いますよ。800ccの時も同じようなことがありましたから。あの時はドゥカティが有利になった。うまくやっていたし、彼らは運がよかったんです。でもうちには厳しいことになった。タイトル争いがどうなるかはこれからですね。まだレースはたくさんあるわけだしタイヤがどうなるかもわからない。まだ変化している最中ですから。とにかく良い方向にいくようにがんばらないといけませんね」

ペドロサは改善途中のマシンに自信を持とうと努力しているところだ。2016年型RCVは新レギュレーションの下ではかなりの問題を抱えていた。ダニはそれをわかっており、そして今でも問題を抱えている。つまりは満足できないというか、悲観的というか、我慢しているというか、とにかくそういう状況だ。ダニが弱そうに見えるという状況が出来しているのだ。こんな状況であればペドロサはヤマハにチャンスを与えるべきだったし、もしそうならなかったら、それはヤマハのマネジャーのリン・ジャーヴィスにとって第一選択ではなかったからだろうと私は思う。

怪我との戦い

30歳になった彼にとって、何年も追いかけてきた世界チャンピオンという夢を実現するための時間はそれほどないし、彼もそのことはわかっている。かつての自分のチーフメカであるマイク・レイトナーが率いるKTMのプロジェクトに参加するという選択はないのだろうか?これについてペドロサは「興味深いですけど勝利を求めてアドレナリンが出るタイプのマシンではない」と言っている。

「どれくらい時間が残されているかはわからないですね」。40歳近くになっても第一線で活躍するロッシと同じようになれると思うかとたずねるとダニはこう答えた。「僕にとって身体的にいい状態でいるのはとても大事なことですね。マシンに乗るためにはすごくいい状態でないといけないんです」。これについてはペドロサ自身が最もよくわかっているだろう。MotoGPで、それどころか全クラスを通じてこれほど怪我とつきあってきたライダーはいないだろうからだ。あまり彼は怪我について語りたがらない。他のライダーとの比較については特に語りたがらない。そんなことをしてもあまり良い方向に傾かないから、というのがその理由だ。「みんなつい比べちゃうけど、それって間違いなんです。起こったことは受け入れるしかないんですよ。僕にとって物事はなるようにしかならなかったし、それを乗り越えるための努力をするしかないんです。それが僕の宿命なんです。今言えるのは、これまでいろんなことがあったけど、まだレースをしているし、レースができてるってことだけですね」。そう言って彼はこの話題を終わりにした。

レースの最悪の一部である怪我に関して言うと、彼は既に被曝の限界に達してしまっているために医師が放射線検査を拒むほどになってしまっているのだ!「最終的にはそのせいでフィジカル面をきちんと調えるようになったんです。前より自分に気を遣うようになりました。トレーニングも少し変わりましたね。トレーニングであることには変わりないですけど、怪我を防ぐような体作りに重点を置くようになったんです。例えばサッカーみたいな感じですね。何度も転倒したら、できるだけ転倒しないようにいろいろ変えていく。そんな感じです」

経験が培った知恵

あまりないことだがダニ・ペドロサがレースについて双方向の会話をしようという気になると、かなり興味深い話をきくことができる。豊富な経験の陸がで、彼は様々な視点から語ってくれるからだ。例えば今回はシーズン当初のミシュランが引き起こした状況について話してくれた。ヘレスでの最終戦の後、ダニは許される限りたくさんのテストを自らすすんで行っている。「そうですねぇ、今の状況は理想的とは言えませんね。もっとミシュランを支援するように柔軟に対応しないといけないんです。彼らはそれだけがんばっているんだし、楽な立場ではないんですから。MotoGPに参加していろんなマシンが使うタイヤを毎レース用意してるんですよ。しかもこの何年かは離れてたんですらね、でしょ?」

ここのところMotoGPを浸食しつつあるウイングについてのペドロサの考えも興味深いものだ。彼の見方はこれまで私たちが耳にしたものとは全く違うのである。「MotoGPではこういうウイングって見なかったですよね。僕らにウイングから最高のパフォーマンスを引き出すような知識や技術があるのかどうかはわからないんです。僕が言えるのは良い面と悪い面の両方があるってことです。安定性は増すし加速でフロントが浮きにくくなるのは確かです。でも状況を悪くしている部分もありますね。今のところライダーが使うかどうかを決められるんですけど、技術的な話だけじゃなくなりつつあると思ってます」

ご存じの通り、ペドロサの性格は独特だ。彼は好かれるタイプではないし、「パドックのアイドル」でもない。彼を見出したアルベルト・プーチといっしょにいたころは、毎晩寝るためだけにホテルに帰り、パドックという「汚濁の世界」から距離を置いていたが、そんなライダーは彼一人だった。数年がたち、「死が二人を分かつまで」と思われたプーチとペドロサの関係は破綻している。ダニは以前と比べれば少しはオープンになり、コミュニケーションもとりやすくなった。だが少しだけだ。

話を終える前にそのアルベルト・プーチについてきいてみた。彼らが一緒に歩んできたことで「サーキットでのアドバイザー」という役割ができたとも言える。今ではトップのMotoGPライダーなら誰もがつけている。最近ではルカ・カダローラがヴァレンティーノ・ロッシのチームに加わった。ペドロサはしかし逆の道を歩んでいる。何年もプーチというサーキット・アドバイザーと一緒にやっていたのに、今では周りにそういう役割の人間はいない。なぜだろうか?

「ええ、おもしろいですね。みんなの役に立つことをいろいろやってきたってことでしょうか」と彼は考えながら答えた。「ピットボードにメッセージを出すとか、今はみんなやってますし、他にもみんながやるようになったことはありますね。僕らは125ccの時からやってるんですよ!今アドバイザーがいない理由ですか…?話せないですね」。驚いたような顔はまるで自分にも同じことを問いかけているかのようだった…。ダニ・ペドロサ、孤高のライダーだ。

おまけ

「ホンダで起こっているのはこういうこと」

ホンダを難しくしているのはいったい何なのだろう?新たに導入された逆回転クランクシャフトなのか?統一電子制御ソフトへの対応が遅れているからか?ミシュランタイヤのせいなのか?ホンダを悩ませいているのが何かということについてダニ・ペドロサほどうまく説明してくれる者はいない。正確に、しかも明解にダニは何が起こっているのか教えてくれた。

「個々の細かい要素ではなくコンセプトの話をしましょう。それぞれがお互いに影響し合ってますからね。基本的な部分では加速というかパワーを伝えるところで問題があるんです。でもパワーがないわけじゃない。4速でも5速でも6速でも加速はすごいんです。
 それがグリップの問題なのか、ウィリーしやすいからなのか、パワーの出方の問題なのか、ギアボックスとかギアレシオの問題なのか、そこらへんはわかりません。違いは大きいですね。そこははっきりしてます。ここ(ルマン)みたいなサーキットだと、加速ポイントが多いんで他のコースよりはっきりわかりますね。
 例えばプラクティスで誰かの後ろを走っていると、タイヤがフレッシュな時に0.2秒とか0.3秒とか、ちょっとずつ遅れていくんです。そこで自分に言うんです。「限界で走ってるのになんで遅れるのかわからない」ってね。実際レースになって前のライダーについていこうとしてもとコーナーでもコーナー脱出で離される。ひとりで走ってるとわからないことってあるんですよね。限界でウィリーしたりスライドしまくったりしてるんで。
 マルクがどういうレースをしてるのかはわからないですね。でも僕がヤマハのサテライトの2台とかスズキの2台と序盤で一緒に走ってると、ついていくことができないんです。タイムが出せないんですよ。グリップが悪いんでブレーキングでもリカバーできない。でもタンクが軽くなってくるとブレーキングでも突っ込めるしバランスも少し変わってくる。そうなるとトップと変わらないペースで走れるんで、何台か抜けるんですけど、もうそれじゃあ手遅れなんです。
 加速するたびにそんな感じで0.2秒とか0.3秒とか離されて抜くこともできない。加速すると前のライダーが数メートルはなれていく。ブレーキングで抜き返せないほど離れちゃうんですね。前に行くには何台も抜いてきかなきゃならない。ブラッドリーの方が遅いからと抜こうとしてもできないんです。ストレートで離されちゃうんですよ。彼の後ろについて何周も無駄にしてしまう。最後のほうになって前に行って安定したペースで走れるようになるんです。FP1くらいのペースでね。でもそれ以上は前に行けない。最大の問題は加速ですね。加速がないんでストレートでみんなに離されてしまってるんです。
 もうひとつは予選ですね。予選で良いタイムを出そうとしてるんですけど、がんばればがんばるほど悪くなる。次は別のことを試さないといけないですね。冷静になって前に出て、最初の2〜3周で4〜6秒も遅れるようなことがないようにしないと。
 今年のマシンは去年とは違いますし、タイヤも違えば電子制御も違う。今のところ僕らがやるべきはレースの前半をなんとかして、それが後半にどう影響するかを確認することですね。でも前半でかなり良くなれば後半が少しぐらい悪くてもトップから15秒遅れなのが5秒とか7秒遅れで済むかもしれないんです。悪くなるより良くなる部分の方が多ければね。そうすればレース序盤の遅さをなんとかできるんです」
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あけすけな良いインタビュー!

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公式リリース>フランス2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキアプリリア(英語)

を、今日のヤマハの翻訳は比較的まともだ!

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フランスGP:ペドロサ「ヤマハの噂についてはノーコメント」

ここんとこMCNと並んできちんと取材していることがわかるCRASH.netより、ペドロサが語る、です。珍しくいらいらしている感じ。
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来シーズンホンダからヤマハに移籍するという噂についてダニ・ペドロサはコメントすることを拒んでいる。

金曜の夜にスペインのメディアが移籍実現と報じた。ペドロサがドゥカティに移籍するホルヘ・ロレンソの空席を埋めるというのだ。

ヘレスでペドロサについての噂が飛び出す前はスズキのマーヴェリック・ヴィニャーレスがその席におさまりヴァレンティーノ・ロッシのチームメイトになると目されていた。

ヤマハとの契約を済ませたという噂についてたずねられたペドロサは集まった報道陣にこう答えた。「今日はこの件に関しては何も答えるつもりはありません。木曜にお話ししたとおり状況はヘレスから変わってないんです」

しかし昨晩の報道についてはどうなんですか?

「もっと大きい声で言いましょうか?でもこれ以上のことは言えませんよ。この件に関する質問には答えられません。木曜にお話ししたとおり状況は変わってないんです。今日は土曜で明日は決勝日です。僕は今レースに集中してるんです」

ホンダとヤマハのチームボスがペドロサの噂について語っていたことはこちらをご参照いただきたい(訳注:リンク先は私による翻訳)。

ペドロサの気持ちは土曜の予選で転倒したせいで癒されないままだった。シーズン最悪となる11番グリッドからのスタートなってしまったのだ。

「特別なことが起こったわけじゃありませんよ。フロントが滑っただけです」と彼は第1シケインでの転倒について語っている。「不運なことですけどセカンドバイクが同じ状態ではなかったんで最初のラップタイムを更新出来なかったんです。
 そのせいで順位を落としてしまいました。今年最悪の予選順位だし、これほどひどかったのはずいぶん久しぶりです。だからスタートに集中したいしレースに集中したいんです」

ペドロサはここ数戦で使われているミシュランの固い構造に苦しんできた。しかし新型のそれほど固くない構造のタイヤがルマンで導入されている。

「(いい感じ)ですね。前のタイヤよりタイムが出せます。レースになったらどうなるかはわかりませんけど、みんなこのタイヤだとタイムが上がってますからね」

ペドロサと同様に2017年の契約を済ませていないチームメイトのマルク・マルケスは予選2番手だった。
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明日はロケットスタートで!

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ストーブリーグ表2017(2016.5.7時点)

ヴィニャーレスのヤマハ入り確度↓スズキ残留確度↑、ダニのヤマハ入り確度↑に加えて、ドヴィツィオーゾのドゥカティ残留確度を上げておきました。どうなるんでしょうねぇ…。

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フランスGP:スッポとメレガッリがペドロサのヤマハ移籍説について話す

そうだよね、ちゃんと当事者にインタビューするのは大事だよね。というわけでCRASH.netより、ホンダとヤマハのチームの偉い人のコメントを。
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CRASH.netは土曜のルマンのパドックでレプソル・ホンダの代表であるリヴィオ・スッポとモヴィスター・ヤマハのチームディレクターであるマッシモ・メレガッリからコメントをとった。スペインのメディアがダニ・ペドロサのヤマハ移籍を報じたことについてだ。

CRASH.net:ダニ・ペドロサがレプソル・ホンダを離れてモヴィスター・ヤマハに移籍するという報道を受けてのHRCとしてのコメントをお願いします。

スッポ(ホンダ):HRCとしては今年と同じラインナップにするのが最優先です。ダニとマルクですね。ダニの代理人にもダニ自身にも確認しましたが、エル・パイスの報道は真実ではないと明言しています。私は彼らを信用していますし、だから何も変化はないということです。


CRASH.net:ダニにはすでにオファーを出しているのですか?

スッポ(ホンダ):もう交渉は進めていますよ。


CRASH.net:HRCとしては彼の返答期限を設定してるんですか?

スッポ(ホンダ):いえ、そういうことはないですね。ずっと言ってますけどまだシーズンの1/3も終わってないのになんでみんな契約を急ぐのか理解できませんね。、ああいずれにせよ普通に交渉してますよ。


CRASH.net:マルクとの契約についてはどうなってるんですか?

スッポ(ホンダ):同じですね。中本サンは来てないんですよ。彼はムジェロで戻ってくる予定です。ムジェロでミーティングすることになりますね。でも特に問題はないと思ってます。


CRASH.net:既にいくつかのメディアが報じていますが、そういう報道を目にしてダニが離れる可能性が高くなってると思いますか?

スッポ(ホンダ):いちいち報道を真に受けるなんて時間の無駄ですよ。わかるでしょ?ヤマハにとってはヴィニャーレスにプレッシャーをかけられて良いんでしょうけどね。本当に才能あるライダーが自分のところに来るかもって言えるわけですから。さっき言った通りダニが言ったことを心から信用しているんです。もしヤマハに行くんだとしても、モチベーションを新たにするためとか、そういうことでしょうね。お金の問題ではないでしょう。もしダニがホンダを離れるということであれば、それは新たな挑戦を必要としているってことんだと思います。少なくとも私はそう考えるでしょうね。今のところ彼も最優先はうちに残ることだと言ってくれてます。彼を疑う理由なんか思いつきませんよ。


CRASH.net:契約についてすぐに彼と話す予定はありますか?

スッポ(ホンダ):彼とは毎日話してますよ。契約がらみでは普通そうですね。


CRASH.net:契約締結は近いとお考えですか?

スッポ(ホンダ):びっくりするようなことはないですよ。うちも彼には複数のオファーが来ていることは知っていますし、別に特別なことじゃない。契約交渉ではよくあることです。


CRASH.net:カルがレプソル・ホンダ入りという話もありますね。彼についてはどう思いますか?それと2017年のサテライトライダーについてお聴かせください。

スッポ(ホンダ):そうですねぇ、今のところダニとマルクの契約に集中してるんですよ。サテライトに関してはもちろんチームとまめに話はしてますよ。でもチームの一存では決められないんです。スポンサーとか、いろいろからみはありますからね。だからうちとして気に入らないことも起こるでしょう。でもチームに何かを強制することはありませんよ。カルとルーチョ(チェッキネロ)はいい仕事をしてますし、カルにとっても2年連続で同じチームにいることも重要でしょう。この数年彼は毎年チームを変えてましたから、その方がいいと思うんです。

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CRASH.net:マイオ、スペインのメディアがペドロサがヤマハに加入すると報じたことについてリヴィオと話してきたんですが、あなたの立場からどういう状況なんですか?

メレガッリ(ヤマハ):誰がその記事を書いたか知ってるんですけど、なんでそんなことを書いたのかとか、誰が情報源なのかは全くわからないんです。まだ何も契約なんかしてませんよ。


CRASH.net:でもペドロサにはそちらからオファーは出したんでしょ?

メレガッリ(ヤマハ):はい、次の質問!(笑)


CRASH.net:では2人目のライダーについてはもう決まりそうかどうかということについてはいかがですか?

メレガッリ(ヤマハ):すみません、それも答えられないですね。本当でないことは言いたくないんで。


CRASH.net:でも相手のライダーは2人いるんでしょ?

メレガッリ(ヤマハ):ですね。


CRASH.net:いつ頃までに決めたいと思ってます?

メレガッリ(ヤマハ):できるだけ早くですね。でもわからないです。


CRASH.net:あそこにいるライダー(とスズキとヴィニャーレスのピットを指しながら)が第一候補ですか?

メレガッリ(ヤマハ):(長い沈黙の後)2人のライダーのうちから考えてるとしか…。
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良いインタビューだなあ。

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2016年ルマン金曜まとめ:タイヤ、ウイング、そしてペドロサがヤマハに

きましたね!Emmett氏が言ってるんだから確度はとても高そうです。MotoMatters.comより。
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人生で確かなことは二つしかないと言われている。死と税だ。今年のMotoGPでも確かなことは二つしかない。毎戦ミシュランは新型タイヤを投入すること、そして毎戦ドゥカティデスモセディチGPが新しいウイングを生やすということだ。ルマンではミシュランが新型リアタイヤを導入した。これまでより柔らかい構造で、コンパウンドはそのままだ。グリップを少しだけ増やすと共に、加速を邪魔し、しかも高いギアでも発生するということでライダーから不評だったリアのスピンを減らそうというものである。ドゥカティの新型ウイングはこれまでのものよりかなり大きく、おそらくルマンにはたくさんある1速で走るコーナー用だと思われる。

ミシュランがまた新たなタイヤを導入したということは相変わらずばたばたしているように思われるかもしれないがそうではない。ロリス・バスとスコット・レディングという二人のドゥカティライダーが被害を被ったことで計画が迷走しはじめたものの、いま彼らは開発の方向性を見出しつつあるのだ。オースチンとヘレスで使われたリアタイヤは彼らの言うところの「安全なタイヤ」だった。恐ろしい結果を招くことなくレースを走りきれるとミシュランが自信を持てるような構造だったのだ。実質的なテスト無しでレースに使われたもので、いわばバックアップタイヤである。そもそもレースでの激しいバトルを前提としたものではなかったということだ。

少しましなゴム

新型リアタイヤは改良されている。柔らかい構造によってグリップが増したのだ。ライダーからの評価も高い。もっとも手放しで褒めているというわけではないようだ。「間違いなく僕にとってはいい方向ですね」とダニ・ペドロサは言っている。しかし違いは小さいようだ。「良い方向にちょっとだけ変わってるんですけど、ほんとにすごく僅かですよ」

ブラッドリー・スミスはもう少し評価している。「良い方向にひとつ階段を上りましたね。グリップするようになったし前より少しだけ加速するようになってます」。スミスはこのタイヤで24周をレースペースで走っている。ほぼレースディスタンスに相当する距離だ。彼はゴールまでこのタイヤが保つことは確信しているが、これについてはミシュランとしてもきちんと確認しなければならないことではある。アンドレア・ドヴィツィオーゾとホルヘ・ロレンソも同じように評価しているが、特にロレンソは300km/hで駆け抜けるシーズンの全サーキットで最速となる左コーナーであるダンロップコーナーでのリアタイヤの挙動が抑えられたということに満足している。このコーナーでライダーの頭がどれほどガクガクするかを考えたら、リアの挙動が少しでも改善すればそれは歓迎される事実だろう。

新型リアタイヤをテストできなかった数少ないライダーの一人がヴァレンティーノ・ロッシだ。彼はミディアムタイヤ(旧タイプの安全性を重んじた構造の仲で最も固いもの)がレースで使えるようにするのに集中していたのだ。しかしそれは間違いだったと彼は言っている。コーナー進入、特にダンロップコーナーで深刻な問題を抱えていたとのことだ。土曜に新型タイヤを試す計画だったということで、ロレンソと同じように自分にも効果があるといいと彼は語っていた。

34番のフロント

ミシュランがMotoGPに対応し始めたという証拠はもう一つある。フロントに関しては構造は一種類だということだ。「34番」と呼ばれるその構造はオースチンでは多くのライダーを転倒に追い込んだ。フロントの感触がうまく得られなかったからだ。ルマンでは2種類のなかから選択するという方式が撤回され、結果としてチームは楽になったとブラッドリー・スミスは言っている。

ライダーに選択肢を与えるとどちらのタイヤがいいか試すのに時間をとられてしまう。選択肢がなければそのタイヤでのセッティングに集中できるということだ。「構造が一種類であとはコンパウンドだけということになれば僕らにとってはやりやすいですよ。ソフトかミディアムかハードかだけを選べばいいんですから。その中からうまくいくタイヤをみつければいいんです」

しかしこれはチームが楽をできるということだけではない。ミシュランにとっても前に進めたということだ。スミスはこう語る。「ミシュランもいいとこまできてますよ。それは間違いない。もうストレートでロックさせるライダーはいないし、誰もへんな感じでクラッシュすることもない。つまり普通に使えるところまでフロントタイヤを改善してきたってことですね。次はリアをうまく作ることですね。まだこのリアタイヤで3レースしかやってないわけですし、まだ改善してくれるでしょう」

ウイングの群れ

これが今年になって導入されたミシュランタイヤの状況が落ち着き始めたという話だ。そしてドゥカティの新型ウイングを見ると空力に関しても同様のことが起こっているように思える。デスモセディチが新たに生やしたウイングはルマン専用のようだ。上のウイングの後方が延長されサイズが増大している。そしておそらくライダー周りの整流のために巨大な翼端版が追加されている。下側のウイングは以前からと同様2段式になっている。

ルマンには加速が鍵となるコーナーが数多く配されている。ホームストレートとバックストレートはどちらもかなりのタイトコーナーからの立ち上がりとなっており、ライダーはストレートに向けて全開で加速することになる。ウイングは1速のコーナーでは効果がなさそうだが大きくなれば、以前の比小さなものと比べると比較的低速(例えば130km/hあたりから)でも効果が出てくるだろう。ヘレスで使われた小さいウイングは5コーナー立ち上がりで効果があるといわれていた。ここはバックストレートにつながる160km/hレベルのコーナーだ。今回の大型ウイングならもっとタイトなコーナーでも効果がありそうだ。

誰もがウイングや空力に突然取り組み始めたのはなぜだろうか?簡単に言ってしまえば統一電子制御が導入されたからである。統一電制制御にもウィリー制御プログラムが組み込まれているが去年までファクトリーオプションのマシンが使っていたものほど性能は高くない。これが使えないとなると、そしてこれまた重要な要素だが、電子制御に使っていた予算が浮いたとなれば、メーカーはコーナー立ち上がりの加速を改善するための他の方法を探ることになる。ウイングにはフロントを押さえつけることでライダーはより多くのパワーを掛けられるということがあるのだ。そしてそのおかげでコーナーでの加速力が上がるのである。ドゥカティが空力というパンドラの箱を開け、そして他のメーカーも右へならえということになった。

どのサーキットでもウイングが

ドゥカティがどれほど空力に注力しているかについてアンドレア・ドヴィツィオーゾが語っている。「サーキット入りする前にどのウイングがベストか検討してるんで、現場で比較したりはしないんですよ。レイアウトによってどれがいちばんいいかわかってるんです」。ルマンで登場した新型ウイングはドゥカティがサーキットごとに空力をカスタマイズしているということだ。

このようにサーキットごとに作り込んではいるものの、その効果は限定的である。「説明しにくいし、実際の感触も表現しにくいですね」とドヴィツィオーゾは語る。「違うウイングでも何が起こっているかはよくわからないんです。マシンのセッティングみたいにね」。ブラッドリー・スミスもウイングの優位性は非常に小さいと言っている。「パフォーマンスの違いはほとんどないと思いますよ。特にうちが使ってるヤマハのマシンではね」。スミスによればドゥカティでの状況はやや異なっているようだ。ドゥカティは他メーカーより空力にかなり多くの時間を費やしているのである。

危険だが使うんだ

多くのライダーがウイングの使用に異を唱えている。安全性がその理由だ。しかし興味深いことにライダーによって何が危ないかについての見解は異なっている。ダニ・ペドロサは接触時の危険性を問題視している。「ライダーというのはむきだしなんです。だから安全委員会にコースのコーナーや芝生やグラベルトラップの改善を要求しているし、エアフェンスの増設とかも要求してるんです。そしていま僕らはマシンに取り付けられた『ナイフ』について問題視している。だからウイングについていろいろ開発する一方で廃止しようというのはわけがわからないですよ」

スミスにとっては乱流の方が問題だということだ。「僕にとって最大の問題は乱流ですね。350km/hで他のマシンの後ろにつけているときにマシンが不安定になってフロントが暴れ始めて、それでブレーキパッドが広がっちゃうんですよ。僕が心配するのはそこなんです」。そんな風に異を唱えているものの、彼もまたウイングを使っている。「なくても走れますよ。でもそれで0.1秒遅くなるんだとしたどうでしょう?」とスミスは指摘した。レースがゴールする頃には2.7秒になるんです。4位と10位がそれくらいの間に収まっちゃうこともあるんですよ。だから使えるとなったら使うんですよ」

さらにスミスはコストの問題も指摘している。空力がまたどれだけ資金力の戦いを引き起こす可能性があるということだ。メーカーは風洞実験にどんどん資金を投入するようになる。スミスの懸念はもっともだが、しかし空力パーツを禁止しても資金力の競争は止められない。これは歴史が教えてくれていることだ。技術者というものは問題解決のために喜んで新しい何かを発明しようとする人種だし、メーカーというものは技術者がそれを実現するためにいくらでも資金を投入してしまうものなのだ。資金戦争を防止するためにデュアルクラッチは禁止されたがHRCはDCTに投入するはずだった資金をシームレスギアボックスの開発に注ぎ込んでしまった。そして今では誰もがシームレスギアボックスを使っている。そうせざるを得なかったのだ。でなければ戦えないのである。

慢心の報い

話のネタとなっているのはもちろんウイングとタイヤだけではない。2017年の去就について多くの噂が飛び交っている。いつものことだがパドックはマーヴェリック・ヴィニャーレスの決定を固唾を呑んで待っている。彼はまだヤマハとスズキの間で迷っているのだ。そしてこの件はそろそろ彼の手に余るようになってきそうだ。ロッシのチームメイトとしてヤマハがダニ・ペドロサに興味を示していると報じられたことについてきかれた彼はこう切り出したのだ。「ダニはここまでずっとホンダだったですよね。ホンダでキャリアを終わればいいんですよ」

2時間ほど後、ヴィニャーレスはツイッターでこう弁解している。「ダニの将来についてのコメントについては申し訳なかったです」「キャリアを始めたメーカーでキャリアを終われればダニにとっても素晴らしいことだなって言いたかったんです」

なぜこんな言い訳をしたのか?言いすぎたと気付いたのか、それともそういう自己表現は気に入らないとヤマハかスズキから無言の圧力があったのか。ダニペドロサがヤマハと契約直前で自分のヤマハ入りの可能性が消えつつあるとという金曜深夜のニュースを読んだのかもしれない。

スクープ!

信頼すべきスペインの新聞エル・パイスのナディア・トロンチョニが、ダニ・ペドロサは既に2017、2018年についてヤマハと合意に達していると報じた。トロンチョニはおそらくMotoGPパドックで最高のジャーナリストであり、知識もとんでもなく豊富なら、信頼性もとんでもなく高い。今週初めにMCNのサイモン・パターソンが報じた内容を(訳注:リンク先は私の翻訳)事実として報じている。さらにパターソンの情報源はペドロサのヤマハ移籍が真剣に検討されていると言っているだけだが、トロンチョニはすでに契約がなされたと書いている。もちろんこうした微妙な事柄に関してはどちらも情報源を明かしてはない。

ヴィニャーレスは自分を過大評価しすぎた結果こんな状況に陥ってしまったのかもしれない。若い彼は確かにとてつもない才能を秘めているが、チームメイトの出す結果を完璧に上回っているわけでもなくMotoGPで表彰台に上がったわけでもない。アンドレア・ドヴィツィオーゾのマネジャーで、思慮深いことで知られるシモーネ・バティステッラがGPOneに今年のストーブリーグはライダー市場を歪めてしまっていると言っている。「(ヴィニャーレスは)強いライダーですけど、でも今の市場では過大評価されてますね。若くてしかも本当に強いライダーはそんなにいないんです。同じことがアレックス・リンスにも言えますね。現時点ではライダーは3つのグループに分けられるんです。トップグループは30歳前後と27歳のイアンノーネとそれ以外ですね。本当に凄い若手ってのはマルク・マルケスだけですよ」

ダニ・ペドロサがヤマハに移籍するとなるとマーヴェリック・ヴィニャーレスはススキに残ることになり、最大の関心事はレプソル・ホンダの2人目ということになる。MCNはカル・クラッチローがそのシートを得るだろうと報じているし、現在の市場を見る限りそれほど的外れな説ではないだろう。他に選択肢がないというのもある。ヘレスでホンダの幹部の一人と話をしたときには、マーヴェリック・ヴィニャーレスもアレックス・リンスもまだ印象に残るような結果を出せていないという意見だった。HRCと契約があるもののジャック・ミラーも同様の状況だという認識だった。ミラーは足首の怪我からの回復が遅れており、今シーズンは印象に残る結果を出せないでいる。

レプソル・ホンダの2人目を考える場合、誰の契約がフリーなのかということも考慮にいれなければならない。アンドレア・イアンノーネは速いライダーだが名前には傷がついている。それも多数。アルゼンチンでのクラッシュがその典型だ。ポル・エスパルガロはホンダ加入を熱望しているしレプソル・ホンダなら喜んで加入するだろうがこれまでの評価を覆させるほどの結果をだしていない。マイケル・ファン・デン・マークはワールドスーパーバイクで素晴らしい結果を出しているがWSBKからMotoGPに直接飛び込むのはかなりのリスクを伴う。去年のWSBKのチャンピオンであるジョナサン・レイならできるかもしれないが、彼はすでにMotoGPで走ることをあきらめているようだ。

憶測は巡らせておこう

レプソルのシートが空いたおかげでメディアはコラムのネタもできるしページビューも稼げるし大喜びだ。これから数週間はあらゆるライダーとマシンの組み合わせが報道されることになるだろう。そのシートが決まれば、全てのメディアは正しい組み合わせの記事だけを指さして自分は正しかったと言い張るだろう。同じライダーが別のマシンに乗ると書いた他のたくさんの記事はこっそりカーペットの下に隠されるのだ。

MotoGPチームがスーパーバイクに興味を示さない理由、そしてメーカーが別のシリーズからライダーを連れてくることに懸念を示す理由についてはCRASH.netにカル・クラッチローが語った内容が興味部深い。クラッチローが語るそれぞれのライダーがどうなるかについて、そしてその理由は相変わらず面白い洞察に溢れている。彼はどう思うか?チャズ・デイヴィスのプラマック・ドゥカティ入りだ。私もそれはかなりの可能性があると考えている。デイヴィスと同時にマイケル・ファン・デン・マークもMotoGPに来る可能性があるが、それはサテライトのシートが空けばの話だろう。もしクラッチローがレプソル・ホンダに入るならLCRのシートが空くわけだが…。

ああ、今日、たくさんのマシンがコースを走っていたことも忘れてはならない。ホルヘ・ロレンソが止められない速さを見せた。ここのコースと彼の相性は抜群だ。ホンダは予想より速かった。グリップのなさにそれほど苦労しなかったのだ。ロッシと彼のスタッフについては上に書いたとおり間違った方向に言ってしまったが、土曜にはなんとかしたいと考えていることだろう。

Moto2ではヨハン・ザルコが地元で輝いていた。午後のセッションでトップタイムを出したのだ。ランキングトップのサム・ロウズは対照的に苦労していたが、その原因ははっきりしない。Moto3ではブラッド・ビンダーが午前の不調とはうって変わって午後のセッションを支配していた。怪我が回復していないため出場を止められたエネア・バスティアニーニのチャンピオンの可能性はほぼ潰えたと言えるだろう。彼はランキングトップのビンダーからは48ポイント差となってしまっている。そしてその差は日曜が終わればさらに大きくなっていることになるだろう。
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ストーブリーグ、落ち着き始めちゃった?

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公式プレビュー>フランスGP2016

ヤマハホンダドゥカティ(英語)スズキ(英語)アプリリア(英語)

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MotoGPにおけるタイヤ禍:その歴史

今年から統一タイヤとして導入されたミシュランですが、ミシュラン自身もライダーもチームもみんなが苦労しているようす。しかしこれは今に始まったことではないというMat Oxley氏の記事。Motor Sport Magazineより。
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今週末のフランスGPはミシュランの地元グランプリとなる。彼らは1974年から2006年まで実質的にGPを支配した後、今年から戻ってきたわけだが非常に苦労している。とは言え通常であれば言祝ぐべき週末となるはずだ。

彼らの苦労はまずアルゼンチンでのスコット・レディングのタイヤのトレッドがが剥離したことから始まった。これを受けて彼らは急ぎ固いカーカスをリアに導入し、しかしそのおかげでライダーたちは天候に恵まれドライとなったヘレスでは6速に入れてもホイールスピンに苦しめられることとなった。

どこかに丁度いいバランスがあるに違いない。しかしない、ということもあり得る。少なくとも全員が満足するバランスというのはないかもしれないが、これはそもそも統一タイヤにつきものの問題なのだ。体重78kgのレディングと51kgのダニ・ペドロサのどちらも満足させるタイヤをどうやったら設計できるのだろうか?

答えは「できない」である。統一タイヤで全ライダーにとっての機会均等を担保するということなどナンセンスだ。マッチするマシンやライダーとそうでないマシンやライダーはかならず出てきてしまうのだ。

当然のことだがミシュランはブリヂストンがやらかした時と同様に、この数週かなりの集中砲火を浴びている。しかし背中に剥離したリアタイヤのトレッドが当たったのはGPライダーとしてはレディングが初めてなのだろうか?

そんなことはない。では誰が最初だろう。2002年からMotoGPとなったとき、190馬力130kgの2スト500ccマシン用のタイヤを作っていた会社には220馬力150kgの4スト990ccマシン用のタイヤを作ることはできないだろうと不吉な予言をする者もいた。

そしてその予言は2004年のムジェロで真実となった。ワークスカワサキに乗った中野真矢が320km/h近いスピードでホームストレートを駆け抜けているその時、ブリヂストン製リアタイヤがオーバーヒートし自壊したのである。不運な彼は地面にたたきつけられ、コースサイドウォールのすぐそばに横たわることとなった。ほんの数か月前にはケニー・ロバーツ・ジュニアがセパンで同じような状況でブリヂストンのリアタイヤが自壊し転倒している。

これがタイヤ問題の始まりということだろうか?そんなことはない。GP史におけるタイヤによる悲劇の最も古いものは1950年の7月まで遡るのである。GPが始まって2シーズン目の2レース目のことだ。ベルギーGP500ccクラスでジェフ・デュークが手強いコースであるスパ・フランコルシャンの公道コースを走っていたときのことである。彼はノートンの40馬力の単気筒マシンでネロ・パガーニとウンベルト・マゼッティが乗る速さに勝るジレラ4気筒を抜きさっていた。

「14周のレースの13周目までに私は45秒の差をつけていたが、そこで災厄がやってきた!」とデュークは彼の自伝、「完璧を求めて」で書いている。「突然大きな音がして背中に何かが当たった。そしてリアホイールに激しい振動を感じたのだ。リアタイヤのケーシングからトレッドが大きくはがれたのだ」

つまりデュークは66年後にレディングが体験したことと全く同じ目にあっているのである。どちらがより怖い思いをしたのかはわからないが、もしデュークがコントロールを失っていたなら彼は死んでいただろう。スパより危険なサーキットはほとんどない。追悼用の記念品でフェンスが作れるほどだと言われたころの話である。

ダンロップはその原因がトレッドゴムの継ぎ目にあるとみつけ、すぐに対策を施した。こんどは注意深く製造された新型タイヤが翌週末のダッチTTのためにアッセンに航空便で送られたのだが、しかし全く同じことが起こってしまった。

時速200kmを超えるスピードで走るマゼッティがアクセルを全開にしたジレラのスリップについていたデュークは全開ほどには幸運ではなかった。「またいやな破裂音がした。リアホイールがロックしマシンはコントロールを失った」

デュークは転倒しひどい目に遭うことになる。しかしその数百メートル手前でなかったのは幸いだった。その辺りはコースサイドに樹が幅広く植わっていたのだ。当然の帰結として彼はダンロップを見捨てピレリにスイッチした。「ピレリのトレッドは非常に固く、木製じゃないかと言われるほどであった」と彼は書いている。

つまり何も変わっていないと言うことだ。グリップと耐久性のベストバランスを見つけるのは決して簡単なことではない。ブリヂストンはこの考えに異を唱えるかもしれない。彼らが作ったMotoGPタイヤは特別なものだったからだ。しかしそれでも完璧とは程遠く、骨折に至るようなハイサイドを何度も起こしているのだ。

デュークの1950年のタイヤ禍が最も有名なタイヤ事故ではない。1975年3月、バリー・シーンは世界最大のバイクレースに備えていた。グランプリではない。デイトナ200だ。バイクレースにおける初のロックスターである彼がスズキ750でフロリダのバンクを280km/hで飛ばしているときのことだ。ダンロップのリアタイヤが破裂したのだ。

「クラッチを引いたんだ。エンジンが焼き付いたと思ったんでね。でもそれで後輪がフリーになるわけじゃなかった」とシーンは語っていた。「マシンがドリフトしはじめたと思ったら今度は逆方向を向いて、それで神様ってなって、思ったんだ。このスピードで転ぶわけにはいかないってね。だからなんとかしようとして、でも完全にyほこむきになっちゃったんだ。でバンクを飛び出してコースサイドにでたらフロントもパンクして完全にコントロールを失ってしまったんだよ。それで万事休すさ。
 神様、って思ったのは覚えているよ。路面を転がって全身の皮膚がはがれるのを感じたんだ。脚が折れたことには気付かなかったよ。感じていたのは両肩から皮がはがれていることだけだった。やっと止まったときには『イエス様、まだ生きています』って思ったね。僕は死ななかったし、再起不能にもならなかった。起き上がろうとして下を見たら脚が右を向いていて、もう片方の脚をつっついていたんだ」

このクラッシュのせいでシーンはあちこちに傷を負うことになったが、こいうした事故はこれだけではない。他にも多くのライダーが同じような恐ろしい事故を体験しているのだ。どの事故も突然のパフォーマンスの急上昇しに対応できなかった結果だ。そしてこの頃のパフォーマンスの上昇はグランプリにおける2001年と2002年の違いの比ではないのである。

フォーミュラ750というクラスは1970年代初頭にBSAとトライアンフの4ストマシンのために作られたものだ。最高速度は状況が許してもせいぜい250km/hだった。そこに現れたのがカワサキとスズキの2スト750ccマシンである。H2RとXR11の最高速は280km/hに達していた。

「あの頃は最悪の時期でした」とダンロップのエンジニア、トニー・ミルズは回顧する。「カワサキとスズキがとんでもない怪物を持ち込んだんです。どんなものか想像もつかなかった。私たちがデイトナに持ちこんでいたのはもっと性能の低いマシン用で、全然ダメだったんですよ」

ミシュランも同じようなジレンマに陥っている。ライダーが要求するグリップを実現しつつ、デュークやシーンや中野やレディングや他の多くのライダーを見舞った事故は避けなければならない。

「でもミシュランはうまい妥協点をみつけないといけないですね」とホルへ・ロレンソのチーフメカニックであるラモーン・フォルカダはヘレスのでのホイールスピン問題を受けて言っていた。「安全性は大事です。でもちょっと安全方向に振りすぎましたね。それでライダーが文句を言っているんです。でももしタイヤが破裂でもしようものならもっと文句が出るでしょうね!」

身長が高いことはレディングにはどうにもならない。ペドロサやマーヴェリック・ヴィニャーレスが自分の身長の低さをどうにもできないのと同じだ。MotoGPの最高身長側と最低身長側のライダーのどちらもが現在の状況ではチャンスが小さくなってしまうと心配している。

「ヴァレンシアやオーストラリア、カタールのテストで使ったタイヤの方が明らかにいいですね」と体重64kgのヴィニャーレスは言っている。

それはペドロサにとっても同様だ。「去年ミシュランでテストが始まった頃は僕はいつでも前の方でした」と彼は言う。「でも今は苦労している。特にリアタイヤに苦労してますね。どんどん、どんどん固くなってくんです。構造もコンパウンドも空気圧も固い方向にいっている。だから今ではものすごく固いタイヤになってしまってるんです。僕は体重が80kgとかあるライダーと同じ構造のタイヤで走っているんで、そりゃあタイヤの性能を引き出すためのセッティングには苦労しますよね。それにタイヤを変更するたびに固くなっていくんで、ますます僕はタイムシートの後ろの方に下がってしまうんです。
 もしトップライダーに特化したもっと固いタイヤコンパウンドを使ったら4秒とか遅れちゃうかもですよ。タイヤに荷重を掛けられなくなっちゃいますから。だからまたソフト側タイヤを使うようにしたら、こんどはホイールスピンに悩まされることになった。全然トラクションがかからないんです。空気圧を低くしたくても(セパンのプレシーズンテストでロリス・バズがーミシュランの説明によれば-パンクさせて以降)それは禁止されてますからね」

ミシュランは今週末の地元GPで、少しでも良いバランスを得られることを期待しているところである。
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なるほど、ペドロサが苦労しているのはそういうわけでもあるんですね。

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ストーブリーグ表2017(2016.5.6時点)

フォルガーのテック3入り公式発表とか、リンスのテック3入りの噂(MCNのツイート)とかを受けて更新。ついでに備考欄も追加。

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ペドロサとクラッチローが来年の噂について語る


MCNによる、ペドロサがヤマハに、かわりにクラッチローがレプソルにという報道
を受けて、それぞれが語っています。CRASH.netより。
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フランスGPの木曜日、ダニ・ペドロサとカル・クラッチローが2017年に関する噂について語っている。

マーヴェリック・ヴィニャーレスがスズキを離れてホルヘ・ロレンソの代わりにモヴィスター・ヤマハに移籍するという予測をを裏切って残留するのであればペドロサがヴァレンティーノ・ロッシのチームメイトとなるのではないかという観測が前戦ヘレスあたりから流れ始めている。

しかしさらなる噂が飛び出してきた。ヴィニャーレスとヤマハの契約は実質的に済んでいるという話が疑わしくなってきた上に、もしペドロサがヤマハに移籍したなら、LCRのクラッチローがワークスRC213Vでマルク・マルケスのチームメイトになるのでは、というのだ。マルケスはまだ2017年の契約を済ませてはない内が、間違いなくレプソル・ホンダに残るはずだ。

「この噂ですけど、話の内容はよくわかってないんですけど状況はヘレスのときと変わってないですよ。僕の方は全然変わってないんです」とペドロサは明言した。ストーブリーグの噂にはうんざりしているようだ。「だから現時点での将来ってのは今週末のことで、つまり走りに集中して自分のペースを取り戻したいってそれだけです。序盤4戦では本来の速さが出せなかったですからね。
 だから今考えているのは前で走りたいってことだけです。ヘレスの時から何も変わってないってことですね」とGPキャリアの16年間すべてをホンダで走ってきたペドロサは言い添えた。

クラッチローは自分の状況についてもっと詳細に語ってくれた。まずはLCR残留のオプションについてだ。

「ええ、オプションがあるんですよ。契約にそういう条項があるんです。でも今はそういうことは考えてないですよ。僕より先に決めなきゃならないライダーがいるだから。それまでは何も決まらないと思いますよ。それほど心配はしてないんです。グリッドではこう考えるんです。前にはいつもの4人とドヴィがいて、表彰台のことを考えたら自分はMotoGPにきてからこのかた、ずっとトップの連中と争えていたって年。まだ速さはあるんですよ。
 時期が来たらちゃんと交渉を始めますよ。でもその前にいろいろ決めなきゃならないでしょ?みんなわかってるけど、誰もがマーヴェリックと契約したがってるけど、まだMotoGPでは表彰台にも上がっていない!そういうことですよ。僕は誰より彼の力を信じてるけど、だって彼が上がって来る前からMotoGPでは速さを見せるだろうし倒すべきライバルになるって最初に言ってたわけだしね。でも彼はマルク・マルケスじゃない。へんな解釈はしないでくださいね。単にライダーとして比べてるだけですから。
 まあそうしたことがはっきりしてからですね。ホンダでよかったと思ってますよ。それはほんと。でもだからって移籍しないってわけじゃない。もちろんホンダでやってきたいですよ。他のメーカーには前にいたことがありますからね。戻れるんじゃないかって?まあそうかもしれませんね。でも現時点ではホンダで良かったし、これからですよ。
 今のところ時期が来るまではしばらくかかると思ってますよ。そうしたら交渉を始めますから」

2017年の所属先としてのレプソル・ホンダの可能性について、そしてホンダからそういうオファーがあったとしたらということについてクラッチローはこう答えている。

「その件についてはリヴィオ(スッポ)にきいてくださいよ。現時点では僕からは何も言えないんです。マルクが契約を済ませるまでは、もう契約したのかもしれないけど、まあそれまではいろいろあるでしょうね。
 現時点ではコメントできることはあんまりないんです。話には出てるかって?ホンダに乗るという話はありますけどね…。ホンダに残りたいとは言っているし、でもそれがこのチームなのかどこなのか、それともMoto3なのかは全然わかんないんですよ!
 むこうも僕が残りたいって言ってるのを喜んでくれてると思いますけど、そうは言っても僕が何か決める前に決めなきゃならないことがたくさんあるわけだし、喜んで待ちますよ。全然急がないです」

クラッチローが言うように、2017年のライダー市場の鍵は相変わらずヴィニャーレスである。ヘレスで彼は早く将来を決めてレースに集中したいと言っていた。

では彼は決めたのだろうか?

「現時点ではまだですね」と21歳のヴィニャーレスは困ったような笑顔を浮かべながら答えた。「すごく難しいんです。検討すべきチームが二つあるんです。ひとつはうち(スズキ)で、Moto2時代から僕のことを信頼してくれてるし、今でもそれが変わっていないことは間違いないです。そしてもうひとつのチーム(ヤマハ)は勝ってます。だからほんとに決めるのは難しいんですよ」

ヴィニャーレスは両者からオファーがきていることを認めた。元Moto3チャンピオンで現在ランキング6位、そしてベストリザルトは4位の彼は、特に決断の締め切りは設けられていないと言っている。

ルマンのプラクティスは金曜午前から開始される。
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クラッチローは相変わらずぶっちゃけすぎで楽しい!

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気狂いストーブリーグ:ペドロサまたはヴィニャーレスがヤマハに、リンスについて、Moto2、その他諸々

昨日はペドロサがヤマハに行くというびっくりニュースがやってきましたが、これについてDavid Emmett氏が書いてます。MotoMatters.comより。
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これで決まりかと思えたのだ。オースチンの段階でホルヘ・ロレンソがドゥカティに移籍するのは(公式発表はまだだったが)明らかで、これを受けてマーヴェリック・ヴィニャーレスが後釜に座るというのは当然の帰結だと誰もが思っていたのだ。ヤマハは熟成したベテランのヴァレンティーノ・ロッシと契約を済ませていた。2015年の結果からも明らかなように、彼は環境さえ整えばMotoGPのチャンピオン争いができるライダーだ。つまりヤマハに必要なのはすぐにでも勝てるライダーと、これからチャンピオンに育てていくライダーということだ。つまり残る一人はマーヴェリック・ヴィニャーレスということだったのである。

今日まではそういうことだった。火曜日、英国のMotor Cycle News誌がヴィニャーレスとの交渉が完全に決裂したことを報じたのである。金銭的な部分で合意ができなかったというのだ。その驚くべき情報が真実だという前提付きだが、MCNはダニ・ペドロサがヤマハの空席を埋め、ヴィニャーレスはスズキに残留すると報じている。

このMCNの情報はどれくらい信頼できるだろうか?記事を書いたジャーナリストのサイモン・ペターソンは情報源を信頼しているし、詳細は私がヤマハの内部の人とヴィニャーレスについて話した内容とも一致する。パドックの噂ではヤマハはヴィニャーレスにモヴィスター・チームへの移籍に際して400万ユーロ(訳注:邦貨換算5億円)を提示したと言われている。しかしスズキは将来を担うライダーを手放さないために500万ユーロに提示額を上げたとも言われている。MotoGPでまだ表彰台を獲得していないライダーに支払う額としては少しばかり多すぎるとヤマハは判断したのかもしれない。

真実はフランスにある

ヴィニャーレスがどこに行くかはルマンで明らかになりそうだ(訳注:リンク先は4/22のスペインのMUNDO DEPORTIVO)。彼はルマンまでには決めたいと言っている。ダヴィデ・ブリヴィオは決定については期限は設けていないとヘレスで私に言っていたが、ヴィニャーレスはスペインのメディアに対してブリヴィオが今週末のレースまでに決めるように頼んできたとも語っている。

ヴィニャーレスの選択はシンプルだ。スズキに留まってレースに勝ちタイトルを獲ることでスズキの歴史で伝説となるか、ヤマハに移籍して戦闘力のあるマシンを確保するかだ。金銭も選択に影響するだろうが、それはあくまで一部分に過ぎない。ここまでのレベルに達したバイクレーサーというものはなによりもまず野心を優先するのだ。金銭的な部分はその象徴だ。大事なのは自分が直接のライバルであると考える他のライダーより多くの金額を手にすることであって、絶対額はそれほど問題ではないのだ。

ステイ・オア・ゴー

ヘレスが終わった時点では野心が上回っていたように見えた。優勝したヴァレンティーノ・ロッシから16秒遅れの6位に終わったレースの後、ヴィニャーレスはこの結果についてよく考えたいと言っていた。「考えちゃいますよね。1位と2位を見て、僕とアレイシが5位と6位で、そこはちょっと考えちゃいますよ。でもスズキのことは信頼してるし、結果を出してくれると信じています」

その後ヴィニャーレスはカタルニア・ラジオで同じようなことを語っている。「前に行けるマシンがあることはみんなわかっているし、僕らは苦労していますね。これについてはじっくり考えないと。今がいちばん難しいときですね。スズキのことは信頼してますけど、自分の道もみつけないといけないし世界チャンピオンにもなりたい。それが僕の目標なんです」

スズキはヴィニャーレスを引き留めるために手を打っていたのだろうか?スズキとヴィニャーレスの契約には2017年の更新オプションがついている。しかしブリヴィオはそのオプションを行使しても良い効果を生まないだろうと私に語っている。「確かにうちはオプションをもっていますよ。でも普通にこうしょうしてます。オプションがないという感じでね。彼が喜んで留まってくれるような道を探っているんです。オプションがあるからじゃないんですよ。普通の形で交渉を続けてるんです。彼が留まってくれるような解決策を探してるんです」

理想的な解決策?

その解決策はスズキからではなくヤマハからもたらされることになったということかもしれない。ヤマハは金銭的な部分での勝負から下りるつもりなのだ。ヤマハはライダー選びに苦労しない立場にいるとも言えるだろう。すでに2シーズンはヴァレンティーノ・ロッシを確保している。勝てるライダーだ。マシンは最高であり、序盤5レースで2勝し5つの表彰台を獲得している。多くのライダーがヤマハに興味を持っていて、さらにヤマハはアレックス・リンスも獲得しようとしている。もしヴィニャーレスがスズキとの契約を勤め上げれば彼は2017年末でフリーになる。彼の実力がもっとはっきりするだろうその時点までヤマハは待つこともれきるのだ。

こうした諸々を考え合わせるとモヴィスターチームが1年間だけ誰かと契約するというのはいかにもありそうなことだ。さらにそのライダーがスペイン人ならなおさらだ。モヴィスター社を所有するのはスペインの通信大企業であるテレフォニカだが、新CEOはMotoGPのスポンサー効果に疑問を持っていると伝えられている。そして企業の顔(というか声)になるスペイン人ライダーをほしがっているというのだ。ロレンソは去りマルケスはホンダと繋がりが強い上にヴァレンティーノ・ロッシのチームメイトにはなり得ない。とすればヴィニャーレストの交渉が決裂したならダニ・ペドロサがヤマハにとっての最高の選択となるだろう。ペドロサは1年契約でも受け入れるだろうと思われる。

ペドロサがヤマハにぴったりな理由はいくらでもある。彼は2015年のタイトル争いで起こった泥仕合から離れた場所におり、セパンの大混乱ではその気高さが賞賛された。彼は比較的一緒に働きやすいライダーでありヴァレンティーノ・ロッシとの間でなにか問題を起こすこともないはずだ。そして彼が勝てるライダーであることはMotoGPでの28勝という結果が証明している。

さらにペドロサはM1にも完璧にマッチするだろう。彼のスムーズなライディングスタイルと巧みなスロットルコントロールはヤマハの性能を最大限に引き出すことができるに違いない。それはホルヘ・ロレンソとヴァレンティーノ・ロッシを見れば明らかだ。ホンダではこの3年間RC213Vが抱えているリアのグリップの問題に苦しみ続けた。ペドロサは小柄で体重も軽いために体重移動でグリップを確保できないのだ。ヤマハM1はマシンのメカニカルグリップがすばらしく、彼の抱えている問題の多くが解決するだろう。

小さな巨人

ヤマハのペドロサというのはライバルが怖れるところでもある。カル・クラッチローはペドロサがヤマハに乗っていたらもっと勝利を挙げられたろうしチャンピオンにも何度もなれただろうと言ったと伝えられる。クラッチローは体力的にとんでもなく厳しいマシンでペドロサがいかに巧く筋肉を使いこなしているかについて驚いている。去年のペドロサについてはマーヴェリック・ヴィニャーレスも賞賛していた。後ろを走っていて最も印象的だったライダーとして彼の名を挙げているのだ。

ペドロサのヤマハ移籍はレプソル・ホンダにとってひどい頭痛の種となるだろう。ペドロサのチームメイトとしてのやりやすさのおかげでレプソル・ホンダでのマルク・マルケスは安心していられたのだ。そしてペドロサの後釜を見つけるというのもたいへんな問題である。アレックス・リンスもマーヴェリック・ヴィニャーレスもマルク・マルケスには受け入れがたい(というかマルク・マルケスのマネジャーに受け入れがたいということだが)。どちらもナンバー1ライダーとしての彼の立場を脅かす可能性のあるライダーだと目されているのだ。リンスは特にまずい。マルケスのマネジャーであるエミリオ・アルサモラとはMoto3時代に袂を分かっているのだ。マルケスの弟であるアレックスにタイトルを奪われたのが原因だ。この時はアルサモラがチーム内で直接干渉してきたのだと多くが信じている。

ホンダにとっては若い二人のどちらかを選ぶのはリスクが高いのではという見方もある。HRCのある幹部はリンスもヴィニャーレスも実力は未知数だと言っていた。ヴィニャーレスは表彰台を獲得していないしリンスはMoto2でマルケスのような結果は出せないでいる。ホンダの考えではどちらも期待されるような結果を出せていないということだ。

真剣に検討するには早すぎる

ヘレスでリヴィオ・スッポは最優先すべきは現在のライダーを確保することだと語っている。今日GPOne.comに載った記事で彼が語るところによればマルク・マルケス、ダニ・ペドロサとの交渉は進行中とのことだ。スッポはストーブリーグが早く始まってしまったことをなげいてもいる。ホルヘ・ロレンソがドゥカティに移籍したことでライダーの力を見極める機会が失われてしまったというのだ。「いつもならムジェロが終わってからライダーについて感が始めるんですよ」とスッポは私に言った。開幕からの3戦ではライダーの実力がわからないためチームもメーカーもヘレス、ルマン、ムジェロの3戦をライダーの力を測る目安としているのだ。

MCNはHRCがカル・クラッチローをレプソル・ホンダの空席に迎え入れるのではと言っている。クラッチローはドゥカティのワークス環境ではうまくやれなかったしLCRのサテライトマシンでもワークスホンダを脅かすまでには至っていないことを考えるとあまり可能性はなさそうだが、クラッチローをレプソルのシートに据えておけば次のライダーをゆっくり考えることができる。クラッチローの体格はマルケスに似ており、マルケスのライディングスタイルをまねようと努力している。クラッチローならマルケスの良いチームメイトとなるだろう。仲良くやれるだろうしマルケスの脅威とはならないだろうからだ。

ヴィニャーレスがスズキに残留してペドロサがヤマハに行くとなれば移籍市場は一騒ぎだ(いまでも充分大騒ぎだがそれ以上になるだろう)。現時点ではアンドレア・イアンノーネがヴィニャーレスの代わりとしてスズキに入るのではと言われている。当初イアンノーネはロレンソが入るならドゥカティに残るだろうと言われていたがアルゼンチンでの無茶なオーバーテイクでチームメイトのアンドレア・ドヴィツィオーゾをはじき飛ばしたせいでドゥカティ内部の風向きが変わったようだ。イアンノーネはオースチンで契約を更新すると目されていたが、アルゼンチンの後ドゥカティの幹部はイアンノーネに最速でもムジェロ後でないと決定できないと伝えている。

ロレンソのパートナー

もしドゥカティがこれまでの開発への貢献を評価してドヴィツィオーゾと契約を更改するのであれば(充分可能性はある)、イアンノーネにもレプソル・ホンダに乗る可能性が出てくる。レプソルのイアンノーネというアイディアはマルケスの取り巻きを喜ばせはしないだろうが、彼らにとっても他の選択肢よりははるかにましである。イアンノーネの加入はHRCにとっても受け入れられる話だ。何より副社長の中本修平が退職するのである。中本は来年60歳になり日本の企業の通例として定年退職となるのだ。彼の最後の仕事は将来のための契約を調えることだ。特にマルケスのレプソル残留を決めるのが大事な仕事となる。イアンノーネをマルケスのチームメイトとしてもってくるのは後継者への置き土産として中本がやりそうな離れ業と言えるだろう。

状況を複雑にしているのはアレックス・リンスだ。理想的にはヤマハは彼とワークス契約を交わしテック3にポル・エスパルガロのチームメイトそして据えたいところだ。しかしリンスはサテライトチームに入らなければならないような契約には頑として首を縦に振ろうとはしない。ワークスシートを強硬に要求しているのである。リンスの問題はどこのメーカーのワークスチームに入れようとしてくれないことだ。まずはサテライトに入れようとしているのである。リンスはどこまで強情を張れるのだろう?ある意味ワークスのシートは埋まり始めている。つまりリンスはKTMで賭けに出るかサテライトチームを受け入れるかしかないということだ。彼が待てば待つほどサテライトチームのシートも埋まっていくことになる。

Moto2:準備場所としての地位を失っているのか?

メーカーが気にしていることのひとつはMoto2がどれほどMotoGPへの準備としてライダー育成に役立っているかということだ。そしてMoto2での結果がどれくらいMotoGPでのパフォーマンスと関連しているかということである。明暗を分けた二人のMoto2チャンピオンのルーキーイヤーが参考になるだろう。マルク・マルケスはMotoGP初戦で表彰台に上がり2戦目で優勝し、そしてルーキーイヤーでチャンピオンを獲得した。一方、ティト・ラバトは常に後ろの方でうろうろし、誰の目にも最高峰クラスに適応するのに苦労しているのが明らかだった。

二人のライダーをとりまく環境には大きな違いがある。マルケスはワークスチームに入り、ダニ・ペドロサとケイシー・ストーナーが開発したおそらくグリッドで最高のマシンであるRC213Vを手に入れた。以来マシンは緩やかに問題が増えていき、今では乗りにくいものとなってしまっている。さらに付け加えるなら、ラバトはタイヤがブリヂストンからミシュランに変わり統一電子制御になった年にMotoGPにやってきたのだ。何人かのライダーが指摘している通りプライベートチームにとっては不利な状況なのだ。

これらすべてを脇に置いても残念なことにティト・ラバトにとってMoto2はMotoGPへの準備にはならなかったと言えよう。彼はMotoGPクラスの競争の厳しさ、そしてポイントを獲得することすら難しいことににショックを受けている。厳しい洗礼を受けているどころではない。地獄の業火に焼き尽くされているような状況だ。

あるMotoGPのチームマネジャーがオフレコを前提に語ってくれたのだが、Moto2はMotoGPライダーを選ぶ場所としては良いものではなくなっているそうだ。「MotoGPライダーの契約をするならMoto2からは選ばないですね」と彼は言ったのだ。

コインの裏側

この件でテック3のボスであるエルヴェ・ポンシャラルにも電話で話を聞いてみたが、彼は即座にこれを否定した。「いいね!つまり私がMoto2からライダーを選びやすくなるってことだ!」。MotoGPにいるライダーとの契約は彼にとっては魅力的ではないというのだ。「年寄りが欲しいならいいだろうけど、私にはおもしろくないからね。若いライダーをみつけて育てていく方がよっぽどおもしろいんだよ」。テック3がワークスへの登竜門であり謂わばヤマハのジュニアチームとなっていることを考えれば驚くような答えではない。

ワールドスーパーバイクもいい選択肢ではないかと私がきくと、ポンシャラルはライダーの質の良さは認めたものの若い候補がいないと指摘した。私は何人かの名前を挙げてみると彼は心から同意してくれた。ジョナサン・レイの才能は間違いないが彼は29歳で、ちょっと年がいきすぎている。マイケル・ファン・デル・マークも才能を示しているがチームメイト(訳注:ニッキー・ヘイデン)を超えることをはっきりと示す必要があるが賭ける価値はあり。チャズ・デイヴィスはレイト同じで29歳でレベルもレイに負けていないしMotoGPでも戦えるだろうが、やはり候補にするには年をとりすぎだ。トム・サイクスは31歳でチームメイト(訳注:ジョナサン・レイ)には勝てない。アレックス・ロウズは才能はありそうだがヤマハでは印象が薄い。MotoGPの候補にはできないね、とポンシャラルは言っている。

まだ少し物足りないけど最高の選択肢はMoto2だよ、と彼は言った。サム・ロウズ、アレックス・リンス、ヨナス・フォルガーの3人が抜きんでていて、実際にフォルガーとはテック3加入の交渉としていると認めた。ヨハン・ザルコも速さを証明しているが既にスズキとの契約がある。

ポンシャラルによれば本当におもしろいのはMoto3ライダーだということだ。「Moto3に才能あるライダーがいるんだよ」。ホルヘ・ナヴァッロ、ファビオ・クァルタラロ、ブラッド・ビンダー。ニコロ・ブレガ、ロマーノ・フェナティあたりはポンシャラルによればMotoGPで走るのもそう遠い未来ではないだろうということだ。とは言えまずはMoto2に上がって主さとパワーに慣れる必要がある。「そのクラスにいるライダーの才能のレベルって上下するものなんですよ」とポンシャラルは言った。才能レベルはそもそも周期的に上下するもので、踏もうな時期と肥沃な時期が入り交じるものなのだ。Moto2はたまたま不毛な土地となっているだけでMoto3に才能が溢れているということだ。まだ希望はある。
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へー、フォルガーがテック3ねー。それもいいかも。

ちなみに「ステイ・オア・ゴー」は私の大好きなクラッシュの曲です。こちらでどうぞ。

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ストーブリーグ表2017(2016.5.4時点)

ペドロサがヤマハに移籍して、その後釜にクラッチローが入るというMCNの説があんまり面白いのでストーブリーグ表も更新しました。一応カル様は来年までLCRと契約があるんですけどね。

Stove_2017_160504

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ペドロサはヤマハでロッシのチームメイトに、そしてヴィニャーレスはスズキ残留?

クエスチョンマーク付きではありますがわたしが期待していた展開に!MCNより。
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ダニ・ペドロサがホンダからヤマハに移籍するかもしれないという驚くべき情報がMCNのMotoGP関係者である情報源からもたらされた。マーヴェリック・ヴィニャーレスがホルヘ・ロレンソの後釜に座るという交渉が決裂したためスペイン人のペドロサが11年という信じられない長い間在籍したレプソル・ホンダを離れるというのだ。

ヴィニャーレスがロレンソを失ったモヴィスター・ヤマハとかなり真剣な交渉をしていたのは確かだが、契約金でかなりもめたために交渉が決裂したと信じられている。そしてペドロサが代わりに移籍すると目されているのだ。

理論的にはこの移籍はヤマハにとっては完璧なプランだ。ロレンソにかなり近いライディングスタイルのライダーがやってくるのである。そしてチームメイトとしてのペドロサの評判も完璧である。つまりヴァレンティーノ・ロッシの最後の2年間をサポートするには最高の人材だということだ。

ペドロサが移籍すると言うことはMotoGPでの最長のパートナーシップのひとつが終わるということでもある。そしてイギリス人ライダーのカル・クラッチローにワークスライダーの道を開くことにもなるだろう。ペドロサが抜けたとしたらクラッチローは喜んでワークスライダーの座に立候補するだろう。そして彼はホンダとも良い関係を築いているのだ。

(続きは5/4発売のMotorcycle Newsで)
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をー、そうなれば最高だよ!

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ストーブリーグ表2017(2016.5.2時点)

FIMの発表を受けて24台目の参戦枠を削除しました。5チームエントリーがあって要求事項への対応力や資金面から審査して3チームまで絞った時点でメーカーと話し合いをしたものの、戦闘力を維持しながら供給台数を増やすのは難しいと各メーカーとも及び腰だったため、結局2017年の新たな参戦枠はなくなったとのこと。

またヘレスのプレカン等の印象からヴィニャーレスはヤマハワークス入りの確度を上げました(スズキにも残してますが。

あとはアプリリアと契約しているらしいサム・ロウズを追加。

Stove_2017_160502

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マルケス語る:2016年型ホンダRC213Vの問題、ミシュランタイヤ、将来、そしてヴァレンティーノ・ロッシ

シーズン前テストの不調から一転、絶好調のマルク・マルケスがいろいろ語っています。Sport Rider Magazineより。
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今年のMotoGP、プレシーズンテストでのレプソル・ホンダは見るからに苦労していた。マルク・マルケスとチームメイトのダニ・ペドロサはどちらも順位は広報に沈み、そしてどちらもホンダのハンドリングにもエンジンにも満足していないのは明らかだった。タイヤがミシュランとなり電子制御もマレリに統一されたのを受けて、すべてのチームが新たな地平を開拓するために努力しなければならなかった。しかしこの変更で最も痛手を被ったのがHRCに見えたのだ。特に電子制御の影響は大きかった。何年もホンダは自社製ソフトウェアを使用してきたためにマレリのシステムへの変更は彼らの予想以上に難しかったように外野には見えたのだ。

しかしカタールで行われたプレシーズンテストの最後のセッションで何かが起こった(少なくともマルケスにとって…。ペドロサはまだうまいセッティングが見つけられず苦労している)。マルケスが突然タイムシートの4番手に躍り出たのだ。そして戦闘力を取り戻したマルケスは開幕戦で3位に入ることとなった。次の2戦、アルゼンチンとオースチンでは易々と勝利を手中にした。いったい何が起こったというのだ?

「プレシーズンテストが始まった段階では本当にトップの連中とは遠く離れてたんです」とマルケスは振り返る。「電子制御のベースセッティングについても完全に見失ってたんです。それにマシンのバランスも最終日までうまくだせなかった。だからプレシーズンテストでは本当に苦労しましたね。精神的にもきつかったですよ。あれだけ離されてましたからね。でもずっと信じ続けてましたし、ずっと努力し続けてますし、今でも改善がすすんでいるんです」

ではマルケスにとっての魔法の杖とはなんだったのだろうか?「いちばん大きな変更はマシンのバランスですね。僕にとってもそれが一番大きかったです。今年はミシュランを使ってるわけですけどバランスが少し変わったんです。ただ変更幅はそれほど大きくはないんですよ。そういう意味では電子制御を別にしたら一番変わったのはエンジンですね。うちのエンジンもヤマハやドゥカティのようにクランクが逆回転になったんです。それで乗り方も完全に変わりました。マシンのバランスを変えたら全部が変わって、だから影響としては一番大きいんですが、でもプレシーズンでの問題は電子制御で遅れをとっていたせいでバランスに手を着けられたのが最後になってからだったんです」

そしてマルケスは逆回転クランクのメリットは他の要素で相殺されてしまっているとすぐに付け加えた。「たぶんブレーキングポイントがちょっと手前になってしまってたように思うのですが。それが他のマシンと同じポイントでブレーキングできるようになりました。例えばヤマハに乗ったヴァレンティーノはすごいレイトブレーキングなんですけど、そのヴァレンティーノに近づいてきたし、ドゥカティもうちより奥まで突っ込めたりしますけどね。でも高速コーナーでのコーナリングもよくなったんです。そこがうちの弱点だったようにみえたんですが、いまはうちの強いところになってます。一方でこれまでうちのいちばんの強みだった加速が失われて、いまはうちの弱みになってます。悪くなったところもあるけど、他の部分ではカバーしてたりするんですよ。
 この新型エンジンはマイルドになってると思います。高速コーナーで良くなっているしスロットルへの反応もいい感じなんです。でもまだ100%じゃないですよ。僕の思い通りではないんです。でもそこはみんながんばってくれてますね。まあ使い易いエンジンは手に入れたんですけど、加速がちょっと悪くなってトップスピードも去年より7-8km/hは落ちてます。これが弱点になってるんで、そこをカバーするためにがんばってるってとこですね」

統一タイヤのミシュランの特にフロントについてはMotoGPライダーの批判の対象になっている。ブリヂストンとはかなり特性の違うフロントに限界まで荷重を掛けた際に多くのクラッシュが起こっているのだ。そしてマルケスもその例外ではなかった。では彼はどうやって自身の極端なレイトブレーキングというスタイルを異なるフロントタイヤに適応させていったのだろうか?

「開幕当初は自分のスタイルを変えようとしてたんです。でもそれは難しかったんですよ。すべてが100%だったわけじゃなかったんで。それで冷静になって状況を理解しながらタイヤの特性を把握したりライディングスタイルを変えようとしたりしてました。でもマシンのバランスがとれて良いセッティングが出ると僕のライディングスタイルも自然な物になったんです。ミシュランはすごくいい仕事をしてくれたと思ってますし、フロントタイヤもちゃんとしている。もちろんブリヂストンと全く同じではないですよ。特にブレーキングの終盤辺りの特性はね。でもブリヂストンとほぼ同じブレーキングポイントになってるし、つまりタイヤがうまく機能してるってことですよ。唯一の違いはブリヂストンの方がフロントが限界にきてるってサインがわかりやすかったんでクラッシュしないで済んだんです。ミシュランだとフロントが警告なしにいっちゃってクラッシュするんです」

しかしマルケスと彼のスタッフはタイヤにもエンジン特性にもきちんと対応するための方法を見つけ出したように見える。一方でチームメイトのペドロサは相変わらず苦労しているようだ(アルゼンチンでは表彰台、ヘレスでは4位に入っているが、この結果についてペドロサは、本来は問題を抱えたマシンで出せるようなものではないと語っているのだ)。マルケスは現時点でもマシンは乗りやすいものではないと言う。

「そうですね、それもひとつの象徴です」とマルケスはホンダのトップライダーで唯一コンスタントに結果を出しているのが自分しかいないことについてこう語る。「まだ乗りにくいマシンなんです。気に入ってるし自分としてはいい感触ですけど、それでも乗りにくいし、他のメーカーのマシンの方がちゃんとしてる。他のメーカーもがんばって改善してきてるし、特にドゥカティはすごく進化しましたよね。ヤマハも少し進化していて、去年は差をつけられていたコーナー進入も良くなっている。そういう意味ではうちは100%ではありません。マシンを思ったラインにのせるのが難しいんですよ。カタールでは3位がやっとでした。アルゼンチンは良かったですね。フラッグ・トゥ・フラッグのおかげも少しありましたけど勝つことができた。プラクティスではペースが出せRUNdねすけどまだやることはたくさんあります。でもホンダのことは信じていますよ。僕に最高のマシンを出そうとしてがんばってくれてますからね」

新型マルケスと旧型マルケスの違いは他にもある。今年の彼は全てのレースでポイントを獲得しようとしているのだ。去年は勝つために過剰なリスクを冒していた。マシンに問題を抱えているせいで勝利への欲求を抑えているとも言っているが、今年勝てなかったレースではリスクを冒していないとも言っている。「僕も少し学んだんです。最終的には勝つためにはリスクを冒さなきゃならないとしてもね。開幕戦では3位に入ってますけど、アルゼンチンでは少しリスクを冒してます。リスクを冒さなければ5位でゴールできたり、別のレースでは4位になるかもしれないし5位になるかもしれない。最後に頼れるのは経験ですけど、リスクは常にあるんです。アルゼンチンでもクラッシュが多かったですよね。すごく難しいコンディションだったんです。でもやらなきゃならない。僕が学んだのはプラクティスを正しく使うことなんです。最速ラップを目指すんじゃなくて、状況を把握する。プラクティスで最速になるのは大事なことじゃない。そういうことを去年から学んだんです」

去年のチャンピオン争いでのごたごたに関する限り、マルケスは全く気にしていないようだ。「もうそのことは完全に克服しましたね。もちろんたいへんでしたけど。こういうことがあるといい気分じゃないですけど、まあ例えばアルゼンチンではレースウィーク中いろんな人がいろんなことを言っていて、でも僕が勝って表彰台に立って、そうすれば忘れられることはないでしょうけど大したことじゃなくなるわけです。みんな僕らがこの謂わばショーの仲で勝つために走っていて、それがいちばん大事だってわかり始めてるんです」

マルケスが昨年の問題を乗り越えてロッシと仲直りしようとしているという話もあった。しかしロッシがまだ離す気分ではないと断ったというのだ。マルケスはロッシが全てを水に流そうとしなかったことにがっかりしているのだろうか?「いいえ、これについては心配するような話じゃないですから。もう僕は自分の道を前に進んでいるし、正しいことをしたわけですし、だからレースに集中するだけですよ。勝つためにはそれが大事なんです」

ついに2017年のMotoGPシートの椅子取りゲームが始まった。マルケスにとってはホンダに残留するのが唯一の現実的な選択肢に見える。しかし2度のMotoGPタイトルを獲得した彼は2017年もRC213Vに乗ることにこだわっているわけではないようだ。「自分がいちばんいいところにいるのはわかってますよ。今のところ何も起こってないですし」とマルケスは他のワークスチームが契約を結び始めたことについてこう語っている。「僕のマネジャーがいくつかのメーカーと話を始めてると思いますけど、ホンダに残るのが第一選択です。ホンダ残留が最優先ですね。それは当然ですけど、ホンダが何を言ってくるか、他のライダーがどう動くかを見て最善の選択をしたいと思ってます」
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ロッシがへそを曲げてるのか〜。

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