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ロッシはドゥカティDNAの犠牲者

ドゥカティの新チームマネジャーが言ってます。MCNより。
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ロッシがドゥカティデスモセディチを手なずけられなかったのは20年間培ってきた彼にとっても異質なマシンだったからだ。

これはドゥカティの新しいトップ、ベルンハード・ゴブマイヤーの見立てである。彼は2011年、12年とロッシと共に過ごした悲惨な2年間を取り戻すためにチームの先頭に立つことを求められている。

ドゥカティで35戦走ってわずか3回の表彰台というロッシの成績はドゥカティを表彰台の常連とするには程遠く、結局2013年はヤマハに戻ることになった。

昨シーズン限りで引退したケイシー・ストーナーだけが2007年に10勝してタイトルを獲るという成功を収めているのだ。

4年間で23勝をドゥカティで上げているストーナーは常にロッシを批判していた。彼の他のトップライダーは誰もデスモセディチの性能を引き出せず、2010年に彼がレプソルホンダに移籍してからのデスモセディチは勝利に近づきすらしなかった。

しかしゴブマイヤーはロッシや2008年にストーナーのチームメイトとしてきつい1年を過ごしたマルコ・メランドリにとってドゥカティがそれまで乗っていた日本製マシンとあまりに異なるために苦労したのだと信じている。

ゴブマイヤーはMCNにこう語った。「私もドゥカティもヴァレンティーノが史上最高のライダーの一人だということは疑っていません。でも同時にドゥカティの遺伝子の犠牲者でもあるんです。ドゥカティは2007年から12年まで大きな変更なくきています。マシンは改良されていますけど、メランドリやヴァレンティーノといった感覚の鋭いライダーはマシンがどう反応すべきかについて一定の予測をしてしまうんです。それで思った通りの反応が得られないと混乱してしまう。
 マシンとの相性が悪かったとしか言えませんね。ヴァレンティーノはヤマハの感覚が抜けなかったんだと思います。彼が慣れていたマシンとは根本的に違う反応をするんでそれになじめなかったんでしょう」

2011年にロッシがドゥカティに乗り始めたのは32歳の時だった。彼が幼少時から培ってきた繊細なライディングを変えるのは難しすぎたのだとゴブマイヤーは考えている。

「ロッシのようなライダーは小さい頃から乗り方を学ぶんです。つまり頭で考えているのではなく天性のフィーリングで乗っているんです。運動神経に頼っているんで、なじみのないインプットがあると感性がずれてしまって、どうしたらいいかと考え込むことになる。でも考えるということは既に遅くなっているということなんです。もう自然の感性では走れないということですからね」
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ストーナーが馬鹿みたいな言い方がちょっと気になる・・・。
というかそんな感性に合わないマシンを作っていいのか>ドゥカティ。

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コメント

ああやっぱりな、な(笑)。
以前、私も書きましたが、ゴブマイヤー氏
の意見が的を得ていると思います。
ストーナーは馬鹿(をい)というより、
適応力というか柔軟性に優れていたか、
ドゥカとの相性が良かったか。。。

いや、レーシングマシンに限らず、
市販車だってドゥカは初めて乗ると
「???」ですよ(笑)。

投稿: KEI | 2013/01/31 14:57

>KEIさん
 そっかー。ドゥカはちょっと古めのF1とかは乗ってみたいんですよねえ。あとdb1。
 ちなみにストーナーは右手にトラコンがついていると言われるほど繊細なスロットルコントロールだったらしいので、適応力だけじゃないとは思います。やっぱ天才だったんだろうなあ。

投稿: とみなが | 2013/01/31 20:06

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