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セクシャリティとMotoGP

先日ジェイソン・コリンズがNBAの現役選手として初めてゲイであることをカミングアウトしましたが、木曜のヘレスの記者会見で、Motomatters.comのデイビッド・エメット氏がこのことについて質問をしました。記事自体はプレスカンファレンスをカバーしている長文ですが、一番大事な「なぜこの質問を今したか」の部分について訳出。
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(前略)
次の話題はもっと微妙な内容である。ルールとして私はこのサイトでは政治的な話題を避けるようにしている。基本的にモーターサイクルレーシングというものは政治とは無関係だからだ。しかしある出来事でこのルールを破るときがきたと思ったのだ。それは先週、NBAのジェイソン・コリンズがアメリカのメジャースポーツの現役選手としては初めてゲイであることをカミングアウトしたことである。しかも彼のカミングアウトはアメリカで最も重要なスポーツ誌であるスポーツ・イラストレイテッドで行われたのだ。この告白によって議論が巻きおこった。どんなスポーツでも統計学的にありえないほどホモセクシャル/レスビアンであることをオープンにしている選手が少ないということについてである。

私もこのことについてパドックの人々と何度も語り合ってきた。ホモセクシャリティが(少なくとも大都市では)なんの話題にもならないほど普通の国から来た人間にとってGPにはホモセクシャルであることをオープンにしているライダーがいないことはずいぶん奇妙に思えるのだ。実際にジャーナリストやメカニック、チームマネジャー等々、MotoGPで働く他の人々にもホモセクシャルであることをオープンにしている人はほとんどいない。これは統計的に見ておかしなことだ。つまりは偏見に満ちた世界だということである。閨房(いや他の部屋でも)の中のことについては放っておくべきであるというのが私の意見ではあるが自分のセクシャリティについてオープンにするのがはばかられるような環境に一石を投じるためにあえて質問することにしたのだ。

F1ジャーナリストのウィル・バクストンが私よりはるかにはっきり書いている通り、バイクレースや他のモータースポーツではホモセクシャリティや女性の役割に対する考えは非常に古くさいものである。言い直そう。バイクレース界は女性蔑視(訳注:原文ではmisogynyですが、性役割という文脈から女性蔑視としています)でホモ嫌いなのだ。パドックの全員が女性蔑視でホモ嫌いというわけではないがパドックの雰囲気がいわゆる「男らしさ」に満ちていて、女性やホモセクシャルに対する悪口が容認されているような世界なのである。パドックにはオープンで、正直で、信頼できる人がたくさんいるが、その中でも最も心が広い私の友人でさえ女性やホモセクシャルに対するひどい発言が公に語られているのをみても何も言わないのだ。そういう人の数は決して多いわけではないが、それをたしなめる人もいないのだ。臆病な私にもたしなめることができなかった。これは私の最大の悪徳である。

パドックにはゲイであることをオープンにしている人が少ないのはホモセクシャルに対する偏見のせいなのだが、これはさまざまな出来事の連鎖により起こってしまったことだと思う。私が知る限りでも少なくとも2人の人間が偏見に耐えられないと感じてパドックを去っている。ゲイであることをオープンにしている人にとって働きやすい環境ではないのだ。一方レスビアンの女性にとっては遥かに働きやすいようだ。もっともそれ自体女性蔑視の徴候でもある。レースを「彩る」だけの飾り物の女性でいっぱいのレース界ではもう男の夢は満たされているのだから。女性が他のどんな美点をもっているかなどどうでもいいのだ。

これらのことを頭に置いた上で、ジェイソン・コリンズの告白についても考えながらヘレスのプレスカンファレンスである質問をした。「みなさんに質問です。ちょっと答えにくいかもしれませんが、先週NBAのジェイソン・コリンズがホモセクシャルであることを告白しました。GPにはホモセクシャルであることをオープンにしているライダーはいませんが、どうしてそうなのかについてお考えをお聴かせ下さい。ゲイであることをオープンにするのを恐れているのでしょうか。それとも単に女性にしか興味がないんでしょうか」最後の一言は場をなごませるために付け加えたものである。いまだに難しい質問をするには慣れることができないのだ。

一番下に全ての会話を掲載する。友人であるAsphalt & Rubberのジェンセン・ビーラーが書き起こしてくれた。答えと会話自体が問題を明らかにしていることにお気づきだろうか。ライダーの答えは当たり前だが模範的である。ゲイであることが差別されるべきでないという時代に育っているからだ。彼らにとってそういうことはほとんど普通のことなのだ。あくまでほとんど、ではあるが。私が彼らに「あなたはホモセクシャルですか」と聞いたわけでもないのに、自分の立場をはっきりさせようとしている。 ベストアンサーはステファン・ブラドルのジョークだ。「速くなるなら考えてもいいですね」

私の質問に対するメディアの反応はかんばしくないものだった。神経質な忍び笑いが質問と回答の度に起こったのだ。これも驚くべきことではない。記者たちの年齢はライダーより20歳以上も上なのだ。このジェネレーションギャップがパドックから異物を追い出す偏見の源だと言っていいだろう。

私にの興味は特定のライダーにはないし、ましてや誰がゲイで誰がゲイでないかを明らかにすることにも興味はない。しかしファンの目にどう映っているかは興味がある。ホルヘ・ロレンソの答えにあるように、誰それがゲイだとかいう噂は常に流れている。ホモセクシャルに見えるのはたいていの場合、文化的な誤解に基づくものだ。仕草の解釈を間違っているのである。

典型的な例が虹色のフラッグである。アメリカや北ヨーロッパでは虹色の旗はゲイのシンボルである。ゲイバーやゲイ向きの社交クラブには誇らしげにはためいている。個々に異なるゲイコミュニティの共通のシンボルがこの旗なのだ。

しかし南ヨーロッパでは事情が異なる。イタリアでは平和運動に使われているし、左翼運動でも使われている。1960年代の名残で(虹色に塗られピースマークを掲げたフォルクスワーゲンのキャンピングカーに覚えはないだろうか)虹色の旗はイタリアでは平和の象徴なのだ。アレックス・デ・アンジェリスのようなライダーが虹色のヘルメットを使っているのはセクシュアリティの話ではなく彼の政治的信条を表しているのだ。

そしてあるライダーがゲイであるという噂の相手は友人やアシスタントであったりする。良く持ち出されるのがロッシである。彼はイギリスや北アメリカではゲイではないかとよく言われている。

はっきりさせておこう。ヴァレンティーノ・ロッシはゲイではない。あるイタリア人ジャーナリストとこの話をしたときには彼は相当びっくりして、イタリアの男同士の友情について説明してくれた。友情というものは神聖なもので、男友達を裏切ることなどありえないのだ。常に彼の味方でなければいけない。この伝統はロッシが育ち今も住んでいるタヴーリアのような小さな町ほど強く残っている。周りにいる友人のおかげでロッシは地に足をつけられているのだ。彼らの間の楽しい雰囲気を見れば、ロッシが彼らのボスなのではなく友人の一人でいることがよくわかる。何度もチャンピオンを獲ったかもしれないが、まだ友達の一人なのだ。

ロッシとウーチョ(本名はアセッシオ・サルッチで、ロッシの親友でアシスタント)の友情は小さい頃にもうしっかり固められて、誰にも壊すことはできないのだ。二人の仲は本当にいいのだが、英語圏でささやかれているような噂には全く根拠はない。そしてメディアからは上手に隠されているがロッシには常にガールフレンドがいて、ウーチョには長くつきあった相手との間に子どもまでいる。娘が昨年生まれたのだ。だから単に一緒にこれまで育ってきた幼なじみの間の友情なのである。

こうした友情はイギリスではもあることだ。妻や子どもをほっておいて友達と連れだってパブにいく男たちの数たるや!だからロッシと、一緒に育ったその友達の関係というのは単なる友人関係でそれ以上のものではない。

ゲイでないライダーのことはこれくらいでいいだろう。ではゲイのライダーやチームマネジャーやチーフメカニックが安心してカミングアウトできる環境にあるだろうか。現状ではむりだろう。バイクレース界を支配しているのは40代後半の世代だからである。しかしもう少しすれば(ことによったら私が考えているよりも速く)ホモセクシャルであることは話題にもならないほど普通になるのではないか。最初にカミングアウトするライダーはちょっとしたニュースになるだろうが2人目からはほとんど話題にならないだろう。本来そうなるべきなのだ。同意した大人同士の関係である限り、誰が誰に何をしようが知ったことではない。

しかしそうなるまでは、ホモ嫌いと女性蔑視はなんとかしなければならない課題である。女性に対する取り組みは少しずつ始まっている。重要な役割を果たす女性がどんどん増えてきているのだ。これまでは女性がやるような仕事ではないとされてきたデータエンジニアやメカニックや、そしてもちろんライダーにまで進出してきている。女性がこうした役割を果たすようになると、バイクレース界がよりひらけたものになる。レースを見ている小さな女の子が憧れる仕事は、窮屈で必要以上に露出の多い衣装を纏った傘持ちだけではなくなるのだ。チームのユニフォームを身につけてヘッドフォーンを頭にのせてラップトップをもったクールな女性になってバイクの最終チェックをしたい思うこともできるのである。それどころかライダーになってヘルメットをかぶり、グローブを着け、人生最高の挑戦をしたいと思ったっていい。少女や女性が見てくれるということは観客が増える、つまりお金が回ってくるということでもある。同様の変化がイギリスサッカー界で起こっている。貧乏な男臭い雰囲気から健全でお金があって成功したイメージの家族レジャーの場となりつつあるのだ。

ホモセクシャルに対してもフレンドリーなスポーツになれば同じことが起こるだろう。フレンドリーとは言わないまでも、今より敵対的でなくなるべきではある。彼らが持つお金(英文ではthe pink dollar/euro)は流行のレストランやホテル、レジャー産業に大量に流れ込んでいる。たいていは子どもがいないためゲイやレスビアンのカップルは可処分所得を多く持っているのだ。つまりバイクレース界がセクシュアリティに対して受け入れる幅が広ければ、レース界を潤してくれるのではないだろうか。バイクレース界では過剰にマッチョな文化を好むことがあるが、これが潜在的な観客を遠ざけていることにもなるのだ。

別に大改革をせよと言っているわけではない。実のところ何も変える必要はないくらいだ。もう少しだけ小ぎれいに、そしてもう少しマッチョさを控えめにすれば相当違うだろう。サーキットの施設もきれいに、トイレは清潔に、そしてヘルシーな食事を豊富に取りそろえて、こどもの遊び場も用意すればいいだろう。年齢や性別やセクシュアリティや人種に関係なく、休みの日に行ってみたいと思わせることだ。マッドマックスシリーズのサバイバリスト風味はもう少し控えたいところだ。ここヘレスでは何人もの家族連れがパドックを、そしてコース周りの丘を歩いている。バイクレース界の未来を照らす風景だ。誰もが歓迎され、そのおかげでたくさんの人がお金をレース観戦に使ってくれる。バイクレースのスポンサーにとっても良い話ではないか。そしてこれによってもっとたくさんのメーカーが参戦するようになると良いと思う。もっとオープンですべてを受け止められるような環境を作ることでプロトタイプマシンに使えるお金も増えるようになるというものである。誰にとっても幸せな話ではないか。
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記者会見での質問と答え。
デイビッド・エメット「みなさんに質問です。ちょっと答えにくいかもしれませんが、先週NBAのジェイソン・コリンズがホモセクシャルであることを告白しました。GPにはホモセクシャルであることをオープンにしているライダーはいませんが、どうしてそうなのかについてお考えをお聴かせ下さい。ゲイであることをオープンにするのを恐れているのでしょうか。それとも単に女性にしか興味がないんでしょうか」
(メディア席から笑い声)

カル・クラッチロー「僕からいく?」
デイビッド・エメット「お願いします!」
(さらに笑い声)
クラッチロー「ごめんね、デイビッド。僕はもうすぐ結婚するところなんだ。ってんで終わりかな。まあ僕にはわからないな。どうでもいいっていうか、確かにゲイであることをカミングアウトした人はいないけど、ゲイの人はいると思うよ。クローゼットに隠れてるとか、よくわからないや。一緒にいることもあるのかもしれないけどわからないもんね」

ホルヘ・ロレンソ「ツイッターやら何やらで聞いてくる人がいるけど、僕はゲイじゃないですよ。ゲイピープルのことは尊重しているし、もちろん何の問題もないと思います」

デイビッド・エメット「他には?」
ニック・ハリス(司会)「マルク・マルケス?」
(さらに笑い)
マルケス「別にゲイであってもなんの問題もないと思いますよ。誰のことも尊重しているしみんな個性があるんだし。だからノープロブレムです」

アンドレア・ドヴィツィオーゾ「考えたこともなかったですね。誰がゲイだとか。でも誰にとってもどうでもいいことだと思いますよ。いま考えるのは難しいけど・・・。どうしてかなあ」

ステファン・ブラドル「速くなるなら考えてもいいですけどね」
(部屋中から大笑い)
ブラドル「今のところ経験はないし、ゲイじゃないんで。もちろんゲイの人のことは尊重してますよ。普通の人にすぎませんからね」

スコット・レディング「ええ、僕も同じ考えですね。今の彼女とはずいぶん長くつきあってますし、別の道に行くことは考えてもいないけど、誰のことも尊重してますし、そういうものでしょ」
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もうカミングアウトとかニュースにならない、というか「カミングアウト」なんて言葉がなくなっちゃうくらいLGBTが普通な世界になるといいのに。いやLGBTだけじゃなくてあらゆるマイノリティに対して寛容な世界がいいなあ。もちろんいくらマイノリティだからってヘイトスピーチをがなりたてる輩には不寛容にならざるを得ないのですが。

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コメント

これは興味深い考察とインタビューですね。確かにMotoGPの世界は男臭いですね。翻訳ありがとうございます。Davidの真摯で真摯な姿勢好きです。40代後半とそれより前で区切られるんですね^^^;

投稿: mkkm | 2013/05/04 23:42

>mkkmさん
 Motomatters.comは本当にいいですよね。今回の質問については興味本位っぽくとりあげられかねないので、あれだけの長文が必要だったんでしょう。
 しかし40代後半ってまだまだ保守的な世代なのですねえ。とほほ。

投稿: とみなが | 2013/05/05 22:51

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