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追悼:榮久庵憲司

SR500を見る影もなくカスタムしちゃってる私にはその権利はないとそしる方もいらっしゃいましょうが、SRX-4はノーマルのまま乗っていたんですよ。というわけでGKデザイン創始者の榮久庵憲司氏に対する追悼文をAsphalt and Rubberより。
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工業デザインという仕事はあまり知られていないし、あまり評価されることもない。工場の中にあるものを適当に組み合わせるのだと思っている人もいれば、商品設計の一環だと思っている人もいる。しかし本当は大量生産の製品で人を幸せにする方法を表現するための果てしない探索なのである。

一般の人たちにとっては何を言っているんだろうという感じだろうし、気取った言い方に聞こえるだろう。しかしそれが真実なのだ。少なくとも日本の東京にあるGKデザイングループはそれを信じている。

あなたがバイク乗りならこの世界的に尊敬されるデザインスタジオにはなじみがあるだろう。彼らがデザインした2台目のバイク、YA-1(1958年)以降、ヤマハのマシンはGKがデザインしている。

日本製という言葉が意味するのが「安いが粗雑なコピー商品に過ぎない」というイメージだった時代に、ヤマハは財布だけではなく心もつかめるようなバイクを作ろうとしていたのだ。これこそが彼らの哲学「KANDO(感動)」である。

「感動」という言葉をざっくり訳すと、どきどきと満足が入り交じった気持ちということになるだろうか。そしてこれが今に至るまでのヤマハ発動機の根本理念となっているのだ。

昨今では口の巧さが先行するメディア戦略や綿密な心理調査に基づくマーケティングのせいでみんながうんざりしてしまっていて、こうした言葉も大げさに聞こえるだけかもしれない。グローバル企業がまたぞろ計算高いスローガンで利益を生み出そうとしていると思われるかもしれない。それもまた真実かもしれないが、別の視点から見てみると、彼らは心からそう思っていることがわかるはずだ。

ヤマハとGKデザインは長いこと素晴らしいものを生み出している。「感動」の精神を共有しているのだ。この精神的結びつきは非常に深く、だからこそ彼らの共同作業のすべて、つまりは彼らが生み出すバイクに反映されている。

精神的。それこそがGKの創始者榮久庵憲司を表す言葉だ。彼は僧侶になるべく学んでいた。その後アートの世界に入り、そしてデザインこそが人間を癒し幸せにするのだと気付いたのだ。現代社会では違和感のある考え方に見えるかもしれないが、戦後すぐの1950年代の日本では、こうやって自分を深く探求するのは普通のことだった。

同じ頃のイタリアもそうだったが、日本は復興が必要な時代だった。そしてイタリア人と同様に日本人も自らの技術と文化を見直していた。ヤマハとGKがテクノロジーと人間を研究することで素晴らしいバイクを作りあげようとしたのもこの流れのひとつなのだ。

GKとはグループ・コイケの略である。東京芸術大学の教授、小池岩太郎にちなんで名付けられた車名だ。彼がGKデザインの創始者となった4人のアーチストを育てたのである。そしてそのリーダーだったのが榮久庵憲司だ。

日本の大学を卒業した後、榮久庵はアメリカの有名なパサディナ・アートセンターカレッジに域、近代アメリカ工業デザインを学ぶこととなった。一緒に学んだ学生にはシド・ミードのような20世紀を代表するデザイナーがいる。


日本に戻ってきた榮久庵は、その頃立ち上がったばかりのヤマハ発動機にアピールするためにグループの力を結集して自動車デザインを提案する。両社のコラボレーションが熟成するまでにはその後何十年かを要しているが、しかし一旦それが結実するとヤマハは次々と革新的なバイクデザインを発表していくことになる。

こうした物語が雪に覆われたガレージにしまってある2015年型R1やYZ450Fに何の関係があるだろうと思われるかもしれない。しかしここから始まる物語こそが、なぜこういうデザインになったのか、どうしてこんな風に感じられるのか、こんな風に運転しやすいのかということを説明してくれるのである。


かつて日本製バイクのデザインはつまらないし、どこかで見たことのあるようなもので、何も感じられないと批判されていた。その頃ヨーロッパ製バイクは未来を予感させ、情熱にあふれていると言われていたものだ。

高名なイタリア人デザイナーのマッシモ・タンブリーニが去年急死した時には、かけがえのない彼の天才を惜しんで賞賛が送られたが、これもこうしたステレオタイプな考えにとらわれていたことは否めない。GK、そして他の日本製メーカーのアインを規定しているのは、一種の多文化性なのだ。

日本人というのは集団で働き、個人より集団を優先して考える。そして多神教文化を持ち、無生物にも魂が宿ると考えている。寺社や非常に精妙に作られた偶像は魂を持つのだ。そして機械も同じように魂を持つのである。

GKが目指していたのは人と機械の間の魂の交流なのだ。人間の身体と機械が血を通わせ合う。そして人間の魂がバイクによって昇華されるのだ。

日本の工業製品に対しては、気持ちが入っていない、しかも顔の見えない巨大企業が世界を支配しようとして作っているものだという偏見があるだろう。それは役員会議の場に関しては真実かもしれないが、GKデザインの人々はそこから遠く離れたところにいる。

僕が2000年にGKデザインのヨーロッパオフィスに入ったとき、きっとコンピュータに囲まれた真っ白なオフィスで白衣を着た技術者がものすごいバイクテクノロジーを扱っている図を想像していた。しかし驚いたことにGKデザイン・ヨーロッパはアムステルダムの下町の1階に居を構えていて、大きさと言えばスターバックスよりちょっと広いくらいだったのだ。

3人の常勤デザイナーが並んで座っている横に、大机があって、隅には空気の抜けたタイヤを履いたTDR250が置かれていた。コーヒーを飲みながらバイクの話をし、少し年をとった人たちは子供の話に花を咲かせ、毎年夏にはアッセンにレースを見に行った。

マネージング・ディレクターの石山篤が彼の机に飾っていたのは木製の額に入った空冷ドゥカティ単気筒である。スタジオには25人のデザイナーがひしめきあい、バンダイ製の小さなバイクのプラモやマンガのロボットが棚に所狭しと置かれていた。壁にはカスタムバイクや建築展のポスターが貼られ、笑顔の家族写真が机の上に散らかっている。

ヤマハのオフィスとは全くことなり、GKの東京のスタジオは騒がしくタバコの煙にまみれ、活気にあふれ、そしてカオスだった。GKダイナミクス(ヤマハ発動機のためのデザインに特化したGKグループの一社)で、最も重要な人物の一人、それがポニーテールの長身、田村純である。

今では管理者の立場となっているので、想像もつなかないだろうが、彼はスパイダーマンのコミックが大好きで、いつも笑っていて、デニムのジャケットにウェスタン風のシャツという格好だったのだ

そして何より多産でしかもとんでもなく影響力のあるデザイナーだった。2000年型R1、R7、ウォリアー、2005年型Fazer/FZ6、そしてあのMT-01などが彼の作品だ。MT-01が最もGKデザインのスピリット、そしてGKデザインの本質を象徴しているだろう。

MT-01は最初1999年の東京モーターショーでコンセプトバイクとして登場した。プッシュロッドのVツインエンジンとハイパフォーマンスに対する田村の愛がそのまま形になっているマシンだ。

ウォリアーは最新のスポーツバイクのテクノリジーを盛り込んだ現代型パワークルーザーのはしりである。既にウォ莉アーは形になっていたが田村はロング&ローなアメリカンを超えるマシンを作りたかったのだ。それがMT-01だったのだ。やりすぎとも言えるほど強調されたマッシブな1700ccエンジンをマンガ風ネイキッドデザインに搭載したマシンは、バランスの優れたシャーシも持っていた。

バズーカのようなエキゾーストはフレームに内蔵され、前にマシンを進めることに関係のないパーツはなにもかも極端に最小化されていた。その年のヤマハは99年型R6で量産市販車初となるLEDブレーキライトを導入し、そして03年型R6では4連プロジェクターヘッドライトをこれまた市販車で初めて導入することを目論んでいた。

このR6、デザイン的にはできる限りコンパクトに収めたかったが、手元にあるプロジェクターランプはコンパクトとは程遠い物だった。そいこで田村はおもしろい解決方法をみつける。クレイモデル完成締め切りの数日前、コーラを飲み干したときに、そのアルミ缶の凹面になった底部分がプロジェクターライトに丁度いいサイズだと気付いたのだ。

そこで彼は職人に頼んで缶を切ってもらい、内側を磨いてライトケースにそれをはめこんだのだ。クレイモデルに色がつくと、そのライト(缶)は素晴らしくフィットしていた。

このマシンのショーモデルの画像を検索すればコーラの缶がライトにはまっているのが見えるだろう。数年後に市販化されたのだ、それでもライトはコーク缶っぽさが残っている。

日本製という偏見を覆すようなネタはヤマハは他にもたくさんもっている。MT-03コンセプトについていたLEDヘッドランプはCATEYE製自転車用ライトからひっぺがしたものだ。1か月前に僕がアムステルダムの自転車ショーでみつけたものなのだが。

98年型R1のリアライトはかっこわるい黒いプラスチック製の箱に収められたつまらない丸いものだったが、なぜか90年代のバイクに大きな影響を与えてしまうことになった。

これを作ったデザイナーは、締め切り間際になるまでデザインができず、とにかくヤマハの役員に見せるまでに「何かライトっぽいものを作れ」と言われていたのだ。上司は彼に、まあそれほど重要じゃないし後からどうにでもなるからと言っていた。

そこでデザイナーは造形用の粘度を手に取った。それは円筒形だったので、とりあえず二枚ほど切り取ってみた。テールカウルしたの四角い箱はさっきの会議の直前にできたばかりだった。つまりは何のデザインコンセプトもない状態だったのだ。

しかし役員会はそれを気に入ってしまった。リアの二つの丸が象徴的に見えてしまったのだ。その控えめなデザインが気に入ったらしい。あるヨーロッパ人デザイナーは、このリアライトのおかげでバイク全体に意図が見えるとまで言った。結局そのデザインは変更されることはなかった。

GKは世界中にオフィスをもっていて、それぞれがその市場に向けたヤマハのバイクのデザインを行っている。タイの小さなスタジオは東南アジア向け「KANDO」デザインを引き受けているがが、実は東南アジアは世界第2位の市場規模なのである。

ロサンゼルスではGKDIがヤマハのアメリカンモデルとオフロードバック、そしてスノーモービルのデザインを行っている。南カリフォルニアの人間にスノーモービルのデザインがどうしてできるのかは謎だが。アムステルダムのGKデザイン・ヨーロッパはヨーロッパ向けマシンのデザインをやっている。

どのスタジオもヤマハとは直接の関係がないのもおもしろい事実だ。GKデザイングループは100%独立の企業なのである。もちろんヤマハからの発注にかなりの部分を頼ってはいるのだが。

日本企業ではこうしたことは良くあることで、安全性を担保しながらデザイン的には冒険をするのである。

GKがその好例だ。GKでデザインとして正しいと信じているのであれば、ヤマハのマーケティング部門や予算管理部門はそれに反対だと思っていても手を出しにくいのだ。他の企業ではなかなかそうはいかないだろう。

ヤマハのバイクは他のメーカーよりかっこいいか?ヤマハのデザインはヨーロッパのメーカーとも比較できるほど素晴らしいか?まあその答えは人によって違うだろうが、僕はGKが最高の西欧の天才たちが作るヨーロッパのデザイナーブランドに対抗できると考えている。

ドゥカティ1098をデザインしたジャンアンドレア・ファブッロはイタリアのメディアにタイして、R7を目指しているのだと語っていた。彼らのスタジオにあって、常に参照される唯一の外国製バイクである。

これもドゥカティの人下であるが、デザイナーのバート・J・グロエスベークはGKデザインヨーロッパでヤマハBT1100ロードスターをデザインしていた。そしてその影響がモンスターとディアヴェルに現れている。

そして何より象徴的なのは2002年型R1だろう。ミラノのEICMAショーで2001年に登場したときには「最高に美しいバイク」と称された。イタリア製バイク以外でこんなことを言われたのは始めてである。

真実というのはまあ個人的な意見に過ぎないとも言える。ブッダもそう言っている。GKのバイクデザインに対するアプローチは、自然界の美と、人がバイクに乗って感じる気持ちを融合して形にしようというものである。

この哲学が、現代の恐ろしいほどの技術が注ぎ込まれた日本製バイクに注ぎ込まれるのだ。それがGKが追求する真実である。毎回それが成功して、世界中のバイク乗りが畏敬の念に打たれるようなデザインになるとは限らないが、うまくいったときは魂の高ぶりを感じるようなものができるのである。


榮久庵サンをひと言で表すのは難しい。しかし彼はとても暖かい人で、人生と美に対する情熱にあふれていた。彼に3回も会うことができた僕は幸せ者である。彼はいつもにこにこしていて、そして瞳は常に輝いていた。バイクのことは語らず、良い形とは何か、そしてその意味とは何か、ということについて語ってくれた。

僕は若く、デザイナーとしての経験も積んでいなかった。ヤマハとその世界ビジネスの大きさに圧倒されていた。榮久庵サンがそこで僕に多様な視点を与えてくれたのだ。

GKデザインが考えるバイクとは、魂のポテンシャルを広げてくれるものなのだ。そして醒めた西洋人には陳腐な話に聞こえるだろうが、榮久庵サンがいてくれたことで、僕らはそれを信じることができたのだ。

僕は自分が引く線、一本一本に魂を込めるようにしていた。GKデザイン・グループは僕がいままでしてきた仕事の中で最高の場所だった。心からGKが懐かしい。みんなが榮久庵憲司がいなくなって辛く思っているだろう。そして彼が世界中のバイクデザインに与えた影響に思いを馳せるのだ。

終わりに
ほとんどのメディアは取り上げなかったが、去年、悲しいニュースを耳にした。ヤマハの株の一部を持つトヨタが、バイクのデザインも4輪デザインの支配下に置くと言ったのである。つまり50年にもわたる協働作業を成功させてきたGKを排除するということだ。

かつての同僚と話をした。彼らは仕事を失った以上に消沈していた。人生の喜びのために作られるヤマハの製品が、カローラとかカムリのようなつまらない製品のついでにデザインされるなんてことがあっていいのだろうか。榮久庵サンの哲学はもう継承されないということではないか。

GKデザイングループは続いていくだろう。専門特化した部門をいくつも持っているから大丈夫だろう。そしてこれからも日本や世界に影響を与え続けていくだろう。

ちなみに英語版Wikipediaの榮久庵憲司のページはずいぶん情報が少なく、大メディアの情報にまどわされているようだ。榮久庵サンがV-Maxをデザインしたわけではないし、それどころか1965年以降はバイクデザインには直接携わってはいない。

デザイン事務所にはよくあることだが、主宰がチームの仕事に責任を持つことになる。別に榮久庵サンをくさしたいわけではない。むしろチームとしてのGKを賞賛したいのだ。GKには何人もの才能ある出会いナーがいて、名前は表にでないが、すばらしいデザインを何年にもわたって生み出し続けているのだ。

本記事の筆者マイケル・ウラリックは国際的な賞も獲っているバイクデザイナーで業界アナリストだが、14年にわたってアジアやヨーロッパ、北アメリカ向けのデザインを企業のためにやっている。

さらに彼はパートナーのケヴィン・オニールとともに、アマロック・レーシング・チームのためにP1電動バイクの開発を行っている。彼はカナダ、ノヴァ・スコシア州のハリファックスに家族と共に住んでいるが、ここもまたバイク業界の中心から遥かに離れた場所である。これも何かの偶然かもしれないし、まあそうでないかもしれない。
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ちなみにトヨタがヤマハのデザインを管理するというのはこの記事ですかね。むぅぅ。

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コメント

トヨタも馬鹿じゃないですから、GKデザインが
これからもヤマハに関わるとヤマハ乗りの私は
思いますけどね。
海外の人はどうも日本のメーカーを誤解の目で
見たがる傾向があるように思います。

投稿: ブラインドカーブ | 2015/02/14 08:48

>ブラインドカーブさん
だといいですねえ。トヨタの子会社になってからのスバルを見てると不安は増しますけど…。

投稿: とみなが | 2015/02/14 08:59

レヴォーグあたりを見ていると
相変わらずのスバルデザインだなとは
思いますね。
トヨタの影響を微塵も感じさせません。
褒めてはいませんけど。

投稿: ブラインドカーブ | 2015/02/14 13:54

>ブラインドカーブさん
 まあそうも言えますけど、なんかレガシーとかはこれじゃない感が・・・。大きすぎるというかいかつすぎるというか。スバルってもっとさらっとしたメーカーなイメージなので。

投稿: とみなが | 2015/02/14 15:52

レガシィは主戦場であるアメリカ専用の
デザインになりましたから、
これまでの流れとはちょっと変わりましたね。
でも元々アメリカで売るための車ですから
あれでいいかと。
国内向けのレヴォーグとかは相変わらずの
これまでのスバルデザインですし。

投稿: ブラインドカーブ | 2015/02/14 18:32

ヤマハ党であるワタクシには見逃せない聞き逃せないお話です

投稿: サトウ | 2015/02/14 22:55

榮久庵さんって凄い人だったんですね。
恥ずかしながら逝去されてから氏の功績の詳細を知りました。
新幹線や醤油便など、報じられている通り我々が必ず目にしてますもんね。

GKデザインがYAMAHAをデザインしなくなるとすると少し心配です。
2004年型のR1 マジェスティー WR
これが僕のフェイバリットです。
ただ、これまでのYAMAHAのデザインが他に比べて絶対的に優れていたか?というと、自分は疑問があります。
SS車以外で大型は依然としてカワサキの方が良いと感じるし、パーツ細部のこだわりや塗装の質感はドカティには及ばない気がします。
他社も含めて日本車はもっともっとデザインで攻めてほしいです!

投稿: motobeatle | 2015/02/15 00:26

>ブラインドカーブさん
 なるほどなるほど。

>サトウさん
 結構大きな方向転換ですよね。

>motobeatleさん
 実は私もヤマハのデザインがとんでもなくすごいとは思っていなくて、でもSRXとかとんでもなくかっこいいのを作ることがあるんですよねえ。

投稿: とみなが | 2015/02/15 10:50

SRX カッコ良かったですね!特に初期型のタンクの造形は素晴らしかったです。
同じく初期型のRZ TZR OW01も良かった!
考えてみると沢山ありますねw

投稿: motobeatle | 2015/02/16 01:15

>motobeatleさん
 初期型RZ、ときどき無性にほしくなります!

投稿: とみなが | 2015/02/20 22:44

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