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ブルーvs.ブルー

ども、お久しぶりです。ここんとこ気持ちと時間に余裕がなくてすっかりご無沙汰してましたが、ちょっと時間ができたので気になる記事を訳していきますよ。

すばらしい走りで4連勝を飾ったロレンソについて、Mat Oxley氏が書いていますので、まずはMotor Sport Magazineに掲載されたその記事から。
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40年前のこの週末、映画「ジョーズ」が封切りとなった。メインテーマとなる音楽は今でも人の心をざわざわさせる。あの恐ろしいメロディーの繰り返しを耳にすると、誰もが危険が近づいてくるような気持ちになるのだ(訳注:知らない方はこちらからどうぞ)。

この4戦でホルヘ・ロレンソはまさにジョーズのごとくヴァレンティーノ・ロッシのポイントリードを噛み砕いていった。実に28ポイントを削り取ったのである。7戦を消化し、残り11線。ロレンソはロッシに対してわずか1ポイント差にまで詰め寄っている。いつでもとどめを刺せる状態だ。果たしてその通りになるだろうか?おそらくロレンソの勢いは止まらないだろうし、ロッシは再び最初からやりなおさなければならないだろう。

もちろんロッシにとってこうした状況は初めてのことではない。なんといっても彼は9回もチャンピオンを獲っているのだ。2009年に遡る。その時ロッシはロレンソをはじめとする若いライダーを鮫の一群にたとえている。「もし僕が弱くなったら一発でかみ殺されるでしょうね。ちょっとした血のニオイをかぎつけて、よし今だ!ってかかってくるんですよ」

去年ロッシは自己改革にとりくんだが、そのとき手本としていたのはマルク・マルケスではなくロレンソだった。ヤマハに戻った彼はロレンソのデータから学び、ロレンソについていくために努力をしたのだ。この日曜のロッシのラップタイムはロレンソのわずか0.03秒遅れだった。しかし3周目にして1.3秒差をつけられた後では、それもなんの役に立たなかったのである。

ロレンソはカタルニアでこう言っている。「ヴァレンティーノは日曜の男なんですよね」。つまりそれこそが彼が学ぶべきことなのである。土曜日の男になるにはピットを出て最初のコーナーからまるで最終ラップかのようにアタックを開始するという危険な技術を学ばなければならないのだ。タイヤが温まっているかどうかは関係ない。

これを「自信ということに関して歴史に残る跳躍」だと言うものもいる。ロレンソはまさにそこにいるのだ。予選でピットを飛び出すと、またたくまにアタックモードに移る。トップスピードで走るために徐々にタイムを上げていくということはしない。レースでも同じだ。自分のラインを走るためには誰かに前を走らせるわけにはいかないのである。

ロレンソは昔からそうだったわけではない。彼もこの技術をものにするためにかなりの努力をしているのだ。ケイシー・ストーナーにこてんぱんにやられたのがそのきっかけになった。数年前の冬、ロレンソは筋力トレーニングにはげみながら同時に精神力の鍛錬も行っていた。理性が止めたときでも気持ちを優先できるようにだ。オフシーズンテストではピットを真っ先に飛び出し、口から心臓が飛び出そうになるのをぐっとこらえて最初のコーナーに飛び込んでいった。まるでそのコーナーでチャンピオンが決まるかのようにだ。そして実際にそうなったのだ。

ロッシ自身もそうしたスキルが必要だということは何年も前からわかっている。実際ピットから飛び出すロレンソを追いかけていって何かを学ぼうとしたこともある。しかしロレンソほどすぐに速く走ることはできないままだ。トップスピードにのるまでに時間がかかるのである。つまり現在の15分間の予選方式には全く適合できていないということだ。

では何を変えれば良いのだろうか?予選専用のセッティングをスタッフが用意できれば良いのか?それとも自身の内面を作りかえなければいけないのか?

昨今のMotoGPではメカニックが予選でマシンに手を着けることはほとんどない。20Lのタンクに1/4ばかりガソリンを注ぎ、燃調を少し濃くするくらいしかしないのだ。フロントのプリロードを1mmほど上げるくらいはする。ライダーがあと1/100秒詰めたいと考えるとき最も役立つのはブレーキングだからだ。そしてリアにも1mmほどプリロードをかけるかもしれない。そのおかげでニュータイヤでスロットルを開けやすくするためだ。

要するにマシンへの変更は最小限に留めるということなのである。バイクレースというのは自信がすべてだからだ。ライダーはマシンがどう動くか完璧に予想できれば安心してライディングに集中して限界まで攻められる。そのためにこそセッティングが存在するのである。もし予選タイムを上げようとしてメカニックが大胆あ変更を加えたら、ライダーはむしろ遅くなってしまうだろう。なじんだセッティングではないからだ。

となるとロッシのメカニックはレースを通して全体のセッティングを変更しなければならないのだろう。ロレンソと同様にサスセッティングを少し柔らかくするのだ。しかしライディングスタイルの違いも考慮しなければならない。ロレンソはマシンの上で全く動かないがロッシはせわしなく動いている。

ロッシに必要なのは自身がどうかわるべきかをみつけることなのだ。しかしそれは容易なことではない。彼は何年もそれに取り組みつづけているのだ。

とは言え彼はまだタイトル争いの中心にいる。そこがホンダとの違いだ。去年のチャンピオンが稼いだポイントはロレンソのちょうど半分。マルケスがピットで話している相手から推測するに、問題はメカニカルグリップの欠如と軽すぎるフライホイールにありそうだ。

フライホイールが軽すぎるとスロットルに対するエンジン回転の反応がシャープになりすぎるのだ。そしてその結果ホイールスピンを引き起こす。ライダーがスロットルを閉じるとエンジン回転は急激に落ちてしまい、こんどはリアホイールがロックする。こうした現象が起こっているのはマルケスのコメントからもわかる。

2年ほど前ならすぐにこうした問題は解決できたろう。2スト時代にもタングステンをフライホイールに埋め込んでNSR500を乗りやすくしている。しかしシーズン中のエンジン開発は凍結されてしまっている。すべてのエンジンは開幕戦時点で封印されており、変更は許されない。もちろん去年のエンジンに戻すこともできない。

もしフライホイールの重さが問題ならHRCはカセット型ギアボックスか点火用ピックアップコイルににおもりを付け加えるくらいしかできないのだ。しかしはっきりした違いを出すのは簡単ではない。

問題がメカニカルグリップならカタルニアGP後のテストで試した2014年型シャーシが解決策になるかもしれない。

しあしマルケスがこれから勝ち続けても3連覇には遅すぎるだろう。尊敬すべきチーフメカのラモーン・フォルカダによれば、もうロレンソに迷いはないそうだ。シーズン当初は何度かありえないトラブルに見舞われている。最初はツナギのサイズ、そしてカタールでのヘルメット問題、テキサスでの体調不良、そしてアルゼンチンでのタイヤ選択ミス。

しかしそれを乗り越えてからは彼は完璧に走り続けている。現代GPでは記録となる103周連続トップ、そしてマイク・ヘイルウッドに並ぶ勝利数。去年はマルケスの10連勝に驚かされた。今年のロレンソにもどれほど驚かされることになるだろうか?
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Dennis Noys氏によればロレンソはMotoGPクラスの37勝のレース全939周の内、731周(77.8%)をトップで走っていて、その内17戦は全周回トップとのこと。そういうやり方でしか勝てないということなんでしょうけど、そこに持ち込める力を手にした、そこまでの努力が凄いです。

ちなみに記事の原題は「Blue on Blue」。直訳すると「味方からの砲撃」ですのよ。

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コメント

今年のmotoGPを見ているとロレンソはものすごく良いですね。
同じようにロッシもすごいと思います。
世界最高峰の戦いというのは想像を絶するくらいハイレベルなのですね。
ヤマハ星人としては同士討ちにならないことを祈るばかり。

でもいまはロッシにチャンピオンを獲って欲しいと願っております。

ブルー vs ブルー ってロレンソ vs ロッシのことかと思っちゃった

投稿: サトウ | 2015/06/20 15:42

>サトウさん
 あ、もちろんロレンソvs.ロッシという意味も込められてます。
 でもなんかロレンソのある意味危うい勝ち方が素敵ですよね。ひりひりする感じがたまりません。

投稿: とみなが | 2015/06/20 16:12

こんにちは。
2スト500時代のラスト数ラップでこれはもう無理だろうと誰もが思う距離をスーパーアタックで差し切ってきたのがロッシであり今だに、もしかしたらと期待させる。これが彼の最大の魅力。ライディングフォームを変えてもいいけど勝ち方を変えるのは彼が彼では無くなる事。マルクとイアンノーネのバトルは派手でしたが、トップ争いをしアタックをかけているロッシを僕は映して欲しい。逆転できなくても0,2しか縮まらなくても。
ブルーオンブルーは、ヤマハとスズキの車体の色かと思いました。
かぶるんですよね、この2社。白地に青で良かったのではないかなーと個人的には思ってます。スズキらしいし。

投稿: とんからりん | 2015/06/21 05:33

またまた興味深い記事の翻訳をありがとうございます。
タイトルは初見、『DeepBlueヤマハVS SkyBlueスズキ』だと思いましたwww
しかしレースでは残念ながらそうはなりませんでしたね。
いつかそうなる日が来ると思いますが、まだ少し何かが必要なようです。

 確信的なホルヘの4連勝でしたが、ヘレスやルマンとは様相が全く違って最後まで目が離せない胃がキリキリするようなレースでした。
軍師でありタフなサバイバー・ヴァレのライブタイミングこそがまさに『JAWS』のテーマに乗って、ではなかったでしょうか?www
しかしその怒涛のプッシュに負けず高いコンセントレーションを保ちながらゴールしたホルヘは本当に素晴らしかったと思います。
 
 多くのアスリートがそうするようにライダー達もレースのイメージトレースを行うと思うのですが、ホルヘはトレースのリアリティが高く緻密というか非常にうまいように感じます。
ピットで音楽を聴きながらバルブを上げ、実際に走り出す前の脳内で多くの作業――恐怖をアドレナリンに転換――ホールショットを奪いトップスピードまで達する――をすでに終えているんじゃないかとすら思いますね。
しかもそのフィーリングををブラックアウトまでキープするのですから、もう神のの領域ではないかと・・・(個人の感想ですww)
当然のことながらそれだけではレースを制することはできません。しかしそれが大きなアドバンテージになるのも不思議な事実ですね。
VICTORY OF WONDERとでもいうのか・・・
特にホルヘには強く作用し、ライヴァルたちを突き放す要素のひとつになっているのではないかなと思います。

 しかしながら勝利への方程式はマシン特性やライダーの性質によって幾通りもあるわけで、上述のことはホルヘの人間性とかいうか性質だからこそ生きることでしょう。
ヴァレの強さというのはホルヘのそれとはまた異質なものだと思います。
実際問題として彼がホルヘを凌ぐために必要な肝はマシン改良にあるのかもしれないし、ライディングにあるかもしれないし、その他の領域にも及ぶのかもしれません。
ただ言えることは勝負師としての強さはヴァレンティーノがGP界随一だということです。
ホルヘもマルクもそこにはまだ達していない。
ライデイングスタイルを変えようがレースマネジメントを変えようが、彼にとってそう大きな問題ではないように思えるんですよね。
若い鮫たちを咬み殺すだけの顎はいまだ研ぎ澄まされているんですから。

投稿: りゅ | 2015/06/21 12:45

ロッシが現在の予選システムに適合できていない理由はそうだと思います。

あと、どうなんでしょう?
予選下位に沈んでも、スタート共に順位をロッシは上げてくる。
その時に彼と競うライダーは、多少遠慮というか気を使う面はあるのではないかと。
ロッシは、まさに生ける伝説です。
GPにおける様々な影響力というのは多大だろうとも思います。
そんな彼と激しくぶつかり合いバトルをするのは、いろいろな面で得策ではないと思慮してしまう側面はあるのではないかと。
ここ数戦、スタートからスイスイと順位を上げていく様を見て、なんとなくそんな事も考えてしましました。
勘繰りすぎですかね?w

投稿: motobeatle | 2015/06/21 13:03

訂正です(。>0<。)
>ピットで音楽を聴きながらバルブを上げ
              ↓
      当然『バイブスを上げ』でしたww
バルブを上げても調子はあがりません。ダハッ

投稿: りゅ | 2015/06/21 15:50

マットオックスさんの翻訳記事タンクだす
ライクラでは読めなくなったので助かりま

そうですかエンジン凍結でどうにもならない軽いフライホイールですか・・
機材タイヤライダーのバランスが繊細過ぎて勢力図がガラッと変わるのもなんだか不思議

今回のマルク転倒は去年オープニングのロレたん転倒と心理的に似た感じかな「マシンアドバンテージがないから早くトップに立って逃げ切らないと汗汗・・」

さてホルヘが黒でかハンマーでエデンのそそのかしヘビ男・ヴァレを叩き潰すのか、それとも柄に絡みついて知らぬ間にたんぱく毒(神経毒?)を注入しハンマーロレンソを“溶かし(痺れ?)”折るのか、見物でごんすな

投稿: さわら | 2015/06/21 18:36

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