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公式プレビュー>イタリアGP2015

ヤマハドゥカティ(英語)ホンダスズキ(英語)アプリリア(英語)

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クラッチロー、転倒原因を語る

ええーっ?!
MCNより。
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カル・クラッチローのルマンの序盤での転倒はほんのささいなミスが原因だった。彼はいい調子で予選をこなしレースを迎えたが、他のホンダライダーと同様にレースでは苦しむこととなった。コーナー進入でマシンが暴れるのである。しかしそれと転倒はなんの関係もない。

クラッチローによればこういうことだそうだ。「下りのコーナーだったんですけどね、いつもブレーキングではステップから足をはずすじゃないですか。で、コーナー進入で足をステップに戻しながらリアブレーキを踏もうとして、踏み外しちゃったんです。それで足が落っこちちゃったんですよ。しかもそのときフロントブレーキを握っていたんです。完璧に自分のミスですね。もうフロントブレーキをかけはじめてたのに、あわててさらに握り込んでフロントをロックさせちゃった。びっくりしてブレーキを強く握っちゃったって感じかな。しかも生中継でちょうど映ってるときだったんで、ほんとうにがっかりですね。まあそういうのって良くある話なんですけど」

週末ずっとトップグループで走っていたことを考えると、転倒リタイアに終わってがっかりしているのも当然だ。しかし転倒してがっかりてしているかと問うと、今シーズン初のノーポイントに終わったことより大事なのはトップのホンダライダーについていけたということだと彼は答えている。

「ワークスの連中について走れていたからこそがっかりしてるんですよ。ブラッドリー(スミス)はよくがんばったけど、ワークスからは離されてしまってた。イアンノーネもよくやったけど、ドヴィには離されてしまってた。そういう意味では今週末は満足いく結果でしたね。ことによったら4位でゴールできたかもしれないですし。そうすればマルクやイアンノーネやブラッドリーとバトルできたんですけどねえ。まあ言い訳はしません。もう終わったことだし、結局マシンを壊しちゃったんだから」
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みなさもお気をつけ下さいな。(←公道でステップから足をはずしたりはしない…かな?)

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ダニ・ペドロサのブログ:満足いくテスト

転倒、再スタート、完走と、よかったんだか悪かったんだかわからないルマンのペドロサでしたが、本人はとても満足しているようです。そしてくまモン。Repsol公式より。
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みなさんこんにちは!

ルマンは良くないことを良い方にもっていくという格好のテストになりました。

週末全体としては楽な状況ではなかったですし、レースの結果も望んでいたものではありませんでした。でも僕らのやり方は正しかったと思いますし、最終的なテストの結果は満足いくものだったんです。

日曜のレースで序盤に転倒してしまったのは本当に残念です。でも大事なのはレースに復帰できて距離を走れたことなんです。再スタートしてからはずっと離れたところで走っていてバトルはしなかったですけど、それでもこうして距離を走るのは重要なトレーニングでしたし、またバイクに乗れる自信もつきましたね。ほとんどテストみたいなものでしたし、そういう意味では結果に満足しています。まだ100%とは言えないですけど、もう2週間もすればかなり良くなると想っています。

もちろん今週末もみなさんの気持ちをしっかり感じてました。いちばん辛い時も含めて何週間も僕の応援をしてくれましたね。でもやっと戦える状態にまで戻ってきました。みんなの一人一人の応援がルマンの僕に届いていました。パドックでもそれを感じることができたんです。

最後に特別な写真をおいていきますね。ルマンでいちばん楽しかった思い出のひとつです。くまモンに会ったんですよ。写真もいっしょに撮ってもらいました。そのあいだずっと僕は笑わせられ続けでした。くまモンは日本の熊本県のマスコットで、そこにはホンダの工場があるんです。写真でおわかりの通り、そこからルマンまでやってきてくれたんです。

Mosaico21


今週の質問

Q:マシンに乗ったときに感じたことをどうやってメカニックに伝えているんですか?彼らはあなたの望み通りのセッティングをしなきゃならないんですよね?(セルヒオ・Pより)

A:セルヒオ・Pさん、
 はっきりと、しかも簡潔に伝えるしかないですね。経験を積むと、どう表現すればいいかわかってくるんです。いろんな文化、そして母国語を持つ人が混じっていますからね。だから彼らの視点に立って伝えることがとても大事なんですよ。そうすれば自分の感じたことをわかってもらえるんです。

また近いうちに、

ダニ
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確かにライダーのフィーリングを正しく伝えるのはむつかしそう。

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ミシュランがルマンでテスト実施

ロレンソが必勝パターンで見事に勝利した翌日、2016年からの独占タイヤサプライヤであるミシュランがルマンでテストを行ってます。
参加したメーカーはアプリリア、スズキ、そして…。MCNより。
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ルマンにおいてマイケル・ラヴァティが乗るアプリリア、そしてランディ・ドゥ・プニエが乗るスズキを使ってミシュランが大量のデータを集めている。カワサキのチューニング部隊であるアキラもスーパーバイクベースのマシンでかなりの周回を重ねていた。

タイヤテストはチームにとってもかなり慌ただしいものとなる。ミシュランが多種多様なタイヤを供給し、ライダーはその内のどれがどのコースに適合しているか次々と判断を下していかなければならないからだ。ミシュランは一般的に最もソフトなコンパウンドが向いているとされるルマンで多くのデータを集めることになっている。
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カワサキ!カワサキも来るの?!

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公式リリース>フランス2015

ヤマハドゥカティ(英語)ホンダスズキアプリリア(英語)

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公式プレビュー>フランスGP2015

ヤマハホンダ、ドゥカティ(英語)、スズキ(英語)アプリリア(英語)

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GO! GO! 2016!

混戦模様を呈してきた2015年シーズンを見ながら、タイヤメーカーが替わり電子制御ソフトが統一される2016年に思いを馳せるMat Oxley氏の記事をMotor Sport Magazineから訳出。
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最高のホルヘ・ロレンソだった。ホールショットを奪い、全てを支配し、結局トップ争いは最後までなかった。もしマルク・マルケスが小指の骨折に苦しんでいなかったら、そしてヴァレンティーノ・ロッシがフロント周りのセッティングが出せていたら、ことによったら最終ラップでの戦いが見られたかもしれない、しかしそれは全て仮定の話に過ぎない。

ヘレスの結果は今シーズンの混戦を予感させるものとなった。この後も素晴らしいレースがたくさん見られるだろう。しかし私はそれ以上に2016年を楽しみにしているのだ。

MotoGPで1クラス2制度となってから4年が経つ。来年は本来の姿に戻って、全ライダーが同じ技術ルールの下で戦うことになる。公平なルール。言い訳なし。さあレースの始まりだ。

2012年、2013年はクレイミング・ルール・チーム(CRT)という実に馬鹿馬鹿しい名称のクラスがあった。悲惨なほどに減ってしまった参戦台数をなんとか増やし、ワークスマシンと互角に戦えるという体を装ったものだったのだが、結局それは失敗に終わってしまった。

去年からはオープンクラスというものが導入されている。少しはましにはなったが、同じクラスのレースを走っていると言いくるめるにはまだ苦しい。さらにファクトリー2クラスというものまで新設されている(まあどう呼ばれていようと私はとっくに興味を失っているが)。ファクトリー2クラスはトップに追いつけないメーカーのためのもので、ワークスマシンだが優遇措置を受けられるというものだ。

オープンマシンは燃料、タイヤ(より柔らかい)、エンジン台数(かわりに電子制御は制限)といったあたりで優遇措置を受けられているが、それでワークスマシンに追いつけるかもしれないというのははかない希望に過ぎないだろう。ファクトリー2マシンも同様に燃料制限をはじめとした優遇措置を受けている上、自社製のハイテク電子制御を使うことができる。しかも性能が上がってきたら燃料制限については優遇措置がなくなるが、それ以外の優遇措置はそのままなのである。えーっと、ついてきてますか?

CRTもオープンクラスも導入されたのにはそれなりの理由がある。ほぼ死にかけた(2011年には15台しかグリッドにいないこともあったのを思い出してほしい)グリッドになんとか活気を取り戻そうとしてのことだ。しかし技術規定が何段階にも分かれているせいで観客は気が狂いそうになっている。

燃料が24Lのライダーもいれば、22Lのライダーもいれば、20Lのライダーもいる。コースによっては有利になる、しかし別のコースでは不利にもなるスーパーソフトタイヤを使えるライダーもいる。ううう。これはもうレースではなくて「数独」ではないか!

おかげでグリッドに並ぶマシンの優劣をつけるのは不可能になっている。手持ちのカードがそもそも違うのだ。確かにドゥカティは復活したが、それはレギュレーションの違いがもたらす幻影なのか、それとも2016年にhのんだやヤマハのワークスマシンと同じ燃料、タイヤで戦っても同じ結果が出せるということなのか?

それこそが私が知りたいことであり、来年、全マシンが同じ燃料制限、同じタイヤコンパウンド、同じ電子制御で走ることになって初めてわかることでもある。現時点で起こっているのは一種の茶番なのだ。ロッシは最近こう言っている。「マジな話モータースポーツでこんなことが起こるのはMotoGPだけですよね!」

「ファスト・ショウ」(訳注:Wikipediaをざっと読む限りネタ繰り出し系のモンティパイソンっぽいテレビ番組らしいです)に、とりあえずいま話している相手に同意しまくる人物が出てくるが、いろいろな意見が出ている統一電子制御ユニットに関しての私の立場はそんな感じである。プライベートチームのオーナー「これはいいアイディアだろう?」と言えばそれに同意し、ワークスの電子制御エンジニアが「そんなの馬鹿げている」と言えばそれにうなずくといった具合だ。

統一電子制御が導入されれば理論的にはトップのマシンが遅くなり、遅いマシンが速くなるはずだ。つまり差が縮まるということである。フォーミュラ1のエンジニアが私に教えてくれたが、F1では統一ECUの導入で電子制御周りのコストは半分になったが、マニエッティ・マレリ社がちゃんとシステムを開発できるかどうかについては疑問があるということだった。MotoGPでは全チームが新型ソフトウェアに関する機能を提案できるが、ドルナがそれを採用するかどうかについては、まず全チームがそれを使えるかどうかが考慮される。そしてプログラミングはマレリが行うこととなっている。

ライダーのほとんどが電子制御を減らすべきだと考えているし、(少なくとも理論的には)統一電子制御の導入によってそれが実現され、ライダーは自分がやりたいことをできるようになるだろう。つまり自分でマシンをコントロールするということだ。

この手のNASAが使っていそうなすごい電子制御のせいで金持ちチームと貧乏チームの差がさらに広がっていると私に言ったライダーは数限りない。

オースティンではブラッドリー・スミスがレース終盤に苦労していた。彼のサテライト仕様のヤマハM1の燃費コントロールソフトウェアがワークスのものほど優秀でなかったためだ。スミスのマシンはパワーダウンを余儀なくされただけでなく、コーナー脱出でも問題を起こしていた。スロットル開け始めの電子制御の挙動が敏感すぎたために、フロントからのスリップダウンを避けるようとしてもスロットルコントロールでフロントタイヤに徐々に荷重を掛けていくのが難しかったのである。

来年の統一電子制御ユニットノ導入で真の公平性が実現するはずだ。しかしもちろん資金力のあるチームの優位性は変わらないだろう。何と言っても彼らには優秀な電子制御エンジニアがいて、ブラックボックスからその性能を最大限に引き出すことができるのだ。

2016年もマシンによる違いは残る。何年か優勝を経験していないメーカーについてはエンジン台数制限が緩和されるのだ。そうしたチームに対しては9台のエンジンが許される。さらにシーズン中にエンジン周りのパーツを導入することも許されている。しかしそれでも同じマシンでの戦いは素晴らしいものになるだろう。
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来年が今年より楽しくなると、とんでもないことになりそうですね!!

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ドルナCEOカルメロ・エスペレータ氏へのインタビュー

GPというのは、その統括団体FIM(世界モーターサイクル連盟)の下、メーカー、チーム、そして興行主であるドルナによって運営されています。かなり粗い言い方をすると、FIMが元締めで、FIMが主催するレースにチームが参加して、メーカーがマシンを供給するという形。ではドルナは何をやっているかというと、レースを興業として成立させてお金が回るようにしているということですね。もちろんドルナも稼いでいますが、興業としての魅力を増すことで、チームも経済的に成立するようにしているということです(いくら稼いで、いくらチームや興業自体に回っているかは、ドルナもその親会社である投資ファンドのブリッジポイントも上場企業ではないのでよくわからないんですけども)。
そのお金を回してくれているドルナのCEO(最高経営責任者)であるカルメロ・エスペレータ氏にCycle Worldがインタビューしていますので訳出。
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彼のMotoGPでの立場はF1で言えばバーニー・エクレストンということになる。ドルナのCEOであるカルメロ・エスペレータがこの業界に足を踏み入れたのはスペインのサーキットの創設者、そして管理者としてだった。4輪、2輪ともにレースが大好きだったのだ。そして彼がバーニー・エクレストンと親交が深かったこともあり、FIMがテレビ放映権を売ることにした1990年、エスペレータは鍵を握る男となったのである(当時テレビ放映権はエクレストンが持っていた)。1991年にドルナに参加したエスペレータは1992年にそのテレビ放映権とその他の商業権を手にすることになった。当時ドルナの社員はわずか7人。今ではそれも300人ほどとなっている。MotoGPが開催されてヘレスで、我々は彼のオフィス(パドックの中心に設置されたドルナの巨大なテントの中だ)に招き入れられ、ここまでの成功の話を説明してもらった。

エスペレータ:レースは私のDNAです。人生を通じてモータースポーツに関わってきました。最初にF1を見たのは1951年、5歳の時です。バルセロナのペドラルベスサーキットのアヴィンギューダ・ディアゴナル通り(訳注:バルセロナの目抜き通りの一つ)で見てたんです。アマチュアのバイクレーサーとして走っていた1974年にバルセロナの150km南にカラファトサーキットを作りました。マドリッドのハラマサーキットも走りましたね。その後、1988年にバルセロナのモントメロサーキットの管理委員会の委員長になりました。


サイクルワールド:最初に乗ったバイクは何ですか?

エスペレータ:モンテッサの250です。最初に乗った4輪レーサーはR8TSですね。ルノー国内選手権で走ってたんですよ。そのあとはフォーミュラカーで走ってましたね。F3よりちょっと下のクラスでフォーミュラ1430と呼ばれていたやつです。それから耐久の場はラリーにカルロス・サインツのナビとして参加しました。最後にレースを走ったのは去年のアンドラのアイスレーシングですよ。


サイクルワールド:1991年にドルナに参加したときの話ですが、バーニー・エクレストンと友人だったことはかなりテレビ放映権の確保に役立ったんですか?

エスペレータ:ええ、かなり役立ちましたよ。バーニーはチームの集まりであるIRTA(訳注:国際レーシングチーム協会)と契約してたんで、かなりいろいろ話し合いました。最終的に合意に達して、FIMが予定してたより1年早い1992年から始められたんです。いろいろバーニーから学んでいます。彼がこういうビジネスを作り上げたわけですしね。私がやってたのは4輪と2輪の違いを際立たせつつも、バーニーのやり方を2輪レースに持ち込むとこだったんです。


サイクルワールド:バーニーもあなたも強大な権力を持っているわけですけど、二人の共通点と、相違点を教えて下さい。

エスペレータ:どちらもモータースポーツを愛していますね。でも性格は違いますよ。権力の行使という面では、私は交渉するのが好きなんです。自分が勝ってもみんなががっかりするんじゃあね。私は合意を重んじるんです。


サイクルワールド:かつてはメーカーがもっと力を持っていました。今は究極の技術テストの場としたいメーカーのニーズと、まかなえるお金の範囲で最高の興業を実現したいドルナの間でバランスがとれているようですが、どのようにそこまで持ち込んだんですか?

エスペレータ:MSMA(モーターサイクル・スポーツ製造者協会:メーカーの集まり)を作ってメーカーは力を増したんですよね。でもこれは権力の話というよりルール制定についての話なんです。技術規定に対する意見が違ったら、ちゃんと議論をしてすりあわせるんです。最終的な権力というのはFIMにありますからね。FIMの会長ともいろいろ離しているし、みんなが幸せになるような、そうでなくても少なくとも大部分が幸せになるような結論を出してきたと思っています。大事なのはFIM、メーカー、ドルナ、IRTAがちゃんと議論に参加して同じ目的のために合意に達するということですね。


サイクルワールド:ドルナとFIMはどういう価値観を共有しているんでしょうか?

エスペレータ:とにかく2輪レースを生き残らせなければならないということですね。ロードレースはもちろん技術開発の場としても重要ですけど、メーカーの言うなりにコストを増やしていくわけにはいかないんです。参加しているのはメーカーだけではないですからね。サテライトチームのことも守らなければならない。これは誇りをもって言いたいんですけど、MotoGPサーカスは4000人の大家族なんです。MotoGPを守り続けるということは、その家族の仕事を保証するということでもあるんです。


サイクルワールド:オープンマシンの導入は実にうまくいきましたし、ドゥカティが競争力を取り戻すことにもなりました。デスモセディチGP15がこれほど短期間にこれほどの成功を収めると予想していましたか?

エスペレータ:ドゥカティについても、このシステムについても喜んでいますよ。いずれにせよ、来年は同じ電子制御を使うことになりますし、将来的には1クラス化されることになります。ドルナは各チームに無料で電子制御ユニットを提供します。そうすればコストも削減できますし、興業としても面白くなるはずです。ソフトウェアはメーカーの協力を得て作製されています。


サイクルワールド:ルールがある程度変わらないということはメーカーの開発計画には重要なことなんですか?

エスペレータ:ええ。新たな技術ルールと、商業ルールについては合意しています。2016年についてはすでに決定済みですし、その後は2017年から2021年までルールは改定しない予定です。もちろん安全面とかで、全員が変更が必要だと考えたら別ですけどね。


サイクルワールド:2017年にKTMが参戦すれば6メーカー、24人のライダー(ワークス×12+サテライト×12)ということになります。プライベートチームにはドルナから今以上の支援があるのでしょうか?

エスペレータ:オースティンとアルゼンチンでメーカー及びチームと合意を交わしています。具体的にはメーカーとはマシンのリース費用の上限についての商業ルールについて合意したんです。で、そのリース費用はドルナからチームに対して支払うことになっています。各メーカーは2人体制で、さらに2人分のマシンを供給することも義務づけています。しかしそでは既存のチームに対してだけです。参戦台数が22台を下回るまでは新たに参戦するプライベートチームはないということになります。プライベートチームはどこのメーカーのマシンをリースするか決めることができますが、一方でメーカーは最大6台(ワークス2台、サテライト4台)まで走らせることができるようになっています。

サイクルワールド:つまりドルナはサテライトチームに対してライダー1人あたり180万から200万ユーロ(邦貨換算3億円くらい)のリース費用を肩代わりしてあげるということですか?

エスペレータ:チームに対してリース費用をカバーできるくらいの支援をする予定です。ドルナとしては思い切った決断ですね。2016年、2017年についてはドルナの負担は30%増しとなります。


サイクルワールド:ドルナはMotoGPと同時にワールドスーパーバイクのマネジメントも行っていますし、その他にもFIMジュニアカップシェル・アドバンス・アジア・タレントカップなど、プロフェッショナル・ライダーの全キャリアの面倒を見られる状況にありますね。強いライダーが様々な国から出てくることはやはり重要なんですか?

エスペレータ:違う国から強いライダーがそれぞれ出てくるのはGPの生命線ですね。特にGPを開催する国から出てくることが重要なんです。米国マーケットは非常に重要で、いいイベントを開催しなければなりません。もちろん米国には様々なモータースポーツイベントがあるので、簡単なことではないですけどね。それとヨーロッパとアジアでレースをやると米国にとってはうまい時間帯ではないというのもありますね。米国はドルナにとって非常に重要なマーケットですし、メーカーにとってもそうですね。そしてMoto Americaはロードレーシングの再興のために非常にがんばってくれてます。ドルナとしてもできる限り彼らを支援していきますよ。


サイクルワールド:MotoGPが盛り上がってるのはヴァレンティーノ・ロッシのおかげもかなりありますよね。ゼッケン46がここまで成功するというのはどれほど重要だと思われますか?

エスペレータ:ヴァレンティーノは本当に重要ですよ。性格とかそういう問題じゃないんです。まずなにより、素晴らしいライダーということですね。これは全世界が認めていることです。ヴァレンティーノのおかげでGPは本当に大きくなってきたんです。2003年の加藤大治郎の悲劇的な事故のあとに安全委員会を開催し始めたんですが、ヴァレンティーノは必ず毎回出席しているんです。そしてその時から今日までずっと現役でいる唯一のライダーなんです。


サイクルワールド:ヴァレンティーノ・ロッシは少なくともあと2年は現役を続けたいと言っています。

エスペレータ:たったの2年ですか?私は68歳ですけどまだ現役ですよ!ヴァレンティーノももっと長くやってくれるといいですね。
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いろいろ言われていますが、ドルナがMotoGPを大きくしたのは間違いないと思います。それが日本で見えないだけで。そしして日本だとドルナにあたる組織を主催者であるMFJが兼ねちゃっているという構図で、そこらへんにも問題がありそう…。プロが必要なのではないかしらん…。

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アライヘルメット代表取締役:新井理夫氏へのインタビュー

「君ヘルメットの値段は君の頭の値段」って誰が言ったんでしたっけ?ってなわけで私も愛用しているアライヘルメットの代表取締役、新井理夫(あらいみちお)氏の発言集をMOTO AMERICA(AMA公認ロードレースシリーズ公式より)。
ヘルメットの構造に疎い方は、このあたりを読んでからの方がわかりやすいかもです。「アライヘルメット 用語解説」アライニュース(2011年2月)(PDF)
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父は大学に行ってないんです。高校も卒業してない。東京の帽子屋の息子だったんです。で、バイクが趣味だった。麦わら帽子だけかぶってバイクに乗ってたんですよ。当時はバイク用ヘルメットなんてなかったんです。

Hist
出典:アライヘルメット

父は良く言ってました。「俺は良いライダーだよ」。でもそんなことなかったですよ。でもバイクを愛していたのは間違いない。私もバイクを愛してます。心から好きなんですよ。

第二次世界大戦では日本の兵隊が東南アジアに行ったんですが、すごく暑い地域ですよね。熱をなんとかしなきゃならなかったのに当時はベンチレーションなんてなかった。

父はそこで新しいアイディアをつかんだんです。竹を切って編んで、その上に手ぬぐいをかぶせた。陸軍がそれを気に入って、おかげで父は徴兵されずにすみました。

戦争が終わって別の仕事を始めました。いろいろ発明が好きだったんです。作ったり買ったり売ったりだけじゃ満足できなかったんですね。最初に父がやろうとしたのは建設や鉱業労働者用ヘルメットです。防護用のものが必要だったんです。当時は建設用ヘルメットだって珍しかった。だから父はイチから作らなきゃならなかったんです。

建設や鉱業労働者用ヘルメットだけ作っていてもやっていけたでしょうね。でもまだ市場すら存在してなかったバイク用ヘルメットを作ることにしたんです。最初は建設用ヘルメットのシェルを改装して作ってました。

1940年代後半のことですね。私は小学生でしたけど、父がヘルメットを作っているのを見ていたのを覚えています。最初はキャンバスに樹脂をしみこませたものがシェルだったんです。ここでそのヘルメットを作ってたんです。建物は違うものになってますけど、場所は変わっていません。

最初はギャンブルレース(オートレース)用に売ってたんです。ダートトラックで、競馬みたいに賭けるやつです。当然クラッシュも怪我も多かった。それで父に声を掛けてくれて、それでヘルメットを供給することになったんです。日本で商売としてバイク用ヘルメットを売り始めてのは父が最初なんです。

父は化学についてはあまり知識がなかった。でもファイバーグラスに関する記事を読んで「これはいける」って言ってましたね。私は今でも父が何をやったのかよく知らないんですけど、何人かの大学の教授を訪ねていってファイバーグラス製のハーフシェルを作る方法を覚えたらしいです。それが日本初のファイバーグラス製ヘルメットですね。

父が作っていた最初のヘルメットのライナーはコルク製でした。最初に思いついたのがそれだってものありますし、それしか手に入れられなかったというのもありますね。それから発泡スチロールの記事を読んで、どうやったんだかわからないですけど、発泡スチロール製ライナーを作ってしまう。金型なんかもなかったんで、自分で作って、そのライナーをファイバーグラスのシェルと組み合わせていた。父が作ったやり方が現代のバイク用ベルメットの原型になったんですよ。

他のヘルメットメーカーとしてはベルがありましたね。ロイ・リチェッタが当時はオーナーで、良く知ってる間柄でした。父が同じ仕事を始めたのは地球の反対側で、だから最初は全然知らない相手だったんですけど、父は誰のことも真似しなかったんです。

父が始める前まではヘルメットなんてこの国では商売にならなかったんです。彼がこの産業を創始して、どんどんどんどん大きくしていったんです。

私はヘルメットと共に生まれて、ヘルメットをかぶってレースをしてます。だからヘルメットは自分の身体の一部みたいなもんですね。

より良いヘルメットを作るにはテストが必要です。テストのための機械もなかったんで父はそこから作り始めました。くずヘルメットと頭部の模型とロープでね。すごく原始的ですけど、どっちの方がいいかとかは判断できる。政府が規格を作るときにはだから父に頼ったのも当然ですね。

父はファイバーグラスを「鳥の巣」状に作ったんです。その鳥の巣を型に入れて、樹脂を流して、熱を加えて、風船で圧縮して、そうやってシェルを作ってました。これも父が始めたものです。今でも基本的にはやり方は変わっていませんね。

私はシェルに与える圧力を厳密にコントロールできればかなりの優位性を確保できると考えました。誰でも間違いなくできるようなシステムを作ろうとしたんですけど、そんな方法はどこにもなかったんです。結局ひとつひとつのシェルを丁寧に作ることしかなかったんですね。

父はレースを宣伝に使おうとしたことはなかったです。そもそもブランドの広告が必要だとも考えていなかった。でもヘルメット産業が大きくなると父もこれが商売になると考え始めたんです。

私はセミプロとして自動車レースをしてたんです。結構いいドライバーだったんですよ。今でもそうですし。でも一番にはなれないとわかっていた。それで自分もヘルメットを仕事にすることにしたんです。

父と私の違いは、私がレース好きだってことですね。競争が好きなんです。父は乗ること自体が好きだった。人生も楽しんでいました。父は幸せで健康ならOKだった。でも私は勝ちたいんです。当時アライは負けかけていた。それで父に言いました。「他の会社がどんどん大きくなってるんだから、うちも何かしなきゃいけない」ってね。そうしたら父は言ったんです。「わかったよ。じゃあおまえがやりなさい」。それが1975年のことでした。

ある日のことバイク雑誌の記者が私のところに来たんです。彼女はこう聞いた。「これからどうなさるんですか?」。彼女はベルをかぶっていたんで、私はこう言いました。「ベルを追いかけるんですよ」

バイク乗りのプロテクションにはまだまだ改良の余地があったんで、レースに参加するのが正しい道の一つだと考えたんです。国内で一番になるのは簡単でした。1年もかからなかった。日本はうちが好きにできた。みんながうちを認めてくれるようになったんです。それで海外に出ることにしたんです。

最初にアライヘルメットを使ってくれたのはテッド・ブーティーJr.でした。最初に彼に会ったときにはまだ18歳でしたね。彼は「おお、これフィット感がいいね!」って言ってくれたんです。それで契約を交わして、彼はうちのヘルメットでの最初のレースで勝ってくれた。あれはヒューストンのアストロドームでしたね。今でも「アストロ」って商品名を使っています。

自然というものを信じているんです。自然にはいろんなヒントが詰まっている。ヘルメットは卵のように丸くなければいけないと考えています。だからシェルをデザインするときには頭の形に沿っていないと気持ちが悪い。それが正しい方法だと考えています。

別に卵の形を真似しようとしてるわけじゃなくて、もっと被り心地のいいものにしたいんです。心地もいいし、プロテクションもいいものですね。その結果として卵形になってるんです。自然を参考にすると結果がついてくるってことですね。

ビジネスというのは競争です。勝てなければビジネスからはじき出されてしまう。ビジネスを続けるには利益を出さなければならない。もちろんお金はほしいですけど、もっと大事なのはプロテクションの面で他社に勝つことですね。

帽体のシェイプを替えないまま規格に合わせているんですが、これは他社がやってないことです。うちが大事にしている「衝撃を逃す」という性能を維持するためには、部位ごとに積層の特性を厳密に変えていかなければならないんです。

ファイバーグラスのシェルの形を変えないまま規格に適合しつづけていくのはかなりたいへんですよ。部位によって要求される特性が変わるわけですから。それに基本形を変えないで快適性も維持するためには、これまた部位によってライナーの特性を変えなければならない。

スネル財団のスニーヴリー博士(訳注:ヘルメットの国際規格であるスネル規格を作っているスネル財団の創始者の一人)のことは本当に尊敬しています。彼は根性がある。スニーヴリーがいなかったらスネル規格はなかったでしょう。

すべてのシェルにできる限りの力を注ぎ込みたいとかんがえているんです。それが一番優先すべきことです。うちは特製のシェルは作らないんです。最初からうちは常に最高のものを目指しているんです。

新型モデルがプロテクションを犠牲にしてたらそんなのは進化とは呼べません。小さなことをひとつひとつ積み重ねていくこと。それがアライの歴史なんです。

私たちの目標は最高のプロテクションです。それがアライの基本なんです。私たちはいいヘルメットをつくるために存在しているんです。
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こちらの日本二輪車普及安全協会によるインタビューもぜひ!10の質問への答えがいちいち素晴らしいです!!

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ホルヘ・ロレンソへのインタビュー:本能に従ったらライディングが取り戻せたんだ

先日のヘレスではいかにも彼らしい独走優勝を飾って、スランプ説(ほんとだったかもしれないけど)を吹き飛ばしたホルヘ・ロレンソへのインタビューをCycle Worldより。
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ヤマハのホルヘ・ロレンソは先日のスペインGPで完璧な週末を過ごしたことになった。しかし一時は自分のことが信じられなくて優勝から遠ざかってしまっていたのだという。そのため2015年MotoGP第4戦となるヘレスに先立って、気持ちを入れ替え本能にのみ従ってライディングすることにしたのだそうだ。その結果?彼は見事に55回目のGP優勝を手にしたのである。そして彼のタイトル争いが始まった。

サイクルワールド:やっと表彰台のてっぺんに戻ってきましたね。完璧な週末じゃなかったでしょうか?

ロレンソ:FP1からトップに立ち続けて、レースでは5秒差で勝てるなんて、木曜の時点で言われてもとても信じられなかったでしょうね。特にここ3戦はひどかったですからね。表彰台にすら上がれなかった。ここではFP1から何もかもうまくいったんです。おかげで自信がつきました。ヘレスは僕の得意なコース(全クラスを通じて5勝している)ですしね。1分38秒台が出せるとは思ってませんでしたけど、良いペースが出せたし、どんどんタイムを詰めていけたんです。マルク(マルケス)やヴァレンティーノ(ロッシ)との差もついていきました。このアドバンテージを活かせたら2014年のもてぎ以来の優勝も手に入れられるなって思いましたね。


サイクルワールド:これまでとは何が変わったんですか?

ロレンソ:こういうことっていろんなことがからんでるんです。レベルが高いから何か一つ欠けてもだめなんですよ。そうなると優勝争いなんてできなくなる。カタールの時から優勝できるポテンシャルはあったんですけど、毎回何かしら問題が出て、結果を出せなかったんです。


サイクルワールド:ヤマハとの契約更改も大事な要素だったんですか?

ロレンソ:ヤマハには本当に感謝してます。この厳しい時期に、それでも僕を信じてくれたんですからね(この3戦、彼は4位が2回、5位が1回という成績だった)。うまくいってるときなら大したことではないですけど、結果が伴っていないのに信頼してくれたってことはすごく嬉しかったですね。キャリアを通じてヤマハでしか走っていないライダーってもうそんなにいないですよね。でもヤマハはMotoGPパドックで最高にいい雰囲気のチームなんです。大きな家族みたいな感じなんですよ。マシンは去年と比べても良くなっているし、だから僕としても是非契約を更新したかった。ヤマハと2016年も一緒にやるということが決まってもちろん気持ちがすっきりしました。それが大事だったんです。もちろんその2日間で人生が変わったというわけじゃないですけど、確かにそれも関係してますね。あと、走ってるときライディングスタイルについて考えすぎたり、なんとか自分で速く走るにはどうすれば良いか考えすぎたりしてましたね。なんか新鮮な気持ちで走れなくなってたんです。金曜のプラクティスの時点で、なんかそういう気持ちがなくなって、あんまり考えないで乗れるようになったんです。とにかく本能に従って乗るようにしたんですよ。それがよかったですね。そこがポイントだったんです。もう自分では乗り方はわかってたんだし、あとは本能に従うだけだったんですよ。


サイクルワールドこの調子を維持するためにはどうすればいいんでしょうか?:

ロレンソ:とにかくどうすれば速く走れるのかを教えてくれるマシンの声に耳を傾けて、自分はあんまり考えすぎないことですね。目の前のコーナーに集中する。フランスGPでも同じようにやろうと思ってます。この週末みたいに完璧なものにならないかもしれませんけど、2位か3位に入れればいいです。大事なのは安定性ですね。


サイクルワールド:今回、パルクフェルメでも表彰台でも結構冷静でレース中のアドレナリンはひっこんでいたみたいですが?

ロレンソ:もう28歳ですし苦労もしてますからね。最高の瞬間をどう楽しめばいいか覚えたんですよ。ヘレスでの勝利はチャンピオン獲得ほど重要じゃない。すべての熱望が喜びとない交ぜになっていたんですよ。


サイクルワールド:28歳の誕生日に最高のプレゼントになりましたね。

ロレンソ:これ以上のプレゼントはないですよ。2010年みたいに池に飛び込もうとしたくらいです。でもやめたんですよ。革ツナギを着て飛び込むのはちょっと危なすぎますからね。ツナギって水に浸かるとめちゃめちゃ重くなって泳げなくなるんです。もう1日くらい長生きして、ママと喜びを分かち合うのもわるくはないですし。ママがレースに来ることはほとんどないんですよ。いっつも辛い気持ちになるみたいで。ちょっと心配しすぎで、テレビでもレースを見ないくらいなんです!


サイクルワールド:ここで勝ったことでヤマハのピットの中でのパワーバランスに変化はあるんでしょうか?

ロレンソ:ピットではどっちが上ってのはないんですよ。マシンは同じだし、結果がすべてですね。最初の3戦ではヴァレンティーノが毎レース最高の結果を出してました。ここではいつもみたいなわけにはいかなかったですけどね。代わりに僕が週末を通じて安定していましたね。


サイクルワールド:現在ランキング3位ですが、タイトル争いはどうなるでしょうか?

ロレンソ:現時点ではタイトル争いのことは考えたくないですね。最高に速く、そして安定して走るのには、1コーナーずつ、そして1レースずつに最善を尽くしていくことなんです。
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ますます求道者っぽくなるロレンソ!座禅とかやるといいのかもね(マジで応援しているよ)。

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