セパンで起こったこと
Mr.Bikeの西村章さんの記事、MotoMatters.comのDavid Emmett氏の記事(こちらは長大すぎるので週末目標)と並んでこの人の書くものが読みたかった一人、Mat Oxley氏の記事も上がってきました。Motor Sport Magazineより。
============
ハンター・S・トンプソン(訳注:ゴンゾー・ジャーナリズムと呼ばれる主観を交えた記事を堂々と書くジャーナリストの始祖)が生きていればと思うことはなんどもある。今回は特にそうだ。彼がセパンにいたらなんと書いただろうか。彼がいればMotoGPで最も奇妙な週末について誰よりもすばらしい記事を書いてくれただろうに。
トンプソンの最も有名な本、「ラスベガスをやっつけろ」では自らをモデルにしたラウル・デュークがラスベガス郊外で行われるミント400マイルレース(訳注:砂漠レースで1977年まで二輪車クラスもあった)を取材している。トンプソンは新聞記事も書いている。リチャード・ニクソン大統領を辞任に追いやったウォーターゲイト事件の公聴会の記事だ。
その記事を書いている間中、最後は拳銃自殺をとげるドラッグ中毒者であった彼はホテルのプールで日がな一日泳いでいた。そしてたまにプールサイドにおいたテレビを見る。そしてそのそばには常にバーボンのボトルがあった。公聴会は生中継だった。おもしろそうな場面にさしかかるとトンプソンは裁判所にいって自分の席に陣取り同業者を煙り臭い息で苦しめていた。
彼ならセパンについてどう書いたろう?彼なら相当喜んだに違いない。スピード、偏執狂、バトル、爆発(1分間に16,000回だ)。
私には彼がホテルのプールで泳いでいるのが見える。そして突然タオルを巻き付けると最初の記者会見に駆けつけて、それがすべてを変えてしまう様子を観察する。片手には葉巻、もう片一方の手にはバーボンのグラスがある。
彼はあそこにいるべきだった。テレビのスポットライトに目をしばたたかせながら口をぽっかり開けて年老いた悪魔がすぐそこに座っている小うるさい若者をつぶそうとしているのに耳を傾ける。
こいつは天才なのか気狂いなのか?こいつはマルケスをつぶそうとしているのか、それとも自分の足下を自分で崩そうとしているのか?
それは日曜までわからない。ハンターのスポーツ記事から引用するなら、ライダーたちは「開いた首の傷にいらつく犬のように神経質になっている。拳が白くなるまで握りしめ、目を見開き、胃液が喉に上がって来る。それは胆汁の苦さだ」
そしてファンは「日が天中にさしかかると誰もがあたりをはばからず泣き始めた。はっきりした理由は誰にもわからなかった。泣いていない者は手を固く握るか、さもなければソーダのびんを噛みしめていた。そうしなければ暴れ出しそうだったのだ。男子トイレでは幾多の殴り合いもあったという」
現地時間の午後3:11からの数分、私たちが見たのはロッシからマルケスへのあからさまな攻撃だ。セパンに来る前にマルケスがロッシの最大の敵になっていなかったなら彼は今でも生きていただろう。
木曜にロッシはマルケスがロレンソのためにフィリップアイランドで自分を邪魔したと非難した。事実かもしれない。しかしライダーが誰かを手助けすることを禁じるルールはない。レーサーなら対処すべきことのひとつに過ぎない。トップレーサーは巨大な自我をもっている。何かをしてはいけないと言ったが最後、彼らはその反対のことをしてみせる。
レース後ロッシはマルケスが自分のファンだったことがあるのかとまで言っている。しかし2008年にはじめて憧れのライダーに会うことができた15歳の少年の満面の笑みを誰が忘れられよう。マルケスはスペインのあるジャーナリストとカメラマンにロッシを紹介してくれるよう頼み込んだのだ。彼の手にはスロットルレーシングカーが握られていた。2月のセパンで私は22歳になった彼に今でもファンなのかと尋ねてみた。ええ、と彼は答えた。今でも地元の新聞屋に通って時々最新モデルのロッシのバイクのミニチュアモデルを買っていくのだそうだ。フィリップアイランドの1週間前、もてぎでも同じことをきいてみた。そこでも彼はまだファンだと断言していた。
もてぎでのコメントは外交辞令にすぎないと私は思っている。彼の地元の新聞屋ではロッシのマシンのミニチュアモデルは前ほど売れなくなっているに違いない。ロッシがセパンで言いたい放題言ったとしても(後に彼はそれを間違いだったと言っている)マルケスの気持ちにはなんの影響もなかった。単にアルゼンチンとアッセンでできた未だ癒えぬ傷に塩をすりこんだだけだった。どちらもレーシングアクシデントだと私は考えているがレーサーというものはいつでも正しいのは自分だと考えるものだ。
つまり日曜に起こったことは4月のアルゼンチンから始まる一連の流れの一つだということである。そして実はそれ以前からどちらもいつまでもファンとヒーローという関係を続けていくわけにはいかないこともわかっていたはずだ。彼らが最初に真っ向勝負をしたのは2013年のカタールでのことだ。二人は楽しそうにみえたかもしれない。だがマルケスにとって夢がかなったということはロッシにとって悪夢がやってきたということでもあった。また彼に対抗できる若者がやってきた。それともマルコ・メランドリがかつて言ったようにヴ、ァレンティーノは自分を負かさない相手としか友達でいてくれないということなのか。しかしそれも当然だ。それ以外の選択肢があるだろうか?
セパンのレースが示してくれたこと。それは木曜にロッシが口火を切った戦闘が彼の若いライバルを本気で怒らせたと言うことだ。そしてロッシは冷静さを失う。マルケスがレーサーの暗黙の了解を破ったからだ。自分が関係ないのならタイトル争いをしている相手に戦ってはいけない。しかしマルケスの中では紳士協定を破ったのはロッシである。歴史的なMotoGP3連覇の夢の崩壊の第一歩がアルゼンチンだったのだ。
そしてなによりもマルケスは勝つためにレースに参加している。そして契約金を払っているのはHRCだ。勝てないなら最善を尽くして前でゴールするのが仕事だ。ロッシに白旗を揚げたならヤマハの2台が表彰台に上がることになる。ホンダは1台だけだ。逆ではない。ホンダにしてみればそれは大きな違いである。
マルケスは命を賭けているかのごとく表彰台のために走り続けた。これはいつものことである。そしてロッシはそれに反撃した。これまたいつものことである。こちらもいつもの通り椅子から身を乗り出してスリルある戦いを見ているはずだった。そしていつもならルールは破られることはない。
7周目まではその通りだった。ロッシはマルケスが自分に敵対していると信じていた。おそらく彼は正しい。そして彼はこの若い天才に対してジェスチャーを送る。それがマルケスを怒らせた。ロッシの仕草はまるで小うるさい虫を追い払うかのようだったのだ。
こうした一連の流れが楽しくない結果を生んだのは当然だのことだ。そしてロッシはこれまでになかったことをしでかしてしまう。冷静さを失ってしまったのだ。多くの人がこれはマルケスのアタックのせいだと言ってかばっている。ジネディーヌ・ジダンが2006年のワールドカップ決勝で相手に頭突きをかましたように、デイヴィッド・ベッカムが1998年のワールドカップで相手を蹴ったように。しかしそれはやってはいけないことだった。
いや、やるのは自由だ。しかしその責めは負わなければならない。何億人もの人が見ていた。中には分厚いルールブックを持っている人もいる。それには耐えなければいけない。それに対してはどんなにむかついても復讐は後からだ。静かに、確実に、賢くやるべきなのだ。
二人が接触した理由についてはそれほど重要ではない。問題はマルケスがどうして転倒したかということだ。ロッシはマルケスを蹴ってはいないというのはマルケスがロッシに頭突きをかましていないというのと同程度には真実だ。真実を告げてくれそうな唯一のカメラアングルはヘリコプターからのものだけなのだ。
しかしスロットルを緩めてマルケスを確認したにもかかわらずぎりぎりで攻めていたはずだと主張するのはずうずうしいにもほどがある。いくら怒りに我を忘れていたとしてもだ。それではロッシがやっているのはレースではなく、ちょっとお話しするためにゆっくり走ってみせたことになってしまう。
MotoGPのレース・ディレクションは通常ならライバルにちょっとやりすぎてしまっても、コーナーに無理なスピードで突っ込んでも、接触しても許してくれる。ちょっとしたやりあいはレースの範囲内なのだ。しかし今回のそれは違う。「ちょっとした」どころではない。レースですらないと言っていい。
結果としてロッシは自分が木曜に撒いたいさかいの種の報いを受けることになった。罰はどれほど思い者ではない。ペナルティポイント3点加算で通算4点。つまり彼はヴァレンシアでは最後尾からのスタートとなる。
歴史を振り返ってみよう。ホルヘ・ロレンソが2005年のもてぎでアレックス・デ・アンジェリスを転倒させたことがあった。このとき彼は次戦出場停止となっている(ロレンソは何度もこの話を繰り返している)。マルコ・シモンチェリが2011年のルマンでダニ・ペドロサを押し出したとき、彼はライドスルー・ペナルティを科せられ5位に落ちている。そしてどちらも普通のレーシングアクシデントとさほど変わらないものだった。しかしこの日曜に起きたのはそれとは全く違うものだ。
残念なことにハンター・S・トンプソンはヴァレンシアには現れない。彼も楽しめたろうに。タイトル争いはまだ余談を許さない。しかし日曜のロッシがもっと冷静だったら彼に有利に展開していたはずだ。再び2台のホンダが鍵を握ることになる。最終戦では1-2フィニッシュを狙いにいくようにHRCがマルケスに言っているのは間違いない。HRCは誰が誰の味方をしているとかそうした議論にはうんざりしているはずだからだ。そしてマルケスは自らの評判を守るためにも2台のヤマハを倒しにかかるだろう。
しかしロレンソは手強い相手だ。彼は自分が2位以上になる必要があるとわかっている。でなければロッシは6位でタイトルを獲得してしまうからだ。たとえ最後尾からのスタートでも、そしてヴァレンシアが彼の得意なコースでは全くないとしてもその可能性はあるだろう。ロレンソのスタートは恐ろしくうまい。そしてまだ冷えたタイヤで彼についていけるライダーはいない。これは寒くなってきたヴァレンシアでは重要なことだ。その反面、危険な賭でもある。ロレンソが完璧なラップを最初の2周も重ねることができたらタイトルは彼のものになるだろう。その時の観衆の反応は想像もできないが。
セパンで何が起こったとしてもロッシが史上最も偉大なレーサーであることには変わりはないだろう。しかし午後3時16分のセパンで彼は大きな判断ミスをしたのも間違いない。彼やったことは犯罪である。しかし来週彼はその罰をきちんと受ける。さて私たちも先に進んでいこう。
============
マルケスがロッシのバイクのミニチュアモデルを買ってるという下りで久しぶりに訳しながら泣きそうになったよ。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
私はロッシの今回のペナルティは温すぎるって思ってます。
今すぐ引退した方がいいでしょう。
やった事は全部自分に帰ってきますよ。
投稿: ほっそん | 2015/10/28 05:01
ヴァレファンもアンチヴァレも共に、「どちらも悪い」
って言うのが解っているのだから、結局ペナルティが
公平で無いことが騒動の元だと思う。
喧嘩両成敗で、マルケスが0ポイントに終わったのだから
ヴァレも0ポイントにするべきだった。
投稿: だっき | 2015/10/28 07:35
肉体的な衰えで遅くなることへの恐れと、そこから何とか自分を奮い立たせようとしているのではないでしょうか。若い頃から品行方正でもないし。
ジダン、マテラッツィ、シューマッハ、ビアッジ、シモンチェリ、朝青龍、マラドーナ、コナーズ、マッケンロー。
ルールを守る模範的姿勢と、アスリートの闘争本能、魅力とは別ではないでしょうか。
良い悪いではなく、「強い悪童」はプロとして魅力的だと思います。
投稿: び | 2015/10/28 11:41
「ラスベガスをやっつけろ」はテリー・ギリアム x ジョニー・デップ x ベニチオ・デル・トロの映画版が大好き!面白いですよ♪
ペナルティはレース中に黒旗かライドスルーを有無を言わさず科すべきだったんでしょうね。
レース後に持ち越すんだったらさらに綿密にチェックしてあの瞬間に何が起こったかを明らかにしてほしかったです。
両車のテレメトリー、ドルナの持つ全方位のビデオ、共にタイムコードを持ってるはずですから突き合わせれば最低でも1/30秒単位で確認出来るでしょうに。
個人的にはビデオをコマ送りやスローでで確認してみて「ロッシは蹴ってない」派です。
直前の走行もラインは問題ないとプレカンでペドロサも言ってますし、そうなるとちょっとペナルティ重いかなぁと思います。
まぁマルケスの挑発に乗ったのも、その前に薮をつついたのもロッシ自身なんですけどね。
あ、ロレンソが激おこぷんぷんなご様子ですが、プレカン全訳を読む限りビデオで「その瞬間」を一度見ただけというなんとも早とちり感のあるところが非常に彼らしく、とても好ましく思っています(笑)
投稿: とみた | 2015/10/28 11:52
>ほっそんさん
私はそこまで思っていませんね。やったことはかえってくるかもですが、コンタクトのあるスポーツで、やっていいこととやってはいけないことのライン設定の難しさを思うと、ぜったいこうだって言い切れないのですが。
投稿: とみなが | 2015/10/28 20:52
>だっきさん
そこが難しいところですね。それも選択肢には入っていたと思いますが、ロッシに対するダメージだけじゃなくて、私たちにまでダメージが及ぶことを躊躇したのかもなあとも思ってます。
投稿: とみなが | 2015/10/28 20:53
>ぴさん
そうしたあたりに思いを馳せつつ、私たちは傍観しつつ楽しませてもらってるんでしょうね。
投稿: とみなが | 2015/10/28 20:55
>とみたさん
時間に制限があるなかでどこまでできるかとの勝負だったんで、最悪ではない選択、というので充分かなとも思ってます。でも詳細な分析はぜひみたいですね。
そしてロレンソがとてもかわいいのは全面賛同。
投稿: とみなが | 2015/10/28 20:56
どうやらレプソルが今回の原因に怒りスポンサーを降りると言ってるらしいですね。
それも分かる気がします。
起きてしまったことは仕方がないし消すこともできません。
しかし、その事柄に対する対応がまったく透明性がなかったと思います。
「アクシデントの発生後に私はレースディレクションに赴き、マルクとロッシ選手の間で発生した出来事の裁定について尋ねました。しかし、レース終了まで彼らは発言しようとしなかったのです」
HRCのリビオスッポ氏がオフィシャルサイトでやんわりと暴露してました。
長きに渡りホンダとGPをサポートしてきた巨大スポンサー。
撤退の意向の衝撃は、今後どのように波及するのでしょう。
そして、その原因は何だったのか?
当事者達は今頃何を思っているのでしょうか?
投稿: motobeatle | 2015/10/28 21:27