« ライディングスタイルの変遷1 | トップページ | ライディングスタイルの変遷3 »

ライディングスタイルの変遷2

どんどんいきますね。前回に続いてその2です。Cycle Worldより。
============

第二次世界大戦後、何年もの間バイクレースでは全天候対応の溝付きのしかも硬いゴムのタイヤが使われていた。レースの最後まで保つように硬く作られていたのだ。ジョン・サーティースをはじめとするイタリア製4気筒マシンに乗るライダーたちは、こうしたマシンの広範囲で発揮できるパワーをスロットルで制御することでコーナリングラインをコントロールする術を見つけ出した。サーティースはこのテクニックを1960年の彼が書いた小冊子「ジョン・サーティースによるレース解説(JohnSurteesonRacing)」で「ドリフト」と呼んでいる。しかしこれが「ポイント・アンド・シュート」と言われるスライド走法の起源に直接なるわけではない。それがやってくるのはもっと後のことだ。
硬いゴムのせいでグリップが限られるため、急激な動きはどこにもなかった。サーティースはこうアドバイスしている。「ベストラインというのは一定の曲率で最高のスピードを稼げるラインだ」。つまり最近で言えばホルヘ・ロレンソ風のハイスピードコーナリングである。このスタイルはずっと「レールの上を走るような」と尊敬されていた。しかしこれでは派手なライン変更はできないことになる。
ケーニー・ロバーツがレースを学んだのはダートの上である。彼がロードレースに移行したとき、スピードに慣れるのに3週間かかったという。そして同時に1974年型のヤマハTZ750にも慣れる必要があった。彼の言葉によれば「何もかもが過剰なマシン」である。加速はとんでもなく、ヨーロッパ製のロードレース用マシンと同様にエンジンは(「トラクションを稼ぐために」)マシンのかなり後ろ側に搭載されていたのだ。つまり急加速によってフロントは容易に持ち上がり、ラインをキープするのがたいへんだったのである。
ライダーというのは勝利を目指すものだ。ちょっと曲がりにくいくらいでは彼らを止めることはできない。必ず解決策を見つけるものである。ロバーツが見つけたのは、スロットルを開けてリアタイヤを滑らせて曲がることである。ダートトラックスタイルだ。1978年、このスタイルのせいで今は亡きバリー・シーンが「謎の病気」にかかることになる。
2ストロークエンジンの特性のせいで基本的なライディングスタイルが変わることになったのだ。スロットルに対する反応が激しく、4ストロークとは異なり突然パワーが出るのだ。いっぱいにリーンしたところでスロットルを開けると突然加速する。そして突然のエンジンパワーでマシンは転倒することになる。そうなるとこれまでのコーナリングスピード重視のラインは使えない。例えば巨大なTZのトルクは9300回転で倍増するのだ。こんなマシンでスムーズに走れるだろうか!
答えはコーナー入り口でほぼ向き変えを済ませ、突然のパワーにも対応できるようリアタイヤの接地面積を稼ぐためにマシンを起こすことだった。それ以外のやり方ではスロットルを開けきれないのだ。基本的にはコーナリングマシンと言うよりドラッグレーサーであり、それを活かすには最大リーンアングルを手前にとって、残りのコーナーはとにかく加速に使うことで次のストレートに向けてのスピードを稼ぐしかなかったということである。こうしたライディングスタイルは現在では「ポイント・アンド・シュート(訳注:原義はオートフォーカスとか自動露出とか言う意味。たぶん「ポイントに来たら一気に曲がって加速する」みたいな意味でしょう)」と呼ばれているが、元々は大型2ストロークエンジンに対応するためのものだったのだ(TZ750は同時に「トルクの塊」とも称されており、6500回転から走らせることもできたという)。
昔から良くある間違ったライディングスタイルは「突っ込み王」と呼ばれるライダーのそれである。スピードをのせすぎたままコーナーに入ると加速に使える区間が短くなってしまう。賢いライダーならコーナー出口でそうしたライダーを簡単に抜き去ることができるのだ。キャリアの短いライダーは目の前を走るライダーしか目に入らない。「もっと深く突っ込めば抜けるはずだ・・・」と思ってしまう。確かに抜くことはできるが、コーナーエントリーが速すぎてはらんでしまい、さっき抜いたライダーにインに飛び込まれてまたコーナー出口で抜かれてしまう。4回のタイトルを獲ったコーク・バリントンがブレーキを遅らせたライダーを1レースで何度も抜いたのを見たことがある。そしてその内、彼は抜く度に左手を挙げて「やあ、また会ったね」と無言の挨拶をしたほどだ。
ブレーキを遅らせてタイムを稼ごうとするライダーは、プラクティスの方が速いと何度もチームから指摘されることになる。プラクティスではブレーキングを早く終わらせて向き変えを早めに終わらせることで加速にすぐに移れるのだ。残念なことにこれがいつでもできるわけではない。実際のレースではいつもの癖が出て後ろに下がってしまうのだ。2年前、ヤマハがベン・スピースに対して、彼自身のスタイルであるダートトラックやスーパーバイク風の乗り方からホルヘ・ロレンソ風のコーナリングスピード重視の乗り方に変えるように強いプレッシャーをかけても、なかなか速くなれなかったのはこういうことである。それは今でも変わらない。ヤマハは今ではロレンソに対して彼のコーナリングスピード重視のスタイルをホンダのダニ・ペドロサやマルク・マルケスのようなコンパクトに曲がるスタイルを強制しようとしているが、これもなかなかうまくはいっていないのだ。

============

すぐにパート3へ。

|

« ライディングスタイルの変遷1 | トップページ | ライディングスタイルの変遷3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69409/60129557

この記事へのトラックバック一覧です: ライディングスタイルの変遷2:

« ライディングスタイルの変遷1 | トップページ | ライディングスタイルの変遷3 »