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ヤマハヒストリー

MotoGP公式サイトにヤマハヒストリー1955年から2005年っつー、まあこないだのミシュランヒストリーみたいなのがアップされてます。今回はパート1。
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1955年 富士登山レースでヤマハは見事なデビューをかざる の巻

1955年7月12日の朝、10台を超えるヤマハYA-1が霊峰富士の麓、エンジン音を響かせた。過酷な富士登山レースの始まりである。その美しい、そして小柄な125cc、2ストロークマシンは、ヤマハが初めてレースに送り出すバイクであった。それもそのはず、ヤマハ発動機は、わずか2週間前に生まれたばかりの会社だったのだ。にもかかわらず社長の川上源一は、ここで成功を収め、新会社の名声を高めようと決意していた。

より正確には、1955年7月1日、ヤマハブランドの楽器で知られる日本楽器を親会社としてヤマハ発動機は設立された。1955年2月に生産が開始されたYA-1のタンクは、マルーンとクリーム色に塗り分けられ、ピアノ部門の手により磨き上げられていた。YA-1のパワーは5馬力。ほぼノーマルで富士のレースに臨んでいたが、滑りやすい火山灰で覆われたダートに備えてオフ用タイヤを装着していた。

急峻で、しかも泥に覆われた27kmのコースで数ヶ月にわたるテストの甲斐が実り、YA-1は富士登山レースでの勝利を収めた。優勝したオカダテルオのタイムは、それまでのレースタイムを4分以上上回るものであった。オカダのチームメイトも遜色なく、その他のYA-1も3位、4位、6位、8位、9位という好成績であった。こうしてヤマハの長きにわたる輝かしいレースの歴史が始まったのである。
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をを、ミシュランのに比べると、かなりおもしろいかも。いやはや、SRユーザーの私としては、タンクへのこだわりが設立当初から始まってたってんで、いい気持ちになります。ま、タンクは社外品に変えちゃったんですけどね。

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