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ペナルティ/罰というものについて:それはメッセージである

前口上

やや鎮火の兆しを見せているかもしれないとはいえ炎上案件にガソリン背負ってのこのこ乗りこんでいくようなものではあるのですが、思いついた、というか前々から考えていたことがあるので、それを自分のためにまとめる意味も含めてちょっと書き進めていきたいと思います。もうタイトルがすべてなんですけどお時間のある方は少々おつきあい下さいな。


マレーシアGPについてですよ

当然です。ただし主題はペナルティの軽重、ではなく、なぜペナルティが存在するのか、そしてそれはどういう意味を持つのかについてです。私は今回の裁定はぎりぎりこれしかないという落としどころだと思っていますが、その是非を問うにはまずペナルティとはなんであるか(と私は思っているか)という話から始めないとわかってもらえないなあというのが書き始めた動機。


ペナルティとは正義の鉄槌…なのか?

まあ私の周りはおだやかで、しかも長くGPを見ている皆さんが多いので、今回の件に関しても暖かい目で、ことによったら「いいぞもっとやれ!(怪我しない程度に)」ってなことまで言いそうな感じで楽しんでいるのかと思いますが(少なくとも私はそう)、海外サイトのコメント欄なんかはおそろしく炎上しています。ロッシファン、マルケスファンがそれぞれの意見を怒りとともに開陳し、さらにそのコメントに怒りに満ちた反論がつく。

なぜ怒る?

いや、ファンはそういうものだというのはその通りだし、喜んだり怒ったり楽しんだり悲しんだりでいいんです。いいんですが、特に怒りにまかせた感情的なコメントには「正義の実現」という気持ちが透けて見えるような気がしてるんです。

ペナルティとはなんでしょうか?「悪人に報いを与える」。それもひとつの考え方です。誰かが悪さをする。みんなが怒る。そして悪人が罰を受ける。みんなが満足する。正義の鉄槌としてのペナルティというのはプリミティブな部分に訴えかけるだけに、とてもわかりやすいし、そうあってほしいと思う人たちを強く惹きつけるでしょう。

でももう一つ重要な役割があると私は考えます。それがタイトルです。メッセージとしてのペナルティ。誰かに私が罰を与えるとき、それはとてつもなく強いメッセージとなります。子供や部下や生徒を叱るその時に発する言葉や身振りや命令は相手の心に「私というもの」についての強いメッセージを発しています。しかし冷静に黙って与える罰というものも同じように強いメッセージを発していると思うのです。そしてそれと同じように今回のペナルティで(意図してかどうか、私は意図していたと思いますが)レースディレクションは「MotoGPとはどんなスポーツであるか」についてのメッセージを発したのだと思います。

罰というのは相手に痛みを与えます。それは肉体的なものだったり精神的なものだったり経済的なものだったり、今回のようにグリッドだったり、いずれも受け取る方は痛みを感じている。それだけに受け手の心に強く刻み込まれることになります。そしてその結果、将来の行動を変えることになるはずです。

もちろん受け手が変わるだけではありません。すべてのライダー、すべてのチーム、すべてのファン(失望した人も快哉を叫んだ人も)に対するメッセージにもなっているはずで、今回の件を目撃したすべての人々のこれからの行動になんらかの影響を与えることになります。

つまりペナルティとは「正義の鉄槌」ではなく、レースディレクションが「レースは/MotoGPはこうあってほしい」、「すべてのライダーにはこういう風に走ってほしい」というお願いだということです。ペナルティを科すことによってメッセージを発し「あらまほしき世界」を実現する。それこそがペナルティの持つ重要な意味なのではないでしょうか。そうやって考えるとちょっと違った見方ができそうです。

(ま、ぶっちゃけ自分の正義感を満足させるため「だけ」に罰を与えるってのは唾棄すべき行為で、集団リンチやISIS団による殺害なんかとその心性においては何ら変わるところがないなあと私は思っていますし)


今回のペナルティで発せられるメッセージとは?

さて、では今回のペナルティからどのようなメッセージが受け取れるでしょうか?というか私はどう受け取ったかということなんですが。

まず「危険な行為はやってはいけない」という当たり前のメッセージです。しかしそれがどの程度危険だったかと考えているかというと「グリッドを降格してチャンピオンの可能性を小さくすべき」くらいには危険だけど、「チャンピオンの可能性をなくすべき」というほどではないということ。ここは結構重要だと私は思っています。ロッシのチャンピオンの可能性を極めて小さくするようなペナルティ(例えば5ポイント与えてピットスタートにするとか、失格にしてポイントを剥奪するとか)は影響がひとりロッシにとどまらず、世界中のファン、スポンサー、ひるがえってドルナやMotoGPそのものに対する大きな罰となるからです。つまりそれほどのことではなかったという判断です。今シーズンを台無しにしてでも(だったら三輪車でレースでもしてればと言われかねないようなレベルでの)極度の安全性と厳格さを最優先するわけではない、というメッセージでもあるということです。

また、マルケスにはおとがめが無かったことについては「だめなことはだめだけど法治主義だから恣意的な運用はしたくない(書いてないことは罰さない)」というメッセージでしょう。逆に本当に危ないことはルールブックに書かれるべきということでもあります。このあたりがレースディレクターであるマイク・ウェッブのていねいな説明に反映されているのではないかと思っています。


レースディレクションの迫られた厳しい選択に思いを馳せてみる

今回のレースディレクションの裁定は「どんなメッセージを発するべきか」という観点からは実に難しいものだったと思います。彼らが考慮しなければならなかった要素はおそろしくたくさんあったでしょう。タイトル争い、スポンサー、安全性、そしてどんな裁定を下しても満足するはずのないたくさんのファンの顔。さらにはロッシとマルケスという二人の超人気者。ですからレース中にライドスルーを科すのもためらわれたでしょうし、その結果レース後のヒアリングという形を採らざるを得なかったことも理解できます。その日の内にきっちり結論を出せた早さ(&レースディレクションはレースディレクションの判断ですべてを決める、偉い人へのネゴは必要ないという組織)に実は私は感嘆しています。もちろん自分たちがそれが引き起こすすべて引き受けるという腹のくくり方も大したものです。

そんなこんなを考えていくと、実は今回の裁定は最初に書いたとおり絶妙かつぎりぎりの落としどころだったんじゃないでしょうか。ロッシにとっては痛いペナルティだけどタイトルが不可能になったわけではない。ついでにファンもレースが始まるまで何が起こるか想像して楽しむことができる。

私にはこんな判断をこのスピードで下す胆力も判断力もないので、もう頭が下がるばかりです。


おまけ:リン・ジャーヴィスのメッセージ

もう話は別のところにいっちゃいますが、ヤマハのマネージングディレクターであるリン・ジャーヴィスのメッセージも大したものでした。「チームのライダーなんだからことの是非はさておきまずは守る」でも「ロレンソの言い分も理解している」ということをきちんと伝えています。大人とはこうありたいものです(ライダーは概ねおこちゃまに見えますからなおさら)。

ま、人生で誰かを叱ったり誰かに罰を与えたりするときに限らず、あらゆる行動、発言は意識しようとしまいとに関わらずメッセージを発するので、何かするときには「それがどんなメッセージを発して、その結果なにが起こるか」をじっくり考えてからにしましょうね、という当たり前の結論に帰着したってことですね。

ふむ。自戒。

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コメント

 興味深く拝見しました。
確かに様々な角度から見た絶妙なおとしどころだったかもしれませんね。
 私はやはり『黒旗』ではなかったかと正直今でも思っています。ヴァレのCSの可能性をゼロにするほどの罰になってしまうわけですが、多くのライダーたちが目指すトップオブヒエラルキーのライダーだからこそ猛省を促すべきではとも思いますし、何より今回の遺恨劇はタイトルチャレンジャーがそうでないライダーに対してプレッシャーをかけた事が発端にあると思うので,。
しかしそう言いつつも過度に精神性だけを追求するのは、それはそれで違うと思います。難しいですね。
 いずれにしてもレースディレクションが下した裁定を支持しようと思います。
ドルナ寄り(?)である印象は正直否めませんがw、その透明性は信頼して然るべきと思います。
 確かに「それがどんなメッセージを発して、その結果なにが起こるか」を考えるのは重要ですね。
シンプルにいえば彼らは熱くなりすぎただけで、結果論ではあるけれど怪我人も出ずにすんだわけで・・・やはり英断なのかもしれませんね。
 今回の件で双方の選手がバッシングなどというレベルを超えたヘイトコメントにさらされているのを、いろんなところで目撃しています。
実際、ライダーたちが批判されたり叩かれたりしなければならないことなど、めったにあるものではないと思います。
体を張った勝負を見て楽しんでいる者が、見えない所から石を投げていいわけもなく。
今回の件ではなぜかホルヘも火の粉をかぶっているし、ほんと悲しいですよ・・・ヴァレンシアでの快走を期待しています。もちろんヴァレとマルクにも!
 

投稿: りゅ | 2015/10/28 23:03

いつも楽しく拝見させていただいています。
今回のエントリーについても納得の内容で興味深く拝見させていただきました。
ただ、1つ重要な部分が抜けている気がするので、不躾ながらご意見伺いたくコメントさせていただきました。

今回の件で様々な立場の人が様々な意見を発しています。
その中で自分が一番気になったのが、ロレンソやペロドサが発している「ペナルティの一貫性」です。
確かに過去の事例を鑑みるとロッシなら軽微、他のライダーなら重いペナルティが課されているようにも見えます。
今エントリーのタイトル『ペナルティ/罰というものについて:それはメッセージである』は的を得た言葉だなと思うのですが、ドルナやFIMが触れようとしないこの「一貫性」についてはどのようにお考えでしょうか?

投稿: はるきち | 2015/10/28 23:16

同感です。
今回の一件によりmotogpの注目度は上がったのはたしかなこどですね。
やはりロッシのおかげですかね⁈
自分はマルケス、ロッシ共にそこまでのファンではないですが(スミスのファンです!)、ロッシの活躍が今シーズン面白くしているので、最終戦には期待しています!

投稿: しょう | 2015/10/28 23:16

すいません、りゅさんに同感です。

投稿: しょう | 2015/10/28 23:18

初めて書き込みいたします。いつも楽しく読ませていただいています。
今回の件は、どちらが良い悪いとか原因がどうとかではない部分でもずっとモヤモヤした感覚が残っていましたが、この文を読んで何かストンとひとつ胸に落ちた気がします。
視野は広く持たないといけないですね。
これからも更新楽しみにしています。

投稿: ニコル | 2015/10/29 10:50

いつも更新楽しみにしております。

今回の件、非常にもやもやとしておりました。
この記事を見て非常に良かったと思っています。
書いてくださってありがとうございました。

投稿: かしわぎ | 2015/10/29 14:45

とみながさん、超同意!
レースディレクションは短時間で本当に良い仕事をしたと思っています。
レース中にペナルティを出すべきだったという意見もありますが、バレだからというより、あの状況はペナルティを正しく即断できる状況ではなかったと思うのです。
あれを見ていた一人ひとりがちがったリアクションをしてたと想像。まずあのバトルで「これ、ちょっとやばいんじゃない?」とみんなが思い、あの瞬間は「マルク自爆?!」「まさかバレが蹴とばした?!」「マルクなんであれでこけちゃうの?!」「バレは大丈夫か?!」てな感じだったんじゃないかと・・・

ちなみに私のリアクションは「マルク自爆!バレ大丈夫?」でした。
で、レース序盤に熱くなり過ぎ、ということでマルクにも悪い子ポイント1点(^^)

投稿: Tako_chan | 2015/10/29 15:27

こんばんは。
実社会においても誰もが納得する判決ばかりではなく、罪のない人々が有罪にされたりもします。スポーツにおいても同じくドーピングしても発見されなければ金メダルは剥奪されず永遠に破られることのない記録が残され続けます。ましてや資本主義の巨大組織腐敗はFIFA やIOCにとどまらず国連だって事務総長が中国の軍事パレードに行く世の中だもの、ドルナだって例外ではありません。
大切なものはペナルティなのでしょうか。
一去年前半戦ですでに大量のポイントを確保した彼は、後半でロレンソの追い上げに会いました。それでもまだ大量のポイントさがあり圧倒的有利な状況には代わりありませんでした。ロレンソのとった作戦は彼の闘志に日をつけてあわよくば自滅を狙う事でポイントさを縮める事でした。何時も貪欲に勝利を狙う彼ならば、ロレンソの挑発に乗るのではないかとの期待とは逆に堅実なレースをし、レース後のコメントでもチャンピオンシップを優先させたと言っていました。
彼は貪欲に勝利だけを求めるのではなくチャンピオンシップの大切さを理解しているのです。にも関わらずチャンピオンシップを狙うロッシを転倒に巻き込むのが目的と思わせるかのようなライディングで翻弄し、会見で釘を刺されたのに、またからみ、レース中にもロッシは警告の視線を送っているのに更にからみロッシの幅寄せにあいました。
彼の将来のためには指導と適切な指導者が必要だと思いますが、メインスポンサーまで火に油を注ぐのでは、、、お気の毒だと思います。公平なペナルティはなくても正しい指導はあると信じたく。

投稿: とんからりん | 2015/10/29 20:34

ハイレベルな数々のご意見の後で、下世話で恥ずかしいのですが、王位継承者指名の可能性はないでしょうか?
2016年で引退した場合、彼のファンはどこに行くのでしょう?何人かでもマルケスに引き継がせたいとは思えないです。
私にとってのベストレースであるストーナーVSロッシのラグナセカでの、問題のコークスクリューでわざと抜いたマルケスを許せなかったと勝手に思ってます。
フィリップアイランドでロッシを抜いたイアンノーネの炎上SMSを救ってますから、彼が指名者では?

投稿: hidepapa | 2015/10/29 21:38

余談になっちゃいますが、ジャービスって人は
常に冷静沈着な人でして・・・。
かつて、ダビデ・ブリヴィオがロッシを獲得できるかもよ
って興奮気味に話したら、ほとんどノーリアクションだったとか。
ホンマにイタリア人なんかと。

投稿: ブラインドカーブ | 2015/10/29 23:15

この競技が単なる興行でありサーカスであるのなら、今回の裁定はありだと思います。
しかし、この競技は「スポーツ」であった筈です。
その視点から見ると、完全にアウトではないでしょうか?
それに尽きると思います。

投稿: motobeatle@yahoo.co.jp | 2015/10/30 13:34

>ブラインドカーブさん
ジャーヴィス氏はイギリス人な模様。
あの氷の男っぷりは生粋のイングランド育ちなんかな、と。

投稿: りゅ | 2015/10/30 16:43

なんとなくみなさんに私のメッセージが伝わっているようでとても嬉しいです。

ちなみにペナルティの一貫性については、実はロッシがひいきされてるとは思ってないし、さらにペナルティの意味がシーズン序盤か終盤かでも変わってくるので、同じ罪に対して同じペナルティの内容とするか、同じ重さの罰とするかは悩ましいところだと思っています。

投稿: とみなが | 2015/10/31 12:16

とみながさま
「一貫性」についてのお返事、ありがとうございます。
なるほどですね。
ロッシの提訴でせっかくのメッセージがどうなってしまうのか…という不安はありますが、
ともあれ最終戦バレンシア、全クラスの全ライダーが遺恨は残しても怪我などなく終わってくれることを願って楽しみに待ちたいと思います。
また拝見させていただきます。

投稿: はるきち | 2015/10/31 17:38

motobeatle@yahoo.co.jpさん

全て興行です。
それに名実ともにライダーが乗ってます。
ルール上スポーツマンシップがあるだけです。
マシン開発、スポンサー、ありとあらゆる事柄にお金が絡んできます。
他のスポーツも同様。
普段は気にしませんし、目を背けている人すら居ます。
理想だけではスポーツは出来ません。

投稿: nyaaa | 2015/10/31 19:04

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