« ストーナーの思い出 その1 | トップページ | ストーナーの思い出 その3 »

ストーナーの思い出 その2

ひきつづきMCNより。第2弾はオーリンズの技術者アンディ・ドーソンがケイシーの特異な能力について語っています。
============
「ストーナーの思い出」第2弾はオーリンズのサスペンション技術者のアンディ・ドーソンである。かれはドゥカティ時代からホンダ時代まで一貫してストーナーのサスを担当してきた。彼が語るのは2007年のバルセロナで行われたカタルニアGP。ストーナーがヴァレンティーノ・ロッシ、ダニ・ペドロサの2人を歴史的僅差で破ったレースだ。

「2007年のバルセロナではブリヂストンタイヤとのマッチングに少し苦しんでいてマシンに大きく変更を加えたんです。それが当たったんですね。リアのグリップが全然なかったんで重量配分を思い切って変えたんです。
 普通はここまでリアグリップを高めてしまうとまともには乗れなくなるものなんですよ。でもケイシーは普通じゃなかった。最初のタイムアタックで赤ヘルメットを全区間でつけてみせた。リアグリップを高めてやるだけで彼はすごく速く走れたんです。
 同じことをロリス(カピロッシ)にしたらまず乗れなかったでしょうね。あれが初めてヴァレンティーノと真っ向勝負して勝ったレースですね。その後も彼を何回か打ち負かしましたけど、それでもみんなケイシーのマシンが速いからだって言うんですよ。でも真相は違う。自分の実力でヴァレンティーノに勝ったんです。
 あれがシーズンのターニングポイントでした。僕らにも勝てるって自信を持てたんです。フィリップアイランドテストでのレースシミュレーションでロリスより速いタイムを出せたのもひとつのブレイクスルーですが、バルセロナで勝ったことでチャンピオン獲得が現実のものとして見えてきたんですよ。
 誰も彼の実力を信用していなかったし、みんな彼が速い理由を他に探そうとしていた。でも違うんです。速かったのは彼の才能なんです。彼は常に強い気持ちで自分を信じていた。あんなに速いライダーを僕は知りませんよ。純粋な速さだけでいったら彼みたいなライダーはいなかったんじゃないでしょうか。
 2006年のヴァレンシアテストで初めて彼がドゥカティに乗った時のことをまだ覚えていますよ。最終1個前の緩い左コーナーで最初からスロットルを全開にしていた。
 セテ(ジベルナウ)も同じエンジンだったんですけど、まるで2ストのスクリーマーに乗っているみたいだって言ってました。パワーの出方がオール・オア・ナッシングで、まるで猛獣みたいだとね。でもケイシーはそれを乗りこなして半日もするとその左コーナーでスライドを見せるようになった。データ至上主義の連中には信じられなかったでしょうけどね。
 その時点で彼がとんでもなく速いことはわかったんですが、でもまだクラッシュしたマシンを何度も修復するはめになるだろうとも思っていました。乗りこなすのが難しいマシンだったのにケイシーはそれが大好きだった。
 彼と働くのは常に刺激的でしたよ。誰よりも速いか、そうでなければマシンをクソの山だってけなすかでね。でもレースがスタートする日曜午後2時になればなんとか乗りこなしていたでしょ。
 彼は次善の策というのを受け入れてくれないんで、なかなか辛いこともありましたよ。彼といたら絶対自分を甘やかすことなんてできないですよ。セッションでケイシーがトップタイムを叩き出して、そこで自分の仕事が終わったなんて思ったら、その時こそ彼に怒鳴りつけられるんです。
 他のライダーと比べてどんなに速くても関係がない。最悪のことを考えてタイムシートのことは忘れなければならない。彼はいつでもより高いところを目指していたんですよ。
 たとえ2位に10秒差をつけて勝っても、問題点を指摘することがある。でも彼のせいで1秒でも遅くなることはないんだし、信じられないような乗り方ができるんだからそれでいいんです。それを間近で見られるなんて喜び以外の何物でもないんですよ」
============
あまり耳にすることのないサス担当者の言葉ですが、偉大なライダーの近くにいる苦悩と喜びがよくわかりますね。

|

« ストーナーの思い出 その1 | トップページ | ストーナーの思い出 その3 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69409/56453365

この記事へのトラックバック一覧です: ストーナーの思い出 その2:

« ストーナーの思い出 その1 | トップページ | ストーナーの思い出 その3 »