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ダニ・ペドロサは不運なだけなのか?

というタイトルのコラムをジャーナリストのトビー・ムーディ氏がAutosport.comに寄稿しています。
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今年の初め、ダニ・ペドロサはMotoGPタイトルに最も近い男だったが、マルク・マルケスがその希望を打ち砕いた。それは彼が不運であることをまた証明したのだろうか、それとも彼はチャンピオンに値しない男なのか。トビー・ムーディがホンダの静かなる男を過小評価しない方がいいと語っている。

レース界での経験をつめばチャンスは広がるはずとみなされている。「俺は不死身だ!」と思わせるようなクラッシュから多くを学び、そんな間違った考えから解き放たれると今度は細かいセッティングについて学び始める。そして12年近くを費やしてトップに立つための手法を学ぶ。

努力を続けていれば、ホルヘ・ロレンソやケニー・ロバーツ・ジュニア、そして2006年のようにあらゆる不運に見舞われてもタイトルを獲得したニッキー・ヘイデンのようにチャンピオンになれる。

そういう意味ではダニ・ペドロサが自分に十分資格があると考えてもおかしくはないだろう。最初の250ccレースで勝利し、MotoGPクラスでは4レース目で勝っている。そしてMotoGPクラスで24勝を上げているのだ。24勝。そのすべてはトップチームであるHRCのマシンによるものだ。そしてHRCは何度も勝てるマシンを供給している。

800cc時代の最初の頃のように、HRCは確かに勝てないマシンも作ったことはある。しかしそこに大量の資金を投入し、結局エンジニアたちは問題を解決して見せた。

そして同時にホンダはより速いライダーも獲得したのだ。

「マシンはいつでも速かったのだから足りないのは速いライダーだった」というのは常に赤い巨人の採る戦略であると思われている。しかしそれは常に正しいようだ。もっともヴァレンティーノ・ロッシがホンダに三行半を突きつけてヤマハで勝って見せた時にはそうでもないのかとは思わせたものだが。

いずれにせよHRCで8年目となるペドロサがいまだにタイトルを得られないことについて彼はどう考えているのだろう?

彼は根っからのホンダっ子であり、2001年にGPキャリアをスタートしてからこっち、ホンダ以外に乗ったことはない。

2003年の125ccタイトル、そして2004年、2005年の250ccタイトルを獲得したのを見れば、ホンダが彼を大人の中に突っ込んだ判断の正しさもわかるだろう。

不運な星の下に生まれたといった言い回しを信じる人は多くはないが、私は個人的にそういうことはあると考えている。幸運な人生を送る者もいればそうでない者もいる。ペドロサは私に言わせれば不運につきまとわれた男である。

それは10年前、2003年のフィリップアイランドの金曜午前のフリープラクティスまで遡る。

125ccでチャンピオンを獲得してからまだ5日後、2レースを残したプラクティスの6周目に、この小さなモヴィスターのライダーはラッキーハイツを立ち上がって堅いタイヤウォールに激突してしまった。

ペドロサは足首にひどい怪我を負ってメルボルンの病院に飛行機で運ばれた。彼の両親は、マレーシアで彼がチャンピオンを獲るところを見られなかったかわりにと、ヨーロッパから到着したばかりで、ちょうど彼の事故現場に居合わせてしまった。両親は車に飛び乗り、メルボルンに向かい息子が世界チャンピオンとしてではなく、むしろ混乱の中にいるのを見ることになったのだ。

これが不幸というものである。

次の彼のレースは翌年の250ccの初戦となった。予選を4位、そして勝利を上げた。彼はチーフメカのマイク・リートナーが頭を振りながら笑顔で言ったのを忘れないと言う。「こんなことが起こるなんて信じられないよ」

それはリートナーがチーフメカとなって初めてのレースだったのだ。それまで彼はオーリンズでサスペンションを担当していた。勝利を得て彼は人生が素晴らしいものだと思ったろうし、実際そうだった。その年タイトルを獲得したばかりか、翌年も連続してタイトルを獲得するという幸運に恵まれたのだ。

ロッシですら250cc時代の2年間の両方ではタイトルを獲れなかった。しかしペドロサにとっては幸運というものではなかった。単に努力をしてその結果としての速さをみせただけなのだ。

最高峰クラスでロッシと戦うのはダニにとってどうってことのないことだった。人々は彼のバイクを降りてからの態度に震撼した。ロッシやそのとりまきの陽気さに慣れた後では、ペドロサが勝ってもほとんど笑わないのに驚かされたのだ。

しかしホンダにとってダニは、ホンダV5ではなく自分こそが2002〜2003年のタイトルの鍵だったと言ってはばからなかったロッシを撃ち落とすための黄金の弾丸だった。

2006年5月。私はダニのピットについての力のこもった記事を書いたが、その主題は彼の師であるアルベルト・プーチについてだった。その記事で彼らのMotoGPでのやり方に異を唱えたおかげで、私はホンダのホスピタリティでは歓迎されざる人物となってしまった。

「でも私は負けないよ」と言った。PR担当の女性は命令に従いはしたが、後になって私に、彼女自身も私の記事に賛成だと言ってくれたのだ。とは言え彼らはペドロサがロッシ一党に一泡吹かせるための鍵であると信じなければならなかった。

実際その通りだったし、2007年にストーナーとドゥカティのコンビがタイトルを獲って以降のGP界でヤマハがタイトルを獲り続ける中、ワークスホンダで勝てたのはペドロサだけだったのだ。当時ホンダのマシンは最高のものではなかったとも思われている。

しかしHRCはまだ自分たちのマシンが最高だと考えており、それを証明するためにストーナーを獲得した。結果をご覧じろ!移籍して初戦で勝ったストーナーは結局その年のタイトルを獲得することになった。

2年間ホンダで過ごした後にストーナーが引退すると表明したのはペドロサにとってはクリスマスのようなものだったろう。2012年の後半、ペドロサは倒すべき男だった。しかしミサノでロックしたフロントタイヤのおかげでグリッド最後尾に下がった上に、事故に巻き込まれてしまう。

ペドロサにはタイトル獲得のチャンスがあったのにまたもや逃してしまうこととなった。

そしてホンダは再び同じことをしてみせる。今度はマルク・マルケスを連れてきたのだ。彼は1949年にGPが始まって以来、誰も観たことのないようなスターである。

ファーストライダーとなったのにマルケスのようなライダーがピットの隣にいるのは最悪の不幸である。

しかもイギリスGPでは鎖骨を脱臼したのにマルケスは勝ちかけた上、ペドロサはそんなマルケスに敗れてしまったのだ。それは不機嫌になるのも無理はない。

2013年の残り5レースで展開は変わるだろうか?ペドロサには経験が十分にある。そしてマルケスとロレンソの争いの影に上手に隠れてもいる。もしマルケスがルーキーによくあるようにプレッシャーに負けるか、それともポイント稼ぎに終始して手を抜くかすればペドロサにも大いにチャンスはあるだろう。

ただしこのプランの問題はマルケスがポイントで大きくリードしているということだ。マルケスとしてはすべてのレースで2位に入れば、ペドロサが勝とうがロレンソが勝とうがチャンピオンにはなれるのだ。

短期的にはペドロサの将来は安泰だ。HRCとの契約は2014年まである。これがHRCでの9年目になるのだが。

しかし今年が正念場だろう。マルケスが強ければ強いほど、ペドロサは経験を力にできるはずだ。でなければ今年も花嫁のつきそいに終わってしまうだろう。2013年がペドロサの運命を終わらせることになるのだろうか?

不運も幸運も、そんなものはないのかもしれない。幸運というのは全てに備えた結果おとずれるものかもしれないのだ。
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でも私は不運なだけと言うより、なにか根本的な弱さを感じてしまうんですよねえ・・・。

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