« ポル・エスパルガロへのインタビュー:鎖骨、電子制御を学ぶこと、そして兄とのレースについて | トップページ | 公式プレビュー>アメリカズGP2014 »

マッシモ・タンブリーニが亡くなりました

マッシモ・タンブリーニが4月5日に亡くなりました。とても素敵な(本当に素敵なとしか言いようのない)バイクを、しかもたくさん設計した方です。CycleWorldに友人のBruno de Prato氏が追悼記事を書いているので訳出。
============
私の偉大なる友人、そしてドゥカティ916を設計したマッシモ・タンブリーニが昨晩世を去った。彼が不調を感じ始めたのは11月だったが、彼は単に悪い風邪にかかって熱が出ただけだと思っていた。しかし回復が思ったより遅く、検査に行くと肺がんであることがわかったのだ。彼の家で大晦日のパーティーが行われなかったのはこの数年で初めてのことだった。その頃から彼は集中的な化学療法をサンマリノの彼の自宅近くの先端的医療機関で受け続けた。

彼が間違いなく最高の医療を受けていることを確認するために、私は彼をミラノのがんセンターに紹介した。医師たちは彼のがんには化学療法が最適であると保証してくれた。たぶん彼にいくばくかの希望を与えるために言ったのだろう。希望は回復には効果的だからだ。

残念なことにマッシモの健康は回復しなかった。彼に電話をするたび、彼の声からは弱々しくなっていた。ひどく辛かった。希望はどんどん失われていき、そしてついに今朝彼が亡くなったことが発表されたのだ。

マッシモ・タンブリーニはバイクフレームの最高の設計者として記憶されることになるだろう。しかも彼は最高のスタイリングデザイナーでもあった。彼は魔法の手を持っていた。そしてそれに劣らないほどの情熱と仕事への傾注。しかし彼を知る人は誰もが彼の倫理感と忠誠心は賞賛するだろう。歯に衣着せぬもの言いだったが、最高に優しい人だった。

彼の最初の仕事はMVアグスタ750Sportの改造だった。1971年に自分で溶接したフレームを使ったものである。ビモータ社をモーリ、ビアンキの2人と設立した後も、フレームは自分で溶接していたのだ。当初はのツインスパーの(訳注:パイプ)フレームを設計し、それをモノショックのリアサス用に修正した。そして、忠義な男によくあることだが、タンブリーニはパートナーに裏切られビモータを離れることとなった。彼はクラウディオ・カスティオリオーニに雇われ、カジバのマネジメントを任された。そしてカジバグループのMVアグスタではF4 750を設計、ドゥカティにはパゾ750を設計した。そして彼の最高傑作と言われるドゥカティ916を設計するのだ。スーパーバイクのデザインとしてこれを越えるものは未だに現れていない。彼の最後の作品はMVアグスタF4ブルターレ、そしてF3 675である。

マッシモ・タンブリーニは世界を幸せにしてくれた。彼がいなくなったは本当に悲しいことだ。安らかに眠れ、友よ。
============
タンブリーニの傑作の数々はこちらのサイトに載ってます。

|

« ポル・エスパルガロへのインタビュー:鎖骨、電子制御を学ぶこと、そして兄とのレースについて | トップページ | 公式プレビュー>アメリカズGP2014 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69409/59441722

この記事へのトラックバック一覧です: マッシモ・タンブリーニが亡くなりました:

« ポル・エスパルガロへのインタビュー:鎖骨、電子制御を学ぶこと、そして兄とのレースについて | トップページ | 公式プレビュー>アメリカズGP2014 »