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ミラーとマルケスによるスリリングな最終戦

MotoMatters.comでお馴染みのDavid Emmett氏がBT Sportに記事を寄稿していますので訳出。先日のこの記事と合わせてお読みいただくと、さらに味わい深いです。
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誰かがミック・ドゥーハンの打ち立てたシーズン12勝という素晴らしい記録に並んだというのは普通の状況であればGPのトップ記事になるはずだ。

しかしマルク・マルケスの灼熱のセパンでの見事なペースでの勝利は、日曜夜には別の話題に取って代わられてしまった。Moto3でのジャック・ミラー対アレックス・マルケスの戦いである。Moto3でタイトル争いを繰り広げる二人の争いはセパンでは全面戦争の様相を呈し、久しぶりに私もわくわくしている。

バイクレースで何が許されるかを限界まで試すかのようにミラーは合法すれすれのラフファイトをマルケスに仕掛け、結局自分とマルケスの間に2台を挟むことによって20ポイントの差を11ポイント差まで縮めることに成功したのだ。おかげで並々ならぬ努力の成果としてMoto2チャンピオンを手にしたティト・ラバトの影まで薄くなってしまった。

しかしまずはマルケスの記録の話から始めよう。レプソルホンダに乗る彼にとってこの数週はかなり厳しいものだった。ミサノとアラゴンではクラッシュし、もてぎでは慎重な走りで2位に入りチャンピオンを手にしたものの、フィリップアイランドではブリヂストンが新たに導入した左右非対称フロントタイヤで再び転倒することになった。セパンでの勝利は必須であり、そして見事にそれを手にしたのである。

まず彼はレースウィークで初めて2分を切ったライダーとなった。この数年のテストでは何人もが1分59秒台に入れていたにもかかわらずだ。そして彼は新記録となるシーズン13回目のポールポジションを獲得した。

そしてマルケスは冷静に安定したレースを展開する。スタートは慎重だった。ホルヘ・ロレンソにはじき出されたにもかかわらず冷静さを保ち、ついにはロレンソ、ロッシに追いつき、彼らを抜き去りトップに立つ。ロッシのやる気をくじくのに手間取りはしたが、結局ロッシはタイヤのせいで脱落する。ヤマハはホンダより少しだけタイヤに厳しかったのだ。ロッシは言う。「タイヤのパフォーマンスが落ちるとホンダはリアのグリップが失われるんですけど、ヤマハはフロントもいっちゃうんです。チャタリングが出て、加速するためにはワイドに走るしかなかったんです」

ホルヘ・ロレンソはもっと前の段階でトップ争いから脱落していた。体調の問題を抱えた上にヤマハM1をコントロールするのにも苦労していたのだ。タンクパッドが緩くなったのも一因だろう。パッドがないためにブレーキングで体が前に言ってしまい、特に右コーナーでマシンコントロールに苦労していた。トレーニングスケジュールの問題もあった。3週連続のレースに移動とPRが挟まったせいでまともにトレーニングできなかったのだ。

ロレンソのようにMotoGPマシンを軽々と操るのには並外れた身体能力が必要なのである。私が、ロレンソは苦労なしにM1に乗っているように見えると口にする度、彼のマネジャーであるウィルコ・ツィーレンベルグが繰り返していることだ。しかしそのせいでマレーシアの過酷な暑さと湿度の下ではロレンソはまともなペースを維持できないのである。

セパンでの最大の敗者はダニ・ペドロサだろう。予選までは彼がマルケスとトップ争いをするだろうと思われていたにもかかわらず、2周目の最終コーナーで転倒してしまった。彼は転倒の原因を把握しきれないでいる。「コーナーに入ったらバン!って感じでフロントからいっちゃったんです」。何の警告も予兆もなかったのだ。

ドゥカティもマレーシアでは散々な目にあった。カル・クラッチローは彼の言うところの「1ユーロの電線」がバイクの可動部分に接触して切れたせいでデスモセディチが止まってしまったのだ。そこで彼の追走は終わってしまう。クラッチローは明言しなかったが我々の推測ではワイヤーがドリブン・スプロケットかドライクラッチに接触したのだろう。あまりたくさんはないのだが、カウルをはずしたドゥカティの写真を見てみると、ワイヤーの取り回しは実に複雑で、バイクの両側にワイヤーやらコネクタやらが這い回っているのがわかる。

アンドレア・ドヴィツィオーゾも残念な結果となった。フューエルポンプの故障のせいでフルリーン時のスロットルレスポンスが荒っぽくなってしまったのだ。おかげでコーナリングスピードが稼げず、スロットルを開けるのにも苦労する有様だった。4番手を走っていたドヴィツィオーゾは順位を落とし、結局8位でフィニッシュしている。サテライトのプラマックに乗るヨニー・ヘルナンデスに前を行かれ、アヴィンティアのオープンドゥカティに乗るエクトル・バルベラの前でゴールするのがやっとだった。

さて、シーズン12勝というドゥーハンの記録に並んだマルケスについてはどう評価すべきだろうか?1997年のドゥーハンの凄さに比肩するのかというのは激しい議論になるだろう。97年のドゥーハンの勝率は80%。当時は15レースしかなかったのだ。さらに印象的な数字がある。ドゥーハンは12勝目を第13戦バルセロナで記録しているのだ。この時点での勝率は92%となる。一方のマルケスは12勝を挙げるのに17戦を擁している。勝率は70.6%。素晴らしい数字だがドゥーハンの支配率にはかなわない。

マルケスの支持者からは相対的な強さを見るべきだという意見が上がるだろう。ドゥーハンの相手はルカ・カダローラ、アレックス・バロス、セテ・ジベルノー、アレックス・クリヴィエだった。歴代勝利数でトップ40に入っているのはカダローラは17位とクリヴィエの35位である。一方のマルケスの相手は歴代勝利数2位のヴァレンティーノロッシ、5位のホルヘ・ロレンソ、8位のダニ・ペドロサだ。

これはマルケスの記録の凄さを示しているのだろうか?しかしロッシもロレンソもペドロサもシーズン18戦の時代のライダーである。さらにドゥーハンの時代にはワークスホンダのNSR500の台数も多かった。マルケスのデビューイヤーに同じマシンに乗るのはチームメイトだけだったのだ。そしてヤマハはブリヂストンタイヤとのマッチング、そして燃料制限に苦しんでいた。

つまりどういうことか?不可能とまでは言わないが、比較は難しいという話だ。実際にレースをさせてみなければライダー同士の優劣は測りにくいのである。レースで戦ったとしても、年齢が違い、キャリアの中でのどの時代にいるかも違い、マシンも違う。素晴らしい成績というのはどれだけで素晴らしいのだ。他のライダーがかつて何をしたか、これからどんな成績を残すかは関係ないのである。統計家が数字を使うのは他に頼りにするものがないからだ。真実はレコードブックに掲載された数字の裏にこそあるのだ。

セパンで最も話題となったのはジャック・ミラーとアレックス・マルケスの間の仁義なき戦いだった。レース自体もスリリングで、素手での殴り合いに近いものだった。ミラーはマルケスとのポイント差を可能な限り縮めようとしており、一方のマルケスは最終戦の地、スペインに帰る前にMoto3チャンピオンを獲得できるものなら獲得したいと考えていた。

ミラーは準備万端だった。彼は過去の125cc、そしてMoto3レースを研究し、最終ヘアピンを前で立ち上がったライダーが前でゴールできることを知っていたのだ。そして自分のポイントを稼ぐだけでなく、マルケス(イタリア人は彼の兄であるマルクと区別するためにアレックスのことをミニマルケスと呼んでいる)の順位をできるだけ下げる必要があることもわかっていた。つまり自分とマルケスの間に可能な限り多くのライダーを挟むことが必要だったのだ。そのために彼はマルケスをブロックし、彼のリズムを崩し、集中を途切れさせようとしていたのだ。

誤解を怖れずに言うと、すばらしいライディングだった。シーズン後半になってミラーのKTMはマルケス、アレックス・リンス、エフレン・ヴァスケスが乗るホンダと比べて加速力で劣るようになっていた。KTMの強みはブレーキングであり、それはミラーの得意とするところでもある。ミラーは自分がほとんど全てのコーナーでマルケスの前でクリッピングをとれるとわかっており、そうすればマルケスがラインを外さざるを得ないことも知っていた。それがきちんとできればマルケスはMoto3表彰台の常連集団に飲み込まれ順位を落とすことになるだろう。もしミラーがマルケスの頭に血が上るように仕向け、いらいらさせることができればマルケスはミスをするかもしれない。そうすれば順位はさらに下がることになる。

その戦略は完璧だった。ミラーはマルケスにレース中ずっとラフファイトを仕掛けたのである。常にルールの範囲内で、マルケスが走りたいラインに自分のKTMをのせたのである。マルケスが曲がろうとすると常にそこにはオレンジとブルーに塗り分けられたミラーのKTMがいた。マルケスはラインを変えざるを得なく、ワイドにはらみ、ミラーにインを差されてしまう。そうしなければミラーに激突し、2台とも転倒するはめになったろう。

最終ラップ、ミラーは1コーナーでマルケスのインに飛び込んだ。そしてマルケスは再びアウトにはらんでしまう。その結果リンス、ヴァスケス、ダニー・ケントに抜かれてしまった。ケントがミスをしたせいでマルケスとケントはトップ争いから脱落し、優勝はトップ3台に絞られる。リンスが最終コーナーで無理をしたことで優勝はヴァスケスのものとなったが、ミラーはきっちりと2位を確保し、一方のマルケスは5位となってしまう。

マルケスにとっては不満の残る結果となった。クールダウンラップでマルケスはケントに珍しくも抗議の身振りをしてみせた。スペイン語の読唇術ができたなら、マルケスのチームマネジャーであるエミリオ・アルサモラがレース中ずっと何を叫び続けていたかわかったろう。チームはミラーがマルケスにラフファイトを仕掛けたのに怒っていた。レース終了直後はチームとしてはミラーの行為をレースディレクションに訴えることはないと言っていたが、すぐに考えを変え、ミラーとケントに何らかのペナルティを与えるよう訴えることにした。ケントについてはわざとマルケスがおそくなるようにブロックしたというのだ。

レースディレクションは様々なアングルのビデオを見返し、ケントのマシンのデータロガーの分析まで行った結果、エストレア・ガルシアチームからの訴えを却下した。ミラーはルールの範囲内でレースをしており、限界は超えていなかったと結論づけたのである。ミラーはコーナーでブレーキングをぎりぎりまで遅らせ、クリッピングに飛び込み、曲がる。マルケスはラインを変えざるを得ない。ミラーは常にマルケスと同時か、マルケスより早くコーナーに入っていた。ミラーがマルケスのインに入ったわけではない。2台が接触したのはマルケスが自分のラインを走るミラーに反応できなかったときだけなのだ。

もちろん多くの抗議の声も上がった。ソーシャルメディアでは激しい議論が巻きおこる。言語圏で立場が分かれたようだ。スペイン語圏ではミラーの首を求め、レースディレクションがミラーを罰しなかったのはタイトル争いをヴァレンシアまで持ち越そうという陰謀だという話まで出る始末だ。英語圏では肩をすくめながら「接触もレースだ」という格言が持ち出されている。英語圏のファンはミラーのことを彼らが愛し憎んだケイシー・ストーナーの生まれ変わりだと考えており、ついミラーの肩を持ちたくなってしまうのだろう。

私の立場ははっきりしている。ミラーは状況を完璧にコントロールしており、きちんと自分のマシンをコーナーに運び、マルケスをブロックしていた。彼の言葉がはっきりとそれを物語っている。「僕は彼が走りたいところにマシンを持っていったんだ」。レースディレクションがミラーを罰しなかったのは全くもって正しい。もしミラーにペナルティを与えるのであれば、ホルヘ・ロレンソにもペナルティを与えるべきだろう。彼はMotoGPレースのスタートでマルケスをアウトに押し出したのだ。あれはミラーが弟マルケスを抜くのより、もっと故意が含まれていたように見える。

ミラーのやり方はスポーツマンシップに則っているのか?フェアなのか?それは立場によるだろう。これはとてつもなく高いレベルで行われるバイクレースであり、トップクラスのスポーツではいつもそうなのだが、フェアであるかどうかは二の次なのだ。まずは勝つことが最優先なのである。「真剣なスポーツにはフェアプレイなど入り込む余地は無い」というのは1945年にジョージ・オーウェルが書いたことだ。彼はさらに続けてこう書いている。「銃での撃ち合いがないだけで戦争なのだ」

ヴァレンシアに向けて有利なのはどちらだろう?マルケスはミラーを11ポイント差でリードしている。そしてマルケスはミラーの後ろでゴールするだけでチャンピオンになれる。一方のミラーは敵意に満ちているであろうスペインの大観衆の前で走らなければならない。全員がブーイングをするだろうし、ミラーの転倒を望んでいるだろう。

それで彼はびびるだろうか?それが彼の不利になるだろうか?ジャック・ミラーならそんなことはないだろう。この若きオーストラリア人を見ると4度のスーパーバイクチャンピオンに輝いたカール・フォガティを思い出す。フォガティと同様、ミラーも敵意に晒されれば晒されるほど、競争が激しければ激しいほど闘志を燃やすのだ。ミラーはライバルやファンの敵意で燃え上がる。それこそが彼の勝利への情熱に油を注ぐのである。それこそがライバルを倒したいという彼の気持ちを奮い立たせるのである。地元で勝利を飾りアレックス・マルケスを叩きのめしたミラーは既に血の臭いを嗅ぎ取っている。ヴァレンシアのMoto3レースは地獄の様相を呈すに違いない。
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うひゃひゃひゃひゃ!

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No1ライダーでないからといってヤマハを離れたのは失敗だったとロッシ

2年をドゥカティで無駄にしたことは失敗だったとロッシが語っています。CRASH.netより。
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ヤマハがナンバー1ライダーの座をチームメイトのホルヘ・ロレンソに与えたことを理由に2011年にドゥカティに移籍したのは間違いだったとヴァレンティーノ・ロッシは行っている。

2008年にミシュランを装着したM1でデビューしたロレンソは、ブリヂストンを使うロッシとは対照的にデビュー初戦でポールを獲得し、さらに3レース目のエストリルでは優勝している。

ロレンソがコンスタントにトップ争いをし、さらにはタイトル争いにからむようになると、ピットに置かれたあの有名な壁に象徴されるようにロレンソとロッシの間の緊張関係は高まっていく。そしてロッシはヤマハから明確なナンバー1ライダーの地位を与えられないことに不満を持つようになった。

ロッシが2010年を最後にドゥカティに移籍した理由のひとつがこのライバル関係であった。しかしその後の2年間は最悪の結果に終わり、彼は結局2013年にヤマハに戻ることになる。この出来事を振り返りながら、ロッシはヤマハをそんな理由で離れたのは失敗だったと語った。

「2010年にヤマハを離れたのは失敗だったと言えるでしょうね。あの時僕はナンバー1ライダーにこだわっていて、でもホルヘがやって来ると僕と同じ扱いを受けるようになったんです。それが嫌だったんですよ。でも間違いでしたね」

皮肉なことにロレンソは2010年と2012年にタイトルを獲得したのだが、今ロッシはそのタイトルを獲ったチームメイトと同じ扱いを受けている。

「今でも同じ扱いなんです。でもそのおかげで僕はちょっといい思いをしてるんです。ホルヘはヤマハにずっといて、チャンピオンになったけど、僕が戻ったときから同じ扱いをしてくれたんですからね。ヤマハは僕らが戦うのも喜んでいるし、100%同じサポートをしてくれるんです」

一方のロレンソもヤマハがデビューから自分をチームメイトと同じ扱いにしてくれたことに100%の賛意を示している。付け加えるならロッシと彼の扱いは99.9%同じだとも言う。

「ヤマハは僕が2008年に加入したときから凄く良い扱いをしてくれてます。バイクについてもそれ以外についても全力でサポートしてくれてます。僕には全てが与えられる。最初の年について言えばヴァレンティーノと違って僕はミシュランでしたけどね。でも2009年のブルノからはヴァレンティーノと全く同じ扱いです。まあパーツがひとつだけ違ったことはあるんで、99.9%同じってことですね。
 2009年のブルノ以来、今に至るまで僕らは同じ扱いで、ずっとそうでしたよ。ヤマハはワークスライダーからだけじゃなくてテック3のライダーの意見にも耳を傾けてマシンを改良しているんです。だからヤマハが一人のライダーを特別扱いしてるとは思いませんよ」
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これ、ヤマハのプレスリリースかなにかかな???

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ミラーとマルケス:それほど大げさに騒ぐほどのことか?

ランキングトップのアレックス・マルケスと2位のジャック・ミラーが11ポイント差で最終戦ヴァレンシアにもつれこむという熱い展開となっているMoto3について、Mat Oxley氏が記事を書いています。Motor Sport Magazineより。
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23年前、ルカ・カダローラとヘルムート・ブラドルが250ccタイトルを巡って激しい争いを繰り広げたが、それは現在Moto3で争われているアレックス・マルケスとジャック・ミラーの戦いにそっくりだった。ミサノで2人が最終コーナーをサイド・バイ・サイドで立ち上がると、イタリア人のカダローラはわざと肘を出し、ドイツ人のブラドルをダートに押し出す。カダローラは1000分の9秒差で勝利を挙げ、ブラドルは悔しい2位に終わった。

その次の週末は西ドイツGPだった。最後の数コーナーを見渡せるホッケンハイムの円形闘技場を思わせるグランドスタンドは地元のファンで埋まり、そしてもちろん雰囲気は友好的な物ではなかった。カダローラがスタジアムセクションに来る度に観衆は彼を大ブーイングで迎えたのだ。カダローラには殺害予告まで届いており、予選ではグランドスタンド前で転倒するというミスも犯している。ふらふらになった彼をマーシャルが危険な区域から連れ出す間、群衆はさらに傷を広げようとでもいうように彼をののしっていた。カダローラが怪我を負ったことで、多くの観衆は喜んでいたように見えたものだ。

<1991年250ccミサノ最終ラップ>

私はスポーツ愛国者ではないが、それでも自国の選手を応援したい気持ちはちょっとはある。彼/彼女がおなじパスポートを持っているという理由だけでうれしくなるのだ。つまり地理的な偶然で自分のヒーローを選んでいるということでもある。しかし1991年のホッケンハイムは恐ろしい雰囲気であり、すばらしい戦いに水を差してしまったと思う。

カダローラがミサノでやったことは間違いだったが、ドイツ人ファンはライダー同士の戦いに介入すべきではなかった。ジャック・ミラーはこの日曜にセパンで間違ったことをしたか?限界を踏み越えてしまったのは確かだ。しかしレーサーはそれくらいするものではないのか?性能に劣るKTMで4台のホンダを相手に戦うオージーはチャンピオン争いの真っ最中であり、そうなれば接触もあり得るだろう。

ミラーがやったのは2008年にヴァレンティーノ・ロッシがラグナセカでやったのと同じことだ。4台のNSR250RWの誰かがコーナー二つ分でもクリアな状況を手に入れれば、どんどん先に行ってしまうだろうことをミラーは良くわかっていた。だからこそ彼はロッシがラグナセカでストーナーにしたことをやらなければならなかったのだ。

これは昔から起こってきたことである。歴史上初めてレースが行われた時から、ライダーはライバルに対して少しだけ限界を超えたアタックをして、相手を萎えさせてきたのだ。膝を使い、肘を出し、チャンスがあればライバルの顔に唾を吐きかけていた。当時のヘルメットはオープンフェイスだったのである。

先週日曜のMoto3では何度か接触があったが、低速コーナーでちょっと触れたに過ぎない。2年ほど前にはこうしたことはコメントもされなかった。激突したわけでもなく、誰かの命を危険にさらしたわけでもない。ミック・ドゥーハンのような昔のライダーがくぐり抜けてきた激しい争いの中では普通のことだったのだ。

昨今では状況が違うのはもちろんである。レースの状況が変わったからではなく、全世界中継と、スローモーションとソーシャルメディアが一体となって、大したことのない出来事を大げさに騒ぎ立てるようになっただけなのである。

ミラーのレースは素晴らしかった。最高速にわずかに劣るKTMの不利をカバーする走りを見せたのだ。エストレア・ガルシアのアレックス・マルケスもすごいレースをした。しかし彼は何度かミスを犯している。1コーナーではかなり無理をしていた。ミラーがすばらしいブレーキングでインを差しているのにマルケスはアウト側で自分のラインを守ろうとしていたのだ。しかしそれは成功するはずのないやり方だ。タイトル争いをしているとなってはなおさらである。アウト側のライダーは危険にさらされることになるのだ。マルケスが自分のポジションを維持したまま逃げ切れると思ったのはナイーブに過ぎる考え方と言わざるを得ない。

ミラーは1コーナーで何度もフロントから転倒しそうになっていた。フロントタイヤが滑る度に彼はアウトにはらみ、そうでなければ彼はマシンをあえて滑らせマルケスがマシンを起こしてアウトにはらみ、ポジションを落とさざるを得ないようにしていた。

ドゥーハンも全く同じことをやったろう。彼はかつて私にこう言った。「誰かがアウトから行こうとしたら、僕はマシンを起こしてラインを変えていたんだ。でもそれは相手もわかっていたしね。だからやることはひとつしかなかったんだよ」
それでもマルケスが冷静さを保ったのは印象的だった。跳ね返されるたびに彼は冷静にトップを取り戻そうとしていたのだ。普通のティーンエイジャーなら冷静さを失い、やりすぎてクラッシュしてしまうところだ。

彼の運命を決定づけたのはダニー・ケントが追いついてきたという事実だ。ミラーの戦略もケントの追走に手を貸した。ミラーとマルケス、エフレン・ヴァスケス、アレックス・リンス、ジョン・マクフィーとのバトルはトップグループのペースを落とすことになり、他のライダーが追いついてきてしまったのだ。ミラーの戦略はシンプルなものだった。彼とマルケスの間にできるだけ他のライダーを入れようというものだ。ホルヘ・ロレンソが去年のヴァレンシアで同じ戦略をとっている。彼もペースを落とし、他のライダーをバトルに加わらせようとしていた。

さて、私はヴァレンシアで誰を応援するだろうか?実は誰も応援するつもりはない。感情が高ぶり過ぎてしまうだろうからだ。ただレースを見て、その瞬間を楽しもうと思う。そして最も速く最も賢いライダーが勝つことを祈ろう。

もちろん地元民が誰を応援するのかは決まっている。しかし2000年のカタルニアで馬鹿者がしたようなことはしないだろうと思っている。靴下に石を詰めて勝者のケニー・ロバーツJrに投げつけたのだ。

ミラーはいささか奇妙な状況におかれている。日曜には彼はホンダが最初のMoto3タイトルを獲得するのを阻止するために全力を尽くすだろう。翌日には彼はホンダのMotoGPライダーとしての活動を開始するにもかかわらずだ。彼はセパンで笑いながらこう語った。「ホンダの人たちにはやな思いをさせてやりますよ。彼らには行ってるんです。『MotoGPマシンにまたがる前にファッ○ンなあんたたちを負かしてやる』ってね」
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とは言え、スペインでミラーは大ブーイングを浴びるんでしょうね。それはそれでレースの光景。そこを跳ね返して良いレースをしてほしいものです。

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公式リリース>マレーシアGP2014

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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明日の観戦会のメニュー

豚タンシチューとボテサラ。

あと、金木犀酒も出ますよ。

ひきつづき参加者募集中!

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公式プレビュー>マレーシアGP2014

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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ストーブリーグ表2015(2014.10.23時点)

MotoGP公式で暫定リストが発表されたのを受けてマイク・ディ・メリオをアヴィンティア(ドゥカティ・オープン)で確定させました。あとはグレシーニ(アプリリア・ワークス)とイオダ(アプリリア?)のみ。青山博一はどこへ行く?

Stove_2015_141023

「stove_2015_141023.pdf」をダウンロード

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ダニ・ペドロサのブログ:ロックスターみたい!

ギア抜けしたせいでマシンのコントロールを失ったイアンノーネ(リンク先は英語)にぶつけられてレースをリタイアしたペドロサのブログです。Repsol公式より。
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ハイ!

マレーシアにあと2時間くらいで出発するというところでこのブログを書いてます。あと2日で次のGPが始まるってことですね。でもその前にすごい2日間を過ごしたんです。

今インドネシアにいます。僕のFacebookやツイッターでも報告してますけど、すごいですよ。これまでGPが開催されたことがなかった国なのに、本当にたくさんのファンが来てくれました。信じられないくらいです。

ライダーの名前は全員知ってるし、ゼッケンだってわかってる。空港では凄い歓迎を受けたし、どこに行ってもそんな感じで、MotoGPライダーと言うより有名なミュージシャンとか俳優みたいな感じでした。

一緒に働いてる仲間には言ったんですけど、MotoGPライダーとしての生活をロックスターみたいな感じにするつもりはないんです。ちょっと浮かれすぎな感じになりますからね。でもここでは同じくらいみんな僕らを大事にしてくれるんです。

みんな必死で写真を撮ったりサインをほしがったりしてくれて、イベントとのスタッフや空港の職員までそうなんです。でもちゃんと僕らのことを尊重してくれて、それがすごくうれしかったです。

インドネシアホンダの人たちもそうでした。今週末にGPがあるってことを常に意識してくれて、だから僕らには休息も必要だったんですけど、そういうことをちゃんとケアしてくれたのはとてもありがたかったです。

いつかインドネシアでGPが開催されたらすごいことになりますよ。ファンの情熱は言葉にできないくらいですからね。自分で体験してみないとこればっかりはわからないでしょう。

昨日の夜は日本、オーストラリア、そして次のマレーシアと移動する中で、最高の食事をしました。ホテルのシェフがバルセロナ出身だったんです!もちろん僕らに会いに来て、だから僕らも彼に特別な夕食を頼んだんです。スペイン風オムレツ!ここしばらくの間でほんとに最高でした!

木曜からはセパンに集中します。待ち遠しいですよ。だってフィリップアイランドの不運は速く忘れたいですからね。自分たちのせいではないのにリタイアしちゃうなんて。次のサーキットではこの何年かいつも良い成績が出せてますしね。

セパンでは良いレースができるといいと思ってます。残りの2戦、全力を尽くしてランキング2位を確保にいきますよ。

ダニ
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スペイン風オムレツ!なんかかわいい。

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マルク・マルケスのブログ:インドネシア経由、オーストラリアからマレーシアへ

トップ独走中に転倒というありえない結果に終わったオーストラリアGPを受けて、マルク・マルケスがブログをアップしています。Repsol公式より。
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皆さんこんにちは!

インドネシアはすばらしいですね!昨日着いたんですが、すごい歓迎を受けました。こんなにすごいとは全然予想してなかったんですよ。インドネシアのファンのバイクレースへの情熱は信じられないkじゅらいです。初めてここにきたけど、本当にうれしいです。

昨日はトランス7というテレビ局の番組に出ました。ここではかなり人気のある番組みたいです。ヒタミ・プティって番組でした。その後、今日はセントゥルサーキットでエクシビションがありました。実はこの国でMotoGPが走ったことがないって知らなかったんですけど、みんなに見てもらって、みんな楽しんでくれてすごく良かったです!

すぐにマレーシアに行きます。この2日くらいカオスな日々だったんですけど、ペースを取り戻して集中するのに丁度良かったです。今週末もGPですけど、僕らのやりかたを取り戻すのはとても重要なことですね。

それとオーストラリアのレースは期待した結果ではなかったことも言っておきます。いつもの年ほどは寒くはなかったですけどタイヤに問題が出てしまいました。予選は完璧だったんで、それだけに10周で転んでしまったのには本当にがっかりです。本当はドゥーハンみたいなレースをしたかったんですが・・・。でもそうはいかなかったですね!

ドゥーハンと言えば、彼とちょっと話したんですよ。あとマーク・ウェバーとかストーナー一家ともおしゃべりしました。フィリップアイランドはそういう人たちに会えるんでとても嬉しいですね。

ルフェア・チームの出した結果も嬉しかったです。マレーシアGPはティトにも僕の弟のアレックスにも重要なレースになりますね。彼らを応援したいです。それだけのことはしていますからね!もちろん僕も全力で勝ちに行きますし、大好きなサーキットなんで楽しみたいと思ってます。

また週末にお会いしましょう。ブログを呼んでくれてありがとうございます。ファンクラブにも感謝します。何が起こっても応援してくれる。信じられないくらいです!

ハグを。

マルク
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さすがにオーストラリアについてはあんまり触れてませんねえ・・・。

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公式リリース>オーストラリアGP2014

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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マレーシアGP観戦会のお知らせ

来る10月26日(日)、うち(A.K.A.カフェ旗の台)でマレーシアGP観戦会をやります。

時間は14時からなのでいつもほどには食べ物は用意しませんが、豚タンシチューでも作って、あと、つまみと酒って感じで。

例によって持ち込みものはレシートをうちで買い取った上で、食べ物割り勘、お酒はキャッシュ・オン・ディリバリーです。

参加ご希望の方はレスかDMをお願いします。

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公式プレビュー>オーストラリア2014

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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ミカ・カリォはなぜアスパーとフォワードの誘いを蹴ったのか

短い記事ですが、なかなか考えさせられます。MCNより。
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ミカ・カリォはわずかな報酬のために走るほどには2015年のMotoGP復帰を熱望していたわけではないようだ。アスパー・ホンダとフォワード・レーシングの誘いを蹴ったのも、報酬額が問題だったと語っている。

カリォは2010年以来のMotoGPシートを望んでいることを隠そうとはしていなかったし、実際にニッキー・ヘイデンのチームメイトとして市販ホンダRC213V-RSに乗らないかというアスパーの誘いがあった。他にもステファン・ブラドルのチームメイトになるというフォワード・ヤマハからの誘いもあったのだ。

しかし彼は両方の誘いを断っている。びっくりするほど報酬が低かったと言うのだ。マルクVDSにアレックス・マルケスが加入することが決まった後、結局カリォはきちんとした報酬を提示したイタルトランスのMoto2チームで2015年を走ることになった。

カリォはMCNにこう語っている。「ちゃんとしたサラリーを払うつもりがなかったみたいなんで断ったんですよ。サラリーはありましたよ、でも今Moto2で走っているよりかなり少ないものだったんです。状況が変わったんですよ。サテライトチームやプライベートチームは若いライダーを只で、ことによったらスポンサー持ち込みで走らせたいと考えているんです。持ってるマシンもチーム力も魅力的だったですがね。どちらも来年は戦闘力があるでしょうから。でも只でライダーを走らせたいっていうのはちょっと違うと思うんです。報酬の話で言えばMoto2の方がいいんですよ。以前からMotoGP復帰が目標だって言ってましたけど、自分にとってメリットがないならMoto2のいいチームで走ってトップ争いをするのも悪くないとも言ってましたからね」
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個人的にはライダーにスポンサー持ち込みを期待するのは間違ってると思ってるんですよ。だってそれはチームマネジャーの仕事でしょ?そんなマネジャーとしての手腕を発揮しているルーチョ・チェッキネロの運営するが素敵なWebマガジンを発行しているので、こちらもご覧あれ。写真だけでも見る価値あり。これくらいの商売っ気というかアピール力がないとライダーにはお金が払えないのかもですね。

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2014年もてぎ日曜まとめ:ロレンソの復活、マルケスのタイトル獲得、ヒートアップするMoto3

素晴らしい日曜を回想しつつ、いつものMotoMatters.comの長文まとめです。
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マルク・マルケスが日本にやってきたのはホンダにとって初の地元開催でのタイトル獲得をもたらすためだ。モヴィスターヤマハは地元ファンと会社の偉い人たちの前で優勝するためにやってきた。最終的に「偉い人大戦」は引き分けに終わったと言えるだろう。ホルヘ・ロレンソが彼の得意なスタイルで勝利を飾り、ヤマハの偉い人にいい思いをさせた。そしてマルク・マルケスはヴァレンティーノ・ロッシをはじき飛ばし2位を獲得、タイトルを阻むことのできる2人の前でゴールすることで2014年のMotoGPチャンピオンに輝いたのだ。マルケスはホンダが所有するサーキットで、そしてホンダ社長の伊東孝紳氏の前でチャンピオンを獲得してみせたのである。ロレンソもマルケスももてぎにきた目的を果たしたのだ。

ホルヘ・ロレンソの週末はほぼ完璧なものだった。予選は勝利に向けての単なる一ステップに過ぎなかった。彼はセカンドローから素晴らしいスタートを切ると、彼は闘争心をむき出しにして1コーナーでマルケスを抜き、チームメイトのヴァレンティーノ・ロッシの後ろにぴったりつけるまで他のライダーを次々と屠っていく。ロッシはフロントロースタートを活かしホールショットを奪っていた。その後ろにはポールのアンドレア・ドヴィツィオーゾがいたが、ロレンソは次のコーナーですぐに彼を抜いてしまう。

ロッシは必死でロレンソを離そうとするが、ロレンソは彼の後ろにぴったりつけたままだ。しかしマルケスが落ち着きを取り戻しアンドレア・イアンノーネとドヴィツィオーゾを抜くと、ロレンソは待つのをやめる。ロレンソがバックストレートエンドでハードながらもクリーンにロッシを抜いてトップに立つとロッシは逆襲の機会をうかがうがアウトにはらんでしまい、気付くとドヴィツィオーゾに抜かれそうになっていた。

その時点からレースはロレンソのものだった。彼のペースが速かったために他のライダーはついていくことができなかった。ロレンソ自身、かなり無理をしていたのだろう。ヤマハの2人はどちらも今年最高にきついレースだったと言っている。トップ4は、2014年のランキングトップ4だが、全員ものすごくきついレースをしていたのだとレース後にロレンソは言っている。

最速ラップをひとつのミスもしないで刻み続ける。猛烈な集中力を持続し続ける。それはロレンソが今シーズン序盤にできなかったことだ。理由は誰もが知っている。シーズンオフの手術後に体調が完璧に回復していなかったこと、新型ブリヂストンのリアのエッジグリップが去年ほどではないということ、去年より燃料制限が厳しくなった中、ヤマハのスロットルレスポンスがスムーズでなくなったこと等々だ。ロレンソは体力の回復のためにハードなトレーニングを行っている。その結果、これまでにないほど体調は万全だと本人は言う。ヤマハはロレンソとロッシが「信じられないほどの改善」と言うほどM1を再び乗りやすくしてみせた。マシンがバランスを取り戻したのは誰の目にも明らかだ。クールダウンラップが終わるとパルクフェルメに2台のヤマハワークスマシンが並ぶのだから。

それ以上にロレンソに影響しているのは彼自身の気持ちであろう。リアタイヤへの不満を口にすることはなくなった。まだ気に入ってはいないだろうし、2013年ほど使いこなせてはいないが、気持ちを切り替える努力もしているのだ。サマーブレイク明けにその努力が形になっている。インディアナポリスでGPが再開されたとき、彼は連続2位を記録し、アラゴンではついにシーズン初優勝を遂げた。その時は自分でも予想していなかったし、途中から雨になるという天候を活かしきったからではあるが、ドライの時点から彼は速かったのである。

もてぎでの彼の勝利は昔のロレンソスタイルの復活を意味する。傲慢と言えるほどのレース運びでライバルを退けたのだ。日本のサーキットを走るその姿はローマ時代の将軍がチャリオットを走らせるかのようだった。ロレンソの親友であるマックス・ビアッジがローマ皇帝とあだ名されていたが、今回のロレンソこそ、その名にふさわしい。ロレンソの尖った鼻、命令するのに慣れたような風貌、傲慢で高慢とも言える態度、M1を素晴らしい速さで走らせる様子、まるでセレコウス人を前にしたローマ皇帝そのものである。まあ正直言うと現地で観ることができたら最高だったろう。マシンを駆るロレンソがどれほど力強かったかよくわかっただろうから。テレビでは楽に乗っているように見えたがコースサイドなら彼が何よりも自身の意志でマシンをコントロールしていたのがよくわかったに違いない。

もしこのロレンソがカタールにいたならマルク・マルケスのタイトル防衛はもっと苦労するはずだったが、そのロレンソはシーズン序盤にはどこかに消えてしまっていたのだ。しかし本当のロレンソが戻ってきた。マルケスは残りシーズン、厳しい挑戦を受けることになるだろうし、2015年はもっと接近した戦いになるはずだ。

ロレンソの復活はヤマハM1の改良によるところも大きい。この2戦の優勝、そしてミサノでのヴァレンティーノ・ロッシの優勝をカウントするとヤマハは3連勝ということになる。マシンの戦闘力は増し、この冬にシフトダウンもシームレス化して、さらにパワーを増やしスムーズなエンジンにすれば、来シーズンは相当良いスタートとなるだろう。ロレンソは復活を遂げ、ロッシは自身にとって初めてとも言えるレベルの高い戦いに直面して、これまでに無いほどうまく乗れていると言われている。マルケスの来シーズンのチャンピオン防衛は今シーズンより厳しいものとなるだろう。

しかしマルケスにもまだまだ伸びる余地はある。それをもてぎで証明したのだ。慎重なスタートは、レース後にマルケスが言っている通り、ミサノとアラゴンのクラッシュの痛い思い出がよぎったためだ。しかしその後すぐに落ち着きを取り戻し、前に出て行った。S字でドゥカティが苦労しているのを観て、比較的楽にアンドレア・ドヴィツィオーゾを抜き去ると、次のターゲットはロッシとなる。彼はドヴィツィオーゾよりは強力な相手だ。最初にV字コーナーで前に出ようとするが、次のヘアピンではらんでしまう。しかし次のラップでロッシを抜くと、そこでロッシとペドロサに抜かれなければチャンピオンを決定するというポジションを確保した。

彼はロレンソがロッシを抜いた時点で優勝はあきらめたと言っている。その時点からレースの焦点をロッシとの戦いに絞ったのだそうだ。2位を確保するために全力を尽くし、そしてロッシとペドロサの前でゴールした。2度目のMotoGPタイトルを決めたその瞬間、彼は安堵のあまり崩れ落ちそうになっていた。彼の安堵っぷりはこの2戦が21歳の若きタイトルホルダーにとっていかに辛かったかを物語っている。外からはそのプレッシャーは見えなかったかもしれないが、明らかに彼は重圧に苦しんでいたのだ。最初のタイトルは誰も期待していなかった中で獲ったものだ。彼は言う。「去年は全然プレッシャーはありませんでした。ミスをしても許されたんです。ルーキーでしたから」。2014年、完璧なスタートを切ったことで周りからは楽なシーズンだと思われていたかもしれないが、マルケスにとっては違ったのだ。すこし自信過剰になっていたのかもしれない。彼はこう告白する。「たぶん後半はアドバンテージがあることでミサノとアラゴンではリスクをとりすぎたのかもしれませんね」。しかしそれは報われず、マルケスはアラゴンでのタイトル獲得のチャンスを逃してしまった。本来なら地元ファンの前で決めるはずだったのだ。辛かったかもしれないが、いい教訓にはなったようだ。

彼のタイトル獲得のキーワードは「経験」である。マルケスはレース後の記者会見で、去年の経験が、そして自身のおかれた状況をいかにコントロールするかについての経験がものをいったと語っている。去年はMotoGPマシンでの走り方を学んでいたのだが、今年はどのサーキットでも自分の走りと比較できる。しかし逆境をどうコントロールするかこそが鍵だったのだ。カタールの開幕戦では6週間バイクに乗っていなかった。トレーニングで足を骨折したからだ。しかし彼はダートトラックでトレーニングして、そこで攻めすぎたせいで怪我をしたという多くの批判を一蹴している。「そんなの馬鹿げてるって言う人もいましたけど、最終的には、ライディングを改善したくて速くなりたかったらトレーニングが必要なことは明らかになってるし、リスクもとらなきゃいけないんです」

逆境をコントロールする術の中にはMoto2での最初の年に身に付けたものもある。セパンでの怪我は彼のキャリアを終わらせかねないものだった。クラッシュで物が二重に見えるという怪我に悩まされたのだ。家族とそしてマネジャーのエミリオ・アルサモラといっしょに5〜6人の医師をまわり、怪我を理解しようと努めようといたとマルケスは記者会見で語っている。視力を回復する前の手術で成功は保証できない、再びバイクレースをできるとは保証できないと彼は言われている。そしてその5か月の間、彼はポジティブでいようと努めていたという。「でもその5か月はとても長かった」と彼は言う。手術が成功したとわかると、キャリアの中でもっとも重要な教訓を得たのだ。「今を楽しまなきゃ行けない。だってこれからの未来に何が起こるかはわからないんですから」

MotoGPのタイトルは決まったが、残りの2つのサポートクラスもタイトルが決定は間近だろう。ティト・ラバトがMoto2のプラクティスを支配していたものの、レースではそうはいかなかった。レースを支配したのは、スタート直後からレースをリードしフィニッシュまで2位との差をコントロールしていたトム・ルティだった。マーヴェリック・ヴィニャーレスが差を縮めるとルティもそれに反応し、やすやすとヴィニャーレスを退けたのだ。

ラバトはプラクティスで見せた好調を維持できなかったものの、チャンピオン争いのライバルでチームメイトのミカ・カリォも良い結果を残せず結局5位に終わっている。ラバトはその2つ前でゴールした結果、5ポイントの差を広げることに成功した。ラバトとカリォの差は38ポイント、ラバトのタイトル獲得を阻む望みはますます薄くなっている。このペースでいけばMoto2のタイトルはセパンで決まるだろう。

週末最高のレースはMoto3だった。今シーズン最高と言ってもいいだろう。しかし同時にここでタイトルがほぼ確定したのも否めない。アレックス・マルケスがジャック・ミラーとの接触があったアラゴンでポイントリーダーの座を奪っている。ミラーは臥薪嘗胆、もてぎでの復讐を誓ったのもの、それがかえって高くついてしまった。5台でのバトル(ミゲール・オリヴェイラがクラッシュで脱落するまでは6台のバトルだった)の勝者は最終ラップで最も果敢なライダーになるだろうと思われた。その結果残り2周というところで激しいポジション争いが繰り広げられることになった。誰もダウンヒルストレートでトップにいたくなかったのだ。スリップストリームを使って90度コーナーで抜かれることは避けたかったのである。ミラー、ダニー・ケント、マルケスがバックストレートに一団となって入っていく。しかしマルケスのとったラインが最も賢いものだった。ミラーは他の2台を抜こうとしたが、シフトダウンを焦ったためニュートラルに入ってしまいコーナー進入を失敗してしまう。ケントはラインをはずしダートに乗り上げてしまい、やはり最終コーナーを失敗してしまう。その結果マルケスは簡単に勝利を手にすることができたのだ。そして彼のポイントリードは11から25にまでひろがった。ヤコブ・コーンフェイルがアレックス・リンスをレース序盤で押し出したのにも助けられた。リンスは中団に飲み込まれてしまったのだ。幸運、というか、まあハプニングと言った方がいいのだろうが、とにかくそういうものがマルケスのタイトル獲得を近づけたのである。

マルケス兄弟がタイトルに近づいている。そしてもてぎでは他の人たちが二人を讃えることになった。タイトルを決めたのだからヴァレンシアでMoto2走らないのかとマルクがまた尋ねられると、彼はそれを否定し、しかしこんな冗談を言ってみせた。「Moto3ならありかもですね」。弟のタイトル獲得を手助けしようというのだ。それもいいかもしれない。ホンダも参戦していることだし。まあそれは冗談としても、マルク・マルケスなら実際そんなことをする可能性もゼロとは言えないだろう。そしてマルク・マルケスがレースをやめる日というものなど来るのだろうか?
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マルケスのチャンピオン獲得ですっかり影の薄いロレンソの優勝ですが、ちゃんとそこから取り上げるのが安心と信頼のMotoMatters.comですよ。

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日本GP:獲ってみたらもっとたくさんタイトルがほしくなる、とマルケス

たぶん優勝してタイトルを決めたい気持ちをぐっとこらえて2位に入り、見事チャンピオンを獲得したマルク・マルケス。彼がインタビューでこんなことを言ってます。CRASH.netより。
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2度目のMotoGPタイトルを獲得したマルク・マルケスは、しかしこれまでに獲得した4つのチャンピオントロフィーをさらに増やしたいと渇望している。なんといっても彼はまだ21歳なのだ。

既にマルケスは9度のタイトルを獲得したヴァレンティーノ・ロッシと比べられるほどにまで成長しており、もてぎで開催された日本GPでモヴィスターヤマハのホルヘ・ロレンソに次ぐ2位表彰台でチャンピオンを決めている。

マルケスの初タイトルは2010年の125ccクラスで、その後2012年にはMoto2チャンピオンを獲得している。そして来年2015年には3連覇を狙っているのだ。いや、さらにその後のタイトルまで視野に入っているのかもしれない。

「嬉しいですね・・・、たぶん自分でも何を成し遂げたのかはちゃんと理解していないんだと思います。2度もMotoGPのタイトルを獲得するなんて信じられないし、何て言っていいのかもわかりません。でも、もっともっともっとタイトルがほしいですね!」とマルケスは語る。

「それは簡単なことではないですし、今はこのタイトルを喜んで、来年に向けて思いを巡らせるべきですね。それにもっとレベルを上げられるのを楽しみにしてるんです。
 今年は確実に経験が活かせているし、状況もコントロールできたんです。マシンにもうまく乗れてましたしね。ミスも減ったし、でもまだミスをしている。つまり改善の余地があるってことです。でも去年よりはかなり良く状況をコントロールできてるし、ホンダもすごく良い仕事をしてくれました。マシンもシャーシも僕のライディングスタイルに合うようになってきてるんです。
 去年の経験があるのでサーキットで走っても比べる対象があるんです。トライすべきポイントもわかっているし、ラップタイムを縮める秘訣もわかってる。でもシーズン後半を観てもらえばわかるとおり、まだ僕には学ぶことがあるし、状況によってはもっといろいろできたはずのこともあるんです」

マルケスが2014年開幕をダートバイクでの事故で足を骨折して迎えたことで、心配が巻きおこったが、しかし彼はモトクロスマシンでのトレーニングに対する一部の批判を一蹴している。

「確かに楽な開幕ではなかったですね。ダートトラックでトレーニングすることに決めて、そんなの馬鹿げてるって言う人もいましたけど、最終的には、ライディングを改善したくて速くなりたかったらトレーニングが必要なことは明らかになってるし、リスクもとらなきゃいけないんです。
 でもカタールには凄く集中した状態で臨めたし、勝つこともできて、それが自信につながりました。それからは自分でもより強さを発揮できるサーキットがあることがわかったし、その自信をアドバンテージにつなげることができたんです。未来に何が起こるかはわからないですからね」

もてぎでのタイトル獲得のお祝いとしてマルケスはコースサイドで日本刀を授けられた。その刀で風船をつないだ紐を切って風船を飛ばしたのだ。彼はこれについて、サムライへの尊敬の念があるのだと話している。

「ひと月前からヘルメットのデザインをデザイナイーと一緒に考え始めて、サムライの魂をモチーフにすることにしたんです。そしたらアラゴンで弟のアレックスとアシスタントのエクトルがアイディアを思いついたんですけど、その時点で僕は『中身については今は知りたくないから、好きにしてよ』って言ったんです。
 そこに言ってみたら弟だけがいて、なんか変だなと思ったら、彼が全部説明してくれたんです。楽しかったですね。僕がサムライを好きだってわかってくれてたんですから。サムライの厳格さが好きなんですよ。僕は全然厳格じゃないんで真似したいですね!」
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あれ、チャンピオン持ち越しになったら甲冑武者がカンガルーだったんでしょうか?

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公式リリース>日本GP2014

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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【再掲】ツインリンクもてぎ:お天気リンク

台風19号が気になるもてぎのお天気関連リンクです。

yahoo天気予報

気象庁台風情報

台風19号進路予想byアメリカ海軍(時間は協定世界時なので日本時間は+9時間で計算してください)。

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青山博一フィーチャービデオ全訳

MotoGP公式にアップされている青山博一フィーチャービデオの全訳です。
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0分00秒:新しいマシンRCV1000Rでシーズンを始めたんですが、同じオープンクラスでもヤマハとホンダではすごい差があったりするんです。でもセパンテストからシーズンを経て結構いいところまでいけそうな感じになってきました。でもヤマハの、特にアレイシ・エスパルガロは、彼は良いライダーですし、毎レース少しずつ良くなっていて、僕らも良くはなっているんですけど、彼に追いつくのはたいへんで、でも彼もミスすることはあるし、僕らも良いときはあるし、だから僕らも良いレースができることもあるんです。

1分18秒:マシンについて言うと、シャーシはすごくいいんですよ。ハンドリングもいいですしね。でもストレートのパワーがちょっと足りないんです。そこが今のところの弱点ですね。

1分42秒:来年に関しては交渉をしてるんですけど、まだ決まってません。ホンダのMotoGPマシンに来年も乗りたいんですけど、それほど選択肢があるわけではない。だから、まだレースは残ってるんで、がんばって走って来年のチャンスをつかみたいですね。でも現時点では何も決まってないですし、はっきりしたことは何もないんです。でも僕の望みはMotoGPライダーで居続けたいってことなんです。

2分25秒:まずいちばん考えなきゃならないのは、毎週末、いかに速く走るかってことです。でもそれとは別に将来のことも考えるし、アジア・タレントカップやレッドブル・ルーキーズカップにかかわりたいとも思ってます。若いライダーを育てる場だし、ヴァレンティーノやアレイシ・エスパルガロが自分のチームを持っている。スペイン選手権やイタリア選手権でですね。僕はアルベルト(訳注:プーチ)のチームに入っていて、彼は今アジア・タレントカップにかかわっています。彼は若いライダーを育ててますけど、僕は彼と一緒にいてそういうことを学んだんです。だから育て方については少しはわかっていると思いますし、アルベルトのこともよく知っていて、だから僕の経験をこうしたプロジェクトに活かせると思うんです。そういうのは楽しいと思うし、僕にとってはそれほど難しいことじゃないと思ってます。

3分45秒:今GPに参戦している日本人ライダーはそれほど多くはなくって、1カテゴリーに1人って感じですよね。レース人口も日本では減っていて、日本人は他の国にくらべると控えめなこともあって、それほどハードにレースをしようと思う人が少ないんです。ハードなレースをしなかったり、少ない相手をレースをするだけだったりするとレベルがそれほど上がらない。それが一つの理由だと思います。でも今はまた人が戻ってきていて、またいけそうな感じになってきてるんです。それにアジア・タレントカップもあるし、たくさんの人が参戦したがっている。新たに上がってくるライダーにとってはいいカテゴリーだと思うんです。日本だけじゃなくて、マレーシアとかインドネシアとか、日本以外の国にとってもですね。若いライダーにとっては良い機会ですね。
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来年もMotoGPで見たいです!

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青山博一、プレスカンファレンス全訳

MotoGP公式より。久々のディクテーションだ。でも日本人英語なので、とても楽。
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14年前にここでデビューしましたね。

「14年前のことはさすがに覚えてないですね。2000・・・2000年かな?ワイルドカードで6位か8位だったと思います。
 あれから時間が経つのが早かったですね。あれから4回もてぎで表彰台に立ってるんで、好きなサーキットのひとつです。よく知ってサーキットなんですけど、去年は残念なことにブレーキトラブルでまともに走れなくって、17位でした。全然楽しくなかったですね。でも今年は新チームでマシンも新しくなって、良いレースができるといいなと思います。ここもてぎには友達や家族やファンが来てくれるんで、最高のライディングを見せたいですね」


アラゴンではベストリザルトの8位でしたが。

「ドライでもウェットでも気持ちよく乗れたんです。今週末の日曜は降水確率が50%で、雨だとちょっとうれしいかなって思ってます」


来年についての発表がまだですが、アスパーはなくなりましたね。どこかのチームと交渉はしてるんですか?

「ええ。2015年についてはいくつか選択肢があるんですけど、まだ決めてないんです。まだ状況を吟味したいんですよ。今週末には何かニュースをお伝えできると思います」
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ををを、さっきの記事と違ってポジティブな感じですね!楽しみ楽しみ!!

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青山が直面する不確定な未来

という辛い記事をCRASH.netから。
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日本人唯一のMotoGPライダーである青山博一は今のところ不確定な未来に直面している。

ホンダのオープンクラスライダーとしてランキング2番手につけているにもかかわらず、アスパー・ドライブM7での青山のシートはユージーン・ラヴァティにとられてしまった。ラヴァティが2015年のニッキー・ヘイデンのチームメイトとなるのである。

現時点で空きがあるシートはグレシーニ・アプリリア、アヴィンティア・ドゥカティ、そして現在アプリリアARTを走らせているイオダだけだ。しかし青山の希望はホンダである。ホンダは来シーズンのオープンクラスマシンであるRC213Vをワークスエンジン付きで売りに出しているのだ(今年のRCV1000Rはリースだった)。

「2015年に関してはいくつか選択肢があるんですけど、まだ決まってないんです。もうちょっと吟味したいと考えているんです。今週末にはお知らせできることがあるといいんですが」

元250ccチャンピオンの青山のランキングは14位。ドライからウェットに変わったアラゴンのレースではベストリザルトの8位を記録している。

「ドライでもウェットでもいい感じで走れたんです。今週は降水確率が50%ですけど、雨だといいですね!」
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君が雨を望むなら合羽上等!

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MotoGPの安全性について

F1でのジュール・ビアンキの事故を受けて、本日もてぎのプレスカンファレンスでもライダーが声を上げています。まずはCRASH.netより。
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もてぎでの日本GPは木曜にまずプレスカンファレンスから開幕したのだが、その席でF1ドライバーのジュール・ビアンキの事故はMotoGPパドックにも衝撃を与えていることが明らかとなった。

ビアンキは先の日曜に鈴鹿で開催されたF1グランプリでビアンキは頭部に深刻な怪我を負った。彼は自信が運転するマルシャのコントロールを失い、マーシャルがエイドリアン・スーティルのザウバーを片付けるために出したトラクターに衝突したのである。

マルク・マルケスは言う。「MotoGPではないんで、いろいろ言うのは難しいですけど、確かに同じようなスポーツでの出来事ですからね。僕もレースを見ていましたけど、最初は誰も何が起こったかわかっていなかった。でもビデオを見たら、すごくひどいことだとわかったんです。彼の回復を祈りますしF1界についても心配してます。
 でもいつも言っているように、コースに出たらどうしてもリスクはあるんです。大事なのは何が起こったのかきっちり分析して、ミスがなかったのか、誰に責任があるのか、そして将来に向けて何が改善できるかを把握することですね。でも今はジュールと家族のために祈ることしかできませんけど」

MotoGPは2003年から鈴鹿でのレースは開催していない。加藤大治郎が最終シケインのコースサイドのバリアに激突して死亡したからだ。

ヴァレンティーノ・ロッシはその場に居合わせた数少ない現役MotoGPライダーだ。彼はビアンキとも知り合いである。フェラーリ・ドライバーズ・アカデミーで知り合ったのだ。その後ドゥカティでのPRイベントでも彼と同席している。

「すごくやな気持ちになってますよ。ビアンキの事故はかなりひどいものでしたからね」とアラゴンでやはり意識を失って病院に担ぎ込まれたロッシは言う。「彼とは知り合いだし、まあ良く知ってるわけではないですけど、ドゥカティが開催したマドンナ・ディ・カンピリオでのイベントでレースもしてるし、フィアット・パンダで一緒にレースをしたのは楽しかったんですよ。彼はまだ若いし、凄く才能のあるドライバーなんです。
 鈴鹿はとにかく危険なコースですよね。実際MotoGPは2003年の加藤のクラッシュ以来開催されてないわけですし。最高のコースなのに残念なことだと思います。鈴鹿は大好きですけど、やっぱり危険なんです。
 ビアンキのアクシデントのような最悪のことが起こってしまったのは運の問題もあるとい思いますけど、まずはセーフティカーを入れて、それからランオフエリアに入るべきだったと思います。ジュールは不運だったんですけど、彼はミスもしたんです。でもランオフエリアで何かするのは本当に危ないと思いますよ」

モヴィスター・ヤマハのチームメイトであるホルヘ・ロレンソはこう言っている。
「モータースポーツにとって悲しいことだし、今は困難な時だと思います。レースはちゃんと見てはいないんですけど、鈴鹿は特に2輪は見てましたし、F1も見ています。雨の時には特に危険なコーナーがいくつかありますよね。
 ヴァレンティーノが言ってましたけど、トラクターを入れる前にセーフティカーを入れなかったのはまずかったんじゃないでしょうか。ですから将来は変わると思いますよ。でも事故は起こってしまった。みんなジュールの回復を心から祈っています。
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次はかねてから問題になっている人工芝について、ライダーがなんとかしなきゃと思っているという記事をBikeSportNewsから。
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MotoGPのトップライダーの内、3人が安全性の面からコーナー入り口での人工芝は取り除くべきだと言っている。ヴァレンティーノ・ロッシのアラゴンでの転倒を受けて、人工芝は危険だし意味がないと言っているのだ。

ロッシはマルク・マルケス、ホルヘ・ロレンソとともに、明日の安全委員会の会合でこれを議題に持ち出し、コーナー入り口の人工芝は取り除くべきだと主張する予定だ。

マルケスは言う。「人工芝は取り除くべきですね。ずっと言ってるんですが、ブレーキングポイントになるコーナー入り口の人工芝ははがすべきです。コーナー出口については難しいですね。僕の考えではむしろ人工芝のエリアを増やすべきで、それはコースの限界をつくれますからね。アスファルトならいくらでも攻められるんです」

これに付け加えてロッシは言う。「多かれ少なかれ、みんな賛成してくれるでしょう。問題は人工芝と天然芝が混在していることですが、結果は同じなんですよ。天然芝に突っ込んだら結果は人工芝と変わらない。去年も人工芝をはがそうと活動したんですが、残すべき場所もあるんです。でも場所によっては危険で意味がないだけで、はがすべきですね」

ロレンソがこれを締めくくってこう言った。「コーナー入り口では人工芝はいりませんね。でも出口でも無い方がいいと思います。安全性の面からね。まあ難しい話で、とにかくコーナリングにはスペースが必要で、でも縁石を高くするんでもいいと思うんですよ」
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うーん、ビアンキの事故についてはなんとも・・・。

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直言御免。クラッチロー語る パート3:ジャック・ミラーがチームメイトになること、そして精神力について

MotoMatters.comによるカル・クラッチローへのインタビューのパート3です。
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今年はカル・クラッチローにとって厳しい年となった。4回の表彰台でランキング5位に入った絶好調だった2013年終了時点では彼は翌シーズン優勝 するだろうとまで思われていたにもかかわらず、ドゥカティでの初年度は散々な結果となっている。技術的なトラブル、クラッシュ、デスモセディチに取り憑いたアンダーステアとの果てしない戦い。今年のクラッチローは集団に飲み込まれゴールまでまともな争いができないままだ。これは彼がドゥカティとの契約書に サインした時点では思いもしなかった状況である。
今シーズン14戦目となるアラゴンのレースに先だって、我々はクラッチローに今年のこれまでの状況、そして来年の展望、この状況下でどうやってやる 気を失わないでいられるのか、等々について尋ねてみた。カル・クラッチローは例によって包み隠さず真っ正直に今シーズンを語ってくれた。責めるべき相手は責め、不遇なシーズンを送ったライダーが感じる恐れと自分に対する疑いについて話してくれたのだ。このインタビューで彼は他のライダーが話すことがないレースの一面について語り、ライダーとして、そして人としての勇気について教えてくれた。
月曜に掲載した第1回はドゥカティに適応するための苦闘、そして2014年がMotoGPキャリアで最 も厳しい年になったことについてだった。第2回では引き続き暗黒に覆われた今シーズン、結果が出せない中、どのようにしてやる気を維持しているのかについて語っている。今日掲載するの第3回では精神力がいかに重要かということ、ジャック・ミラーのMotoGP昇格について語る。

MotoMatters:ジャック・ミラーがチームメイトになることについてはいかがですか?Moto3からMotoGPに上がるというのはすごいことですし、まあオーストラリア風に言うと、かなりの暴れん坊ですけど。

クラッチロー:よくわかんないですね。2レースばかり前に始めて知ったんですけど、僕は、いいんじゃない、なんで契約しないの?って感じでした。これまでで最高の出来事ですよ。楽しいでしょうね。でも考えれば考えるほど、まあ彼には1年は必要ですね。でも僕が言う話じゃないですよね。全然わかんないですよ!問題ないかもしれないし。Moto2で1年学んだ方がいいんじゃないかとも思いますけど、MotoGPで1年学んでもいいんですよ。違いはないでしょ。よく決断したなとは思いますけど。
 みんなも言ってるとおりパワーの違いについては言っといた方がいいでしょうね。55馬力から250馬力とかそれくらいになるんですから。まあ、それほど大きな違いとも思いませんけどね。右手次第なんです。スロットルを開けたければ開ければいいし、そうしたくなければそうしなきゃいい。パワーがほしくなければスロットルを開けなきゃ良いだけなんです。それくらいはできるでしょ。
 問題があるとしたらMotoGPマシンはMoto3ほど楽しくないってことくらいですね。つまり、MotoGPでは誰かの後ろについて走りながら何か動きがあるのを待つとか、次のラップで抜いてやろうとか、そういうことはないんです。MotoGPはMoto3より5割増しで厳しいでしょうね。それが僕の意見です。
 誤解しないでほしいんですけど、自分がMoto3に行ったら勝てるって言ってるわけじゃないんです。言いたいのは、集団で走って8番手で、よし、ここから抜け出してやろうとか、次のコーナーで3台抜こうとか、そういうことはできないってことなんです。でも1年あれば学べるでしょうね。2年目にはちょっと速くなるでしょうし、3年目はもっと速くなるでしょう。
 だから、そうですね、おもしろいでしょうね。チームのやる気も凄いし、いい感じなんですよ。去年はブラッド(ブラッドリー・スミス)と一緒に素晴らしい1年を過ごしましたけど、ある意味ブラッドはそれをテック3で懐かしんでるかもですね。僕らは良いライバルだったし、アンドレアと僕が今のチームで良いライバルって感じでね。今は全然ライバルではなくって、彼の方が圧倒的に速くて、僕より30秒ばかり前でゴールしてるんですけど。だから良いチームでリラックスできれば、チームの2人とも良い結果を残せるだろうと思いますよ。
 あと、面白いのは、今日ブラッドと話したんですけど、彼はリラックスした方がいいんですよね。で、僕と一緒ならリラックスできたんですよ。今の落ち込んでる僕じゃできないことですけど。でも去年のブラッドは、特にシーズン終盤は速かったし、それは彼がチームのナンバー1じゃなかったからなんです。扱いは同じでしたよ。でも期待されるものが違ったんです。だから彼は気にしないで走ることができた。去年ムジェロで転倒して、2回ばかり怪我をして、それで乗り方を学んだんですね。去年の終盤はレース序盤から僕をつついてくるようになって、それは自信を持ったからなんです。今はポル(エスパルガロ:テック2のチームメイトでMoto2時代のライバル)を負かすことだけに夢中になってる。だから彼に言ったんです。楽しめよって。去年の終わりみたいに走って、そうすればまた速くなるし、トップ争いだってできるだろうってね。


MotoMatters:なるほど、興味深い話ですね。ここまでレースのメンタル面について話していますが、2週間前Moto2とMoto3のライダーについて記事を書いたんです。すごいレベルになっていて、才能の違いは小さいし、みんな素晴らしいライダーで、でも違いはある。それはメンタルだっていう記事なんですが。ここまでレベルが上がるとメンタル面はどれくらい重要になるんですか?

クラッチロー:先週ミサノで勝ったヴァンレティーノが良い例なんですけど、彼はFP3とFP4で誰よりも良い結果を出して、メンタル的に勝てるところまでいけたんだと思ってます。マルクが転倒しようがどうなろうが勝てたでしょうね。それが彼の強さなんです。シルバーストンでは9秒遅れだった。で、9秒ってのは大きな差だとは言えないけど、かなりの差ですよね。でも1週間で勝てるところまできた。それは良いタイムを出せたセッションがあったからなんです。
 メンタル面は重要ですよ。マルク(マルケス)は誰よりもメンタルが強い。だって誰よりも楽しんでるんですから。だから今週どこまでもどしてくるか楽しみですよね。まあ優勝争いできるとこまで来るでしょうね。彼の心を乱すものなんてないんですよ。いつもの通りの週末になるか・・・、でもミサノでは他のライダーほど強くはなかったんで、だからおもしろいだろうと思うんですよ。でも彼のメンタルは本当に強い。楽しんでるからなんでしょうね。


MotoMatters:メンタルの強さってのは学ぶことができるものなんでしょうか?

クラッチロー:わかんないですね。でも学べると信じてますよ。僕も状況によってはすごく弱いことがある。でも誰にも負けないって自信が持てる状況もあるんです。だから学べると思いますよ。でも自分で学ばなきゃならないことで、誰かに教えてもらうわけにはいかないんです。メンタルの強さに、これで充分ってのはないんです。誰もがもっとメンタルを強くしたいと思ってる。みんなそう思ってる。でもみんなメンタルは強いんですよ。でなきゃGPなんて走れません。みんな自分でその強さを身に付けてきたんです。自分でやるしかないんですよ。
 でもおもしろいのは、メンタルの強さを身に付けるのも失うのもあっという間だってことですね。本当にそう思います。うまくいってるときには、それが続くんですよ。波乗りで波の頂点に乗ってるみたいな感じで、どんどん、どんどん行けるんです。でも落ち込み始めると、まじf**kって感じですよ。でもだからこそ良いセッションがあったり、うまく乗れたりすれば強さが戻ってくるんです。そうすればまたひとつ強くなれる。奴みたいに走れる、自分ならできるとか思えるようになるんです。不思議ですよね、ほんとに不思議。
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メンタルかー。メンタルなー。

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公式プレビュー>日本GP2014

いよいよ!

ホンダヤマハドゥカティ(英語)

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【再掲】もてぎ日本GPでマルケスがチャンピオンを決定する条件

ちょっと試算してみました。間違い御指摘大歓迎!

ざっくり言うと、マルケスがペドロサの前で、ロッシがマルケスより2つ以上順位が上でなければ、チャンピオン決定。ロレンソは基本的に優勝しかないですが、それでもマルケスが7位以下でないとチャンピオンの可能性はなくなります。

Marq_champ_motegi

「marq_champ_for_motegi.pdf」をダウンロード

一応計算用エクセルファイルも。
「marq_champ_for_motegi.xlsx」をダウンロード

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直言御免。クラッチロー語る パート2:やる気とロッシの後追いとワークスライダーになることについて

MotoMatters.comによるカル・クラッチローへのインタビューのパート2です。
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今年はカル・クラッチローにとって厳しい年となった。4回の表彰台でランキング5位に入った絶好調だった2013年終了時点では彼は翌シーズン優勝 するだろうとまで思われていたにもかかわらず、ドゥカティでの初年度は散々な結果となっている。技術的なトラブル、クラッシュ、デスモセディチに取り憑いたアンダーステアとの果てしない戦い。今年のクラッチローは集団に飲み込まれゴールまでまともな争いができないままだ。これは彼がドゥカティとの契約書に サインした時点では思いもしなかった状況である。
今シーズン14戦目となるアラゴンのレースに先だって、我々はクラッチローに今年のこれまでの状況、そして来年の展望、この状況下でどうやってやる 気を失わないでいられるのか、等々について尋ねてみた。カル・クラッチローは例によって包み隠さず真っ正直に今シーズンを語ってくれた。責めるべき相手は責め、不遇なシーズンを送ったライダーが感じる恐れと自分に対する疑いについて話してくれたのだ。このインタビューで彼は他のライダーが話すことがないレースの一面について語り、ライダーとして、そして人としての勇気について教えてくれた。
月曜に掲載した第1回はドゥカティに適応するための苦闘、そして2014年がMotoGPキャリアで最 も厳しい年になったことについてだった。この第2回では引き続き暗黒に覆われた今シーズン、結果が出せない中、どのようにしてやる気を維持しているのかについて語っている。さらに水曜掲載予定の第3回では精神力がいかに重要かということ、ジャック・ミラーのMotoGP昇格について語る。

MotoMatters:やる気については是非お聞きしたかったんです。去年みんながカル・クラッチローについて話題にしていたのは、いつMotoGP初勝利を挙げるかでした。今年と比べてみると去年は勝つために走っていましたが、今年は10位以内が目標になってしまっていますね。そうとう精神的にきついと思うのですが。

クラッチロー:ええ、かなりやる気を削ぐ話ですよね。自分にとって最悪なのは、まあ僕自身がそう思っちゃうんですけど、自分がちゃんとやれてないってことなんです。まあ実際そうなんですけどね。僕がちゃんとしないのがいけない。でもうちに帰ったら自分に厳しくして、今まで以上にきついトレーニングもしてます。別に理由があるわけじゃないんです。そういうのはトレーニングとは関係ないですからね。
 わかるでしょ、うちに閉じこもってると考えちゃうんですよ。高い金もらって、自分ほどは全然もらってないライダーの後ろでフィニッシュするなんてってね。でも自分で勝ち取ったワークスチームという立場だって思うんですよ。自分でもOK、速く走ればいいんだってわかってて、でもできないってのはやる気が失せる話ですよね。もし速く走れてたら、どうしたらいいのかわからないなんて言いませんよ。でもみんな「なんで奴を倒せないんだ」とか「なんでトップ10に入れないんだ」とか「なんでアンドレア・ドヴィツィオーゾやイアンノーネみたいにできないんだ」とか好き勝手言いますよね。もしそうできるならやってますよ。簡単な話です。だからうちに閉じこもらないで、週末に休みをとってクルーズしたりするんです(訳注:cruise aroundなので自転車で流してるのかもしれません)。
 ルーシー(原注:長いことつきあっているクラッチローの妻)と前にこのことについて話したんですけど、最大のターニングポイントはテキサスでのクラッシュだったんです。それまでクラッシュが怖かったことはないんですよ。これまでにも何度か転倒してますしね。まあ他のライダーほどは転倒してませんけど。たぶんトップ10リストからは遠いと思いますけど、今年は去年や一昨年よりさらに転倒が少ないですね。でもそれは前ほどリスクを冒さなくなっているからで、テキサスでのクラッシュでリスクを冒せるほどの自信がなくなったんですよ。


MotoMatters:来年も違うマシンに乗るわけですが、一番大事なのは自信を取り戻すことに見えます。あと違うマシンを学び直さなければなりませんね。どうやって自信を取り戻すんですか?マシンが変われば自動的に自信も戻ってくるんでしょうか?マシンを替えれば心配がひとつ無くなるとか?

クラッチロー:自信をなくしたのにはいろんな背景があるんです。バイクに乗ることだけではなく、サーキット外でも諸々がたいへんなんです。良いチームと良いマシンがあればすぐに自信は取り戻せると思いますよ。
 まあヴァレンティーノ(ロッシ)を見てればわかりますよね。僕が今ドゥカティでしている苦労から逃れたわけだけど、まあ誤解しないでほしいんですが、ドゥカティの2年でも表彰台に乗ってるわけですし、でも良い結果を残せたとは言えないですよね。で、彼はメーカーを移ってこないだのミサノでは優勝した。だから僕も安心しました。誤解しないでくださいね、僕はヴァレンティーノ・ロッシじゃないし、9回もタイトルを獲ったわけじゃない。僕が彼みたいになれるって言ってるわけじゃないし、彼みたいに乗れるって言ってるわけでもない。同じ人種だとも思ってません。でも問題なく復活できるってのに本当に勇気づけられてるんです。彼はヤマハに復帰した去年、カタールですぐに表彰台に上がりましたよね。それ以来速さを取り戻しました。去年は年間を通して強さをみせたわけじゃないですけど、やれるところでは強さを発揮した。あの1年間を通して彼は学び直して今年は完全に強さを取り戻したんだと思います。
 だから復活できるってことに勇気をもらったんですよ。今考えているのは、2011年はきつい年でしたけど難しいコンディションの最終戦ヴァレンシアで4位に入れたってことです。翌日のテストでは2番手タイムでしたし、あれはよかったですね。自分に力があると示せたんですよ。セパンでのウィンターテストでは速さを見せられたし、2回ともトップ5に入れました。で、翌シーズンのカタールではフロントローを獲れたんです。
 何かを取り戻すのにバイクに乗って良い気持ちでいられる1日があればいいのか、良い1ラップがあればいいのか、それとも良いセッションが1つあればいいのか、それはわかりません。だって今の僕には何もないですからね。自分が満足できるラップもなければセッションもない。やる気について話してましたけど、何か勇気づけられるものが必要なんです。さっき言った通り、1ラップうまく走れればいいのかもしれないんです。最終戦後のヴァレンシアテストですごいラップができるかもしれないし、最高の気分になれるかもしれない。去年みたいなね。まあそれはわからないですけど。でも心配はしてないですよ、もちろん。みんなは僕が他のライダーと比べて速く走れてないって心配するでしょうけど、僕は来年も今年と同じようになるとは全く思ってないんです。でなきゃなんで走り続けるんです?


MotoMatters:まだ戦闘力があると考えているんですね。

クラッチロー:もちろんですよ。それは疑ったこともない。だってまだここにいるんですよ?うちに帰って楽な暮らしをすることだってできるんです!もし競争がいやになってバイクレースに疲れたら、今みたいにここにはいないですよ。間違わないでほしいんですけど、僕はものすごく努力してるし、人生の100%を注ぎ込んでるんです。でもそれが今はうまくいってないだけなんですよ。でも来年も同じだとは全く思ってないし、でなきゃ契約なんてしませんよ。もっとストレスが少なくてプレッシャーとかもない別の暮らしだってできるんです。
 でもこれが世界最高の仕事だと信じているし、まあきつい仕事なのは確かですけど、レースの日にサーキットを走るのは何かすごいことなんですよ。


MotoMatters:今はワークスライダーですよね。それで仕事やプレッシャーが予想以上に増えたってことはありますか?それとも覚悟はしてました?

クラッチロー:難しい質問ですね。ワークスライダーになるためにドゥカティに入ったんで、そんなことを考えるわけにはいかないんです。でも何を期待していいかってことですよ。僕は良い成績が挙げられなくて、離れることを選んだわけですから。ワークスとしてのドゥカティはすごいですよ。それにここで働いてるのは最高に頭のいい人たちなんです。僕のチームも本当にすごく頭のいい人たちですね。それにこんなに働くチームと一緒にやったことはないですよ。夜中の2時まで働いてるんです。テック3ではみんな5時半に仕事を終えて、みんなサイクリングに出かけていた。ここでは仕事をやめないんです。だから情熱も凄いってことですね。
 まあ確かに仕事はたいへんになったし、増えもしました。エルヴェ(ポンシャラル:テック3のオーナー)とやってたときは3年間でPRに使ったのは3日だけでしたけど、ここでは全然違います。シーズン開幕が永遠にこないんじゃないかと思うくらいでしたね。最高の気分だったわけじゃなくて、なんか変な感じでした。開幕前にあちこちに行ったんですよ。ドイツに行って、イタリアに行って、セパンにテストに行って、またイタリアに行って、ドイツに戻って、またイタリア、でマン島に帰って、次はカタール。これが続いたんですよ。レースに集中する時間がほしかったですね。でもまあこれは予想してましたし、文句は言いません。ワークスってそういうものなんです。それはわかってました。単にそういうのが好きじゃなかったってことなんですけどね。でも誤解しないでほしいんですが、ワークスに所属するってのは特別なことなんです。すごいひとたちと一緒に働けるし、メーカーの人と直接やりとりできるんですよ。中に人が立つんじゃなくてね。
 でも、そうですねえ、エルヴェと一緒にやってたときには環境も違っていて、そっちが懐かしかったですね、正直言うと。エルヴェは甘やかしてなんかくれなかったし、僕が間違っているときははっきりそう言う人でした。クラッシュすれば叱られたし、遅ければそれで叱られた。でも、なんか変な言い方になっちゃいますけど、僕は彼にすごく気に入ってもらえてたんです。今はまったく逆の感じですね。彼らを責めるつもりはないし、怒っているわけでもないんですよ。それがワークスのやり方なんです。でも来年行くチームはまた違う感じでしょうね。元に戻るっていうか。ジャック(ミラー)がチームメイトになって、それも楽しいでしょう。来年は今年より前を走れるといいと思っています。
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ポンシャラルとのくだりがちょっと泣けます。
あと「don't get me wrong」って口癖みたいに何度も言っていて、なんかドゥカティでも舌禍があったのかなあ、とか心配になっちゃう。そこがいいのに。

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直言御免。クラッチロー語る パート1:今年は最悪の年だけどドゥカティへの適応努力はやめない

3回連続のMotoMatters.comによるカル・クラッチローへのインタビュー連載第1回。
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今年はカル・クラッチローにとって厳しい年となった。4回の表彰台でランキング5位に入った絶好調だった2013年終了時点では彼は翌シーズン優勝するだろうとまで思われていたにもかかわらず、ドゥカティでの初年度は散々な結果となっている。技術的なトラブル、クラッシュ、デスモセディチに取り憑いたアンダーステアとの果てしない戦い。今年のクラッチローは集団に飲み込まれゴールまでまともな争いができないままだ。これは彼がドゥカティとの契約書にサインした時点では思いもしなかった状況である。

今シーズン14戦目となるアラゴンのレースに先だって、我々はクラッチローに今年のこれまでの状況、そして来年の展望、この状況下でどうやってやる気を失わないでいられるのか、等々について尋ねてみた。カル・クラッチローは例によって包み隠さず真っ正直に今シーズンを語ってくれた。責めるべき相手は責め、不遇なシーズンを送ったライダーが感じる恐れと自分に対する疑いについて話してくれたのだ。このインタビューで彼は他のライダーが話すことがないレースの一面について語り、ライダーとして、そして人としての勇気について教えてくれた。

今回のインタビューは長文になるので3回に分けて掲載する。第1回はドゥカティに適応するための苦闘、そして2014年がMotoGPキャリアで最も厳しい年になったことについてだ。第2回は火曜日に掲載予定だが、今シーズンの暗黒面、そして結果が出せないなかでやる気を保つための戦いについての話である。さらに水曜掲載予定の第3回では精神力がいかに重要かということ、ジャック・ミラーのMotoGP昇格について語る。

MotoMatters:2011年が最悪のシーズンだと前におっしゃってましたが、今年はもっときついですか?それとも思っていたよりはましですか?

クラッチロー:まず言いたいのは、僕がドゥカティに来た時点ではやれると思ってたってことですね。自分ではどんなマシンでも乗りこなせると思ってたんですよ。みんなそうだと思うんですけど、自分のことを信じて、できるって思っちゃうんですね。
 実際マシンに乗るまではわかってなかったんですけど、まあ2011年よりひどいでしょうねえ。だってもっといけると思われてるんだし、2011年はいけるとは思われてなかったですからね。2011年も自分ではうまくやりたいとは思ってましたけど、それが違いですね。今うまくやりたいと思ってないわけではないけど、2011年は自分ではいけるはずだと思っていて、だってワールドスーパーバイクではいけてたわけだし、でもそうはならなかった。今リザルトを振り返ってみれば今年よりはいいでしょうけどね。
 ラップタイムは今年の方が早いですし、だから簡単には比較できないですね。今年の方がいいマシンがたくさん走っているし、良いライダーも多い。でも今年の方がきついですよ。だって自分の実力以下しか出せてないってわかってるんですから。2011年は自分に何ができるかわかってなかったし、他のライダーにこてんぱんにやられる覚悟はあったし、まあその通りになったわけですけどね。でも今年は・・・、去年と一昨年が楽だったというわけじゃないですよ。でも今年より安定して戦闘力を発揮できたし、楽ではありましたね。でも今年は70%の力しか出せてないし、全然戦える状況じゃないんです。だからそうですねえ、今年の方がきついですねえ。


MotoMatters:マシンにはどうやって適応しようとしてきたんですか?ドゥカティは見るからにアンダーステアがひどくて、ドゥカティに初めて乗ったライダーはみんなそう言いますよね。ずっとコーナリングスピード重視でやってきて、それができないマシンにどうやって適応しているんでしょう?

クラッチロー:ドゥカティはこれまで乗ってきたマシンとは全然違うんです。そういうことなんですし、それだけなんです。まだライディングスタイルを合わせられてないですね。今年の頭にマシンに初めて乗ったときから5レース目ぐらいまでは頑固になってライディングスタイルを変えなかったんです。何度か言ったことがありますけど、ロレンソ乗ってるのと同じマシンに合わせるのに3年間使って、まあ完璧には乗りこなせなかったかもしれないけど、かなりいいところまでいって、最初よりはすごく速くなったんですよ。それに当時の僕のチーフメカのダニエーレ(ロマーニョリ)が乗り方を教えてくれて、ライディングスタイルを変えたんです。で、それなりの結果が出せた。
 だからドゥカティに来てもコーナリングスピード重視でやってたんです。でもマシンがついてこなかった。だからブレーキングも突っ込み重視に変えなきゃならなかったんですよ。ドゥカティはブレーキングゾーンで強いですからね。僕が乗ったどのマシンよりブレーキングゾーンで強いんですよ。でも僕はブレーキングが得意じゃない。僕のブレーキングって、最初はソフトに、で中盤で強く掛けてリリースするって感じなんです。でもドゥカティは僕の感覚より奥に突っ込んでからブレーキングを始めて、強めに、しかも長めにブレーキを掛けるんですよ。でコーナーに入っていく。僕はブレーキをリリースしてからマシンを曲げ始めたいんですね。ずいぶん僕の乗り方とは違っているんですよ。だからまだマシンに合わせようと努力してる最中です。
 問題は、次のサーキットに行くたびに、前のマシンでの乗り方で走っちゃうってことなんです。アンドレア(ドヴィツィオーゾ)もたぶん去年はそうだったんでしょう。今年の僕と同じようにね。2シーズンで2種類のマシンに乗って、3シーズン目に3種類目のマシンになった。彼も僕と同じように乗ろうとしてたんですよ。去年のアンドレアは今年の僕と同じくらいトップに離されてて、同じくらいのラップタイムですよね。で、今年の最初のテストから俄然マシンに慣れて、それ以来速いんですよ。
 だから、わかると思いますけど、もう1年ドゥカティにいれば、来年の僕も速くなるかもしれないし戦闘力を発揮できるかもしれない。そう思いたいですね。でも来年別のチームに行くからといって、今年マシンにライディングスタイルを合わせる努力をやめるわけじゃないですよ。そんなこと考えたことも無い。次のサーキットで苦労するのは、ドゥカティで走ったことがないから、それだけですよ。


MotoMatters:もしアンドレア・ドヴィツィオーゾやイアンノーネと同じ状況だと言うなら、ドゥカティに適応するには1年掛かるってことですね。去年ドヴィツィオーゾにインタビューしたときにはノイローゼ気味でしたけど、今年は全然違ってイケイケですよね

クラッチロー:たぶん僕と同じような感じだったんでしょうね。さっき言った通り、来年もドゥカティにいればドヴィツィオーゾと同じくらいいけると思うんですよ。もちろん突然優勝できるようになったり表彰台に立ったりってわけじゃないでしょうし、アンドレアも今年が最高の走りをしているように見えますしね。イアンノーネもそうですね。どちらも僕よりうまく乗れている。やる気も僕よりありますしね。それだけでもコンマ4秒は違うんですよ。ほんとですよ。
 わかるでしょ、ミサノのリザルトを見て思うのは、僕は何度かコースアウトして、ミスもたくさんして、それで10秒ぐらい遅れてしまった。あとマシンパワーで10秒の遅れ。だってエンジンが違うから1周あたりコンマ4秒彼らの方が速いんですよ。あと、前のレースで良い結果を残してるとか、これまで何回か良い結果を残したとか、予選が良かったとか、そういうのでやる気がでて、それだけでも速くなるんですよ。
 おかしいですよね。サーキットにいって、たとえばFP1で最速だと、そういうときにFP2や週末全体にすごいやる気が出るんですよ。知ってると思いますけど、僕はドゥカティでソフト側(訳注:オープンクラスと同じ柔らかいタイヤ)を使いたくはないんです。でもドゥカティは速くなるならと使いたがる。それで前の方にいけるんです。その勢いでレースを乗り切ろうとする。それで戦闘力が上がるとわかってるんです。でも僕はそういうのは嫌なんですよ。だってそのタイヤでレースができるわけじゃ全然無いですからね。今年1回はやってみましたけど、そのためには週末中ソフト側を使わなきゃならなくって、でもそれにはルール上、供給本数が足りなくなるんです。
 まあそういうことで、ライディングスタイルを変えてなんとかしようという努力をして、ちゃんと走れるようにという努力は続けますよ。でも次のサーキットでいきなり速くなるというのは難しいでしょうね。


MotoMatters:運動神経を再教育しなきゃならないんですか?それともコースを覚え直さなきゃいけないってことですか?

クラッチロー:両方ですね。またミサノのはなしですけど、あそこではテストをしてたんで、かなりましだったんです。でも金曜が雨で、だからこそうちには有利だと思ったんですよね。テストもしてたし。でもグリップが悪いってわかって、おかげで僕のスタイルには合わなかったんです。他のライダーより影響が大きかったでしょうね。ブレーキを遅らせて、コーナリングスピードが遅くて、脱出加速が速いって乗り方だと影響が少ないんです。ミサノで僕はコーナリングスピードを稼いでマシンを曲げようとしてたんですけど、それは難しかった。
 今年の残りのレースもきついでしょうね。他のライダーは僕より良いパッケージを手に入れてますし。前のレースからそうでしたけど、ここではもっと良くなっている。まあへんな状況ですよね。でもドゥカティは良くやってくれてるし、スタッフはみんな一生懸命ですし、マシンに文句は言わないですよ。スタッフにも文句はないです。今あるものでできるだけのことはやってるし、それだけのことです。
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次回は明日。

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ストーブリーグ表2015(2014.10.4時点)

ロリス・バズをフォワードレーシングで確定させました(MotoGP公式)。

ついでに諸々いただいた情報を加味してイオダ・レーシングと青山博一を復活させました。どうなることやら。

Stove_2015_141004

「stove_2015_141004.pdf」をダウンロード

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ツインリンクもてぎ:お天気リンク

台風19号が気になるもてぎのお天気関連リンクです。

yahoo天気予報

気象庁台風情報

台風19号進路予想byアメリカ海軍(時間は協定世界時なので日本時間は+9時間で計算してください)。

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ユージーン・ラヴァティ、MotoGP移籍について語る

来年からアスパーでニッキー・ヘイデンのチームメイトとして走ることになったユージーン・ラヴァティがMotoGP移籍について語っています。CRASH.netより。
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ユージーン・ラヴァティによればMotoGPへの「チャンスをぎゅっとつかんだ」のだそうだ。アスパーが2015年のチーム加入をオファーしたときのことだ。

アイルランド人の彼がアスパー・ホンダで2015年のMotoGPを走ることが公式発表されたのは今週初めのこと。ラヴァティはホンダのオープンクラスマシンで最高峰クラスを走るを他の多くのライダーを押しのけてつかんだのである。

ワールドスーパーバイクの4シーズンでの13勝という実績をひっさげて来シーズンはMotoGPで走ることになる。ラヴァティは今シーズン苦労している中でアスパーからのオファーを受けたのは励みになったと言う。

「アスパーとは去年の終わりから話を続けていたんです。その頃からMotoGPへの移籍を考えていたんですが、去年は実現しませんでした。だから苦労している今シーズン、それでも僕がMotoGPで走る実力があると評価してくれたのはありがたかったですね」とラヴァティはCRASH.netに語っている。「ここしばらくアスパーみたいな良いチームでMotoGPを走りたいとずっと思っていたんです。だからチャンスを逃さないようにしたんですよ」

現時点でまだ正式発表のないニッキー・ヘイデンのチームメイトになるものと思われるが、同時にオープンクラスのルーキーであるMoto3出身のジャック・ミラーとも戦わなければならない。ラヴェティはこれが2015年の彼のパフォーマンスを測る良い対象だと考えている。

「僕の比較対象は二人います。一人はニッキー・ヘイデンですね。彼が決まればの話ですが。いい比較対象だし、彼のチームメイトになるのはうれしいですね。彼はみんなに尊敬されているライダーですから。もう一人はジャック・ミラーです。彼もルーキーですからね。
 現時点での目標を語るのは難しいですけど、今年を見ればわかるとおりマシンは予選で凄く速いですよね。僕だってレーサー魂にあふれていますし、だから予選で良いところまでいければそれなりの成績は出せるんじゃないでしょうか」

ラヴァティは今年初めにスズキのMotoGPマシンの開発のためのテストを行っているが、これがフル参戦へのモチベーションになったという。より先鋭的なレーシングマシンに自分のライディングスタイルが合っていることに気付いたのだそうだ。

「今年初めにスズキのMotoGPマシンをテストしたんですが、自分がすぐに適応できたんでほんとに驚いたんです。日本で3時間乗ったら自分の目標より1.5秒も速く走れるようになっちゃったんです。タイヤもあっているしバイクも合っている。だからそれがMotoGPに行きたい理由になりました。一度味わっちゃうとやみつきになるんです。僕のライディングスタイルにぴったりなんですよ」

ラヴァティのアスパー・ホンダでのデビューは恒例の2014年MotoGPシーズン終了直後のヴァレンシアテストになる見込みだ。
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それならスズキが良かったんじゃあ・・・。

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愚者と勇者は紙一重

途中から雨が降り出すという難しい展開の中、なぜマルケスがとっととタイヤを替えなかったか、そのライダー心理に迫る記事をMat Oxley氏がMotor Sport Magazineに寄稿していますので訳出。
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判断、判断、判断・・・。レーサーは1レースの中で何千回もの判断をしなければならない。そしてそのすべてが勝者と敗者の分水嶺となるのだ。時には生死を分けることさえある。

後知恵が許されるなら、マルク・マルケスは明らかに間違った判断をしたと言える。スペインの雨がアラゴン平野を洗い流している最中にスリックで走っていたのだ(→文末訳注1)。しかしもし彼がクラッシュしないでレインタイヤをはいたライバルの前でフィニッシュしていたらどうだったろう?他の誰にもできないのに彼だけがグリップを得ていたことに驚愕したに違いない。見出しは間違いなくこうだろう。「彼は湖の上を歩いた」(→文末訳注2)

レースでは、特にドライなラインがどんどん狭くなってくときには、英雄と愚者の境もどんどん狭くなっていく。もちろん誰もがそんなことはわかっているのだが、しかし2000年のドニントンパークで開催されたイギリスGP250ccクラスのラルフ・ヴァルドマンほどそれを鮮やかに証明してみせた者はいないだろう。レースがスタートしたときは雨がポツポツと断続的に降っている状態だった。グリッドはパニックに陥り、タイヤやスパナがあちこちで飛び交っていた。ほとんどのライダーがフロントにレイン、リアにインターミディエイト(訳注:カットスリック)を選んでいた。レーサーとて、普通の人間と同様に羊のごとし、なのである。何人かがある方向に行けば、皆それについていくのだ。

しかし2列目のヴァルドマンはフロント、リアともにレインを選んでいた。この時点では彼は愚者であった。レースがスタートしコースが乾いていくにつれヴァルドマンは後ろに下がり、トップを走っていたオリヴィエ・ジャックにラップ遅れにされそうになっていたのだ。なんという馬鹿者だろう。

そして再び雨が降り始めた。ヴァルドマンはすぐにコース上で最も速いライダーとなる。彼が最終ラップに入った時にはまだトップから7秒も遅れており、最終のヘアピンでもまだずいぶんな差があった。しかしレインタイヤが彼に駆動力を与えてくれたのだ。彼はすばらしい加速でジャックを抜き去り、結局0.3秒差で勝利をおさめることとなった。

ヴァルドマンはそれまで何年も不法な運命の矢に苦しめられてきた。1992年には彼は125ccクラスで大差をつけてランキングトップに立っていたにもかかわらず、彼のメカニックがピットレーンで殴り合いを始めるほどになってしまい、結局トップから陥落してしまう。2000年のドニントンではすでにタイトルの望みはなく、逆張りをする余裕があったとも言えよう。

レースが、ヴァルドマンは疲れ切った顔に笑みを浮かべてこう言った。「レインタイヤでレースを始めた時点では僕は愚者でしたね。でも雨が降り始めて勝つことができた。勇者ってことですよ。つまり愚者と勇者は紙一重ってことなんです」

マルケスが日曜にやったのも同じことだ。レース後彼はこう言っている。「赤に全部を賭けたのに黒がでちゃったんです」。状況がひっくり返るのはかくも簡単なのである。

トップレーサーというのは本質的に楽観主義者である。巨大な自信に裏打ちされ、我々のような普通の人間が一顧だにしないようなことにトライするのだ。しかしそれだけが理由ではない。ライダーがトップスピードで熱せられたスリックタイヤで走っている時に雨が降り始めると、特有の問題が発生するのだ。タイヤはまだ熱く、濡れた路面でもうまく走れてしまうのである。そこでライダーは思ってしまう。「わぉ!グリップがあるじゃん。これはいけるね」と。

もちろん少しはペースを落とす。ブレーキも少しだけ柔らかく、スロットルを開けるときも少しだけ気を遣う。同時に水分が路面から熱を奪っていく。そしてライダーが動作に気を遣い始め、路面が冷えることでタイヤの温度は徐々に低下していくのだ。

スリックタイヤがまだグリップしている一方で雨は続く。ライダーは勇気を振り絞って速さを追求する。ピットサインに目をやり、気が狂ったように計算を始める。もし残り5周で、ここまでタイムが落ちていたらスリックで走り続けるよりピットに戻ってレインタイヤをはいたスペアマシンに乗り換えた方がいいのではないか?ピットに入ってマシンを替えてコースに戻るのに25秒のロス。そしてマルケスは走り続けることにした。時速350kmで走るマシンで悪夢との境の綱渡りをすることにしたのだ。しかも後ろからはチームメイトのダニ・ペドロサが追いかけてくる。その間にも頭の中では足し算、引き算、かけ算、割り算がめまぐるしく行われている。

彼がそんなことをしている間にも雨は強くなり、彼はさらにペースを落とす。スリックタイヤの温度はさらに低くなる。そしてついにグリップできない温度まで下がってしまう。それだけではない。スリックタイヤが冷えると予告無しに災厄が訪れるのだ。マルケスのようにレース界最高の反射神経を持つライダーでもこれには対応できないのである。

23周で争われるレースの15周目。マルケスはスピードを落とすことはなかった。ラップタイムは1分49秒台。自分のシールドに雨滴がついているのに気付いていたにもかかわらずだ。しかし次の周は1分54秒台、そして1分57秒台とタイムを落としていく。そしてアレイシ・エスパルガロがピットに入ったのを皮切りに、ぞくぞくとピットインするライダーが現れ始める。マルケスはレインタイヤでのタイムはドライのスリックに比べて1ラップあたり5〜8秒の遅れだと計算する。これならいけそうだ。

18周目、つまり残りわずか5周となったところでマルケスは2分3秒台にペースを落とす。しかしまだ彼がコース上で最速だった。19周目にはペドロサからトップを奪う。それでも彼のタイムは2分8秒台にまで落ちていた。そして次の周、雨が路面を強く叩き、ペドロサは1コーナーでブレーキに触れただけで転倒してしまう。トップを走るマルケスのわずか2mほど後ろで起こったことだ。

トップに立ってしまったのがマルケスの最初のミスかもしれない。もし彼がチームメイトの後ろを走っていればペドロサのクラッシュを見てピットに入ることにしたかもしれない。それがロレンソのしたことだ。ペドロサが彼の後ろに滑っていくのを彼は見ることができたのだ。レースには昔からこんな金言がある。「コンディションが変わりつつあるときにトップに立ってはいけない。ウェットパッチに真っ先に突っ込まなければならないからだ」

グリップは急速に失われ、慎重になったマルケスは20周目を2分15秒台まで落とす。しかし彼はロレンソがピットに入ったことでリードを広げることができた。残り3周で24秒のアドバンテージを稼いだのである。

彼ができたのはそこまでだった。21周目の2コーナー進入でマルケスはフロントから転倒してしまう。決してハンドルから手を離そうとしなかった彼はグラベルにそのままマシンと滑っていってしまった。

その時点でまでは彼は正しい判断をしていたのだ。まあ後知恵だが、彼の最大のミスはラップタイムの計算にかまけて避けようのないクラッシュの可能性に思いが至らなかったことであろう。マルケスはタイヤから超自然的なグリップを感じていたのかもしれない。しかし感触と実際にコントロールできるかどうかは別の話である。たとえそれがマルケスであってもだ。

正しい判断は瞬時に間違った判断になってしまうものだ。彼は勇者から愚者への細い線をまたいでしまったのだ。レプソル・ホンダの誰かが彼にタイヤを替えるよう命じるべきだったのか?マルケスが転倒したとき、彼の師匠であるエミリオ・アルサモラとチーフメカのサンティ・エルナンデスがピットで口論していたのを見たが、しかし誰が何について怒っていたというのか?レース後、アルサモラは何も話していなかったと言った。良いチームの例に漏れず、マルケスのスタッフも困難な時に当たっては結束を強めるのだろう。

いずれにせよ、どれくらいのグリップがあるかはライダーにしかわからない話だ。決めるのはライダーでなければならない。命と身体を危険にさらしているのはライダー自身だからだ。これはピットと無線でつながりカーボンファイバーの安全装備で囲まれたフォーミュラ1とは違うのだ。

ミサノとアラゴンでのマルケスのミスは大きなポイント差があってこそだろうと思う。ミサノでは彼は勝つためにすべてを犠牲にした。地元アラゴンの大観衆の前でタイトルを獲得する権利を得たかったのだ。彼はファンの前で勝ちたいからリスクを冒すことも厭わないと公言していたのだ。別の言い方をすれば、ランキングで大きな差をつけているからこそ、考えなくてもいいことを考えてしまっているのかもしれない。しかしだからこそマルケスは尊敬されるべきなのだ。彼は何を犠牲にしてでも勝ちたいという気持ちを持っている真のレーサーなのだ。

ミスを2回続けてしたにもかかわらず、かれは残り4戦で75ポイントのリードを保っている。つまり残り4戦で25ポイント稼げればタイトルが獲得できるということなのだ。天才少年は次の1〜2戦はもっと慎重になるだろう。まあタイトルが決まるまでのことだろうが。
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【文末訳注1】もちろんThe Rain in Spain Stays Mainly in the Plain. です。
【文末訳注2】マルコによる福音書6:48。つまりイエスになぞらえるってくらい。
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ヴァルドマンが勝ったレース、まだ覚えています。大笑いしながら彼が追い上げてくるのを観ていました。

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スズキと真剣な交渉は一度もしていない、とペドロサ

アレイシ・エスパルガロとマーヴェリック・ヴィニャーレスのコンビを擁して来年のMotoGPに復活することを発表したスズキですが、夏前にはペドロサと交渉しているという噂も流れていました。今回インタビューに答えてこれを否定しています。MCNより。
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ダニ・ペドロサは自身のキャリアをホンダで終えるのではなく、来年MotoGPに復活するスズキに移籍するという可能性を真剣に検討したことはないと語った。

彼はホンダとの2年契約にサインし2016年いっぱいはチャンピオンであるマルク・マルケスのチームメイトとしてレプソルホンダで走ることになっているが、今シーズン始め時点ではスズキに移籍するのではと噂されていた。

29歳の彼はMotoGPで走り始めて8年になるが、未だチャンピオンを獲得していないが、MCNの独占インタビューでこう語っている。「スズキとの間では一度も真剣な話し合いはしていないですよ。
 大げさに言われてるってずっと言ってましたけど、ちゃんとした交渉はしていないんです。だって僕の第一優先はまず今のチームと話し合って、その結果を見てから決めるというものでしたからね。
 何年もずっと同じやり方できているんです。今いっしょにやってる人と話をして、それでダメなら別のチームと話をするってね。でも今回は最初に話したホンダとの間で話がまとまったんです」

強いホンダRC213Vを捨ててスズキを表彰台常連にまでもっていくというのはリスクが大きすぎると考えたのかと尋ねると、彼はこう答えた。
「何をリスクと定義するかによりますね。
 レースをするのは速く走りたいから、勝ちたいからなんです。5位や6位になるためには走りたくないんです。とにかくトップになるために努力しているんですよ。それが楽しいんだし、レースというのはそういうものだと思っているんです」

スズキは2011年以来、久しぶりにMotoGPに復帰する。ライダーはアレイシ・エスパルガロとMoto3チャンピオンのマーヴェリック・ヴィニャーレスだ。
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その情熱でなんとかチャンピオンに!!

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ストーブリーグ表2015(2014.10.2時点)

アスパーと契約との公式発表を受けてユージーン・ラヴァティを確定させました。

残るは3席(フォワードレーシングのオープンM1、アヴィンティアのオープン・ドゥカティ、グレシーニのアプリリアワークス)です。

Stove_2015_141002

「stove_2015_141002.pdf」をダウンロード

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【再々送】宇都宮餃子会のお知らせ

今年もやります、宇都宮ギョーザ会。
10月11日(土)19時くらいから、場所は例によって宇都宮駅近くのイキイキギョーザです。
参加ご希望の方はレスかDMをお願いします!

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ジャック・ミラーとアレックス・マルケス、それぞれの言い分

アラゴンGPのMoto3クラス、レース中に接触したミラーとマルケスですが、ミラーはアウトにはじかれて転倒となりました。一応両者を呼んで審議するということになっていましたが、結果はどうなったんでしょう。とりあえずMotoGP公式より。
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アラゴンGP決勝ではジャック・ミラーがアレックス・マルケスと接触して転倒してしまった。Moto3のタイトル争いに大きな影響を及ぼすことになったその接触を両者が振り返る。

クラッシュの後ミラーはピットに戻りマシンを修復したが、再び転倒しノーポイントに終わってしまった。一方のマルケスはロマーノ・フェナティに次ぐ2位でフィニッシュしている。

この結果はランキングを大きく動かすこととなった。エストレア・ガルシア0.0のマルケスがミラーを11ポイント差でリードし、4レースを残してランキングトップに立ったのである。

日世の決勝はハーフウェットの難しいコンディションだった。ミラーとマルケスはレースディレクションに呼び出され、4ラップ目最終コーナーの接触について質問された。レースディレクションの最終決定は、これは単なるレーシングアクシデントであり、どちらのライダーにもペナルティは科さないというものである。

ミラーの言い分は次の通りだ。「クラッシュしたときにマルケスは僕をストレートで抜こうとしてたんですけど、そこまでペースは速くなかったんです。コーナー進入で僕はコース上のドライな部分を走っていて、普通にコーナーに入っていったんです。マルケスがコーナーのイン側をブロックすることは予想していたんですが、スロットルを緩めることなくそのまま僕に接触して、僕を転かしたんですよ。まあレースではこういうことはあり得るものですけどね。ぼろぼろになったマシンを修復してくれたチームには感謝してますし、それはとてもうれしかったです。コースに戻れましたからね。でもちょっとラップしたらまた転んでしまいました。次のレースに気持ちは向いていますし、もてぎは好きなコースですから楽しみですね」

そしてマルケスはこう言っている。「ミラーとの接触ですけど、僕がインにいてドライな部分で自分のラインを走っていたんです。コーナー半ばで接触した感じはしました。何が起こったかはわからなかったですね。自分のラインをキープするので精一杯だったんです。でもあれはレーシングアクシデントだと思いますね」

レッドブルKTMアジョ(ミラーのチーム)の監督であるアキ・アジョはこう言っている。「ドライとウェットが入り交じるコンディションというのはいつでも難しいものです。ジャックは本当にスタートが良くて、でも他に何が言えるでしょうか?別のライダーがミスをして、まあそれが意図的ではなかったにせよですねえ、ジャックはドライなラインを走っていたんですよ。もう一人はジャックの内側でウェットのラインを走っていて、マシンを起こしたんです。タイトル争いをしてるライダーがそういうことをするってのはどうかと思いますよ。でも今日のことは忘れて前に進むことにします」
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ミラーより監督が怒ってます。でも見るからにレーシングアクシデントですよねえ。

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