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ストーナーの思い出 その6

第6弾はストーナーのGPデビュー時のチームオーナー、ルーチョ・チェッキネロです。2人の確執と和解については以前の記事をご参照あれ。MCNより。
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MCNがお送りする「ストーナーの思い出」シリーズ第6弾はルーチョ・チェッキネロである。ストーナーにGP参戦のチャンスを与え、2006年にはMotoGPでのブレイクのきっかけを与えたチェッキネロが、ストーナーと2人で戦った時代を語る。

「125で1シーズン、250で2シーズン、MotoGPで1シーズンをケイシーと過ごしたわけで、ケイシーのキャリアでも重要な時期だったんですよね。
 その頃スポンサーが将来に向けて若い才能をほしがっていて、ケイシーなら悪いことにはならないだろうと思ってドルナそしてアルベルト・プーチと話をしたんです。プーチはテレフォニカ・モビスタージュニアチームでストーナーをかなり手助けしていましたから。
 誰もが彼の将来性に興味を持っていましたね。うちでも彼の前に何人か候補はいたんですけど、彼に決めたんです。
 彼はいい思い出をたくさん作ってくれました。中でも2002年のヘレスでスタンダードのアプリリア250に最初にテストしたときのことが忘れられません。
 マルコ・メランドリがワークスアプリリアをテストしていたんですが、2〜3周でケイシーはそのコンマ2〜3秒まで詰めたんです。
 ケイシーが乗っていたのはスタンダードで、でもすぐにチームメイトのダヴィデ・チェカより1秒速いタイムで走り始めた。つまり最初から才能を発揮していたってことです。
 いちばん凄かったのは2006年のカタールでまだ2戦目だってのにポールを獲ったときのことですね。そして次のトルコでは表彰台に昇ってしまった。そこからやっとみんなが彼の才能に注目し始めたんです。
 MotoGPでこんなに早く結果が出るとは思いませんでしたけど、彼が2回のタイトルと多くの勝利を上げたことは驚くに値しませんね。どんなカテゴリーのどんなマシンに乗っても早いなんて、とんでもない才能がなければできないことですよ。
 持って生まれた才能が信じられないほどすごいんです。それに加えて若い内から家族の手厚いサポートを受けられたのもいい効果を発揮してますね。
 彼の技術の凄いところはどんなコースでもどんなコンディションでも最初から速く走れるってことなんです。
 プラクティスの1ラップ目でもレースのスタート直後でも彼は速い。これは小さい頃にオーストラリアで3周しかないスプリントレースで揉まれたおかげだと思います。そういうレースでは最初から飛ばさなければなりませんからね。
 若い頃からそういうマインドが育てられたことが彼のMotoGPでも武器になっていたんです。スピードに乗るのにそれほど時間がいらないというのはすごく印象的でした。
 引退するという彼の決断は尊重したいと思います。自分と家族の人生を何よりも大事にしたいという気持ちの表れですから。あれだけのことを成し遂げたんだから、彼が静かな人生を過ごしたいと思っても誰も責められないでしょう。
 でももしMotoGPに戻ってきたいとなったら彼を乗せたいというチームはひとつじゃないでしょうね。まあ個人的には彼がMotoGPに戻ってくることはないと思いますけどね」
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2人がチームメイトで同じクラスを走っていたときの話も聞きたいですね。

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