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ダイヤタイヤを盗め!

タイヤと産業スパイについて、Mat Oxley氏がMotor Sport Magazineに書いてます。
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バイクレース界で最も有名な産業スパイのことはあなたもご存じだろう。東ドイツ生まれのエルンスト・デグナーが、冷戦下のとんでもなく硬い鉄のカーテンの向こう側から亡命してきたときの話だ。彼はMZ(訳注:東ドイツのバイクメーカー)がひた隠しにしてきた2ストロークエンジンの秘密を手土産にこちら側にやってきて、そのノウハウを当時苦闘していたスズキに売り渡し、その結果スズキは翌年に初勝利だけでなく初タイトルまで手に入れることができたのだ。

誰もが知っている通りこうしたことは常に起こっている。単に我々が知らないだけだ。しかし10年以上前にアイルランドで起きた話はこれまた有名だ。

2005年5月、キルデア郡のモンデロパークで開催された英国スーパーバイク選手権の前日のことである。ライダーがモーターホームやキャンピングカーで寝静まった頃、ボルトカッターを保った一人の泥棒がミシュランのトレーラーに忍び込み、特定のリアスリックを持ち出し、そのまま夜陰に乗じて逃げていった。

もちろんミシュランの幹部は激怒した。当時彼らはバイクレースを支配していたのだ。13回の500cc/MotoGPタイトルを獲得し、その技術は世界中がうらやむものだった。それだけではない。2004年にピレリがタイヤを独占供給するまでは、ワールドスーパーバイクもミシュランのものだったのだ。ミシュランはHRCと深い繋がりをもっており、スーパーバイク仕様のタイヤを使うあの有名な鈴鹿8時間耐久で勝つためのタイヤを開発するためにBSBにも参戦していたのである。

モンデロの窃盗事件は間違いなくプロの仕業であり、つまりはライバルのタイヤメーカーが裏で糸を引いている産業スパイ事件だということである。ではどのメーカーだろうか?今日まで誰も捕まってはいないので、その後のことは犯人にしかわからない。おそらく盗まれたタイヤは解体され、コンパウンドも構造も詳細に分析されたことだろう。盗むことでしか得られない何かを誰かが学んだことだろう。丁度スズキとMZの事件と同じ構図だ。

私はこうした話に興味をかきたてられる。レース業界の恥部であり、それでも勝つためにメーカーがまじめに検討しているやり方でもある。

スピードを求めてスパイ活動をする話は他にもたくさんある。中でも私のお気に入りは1989年のルマンでのフランスGPのホンダとスズキの間に起こった話だ。今回スズキは被害者の側である(らしい)。因果応報である。

1987年の500ccチャンピオンでホンダのワークスライダーのワイン・ガードナーから聞いた話だ。もちろんHRCはこれを否定している。「すごく暑い日で、スズキはテントを巻き上げていたんだよね。それが僕のモーターホームから丸見えでね。それで日本人スタッフに『おい、写真を撮りに来いよ』って言ったんだよ。そしたらばかでかいレンズをつけたカメラを保ってきて、マジックミラーになった窓越しに1日中やたらたくさん写真を撮ってたね。で、彼らはそれを日本に持ち帰って、拡大してNSRの写真に重ねてみたんだ。それでわかったんだ。重心を低くし過ぎてたってことがね。スズキのエンジンはもっとフレームの高いところについていて、それで自分たちもそうすべきだと思ったらしいよ。すぐにホンダは対策してきて、おかげでマシンがすごく乗りやすくなって、どんどん速く走れるようになったんだよね。要するにそれまではなんの手がかりもなかったってことなんだけどね」

あくまでガードナーの話によればだが、これに加えて1989年のエディー・ローソンとアーブ・カネモトから情報を得つつHRCは500ccのフレームを作り込んでいったということだ。もちろんここではミック・ドゥーハンも大きな役割を果たしている。

閑話休題。タイヤの話に戻ろう。現在バイクレースを支配しているのはブリヂストンであり、ミシュランは2016年の復帰に向けてそれに追いつかなければいけない立場である。

層と運あ仕事になるだろう。しかし2009年にブリヂストンの独占供給となってから7年が経つのだから当然のことである。先週のセパンテストで問題になったのはフロントのグリップだ。

ホルヘ・ロレンソとアンドレア・ドヴィツィオーゾはそれぞれ3コーナーと5コーナーでフロントから転倒している。どちらも高速の下りコーナーであり、フロントに充分な荷重がかけにくい場所だ。曲率が大きく、コーナー進入速度が速いためにライダーはブレーキをあまり強くかけず、結果としてフロントタイヤをつぶして接地面積を大きくすることができないのである。さらにコースは下っており、逆バンクになっているため問題が大きくなっているのだ。

ミシュランとブリヂストンとダンロップが戦いを繰り広げていた頃を思い出してみよう。ブリヂストンに対してミシュランが劣っていたのはいつでもフロントタイヤだっだのだ。2006年にミシュランユーザーだったケイシー・ストーナーはその批判の急先鋒だったが、結局彼は2007年にブリヂストンにスイッチして天国を味わっている。

しかしレース界ではすべてを手に入れることはできない。MotoGPの技術は非常に高度で繊細であり、どこかを改善しようとすると、どこかに問題が出ることになっているのだ。ミシュランが500ccを支配していた時代、よりよいグリップを得ようとすると接地感がなくなるという問題に直面したことがあった。スピードを追い求めていくと、トラクションを得られる領域と滑りまくる領域の間の微妙な部分がどんどん狭くなっていったのだ。グリップは増しても、その分リスクも高まっていたのである。ミック・ドゥーハンのような一握りのライダーにしかそうした綱渡りはできなかった。他のライダーは宙高く舞い上げられ、これまで体験したことのない痛みを味わうことになったのだ。しかし最終的にはミシュランは良いタイヤを作ってみせた。グリップレベルは変わらないものの許容範囲は広がっていたのである。そこに開発の意義があるのだ。

ブリヂストンが成功したのはわかりやすい接地感ではなく高いグリップのおかげが、これが実現できた裏には昨今のトラクションコントールシステムの急速な発展がある。人間が感じ取れないほどのわずかな危機の予兆を察知するのだ。フロントタイヤに求められるのはコーナー進入時の強大なグリップだけになり、ライダーはフロントブレーキを強く掛けたまま倒し込みができるようになったというわけである。

コーリン・エドワーズはミシュランの契約ライダーであり(彼はミシュランで2回のWSBKタイトルを獲得している)、つまり彼は利害関係者ということではあるが、それでも去年10月に彼が私に語ってくれたことはかなり正しいだろうと考えている。

「ブリヂストンが世界最高のタイヤだと思うかって?うーん、ラップタイムをみればその通りだけどね。他のタイヤならもっとフィーリングがいいかって?もちろんだよ!ブリヂストンだと接地感とかいう話じゃなくて、もう信仰の問題なんだよ。タイヤを信じるしかない。さっきのラップはうまくいったから次のラップはもうちょっと攻められる。そう信じてタイムを削っていくんだ。いちばん感触が良かったのは2004年、2005年、2006年の3年間だね。ミシュランが限界まで攻められるタイヤを作ってくれたんだけど、これは接地感がすごくあったからなんだ」

つまりミシュランは2016年のMotoGP復帰に向けて、状態がわかりやすいタイヤではなく信じるに足るタイヤを作るべきなのだろうか?ライダーはそういうタイヤに慣れてしまっているし、そもそもライダーというのは特にフロントタイヤに関してはこれまでと違うものを嫌うものである。

ではミシュランのフロントタイヤが今のままだったらどうなるだろう。パドック界隈では(セパンでクラッシュしたものの)バターのように滑らかなロレンソのコーナー進入スタイルが適合するだろうと考えられている。そしてヴァレンティーノ・ロッシもうまくやるだろうと言われている。一方で「とりあえず突っ込んであとは運を天に任せる」的なマルク・マルケスの天才的スタイルは変更を余儀なくされるだろうとも考えられてる。とは言えあくまでこれはパドック周りの憶測に過ぎないし、その予言が当たるとは限らないのは誰もが知っていることである。

さて、そろそろブリヂストンは自社のトレーラーの鍵を増やすべき時期にきているということだろうか?
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冒頭のエルンスト・デグナーはご想像通り鈴鹿の「デグナーカーブ」の由来です。

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コメント

これはまた、とても興味深い話ですね。
そして国内では絶対にお目にかかれない内容でもあるでしょう。
改善改良に懸命になり、その為には、、、、ということでしょうか。
まさに勝つか負けるかの世界ですもんね。
うむー

投稿: motobeatle | 2015/03/05 09:27

毎度面白い話をありがとうございます

投稿: makoto | 2015/03/05 10:24

>motobeatleさん
 まあ人を殺す以外はなんでもありな勝負の世界は厳しいですねえ。

投稿: とみなが | 2015/03/05 22:45

>makotoさん
 ご愛読ありがとうございます!まあ私には取材する能力は皆無なんで、自分でもありがたがりながら翻訳しております。

投稿: とみなが | 2015/03/05 22:46

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