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エッセイ:バイクレースは電子制御から解放されるべきか?

電子制御競争がレースマシンの鍵を握るようになってきていいます。パワーの制御だけでなく、燃費制御やトラクションコントロールと多岐にわたり影響を及ぼしている一方、カル・クラッチローがドゥカティの電子制御がいかれたためにひどい目に会ったりロッシは電子制御が介入しないようにスロットルコントロールをしていると言われたりと功罪有り。これについて技術系にめっぽう詳しいKevin Cameron氏がCycle Worldにコラムを書いていますので訳出しましょう。
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ここにいいタイミングでちょっとしたニュースが飛び込んできた。フォーミュラ1の2015年の新技術規定だ。オートモーティブ・エンジニアリング(自動車エンジニアリング学会の機関誌)の最新号によると次のような状況になっているらしい。「ザウバーチームの発表では新たなパッケージには電子制御機器を入れるための新たなスペースが必要とのことである。チームのザウバーC33フェラーリには40か所以上の電子制御用ボックスが組み込まれているが、その内30以上については冷却が必要であるとのことだ」

バイクの電子制御についてもこれまで何度か議論になっている。元々は軍事航空宇宙技術として開発された電子制御が次に民間航空機に適用され、さらには4輪、そして今ではバイクに応用され、コントロール性と安全性を高めるのに役立っていることから、これを歓迎する人たちがいる。

一方で、電子制御をはぎとってしまえ、と主張する人たちもいる。彼らはかつてのマニュアルコントロールが支配的だった偉大な時代の再来を熱望しているのだ。うむ、それは言い過ぎかもしれない。彼らとて別に点火時期や燃調やエンジン暖気といった現在は100%電子的に制御されている部分まで取り除こうとしているわけではないのだ。では「はぎとり派」は何を望んでいるのだろう?まあこれは1950年代を懐かしむのと同じようなものなのだろう。そういう人たちでもポリオの危険や人種差別や冷戦による人類絶滅の危機を懐かしんでいるわけではないのだ。

なんにせよF1を電制制御から解放された地であると言う人がいるが、それは間違いだということは指摘しておきたい。最近導入されたエネルギー・マネジメントシステムを何がコントロールしていると思っているのだろうか。F1は先進的なハイブリッドカーで、ブレーキからエネルギーを回生し、電力を得るためにターボチャージャーを利用し、バッテリーに貯めた電力を使ってタイムラグ無しで加速するためにターボを回している。さらに25kWhのリチウム・イオンバッテリーをコントロールし、ターボの回転をルールの上限である125,000回転に制御している。その上、他の条文で指定されている割合を超えないように貯めた電力を分割するということまでやっている。

燃料の流量も(電子制御で)100kg/時間を超えないよう規制されており、積める燃料は100kg(132リットル)にが上限だ。4バルブ、1.6L、90度V6と指定されたエンジンの再公開点数は15,000回転である。バッテリー/電子制御の組み合わせによるモーターでの出力は160馬力に規制されていおり、1ラップで33.3秒までしか使えない。おわかりいただけただろうか?

これが全部ドライバーの手でコントロールされたらもっとスポーツらしくなるとでも言うのだろうか?

昔ながらの丸い白地で機械式のヴェリアやVDOやスミスのタコメーターとにらめっこをしながらエンジンを15,000回転に、ターボを125,000回転に保つのは可能なことなのだろうか?(つまりメーターは2つ必要ということだ) さらにドライバーは燃料出口に設置された流量計を常に見ながら、しかも手にしたストップウォッチで33.3秒を計りながら走らなければならない(電子制御を禁止するならストップウォッチは機械式だ!)。

さらにさらにその一方でうまいこと設置されたナイフスイッチでドライバーはターボチャージャーが生み出す力を2つの発電機をコントロールしながらバッテリーのチャージとエンジンの吸気の圧縮に切り分けなければならない。もしターボが125,000回転の上限に達したら、ナイフスイッチを器用に操ってバッテリーにより多くの力を供給し、ターボの回転数を抑えるのだ。エンジンの力が足りないと感じたならバッテリーのスイッチを入れてターボの回転数を上げ、8速のトランスミッションを駆使してリアタイヤにパワーを供給する。加速時にはナイフスイッチをさらに頻繁に使ってバッテリーのパワーをターボに装着されたモーター兼発電機に送りターボの回転を上げ、原則時にはスイッチを切り替えてドライブラインのモーター兼発電機を発電モードにして回生ブレーキを作動させる。

ルールでは1ラップごとのエネルギーをメガジュールというあまりなじみのない単位で記載しているため、伝統を重んじる人たちはこれをハロンあたり何ブッシェル(訳注:1里あたり何貫目ぐらいな感じでしょうか)と換算したがるかもしれない。しかしそれも電卓を使ってはいけないのだ。電卓は「電子」計算機なのである。電制制御を使わないということは計算尺を使うと言うことだ(私は大丈夫だ。今でもK&Eのlog-log二重式計算尺を持っている)。

一方でドライバーが見るのはエンジン温度やらオイル温度やら発電機温度やらインタークーラー温度やらバッテリー温度やら交流可変周波数制御発電機の温度やらバッテリーの状態やら残燃料やらその他の無数の数値を現代人が「蒸気式計器」を呼ぶような巨大なダッシュボードで見続けなければならない。もしどれかがオーバーヒートしたらドライバーは1940年代式の可変抵抗器を使って冷却ファンに電気を供給しなければならない。なぜドライビングを1952年まで巻き戻さなければならないのだ。B36爆撃機のような10発エンジン機の航空機関士兼パイロットになるようなものだ!適切な油圧のために目を凝らして見張りを続けろとでも言うのだろうか!

まあちょっとおもしろがりすぎたかもしれない。申し訳ない。しかしこれが現代の乗り物で起こっていることなのだ。40もの電子制御機器用ボックスの意味がそこにある。
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うーん、ここまでお読みいただいた方には申し訳ないですが、ちょっとやりすぎな記事ですね。すみません、すみません。

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