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カル・クラッチローインタビュー:PW50からM1へ。栄光への長く険しい道

渦中の人カル・クラッチローへのインタビューをMotomatters.comが行っていますので、ざざっと訳出。
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カル・クラッチローのMotoGPまでの道のりは他のライダーとはかなり異なっている。スペイン選手権を125ccで戦ったわけでもなければ、GPのサポートクラスを走ったわけでもない。代わりに彼はBSBからワールスソーパースポーツ、そしてワールドスーパーバイクを経験し、MotoGPにやってきたのだ。

そんな回り道も彼には良い経験となっている。彼はドライでMotoGPクラスの勝利を上げるエリートライダーの仲間入りを果たしそうな勢いであり、その実現も時間の問題だろう。

アッセンでクラッチローの隣に座りライディングの秘密を引き出すためにブレーキングテクニックやコーナリングの技術やMotoGPレースについて諸々聞こうとしていたのだが、哲学的な話が始まってしまった。レコーダーのスイッチを入れ本格的にインタビューを始めたときには、けっkyほく思っているのとは違う方向に話がいってしまったのだ。どうやってMotoGPにたどりついたのか、そしてなぜそれほどまでにワークス入りにこだわるのかといった話題だ。そしてなぜMotoGPで勝つのがそれほど難しいかについても語ってくれた。

Motomatters:どうしてバイクレーサーになったんですか?
クラッチロー:それがおもしろい話でね、こないだも別のインタビューで話したんだけど、有名になるためにレースを始めたわけじゃないんですよ。それにお金を稼ぐためでもない。仕事として給料をもらってるのは確かだけど、レースがほんとに隙なんですよね。自分でお金を払わなきゃならないサンデーレーサーになったとしてもレースをするんだと思います。だから生まれつきっていうか、血筋というか、レーサー2世も多くなってきているけど、そんな感じじゃないかなあ。
 あとは気持ちの問題ですね。12、3歳になるまではバイクレースに興味はなかったんです。ロレンソとか見ると1歳とか2歳のときからレースをしてるわけですが。僕はサッカーをやってました。で、その内に親父と出かけるようになって、ちっさいPW50で走り始めたんです。まあいずれにせよ自分がレースを愛しているからレースをやってるんですよ」

Motomatters:PW50でバイクを覚えたってことですが、その後モトクロスをやったりしてます?
クラッチロー:いや、13歳になるまでは何にもやりませんでしたね。最初にコースにでたときには1周目で転けましたし。親父は「おまえには向かないな」って言ったんだけど僕は「もう一回チャンスをちょうだい」って言って翌週レースに出たら1位と2位になったんですよ。まあ別にどうってことないレースだったんだけど、同じ年のグループの中で1位と2位になったんですからね。場所はダーリー・ムーアで、子ども向けレースだったんだけど、1位と2位をとって、それで通うようになって、でもおもしろかったのは常に誰かにラップされるんですよ。でもその年の終わりにはそういう子たちにラップされずに、むしろ負かすことができるようになったんです。まあ伸びたってことでしょうけど。
 その後はラッキーなことが続きましたね。親父はまあ金持ちでは全然無くて、一生懸命働かなきゃならなかった。で、自分のレースにお金を使う。プライベーターでしたから。僕も同じでしたよ。親父は僕がレースを始めるためにお金を集めてくれたんだけど、ラッキーなことに何年かしたらいろいろうまく行き始めて、お金を払わなくても走らせてもらえるようになった。いいスポンサーもついたけどスポンサー周りをできる資質がないとスポンサーは得られないですね。親父はいつも自分にはできなかったって言ってました。まだ自分は15歳かそこらだったけど、いろんな人との繋がりもつくって、やるべきことをやったんです。つまり「すみませんがタイヤ代を出してもらえませんか」って言うってことですよ。まあタイヤじゃなくてガス代だったり、いろいろとね。まだ親父はレースをするのにお金を払ってますよ。まあレースにはお金がかかりますからね。
 でも楽してきたわけじゃない。ラッキーなのは確かで、いいマシンに最初から乗れましたからね。イギリス選手権に出てジュニア・スーパーストッククラスで走ったんですが、良い成績を出せたんです。でもその年の終わりには何も手にできなかった。他のライダーはみんなスーパースポーツクラスに行ったのに、自分はR6カップに行かなきゃならなかった。んで、自信を持って言うんですが、僕にとってこれまでで最高に良かったのはそこでチャンピオンが獲れなかったことですね。もしチャンピオンになってたら翌年はロブ・マック(訳注:ロブ・マッケルニアのことかな?)のチームでイギリス・スーパーバイク選手権を走らなければならなかった。僕は2位だったんでイギリス・スーパースポーツ選手権に参戦して、そこで技術を磨いてチャンピオンになったんです。
 思うに、まあこうやって振り返ってみるのもおもしろいですね、何が起こったかとか、自分はそのとき何を考えていたのかとかとか、まあ自分としては常に最高の決定をしてきたんだと思います。で、イギリス・スーパーバイク選手権(BSB)に行って、ワールド・スーパースポーツ(WSS)に行ったんです。

Motomatters:MotoGPレーサーとしては普通じゃないキャリアですよね?
クラッチロー:そうですね。でもMotoGPで3年走ってるんです。BSBを走ってWSSに行って、WSBKで走って、今MotoGPです。そんなことができるライダーはそうたくさんいないでしょう。自分が決めてきたのは正しいことだったと思いますよ。MotoGPの初年度に、参戦は正しい決定だったかと聞かれたら、Noって言ったでしょうね。戻りたいって。でも今思えばWSBKのライダーがあんまりやらないことをやったわけですし。年俸は下がったし、リスクもあったし、でもMotoGPに行くって決めたんです。他のライダーはWSBKでいい年俸をもらって満足して、そこからチャレンジしようとしていない。失敗が怖いんです。でも僕は挑戦してまたいい成績をあげたいと思ったんです。だからリスクはおかさなければならないし、今の僕を見てもらえばWSBKにいつづけるよりはいいところにいると思いますよ。

Motomatters:レーサーとして当然勝ちたいでしょうし、それが走る目的の一つでしょうけど、最高のライダーと戦って負ける方が、そうでもないライダーに勝つことより重要ですか?
クラッチロー:MotoGPでうるさいくらい言われることですけど、勝つのは楽じゃない。ロレンソやペドロサは別でしょうけど。今のヴァレンティーノにすら、楽じゃない。彼は僕と同じような状況で同じようなポジションを走っていますから、とにかく勝つのは楽じゃないんです(原注:インタビューが行われたのはアッセンのレースの3日前)。WSSでもWSBKでも勝てましたし、WSBKに残留していたらもっと勝っていたでしょうね。それくらいMotoGPで勝つのは難しいんです。
 勝つことは大好きですし、でも自分の目標は別にあるんです。その目標は勝利と同じくらい価値があるものです。もしMotoGPで勝ったら勝ち続ける。勝利が棚ぼたみたいなやつじゃなかったら勝ち続けることはできるでしょう。でもライバルに勝つのはたいへんです。たいへんだってことを納得するのもたいへんだし。だって勝ちたいですからね。優勝したい、でもどうやったら勝てるんだろう。でもできると信じてますよ。それにサテライトバイクで勝てるとも信じてます。僕の目標の一つはそれですね。

Motomatters:サテライトで勝つのは真の勝利ですね。
クラッチロー:サテライトバイクで勝ったら、本当にすごいですよね。でもMotoGPで勝つのは楽じゃない。でもここで勝てないからってWSBKに戻るなんてことは考えてないですよ。勝ったときの気持ちは最高だけど、今は全然違うシリーズを走っていて、レベルも全然違うんです。
 何人かに説明しようとしたことがあったんですけど、やっぱりGPに来るまでは理解してもらえなかった。誤解しないで欲しいのはWSBKの価値を貶めたり、ライダーの才能についてとやかく言おうとしたりってわけじゃないことです。WSBKのライダーも本当に凄い。ユージーン(ラヴァティ)やトム(サイクス)やジョニー(レイ)みたいなトップライダーは違いますよね。それにビアッジやチェカとかメランドリも。彼らのレースの技術やパッシングを見たらね。彼らはMotoGPにいたんだし、それも当然ですよ。でも同時にMotoGPもとんでもなくレベルが上がってます。

Motomatters:MotoGP参戦時からあなたも相当レベルが上がってますが、小さな目標を常に持ち続けてるからですか?
クラッチロー:それはわからないですね。参戦初年度を終えたときには相当悩みました。チームとの関係もそれほど良くなかったですし。今エルヴェ(ポンシャラル)と僕が良い関係になることを思うとおかしな話ですけどね。エルヴェは良く言ってましたし、今日も言ってくれたんですが、自分と家族と自分のキャリアのことだけ考えろって。チームマネジャーとしてじゃなく、友達として言ってるんだってね。2輪業界の話はしにくいですけど、例えばF1の仕事があったとしたら彼は「行ってやってみろ。そこには僕があげられないものがあるから」って言ってくれるでしょう。彼はそういう人です。でも初年度は相当悩んで、結局戻ってくることになったんです。
 成績が良くなったのは、自分のやるべきことを学んだからですね。もちろん楽なことではありませんでしたが、WSBKで勝ってるし有力ライダーの一人だったんでMotoGPでも同じことができると思ってたんです。でもそうはならなかった。だから初心に立ち返って考えたんです。初年度はね。で2年目は序盤で良い成績を出せた。でもそれを持続するのはなかなかたいへんでした。来年も同じように伸びていくのは難しいでしょうね。去年と比べて今年の成績がさらにいいのはナイスですけど。

Motomatters:次のステップに行くためには何が必要ですか?自分自身?それともマシン?
クラッチロー:両方でしょうね。まあありふれてますが。誤解しないでほしいのは前に言ったように、ロレンソなら僕のマシンに乗っても勝てるってことです。チャンピオンをとるのはたいへんかもですが、でも前にも言ったように、マシンだけが問題じゃないんです。ロレンソが家を出て空港に行くまで、そして空港からサーキットに行くまでのが違うんですよ。彼はワークスライダーなんです。僕らより心配しなきゃならないことが少ない。説明するのは難しいけど、その立場になってみると、雑事に悩まされることが少ないんです。だからもしロレンソが僕のチームに来たら違うんでしょうね。だって30人ものとりまきがいて、靴紐を結んであげるよ、とかは言ってくれないわけですから。ロレンソがどうこうってわけじゃなく、ワークスライダーってのがそういうものなんですよ。
 まあそれだけじゃなくって、いろいろあるんですが、そうですね、確かに僕も成長しなければならない。でも物事を変えるのはたいへんなんです。前にも言いましたが、これができるようにならなきゃって言うのは、言うだけなら楽だけど、実行は難しいんです。変わっていき続けるのが大事なんですよね。
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ああ、なるほど。サテライトだと移動の手配とかも多少は自分にかかってくるんでしょうかね。

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